- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 保険 >
- 保険計理 >
- クラメル・ラオの不等式の活用-たまには学問の理論を振り返ってみよう
クラメル・ラオの不等式の活用-たまには学問の理論を振り返ってみよう

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
例えば、テレビの視聴率の調査や、工場での製品の抜き取り検査などが、これにあてはまる。各種メディアでよく行われる世論調査も、推測統計であることが一般的だ。
推測統計には、母集団の特徴となる母数(平均や分散など)を推測する「推定」と、抽出された標本の統計量に関する仮説が正しいかどうかを統計学的に判定する「検定」がある。
今回は、推定のうち、1つの値でずばり母数を推測する「点推定」について、例を用いて見ていくこととしよう。
◇ コイン投げを例にとる
(コインの表が出る確率の推測)
いま、手元に普通のコインが1枚あります。このコインを投げたときに、表が出る確率を知りたいとします。コインを最大10回まで何回か投げて、表が出る確率を推測する場合、どういうやり方がよいと考えられるでしょうか?
さて、このような確率の推測をするということは、このコインは、表が出る確率が2分の1かどうか、よくわからないようだ。読者は、コインの表と裏に刻まれている文字の凹凸が大きく異なっている、または古いコインのため長年の使用に伴って少し変形している、などと考えていただきたい。
コインは、“普通のコイン”なので、何回か投げたときに各回に表が出る確率は同じで、各回のコイン投げの結果は互いに独立、と考えてよいだろう。
◇ 「コインを10回投げて表が出た回数を10で割り算して平均をとる方法」
ここで、1回コインを投げたときについて考える。1回のコイン投げの結果を表す確率変数Xを持ち出してきて、表の場合はX=1、裏の場合はX=0 とする。すると、1回のコイン投げで、表が出る回数の平均は、p(=1×p+0×(1-p))回となる。通常pは小数なので、普通はこういう言い方はしないが、ここでは大目に見ていただきたい。
コインを10回投げれば、その10倍で10p回表が出る。それを10で割り算するのだから、結局平均(期待値)はpとなる。このように標本から測定した推定量の期待値が母数に等しいとき、その推定量は不偏推定量と言われる。「コインを10回投げて表が出た回数を10で割り算して平均をとる方法」の推定量は不偏推定量となっており、表が出る確率の推測として適切なやり方ということになる。
1回コインを投げたときに表が出る回数の分散は、(Xの2乗)の平均 から、(Xの平均)の2乗 を引き算することで計算できる。つまり、{12×p+02×(1-p)}-p2 = p-p2 = p(1-p)となる。コインを何回か投げる場合、各回のコイン投げの結果は互いに独立と考えてよいので、コインを10回投げるときには、10倍で10p(1-p)が分散となる。
「10回投げて表が出た回数を10で割り算した平均」について分散を計算するときには、10p(1-p)を10ではなく、102で割り算するため、p(1-p)/10が分散となる。
ここで、問題となるのは、この分散の水準は大きいのか小さいのかという点だ。分散は、推定結果が、どれくらい真の平均であるpの周りにばらついているかを表している。分散が小さいほど、ばらつきが小さくて、よい推定ということになる。
この「コインを10回投げて表が出た回数を10で割り算して平均をとる方法」による分散の水準が大きいのか小さいのかを見るには、他の方法と比較してみることが必要となる。
◇ 「コインを5回投げて表が出た回数を5で割り算して平均をとる方法」
「コインを5回投げて表が出た回数を5で割り算して平均をとる方法」の期待値はpで、この方法の推定量も不偏推定量だ。だが分散は、p(1-p)/5となり、10回のときの2倍に膨らんでしまう。
やはり、投げる回数を減らして(楽をして)も同じ分散となるといった、うまい話はないということなのだろう。
◇ 「コインを10回投げて表が出た回について加重平均をとる方法」
この方法でも、期待値はpとなる。推定量は不偏推定量だ。問題は分散だが、計算してみると、これは14/11×p(1-p)/10となる。(※1) 「コインを10回投げて表が出た回数を10で割り算して平均をとる方法」の分散p(1-p)/10よりも、やや大きいという結果になる。
このように比較してみると、「コインを10回投げて表が出た回数を10で割り算して平均をとる方法」の分散は小さく、推定としてよい方法なのだということがわかってくる。
◇ 比較相手となる別の方法が次々に現れて際限がない...
例えば、「奇数回には1、偶数回には2、の“重み”を設定して加重平均をとる方法」、「1回目のコイン投げには12、2回目のコイン投げには22、…、10回目のコイン投げには102、の“重み”を設定して加重平均をとる方法」など、いくらでも比較相手の方法が考えられるからだ。(ちなみに、どちらの方法も、推定量は不偏推定量だ。ところが分散について計算すると、前者はp(1-p)/9 (※2)、後者は94/55×p(1-p)/10 (※3) となって、いずれもp(1-p)/10より大きい。)
◇ クラメル・ラオの不等式 : 分散には下限がある
「不偏推定量をどのようにとったとしても、その分散を、“フィッシャー情報量”という一定の数式の逆数よりも小さくすることはできない」という、分散の“下限”を表す不等式だ。
少し注意が必要なのは、“下限”は“最小”とは異なるということだ。分散がその下限になるような推定の方法が必ずある、ということではない。だが、もしある方法で分散がクラメル・ラオの不等式の下限に一致したならば、その方法よりも分散が小さくなるような不偏推定量は、他にいくら探しても見つからない ―― つまり、その方法の分散が最小である、ということがわかる。
この不等式を算式で表すと、偏微分の記号や対数の記号が出てきて難解な感じになるが、少し我慢して式展開をしてみると次のようになる。

この結果、「コインを10回投げて表が出た回数を10で割り算して平均をとる方法」の分散は、クラメル・ラオの不等式の下限に一致することがわかる。つまり、この方法の分散が最小であることがわかるわけだ。
「コインを10回投げて表が出た回数を10で割り算して平均をとる方法」の推定量は、最小分散不変推定量であることが示された。
◇ 理論を振り返ってみるのも重要では
しかし、今回取り上げたクラメル・ラオの不等式のように、統計学の理論には、先人たちが苦労の末にたどりついた有用な成果が、結晶となって詰め込まれている。
これは、何も統計学に限られた話ではない。さまざまな学問の理論には、いま取りかかっている検討や作業の正統性を裏付けるような、基礎的な知識の体系が息づいている。
たまには、こうした理論を振り返ってみることも重要ではないかと思われるが、いかがだろうか。
(参考文献)
「確率統計演習1 確率」国沢清典編(培風館, 1966年)
「確率統計演習2 統計」国沢清典編(培風館, 1966年)
(2024年06月11日「研究員の眼」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/03/18 | 気候変動:アクチュアリースキルの活用-「プラネタリー・ソルベンシー」の枠組みに根差したリスク管理とは? | 篠原 拓也 | 基礎研レター |
2025/03/11 | 国民負担率 24年度45.8%の見込み-高齢化を背景に、欧州諸国との差は徐々に縮小 | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
2025/03/04 | サイバーリスクのモデリング-相互に接続されたシステミックリスクをどうモデリングする? | 篠原 拓也 | 保険・年金フォーカス |
2025/02/25 | 気候アパルトヘイトとNCQG-気候変動問題による格差の拡大は抑えられるか? | 篠原 拓也 | 基礎研レター |
新着記事
-
2025年03月19日
日銀短観(3月調査)予測~大企業製造業の業況判断DIは2ポイント低下の12と予想、トランプ関税の影響度に注目 -
2025年03月19日
孤独・孤立対策の推進で必要な手立ては?-自治体は既存の資源や仕組みの活用を、多様な場づくりに向けて民間の役割も重要に -
2025年03月19日
マンションと大規模修繕(6)-中古マンション購入時には修繕・管理情報の確認・理解が大切に -
2025年03月19日
貿易統計25年2月-関税引き上げ前の駆け込みもあり、貿易収支(季節調整値)が黒字に -
2025年03月19日
米住宅着工・許可件数(25年2月)-着工件数(前月比)は悪天候から回復し、前月から大幅増加、市場予想も上回る
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
-
2024年04月02日
News Release
【クラメル・ラオの不等式の活用-たまには学問の理論を振り返ってみよう】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
クラメル・ラオの不等式の活用-たまには学問の理論を振り返ってみようのレポート Topへ