2024年04月03日

欧州大手保険グループの2023年末SCR比率等の状況-ソルベンシーII等に基づく数値結果報告と資本管理等に関係するトピック-

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3|SCR等の算出方法(長期保証措置の適用状況)
ソルベンシーⅠからソルベンシーIIへの移行における割引率や技術的準備金についての16年間にわたる移行措置、MA(マッチング調整)及びVA(ボラティリティ調整)といった長期保証措置7の適用については、各国の保険市場の特徴(販売商品や資産運用市場等)に大きく依存している。

保険年金フォーカス「欧州保険会社が2022年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(2)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その1)-」(2023.6.19)で報告したように、Zurich以外のソルベンシーII制度下にある5社については、全社がVAを適用し、AvivaとAegonが一部MAを、AllianzとGeneraliとAvivaが一部技術的準備金に関する移行措置を適用している。

これらの措置の適用による影響(2022年末ベース)については、以下の通りであり、Avivaがこれらの措置に大きく依存していることが示されている。なお、年度毎の影響度の水準の差異は、VAの水準等の影響を受けている。
長期保証(LTG)措置及び移行措置の適用によるSCR比率への影響(2022年末)/(参考)長期保証(LTG)措置及び移行措置の適用によるSCR比率への影響(2021年末)/(参考)長期保証(LTG)措置及び移行措置の適用によるSCR比率への影響(2020年末)
 
7 長期保証措置(経過措置を含む)の内容及びそのEU各国における適用状況については、筆者による、保険・年金フォーカス「EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(1)(6)-EIOPAの2020年報告書の概要報告-」(2020.12.17~2021.1.15)等を参照していただきたい。
4|自己資本の内訳
ソルベンシーIIの資本要件に算入可能な各種自己資本は、劣後性や損失吸収性、期間といった資本適格性からTier1~Tier3 に分類8され、 それぞれについて算入制限が設定されている。

制度導入後、各社とも、着実にTier1の割合を高めてきており、自己資本のうち、Tier1の自己資本が8割弱から9割程度、さらに、Tier1(無制限)がそのうちの8割から9割程度(従って、全体の7割から8割程度)を占めている。

例えば、各社とも、既存のTier1 やTier2の劣後債務について、グランド・ファザーリング・ルール(既得権認容ルール)を適用してきているが、こうした債務については、早期償還等を行い、段階的にソルベンシーII適格なものに変更してきている。

2023年末における自己資本の内訳は、以下の図表の通りとなっている。

なお、脚注の1で述べているように、Allianz については、2022年から、それまで公表していたOwn Funds Reportの発行を止め、これに含まれていた情報については、Annual ReportやSFCRに統合されたため、このレポート作成時点においては、自己資本の内訳は公表されていない。

なお、2021年末から2022年末にかけては、各社とも主として経済変動の影響を受けての調整準備金(reconciliation reserve)(従って、Tier1(無制限))の残高が大きく減少して、全体の自己資本残高も1割~2割程度と大幅に減少していたが、2022年末から2023年末にかけては、「3―各社のソルベンシー比率や感応度の推移及び資本管理等に関係するトピック」で説明してきたような状況から、AXAとAvivaはほぼ横ばい、Allianzが大幅に増加、Generaliは増加、Aegonは大幅な減少となっている。これらは、各社の資本戦略等を反映する形となっており、その結果として、資本構成の内訳も変動している。

なお、各社とも、Tier1(無制限)だけで、SCRの100%水準を確保している。
自己資本の内訳(2023年末)
 
8 Tier1(無制限)は払込資本や剰余金等、Tier1(制限付)はグランド・ファザーリング・ルールに基づく劣後債務、Tier2は、劣後債務、Tier3は繰延税金資産等である。
5|SCRのリスク別及び地域別内訳
SCRのリスク別及び地域別内訳の開示については、以下の図表が示すように、各社の事業構成等を反映する形で、リスク分類の方式等が異なっている。なお、AXAとAegonについては、2022年数値を掲載している。

リスク別では、各社とも市場リスクや信用リスクのウェイトが高くなっている。ここで、図表の「信用」に、(1)デフォルト、スプレッド拡大、格付変更のリスクを全て含めている会社と、(2)これらを一部区分して開示している会社、がある点には注意が必要となる。

生命保険と損害保険のウェイトが共に高い会社を中心に、保険引受けリスクの構成比も高いものとなっている。オペレーショナル・リスクについては、ほぼ各社とも数%から1割程度の構成比となっている。

また、地域別内訳は、各社の地域別事業展開を反映したものとなっている。
SCRのリスク別・地域別内訳(2023年末)

5―まとめ

5―まとめ

以上、各社のプレスリリース資料等に基づいて、欧州大手保険グループの2023年末におけるソルベンシー比率の水準や感応度及びそれらの推移、さらには関係するその他の事項、加えて、2023年における各社の資本管理等に関するトピックについて報告してきた。

決算公表時点でのソルベンシーに関する情報提供は、必ずしも十分なものとはいえない面もある。

「1.はじめに」で述べたように、2023年1月1日から、新たな会計基準であるIFRS第17号(保険契約)の適用が開始されたことに伴い、各社において、各種の資料や数値の再編・見直しが行われている。例えば、これまでAXA、Allianz、Generali等は、「Own Funds Report」等の名称のレポートを作成してきていたが、IFRS第17号の適用開始とともに、これらのレポートの公表は廃止されているようである。これらのレポートで公表されていた内容については、一部は他の資料等でカバーされてはいるが、さらに詳しい内容等については、今後公表されてくるSFCRで報告されていくことになる。

なお、これまでのレポート9で述べてきたように、IFRS第17号の適用自体は実質的にソルベンシーに影響を与えていない。

EUにおいて、2016年1月1日に新たなソルベンシー制度であるソルベンシーIIがスタートして8年が経過したが、この間、各社は、新たなソルベンシー制度に適切に対応すべく、またここ数年は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大やそれに伴う市場への大きな影響、さらにはその後の急激な金利上昇等、グローバルベースで変化の激しい不確実性の高い時代を迎える中で、各社各様の考え方に基づいて、リスク管理や資本管理等で各種の対応を行い、態勢等の充実を図ってきている。

資本管理の面では、今回のレポートで報告したように、2023年に入ってからも、将来の劣後債務等の償還時期等を見据えた上で、必要に応じて、償還時にその一部等に関して、新たな劣後債務の発行等を行ったりしてきている。また、積極的に地域別の事業展開や事業領域そのものの見直しを行うことで、新たな会社の買収や子会社の売却等を行ってきている。この結果として、各社の戦略の差異等を反映する形で、今回報告している保険グループ間でも、子会社等の売買取引が行われることになっている。

こうした各社の資本管理やリスク管理の考え方等については、適宜あるいは四半期毎の報告書やプレゼンテーション資料、SFCR等において、一般の投資家向け等にも開示や説明がなされてきている。ただし、各社によって、その開示方法や説明方式等は異なっており、必ずしも統一されているわけではない。

ソルベンシーII制度の下での各種の開示や報告の問題については、これまで行われてきたソルベンシーIIのレビューにおいても、いくつかの見直し提案等が行われてきたところである。

これらの(開示や報告の見直しを含む)EUにおけるソルベンシーIIのレビューの内容については、欧州委員会、欧州理事会、欧州議会の三者によるトリローグ(Trilogue)を経て、その概要は固まってきている。これらの概要については、これまでのレポートでも報告してきているが、例えば直近では、保険・年金フォーカス「EUにおけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向2023-EU理事会と欧州議会がソルベンシーIIのレビューとIRRDについて暫定合意」(2023.12.27)で報告している。また、英国におけるソルベンシーIIを巡る動向については、基礎研レポート「英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その7)-2023年に入ってからの動き(財務省とPRAが具体的な提案を公開)-」(2023.12.6)で報告しており、実際にこの見直し提案等に基づいて、2023年末からはリスクマージンの改定が実施されている。さらにソルベンシー規制に関しては、IAIS(保険監督者国際機構)によるICS(保険資本基準)の開発の検討が行われており、この実際の監督基準としての適用は2025年が予定されている。従って、この動きを受けての、EUや英国における監督当局や保険会社の対応も注目されるところとなってくる。

今後はこれらの見直しの内容や方向性等も踏まえて、今後の決算時の開示資料や説明資料において、さらなる情報提供の工夫や充実が図られていくことが期待されることになる。

IAISによるICSの導入等やそれらの動きを受けての日本における2025年度から予定されている経済価値ベースのソルベンシー規制の導入の動きがある中で、過去の数年以上にわたって、実際に監督基準として機能してきた経済価値ベースのソルベンシー制度の代表的なものとして位置付けられる(EUや英国における)ソルベンシーIIやSSTを巡る動向とそれへの欧州の大手保険グループの各種対応については、日本の保険会社にとっても大変参考になるものがあることから、今後とも継続的にウォッチしていくこととしたい。
 
9 欧州大手保険グループの状況については、基礎研レポート「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-欧州大手保険グループの対応状況-」(2022.10.4)で、欧州大手保険グループが 2022年8月に公表した 2022年上半期報告時の資料等において説明している、IFRS第17号の適用方針や取組状況等の概要について報告した。さらに基礎研レポート「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-欧州大手保険グループの対応状況(その 2)-」(2022.12.16)で、欧州大手保険グループが、2022 年 11 月から 12 月にかけて、2022 年第 3 四半期報告時や投資家やアナリスト向けの説明会等において、IFRS 第 17 号及び IFRS 第 9 号(金融商品)の適用による影響度等を開示したことから、この概要について報告した。さらに、基礎研レポート「IFRS 第 17 号(保険契約)を巡る動向について 2023 -欧州大手保険グループの開示の状況と FRC のレビュー-」(2023.12.22)で、2023 年上半期報告における IFRS 第17号の開示情報の状況やこれらに対する英国のFRC(財務報告審議会)の意見を紹介した。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2024年04月03日「基礎研レポート」)

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