2024年03月25日

デリスキングの行方-EUの政策と中国との関係はどう変わりつつあるのか?-(後編)

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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( 日 本 )
日本の貿易統計でも、2023年の対中国貿易は、欧米と同様に、輸出入ともに前年割れとなった(図表13−①、②)。

中国向け輸出が前年比6.5%減少する一方、米国向けは同11.0%増となり、輸出相手国の首位が再び入れ替わった。日本の輸出先では、地理的に近接するASEAN、その他アジアの割合も高い。

輸入相手国では、中国が2002年に米国を上回って以来、第1位の座を維持している。(図表13−④)。中国が輸入相手国に占める比率は2割強となっており、日本の中国の輸入への依存度は、米国やEUよりも高く、ASEAN並みである(図表5−④、図表8−④、図表9-④参照)。

日本の輸出入両面で中国への依存度は欧米よりも高いが、欧米と異なり、2010年代半ばにかけての中国への傾斜は見られない。EUの場合は、2022年まで対中輸入依存度の上昇が続いた。
(図表13-①)日本の地域別輸出額の推移/(図表13-②)日本の地域別輸入額の推移
(図表13-①、②)EUの輸出総額に占める地域別シェアの推移(図表13-①、②)
GVCにおける中国との結び付きも、地理的に隣接する日本は、欧米よりも、中国との連関が緊密である。

こうした日本と中国の貿易構造の変化は、Alraro and Chor (2023)で言及されている日本と米国間の貿易構造に生じた変化のように、日本からの直接投資による生産の移管によってもたらされた部分もある。先述のとおり、同様の変化は、中国からASEANあるいはメキシコへの投資によってもたらされたとも考えられている。

今後の世界貿易の再構成も、企業の具体的な行動の結果として形成されるものである。中国を巡る直接投資の流れにどのような変化が生じているのか、中国で活動する西側企業が、デリスキングにどのように向き合おうとしているのかを見ることも重要である。
2|中国を巡る直接投資
(1)世界のトレンド
1990年以降の世界の直接投資額(グリーンフィールド投資とM&Aの合計、フロー)には、大型案件の影響による振幅を伴いながら、緩やかな縮小傾向が観察される10

対内直接投資は2015~2016年の2兆ドルを超えていたが、鈍化傾向にある。対外直接投資は、2007年の2.2兆ドルをピークに、その後、コロナ禍による縮小期を除き、1.5兆ドルほどで推移してきた(図表14−①)。対GDP比を見ると、対内直接投資、対外直接投資ともに縮小傾向がより明確になる(図表14−②)。
(図表14-①)対内対外直接投資額の推移/(図表14-②)対内対外直接投資額の推移(対GDP比)
世界の直接投資では、欧州域内や欧米間の金額が大きく、対外投資と対内投資の両面でトレンドを決める傾向が観察される。その中にあって、日本は、対外直接投資の金額は対GDP比で欧米と並ぶ水準にあるが、対内直接投資は極めて低い水準で推移しており、その差が大きい点に特徴がある(図表15−③、④)。中国は、改革開放政策で、外資を活用した輸出工業化を進めたことで、1994年のピーク時の対内直接投資はGDP比で6%に達した。その後、中国経済の成長とともに、対GDP比の水準は低下に転じるが、金額は2022年まで緩やかな拡大基調が続いている(図表15−②)。対外直接投資は、2000年代半ばから2010年代半ばにかけて急増し、その後、頭打ちとなっている(図表15−①、図表15-③)。

2010年代半ばに中国の対外直接投資の急拡大が止まった背景には2つの変化がある。

1つは出し手である中国の政策の変化である。中国の対外直接投資は、企業の海外進出を国として奨励する「走出去」戦略、2015年のIMFの特別引出権(SDR)構成通貨の採用決定に向けた人民元の国際化、資本規制の緩和に後押しされて拡大した。2013年9月の習近平主席のカザフスタン公式訪問での提唱に端を発する「一帯一路」構想も直接投資を後押しした。しかし、2015年8月の為替改革での人民元の人為的な切り下げが、株価の下落と人民元安を招いたことで、資本流出の抑制に動いた11。対外投資に関しても、2016年末からは、不動産や娯楽・観光などの非実体経済分野への抑制する政策も導入している12
(図表15-①)対外直接投資額の推移/(図表15-②)対内直接投資額の推移
(図表15-③)対外直接投資額の推移(対名目GDP比)/(図表15-④)対内直接投資額の推移(対GDP比)(対名目GDP比)
中国の対外直接投資の急拡大が止まったもう1つの変化は受け手の側にある。2010年代半ばにかけて、中国の対外投資が急拡大した局面では、国有企業によるM&Aが行われる比重も高く、受け手の国々で技術流出が警戒される状況となった。技術流出のリスクへの対抗措置として、「前編」で触れたEUの直接投資スクリーニング枠組みのような投資審査制度の導入や既存の枠組みを強化する動きが、西側の先進国からインドやフィリピンなどのグローバルサウス諸国にも広がった。こうした枠組みによって、投資が阻止されるケースが出てきた13

近年の傾向として、直接投資の地域間フローにも貿易と同じく「地政学的な距離」による選別傾向が観察されるとの研究結果もある。IMFは、23年4月の「世界経済見通し」の第4章「地経学的分断と直接投資」で、グリーンフィールド投資の件数に、直接投資が地政学的な緊張の高まりの影響と思われる変化が見られることを明らかにしている。特に、半導体など国家安全保障、経済安全保障の観点で重要な「戦略的産業」では、米国、欧州向けは底堅いのに対して、中国向けは減少傾向にあるという14。地域間の投資件数のコロナ前(2015年1~3月期から2020年1~3月期)とコロナ後(2020年4~6月期から2022年10~12月期)の増減率をマトリクス化すると、米国から欧州、欧州から米国、欧州域内など同盟国・同志国間は増加、米国や欧州から中国への投資は減少するなど、分断化の傾向が見られる15。コロナ前からの直接投資の減速傾向は、自動化の進展など技術的な要因も影響してきたが、近年は、地政学的な緊張と内向き志向の政策によって直接投資の分断化が進んでいると分析している。
 
10 国連貿易開発会議(UNCTAD)のデータベースに基づく。UNCTADは毎年「世界投資報告書」としてまとめているが、本稿執筆時点の最新データは2022年であり、2023年のデータはまだ公表されていない。
11 人民元の国際化の展開については関根(2023)で詳しく解説されている。
12 2016年以降の中国の対外投資の審査強化に関わる政策については玉井(2020)が詳しい。
13 Mccalman et.al (2022)で詳しく解説されている。
14 IMF(2023a)p.95 Figure 4.4参照
15 IMF(2023a)p.95 Figure 4.5参照
(2)中国を巡る直接投資
前項で概観したUNCTADの統計は2022年が最新であり、デリスキングの最近の傾向は反映されていない。以下、中国が公表した2023年の統計と民間統計に見られる動きを紹介したい。
 
( 対内直接投資 )
国外から中国への対内直接投資については、減少傾向がさらに強まったことが確認されている。

商務部が発表する外資利用額(実行ベース)も、前年比8.0%減の1兆1,339億元で、およそ10年ぶりに前年を下回った16

中国国家外貨管理局の国際収支統計によれば、対内直接投資は2021年に過去最高の3,441億ドルから、22年は1,802億ドルに、さらに23年は330億ドルまで減少し、1990年以来の低水準となった(図表16)。対内直接投資の急減は、新規投資や収益再投資の減少による「株式資本」の流入の減少に加え、2023年には「負債性資本(貸付・借入)」が流出超に転じたことによる。親会社による現地法人への貸し付けの回収のほか、中国企業による海外上場(IPO)の減少による中国への資金還流の減少の可能性も指摘されている17
 
16 「2023年の対内直接投資、前年比8割減も、撤退検討の企業は限定的(中国)」ジェトロ・ビジネス短信、2024年2月21日
17 中国の対内直接投資急減について論じた月岡(2024)を参考にした。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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