2024年06月05日

人口戦略会議・消滅可能性自治体と西高東低現象~ソフトインフラの偏在から検討する~

大阪経済大学経済学部教授 小巻 泰之

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1――はじめに

人口減少の影響について、人口戦略会議(2024)から消滅可能性自治体が公表された。人口減少により地域の経済・社会環境が維持できないとする自治体数は744と指摘されている。

事実、自治体にとって域内人口の減少は、域内における種々のインフラ状況を悪化させることにつながる。たとえば、松江市では2024年1月14日に島根県で唯一の百貨店であった一畑百貨店が閉店・廃業した。国土交通省(2015)の人口規模とサービス立地の関係性によれば、百貨店については50%以上の確率で立地するためには27.5万人以上の規模が必要であり、80%以上の確率では37.5万人と、立地の確率を試算している。これを当てはめると、域内で最大の人口を有する松江市は19.7万人(2024年4月1日現在)と百貨店の立地確率50%で必要とされる人口規模を大きく下回っており、人口規模でみて撤退は余儀なくされたとみられる。このように、生活関連サービスの立地に必要な人口規模を割り込む場合には、地域からサービス産業の撤退が進み、当該地域の住民の生活状況が悪化する恐れがある。
 
人口戦略会議で示された消滅可能性自治体は、その分布でみて、東日本の方が多くなっている。東日本、西日本でみた経済・社会事象の地域間の偏在については、西高東低として、これまでも出生率、医師数、一人当たり医療費、空き家率等で指摘されてきた。このような地域間の偏在が消滅可能性自治体の東高西低傾向の背景にあるのではなかろうか。しかしながら、先行研究では東日本、西日本の区分は明示的ではなく、その偏在状況が統計学的にみて有意な差異となっているかを検証している事例は少ない。

他方、人口戦略会議以前に、日本創生会議(2014)において「消滅可能性都市」が公表され、人口減少及び高齢化の進展による過疎化等の影響を軽減することは、国及び地方自治体にとって域内の経済・社会環境を維持する上で、重要な政策課題となっている。多くの自治体が多岐にわたる定住・移住政策等を実施してきた。しかしながら、定住・移住施策の効果に関する先行研究では、個々の成功あるいは失敗の事例紹介的(総務省(2021)等)なものが多い。ある地域の成功事例について、他の地域が類似の政策を実施すれば即座に効果が表れるかは不明である。また、事例研究では実施内容に関しては客観的な情報が得られるものの、施策内容を運営する側の状況(運営状況等のソフト面の状況)までは明確ではない。

本論では、西高東低(あるいは東高西低)の事例とその背景を整理した上で、若年女性を対象とする自治体の施策の有効性を検証し、消滅可能性自治体が偏在する要因を検討する。

2――人口戦略会議での消滅可能性自治体

2――人口戦略会議での消滅可能性自治体

これまで多くの先行研究で、経済・社会環境に関する事例として、地域間での偏在が指摘されている。しかしながら、先行研究の多くは東日本と西日本を明確に区分したものは少ない。ここでは、東日本と西日本の区分について定義した上で、人口戦略会議で示された消滅可能性自治体の分布状況について統計学的に有意な差があるのかについて検証する。
(1)東日本と西日本の区分
『広辞苑』(岩波書店、第七版)によれば、東日本は「日本の東半分。広くは中部地方を含めそれ以東。通常は北海道・東北・関東の3地方。狭くは東北・関東の2地方の総称。いずれの場合も伊豆‐小笠原諸島を含む」とされている。他方、西日本は「日本の西半分。広くは中部地方を含めそれ以西。通常は近畿以西。狭くは中国・四国・九州3地方の総称」とされている。したがって、中部地域の区分をどうするかである。

中部地域の範囲について、気象庁の全般気象情報に用いる地域区分の場合、中部地域は東日本に含まれている。具体的には、東日本は関東甲信、北陸、東海地方(中部地域に該当)であり、西日本は近畿、中国、四国、九州北部地方、九州南部とされ、北海道、東北地方は北日本と区分されている。また沖縄県は沖縄・奄美地方とされている。

本論では、広辞苑での通常の地域区分をもとに、中部地域は気象庁での地域区分を用いて、東日本と西日本に区分する(図表1)。
図表1:東日本と西日本の区域について
(2)消滅可能性自治体における東高西低傾向
人口戦略会議では、人口減少により地域の経済社会環境が維持できないとする消滅可能性自治体数は744と試算されている。消滅可能性自治体を県別に示したのが図表2-1である。消滅可能性自治体は東北等の東日本に偏り、西日本の方が少ないことが窺える。東日本と西日本のそれぞれの消滅可能性自治体数の平均で確認すると、統計学的に有意に差異があることがわかる(図表2-2)。
図表2-1:人口戦略会議試算の都道府県別消滅可能性自治体数
図表2-2:人口戦略会議及び日本創生会議で示された消滅可能性自治体(平均の差の検定)
このような地域間における偏在については、出生率(鎌田・岩澤(2009)、熊倉(2023)等)や一人当たり医療費(土居(2018)等)等で、西高東低として指摘されてきた。以下では、こうした地域間の偏在の状況を、東日本と西日本に区分した上で、統計学的に有意な差があるのか検証した上で、偏在の背景について検討する。

3――西高東低が観察できる事例

3――西高東低が観察できる事例

(1)出生率
人口戦略会議での消滅可能性自治体に対して、強い影響があると考える出生率は、西高東低傾向が確認できる。戦後以降、概ね低下傾向にあった合計特殊出生率は、2005年の1.26倍を底として、2015年に1.45倍まで回復した。しかし、その後は低下傾向に戻り、2022年には再び1.26倍なっている。合計特殊出生率の西高東低について統計学的に有意な差が確認できるのは2008年以降であり、2022年も有意な差となっている。これは、2005~2015年において西日本の方が出生率の回復が大きかったことが要因と考えられる。また、2015年以降の出生率の低下時期においても、西日本の方が低下幅は小さく、現時点においても出生率が西高東低傾向を維持している(図表3-1、3-2)。
図表3-1:都道府県別合計特殊出生率(2022年)
図表3-2:都道府県別合計特殊出生率(平均の差の検定)
合計特殊出生率の地域間の偏在については多くの先行研究で指摘されている。地域間における人口移動要因に関する分析手法は、荒川・野寄(2020)で整理されている。日本人口学会(2002)によれば、分析手法は、人口集団とそれを取り巻く地域条件との関連に着目するマクロな手法、個人の移動理由に着目するミクロな手法に区分される。実際の分析にあたっては、主に所得格差、就業機会、教育、行政サービス、アメニティ、年齢等に関する代理変数を用いられている。また、分析対象は都道府県ベースであることが多くなっている。

鎌田・岩澤(2009)では、2005年の合計特殊出生率について、これまでの先行研究で説明変数として用いられてきた第一次産業従事者割合、完全失業率(男性)、転入率、核家族世帯割合、大学卒業者割合(女性15-49歳)、就業率(女性15-49歳)、未婚人口割合(女性30-39歳)、未婚者に対する婚姻率、保育所数(0-5歳人口10万あたり)で推定している。結果は、保育所数以外の係数は有意と指摘している。ただし、係数の地域性をみると、保育所は北海道南西部や静岡県、石川県、長野県で有意となり、他の係数も地域によっては有意となる場合がある等、地域性を考慮した分析の必要性を指摘している。

その中で、出生率の西高東低傾向を取り上げている先行研究でみれば、東日本と西日本での若年女性の移動における特徴や若年女性の出産傾向の違いだけでなく、地域における伝統的な考え方や慣行等の影響についても考察している。松浦(2024)は20-24歳女性の転出超過が東日本に多く、これが出生率の低下の背景にあると指摘している。また、これらの女性は、西日本からの転出先となる大阪や福岡に比べ、東日本からの転出先となる東京の引力が強いことを指摘している。熊倉(2023)は、東日本において男女ともに有配偶率の落ち込みが大きく、既婚女性の出生率もやや低下している。それに対し、九州地方等では有配偶女性の出生率がむしろ上昇していることが西高東低の一因と指摘している。特に、「東北日本型1」や「西南日本型」と呼ばれる伝統的な家族観や世帯慣行の影響を受けている可能性についても指摘している。もっとも、内閣府(2015)、ベネッセ(2021)では出生率に地域差が生じる理由については明確ではないことが多いとしている。
 
1 東北日本型及び西南日本型は、日本の家族構造を分析する場合の区分として先行研究では利用されている。ただし、多くの先行研究では、該当する地域を明示することなく、この2つの地域区分が用いられている。工藤(2013)では、先行研究における家族構造を整理しており、東北日本型は直系制家族、西南日本型は夫婦制家族と位置付けられる研究が多いことが確認できる。

(2024年06月05日「基礎研レポート」)

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