2024年02月29日

不況下で高まる企業の人手不足感-有効求人倍率の低下と需給ギャップのマイナスをどうみるか

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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製造業、非製造業に分けてみると、景気が後退局面入りした2019年頃から労働投入量が減少し、緊急事態宣言が発令された2020年に落ち込み幅が急速に拡大した後、2021年頃から持ち直しているのは製造業、非製造業に共通した動きである。ただし、製造業、非製造業ともに労働投入量の拡大ペースは緩やかで、コロナ禍前(2019年)の水準を取り戻していない。労働生産性については、製造業、非製造業ともにコロナ禍で大きく低下した後、いったん持ち直したが、2022年頃から両者が異なる動きとなっている。非製造業の労働生産性は前年比で1%台半ばの伸びが続いている一方、製造業の労働生産性は2022年頃から再び低下し始め、足もとではそのペースが拡大している。

この結果、製造業の最終需要(鉱工業生産)は低迷が続いており、コロナ禍前の水準を大きく下回っている(図表10-1、図表10-2)。一方、非製造業の最終需要(第3次産業活動指数)は、コロナ禍前の水準を回復していないものの、方向としては上昇傾向が続いている(図表11-1、図表11-2)4

通常、人手不足感が強い時には、最終需要や労働投入量の拡大とともに労働生産性が上昇する。製造業は労働投入量が緩やかに増加しているが、最終需要や労働生産性が低下している。先行きの労働力減少に備えて前倒しで人手を確保しようとしていることが人手不足感の根底にあると思われるが、最終需要や労働生産性の動きからすれば、製造業の人手不足感は行き過ぎという見方もできる。最終需要(鉱工業生産)が一段と悪化すれば、雇用過剰感が高まる可能性があるだろう5
図表10-1 鉱工業生産、労働投入量、労働生産性の推移(製造業)/図表10-2 鉱工業生産の要因分解(製造業)
図表11-1 第3次産業活動指数、労働投入量、労働生産性の推移 
(非製造業)/図表11-2 第3次産業活動指数の要因分解(非製造業)
企業が人手不足を感じるケースは大きく分けてふたつある。ひとつは、景気拡張期(好況期)に最終需要(財・サービス市場)が拡大し、それに対応するために企業は労働力を増やすが、最終需要の拡大に労働力の確保が追いつかない場合である。もうひとつは、労働市場の余剰労働力が構造的に不足しているため、企業が思うように労働投入量を増やすことができず、その結果として最終需要が低迷する場合である。

前者は景気の過熱によって発生する循環的な側面が強いため、景気が悪化すれば解消する人手不足である。一方、後者は景気とは関係なく人手が足りない状態であり、労働供給制約が最終需要の拡大、経済成長を阻害するより深刻な人手不足といえる。現状の人手不足は、労働供給制約が最終需要の低迷をもたらしたとまでは言えないが、少なくとも最終需要の拡大を起点として労働投入量が増えるというこれまでの人手不足とは構造が異なっている。このため、景気循環によって解消される人手不足とは言えない面があり、より深刻な人手不足に近づいている可能性がある。
 
4 実質GDPは概念的には鉱工業生産指数と第3次産業活動指数を加重平均したものとほぼ一致するが、統計作成方法の違いなどから両者の動きにはずれが生じる。
5 製造業が最終需要の悪化によって雇用過剰感が高まりやすい構造となっていることは、非製造業がコロナ禍でも一貫して雇用人員判断DIは不足超過となっていたのに対し、製造業は2020年6月調査から12月調査まで過剰超過となっていたことからも分かる。

4――深刻な人手不足を回避する方策

4――深刻な人手不足を回避する方策

労働投入量と最終需要がともに構造的に減少する形の深刻な人手不足を回避するためには、まず最終需要の拡大によって需給ギャップをプラスに転換させることが必要である。最終需要の拡大には労働生産性の向上が不可欠とされるが、筆者はどちらかといえば最終需要の拡大が結果として労働生産性の向上につながると考えている6。そうした意味では2024年の春闘で高い賃上げ率が実現すれば、個人消費を中心に最終需要が拡大し、需給ギャップがプラスに転換する可能性が高まるだろう。
 
一方、労働供給力については、少子高齢化や人口減少が進む中で増えにくくなっているが、今のところ就業者や労働力人口は想定を上回るペースで増加している。1990年代後半から10年以上にわたって減少傾向が続いていた労働力人口は、2013年に6年ぶりに増加に転じた後、2019年まで7年連続で増加した。新型コロナウイルス感染症の影響で2020年には減少したが、その後持ち直し、2023年には6925万人とコロナ禍前の2019年を上回り過去最高を更新した。

労働力人口が2020年代まで増加を続けることは従来は想定されていなかったことである。厚生労働省の雇用政策研究会が数年毎に公表している報告書では、常に先行きの労働力人口が減少することが示されていた。たとえば、2014年公表の報告書では、2020年の労働力人口は楽観的な見通し(経済成長と労働市場への参加が進むケース)でも6495万人7とされていたが、実際には新型コロナの影響で前年から減少したにもかかわらず6902万人となり、2014年当時の楽観的な見通しを407万人上回った(図表12)。
図表12 労働力人口は過去の楽観的な見通しを大きく上回る
図表13 女性の潜在的労働力率は実際の労働力率とともに上昇 想定を上回って労働力人口が増加を続けている主因は、女性と高齢者の労働力率が大幅に上昇していることである。女性については、出産から子育てを担う年齢層で落ち込む「M字カーブ」の底が大きく上昇していることが大きい。たとえば、2013年時点の女性の労働力率は30~34歳で70.1%、35~39歳で69.6%だったが、2023年にはそれぞれ82.6%、80.1%までそれぞれ10ポイント以上上昇した(図表13)。

注目されるのは、労働力率の上昇とともに就業希望の非労働力人口を加えた潜在的労働力率も上昇している点である。このことは現時点の潜在的労働力率が天井ではなく、育児と労働の両立が可能となるような環境整備を進めることにより、女性の労働力率のさらなる引き上げが可能であることを示している。
その一方で、労働力の増加余地が少なくなっていることも事実である。労働力人口がここまで増加を続けてきたのは、それまで就業を希望しているにもかかわらず様々な理由で求職活動を行わないために非労働力化していた者(以下、潜在労働力人口)の多くが労働市場に参入するようになったためである。労働力人口は2002年の6689 万人から2023年には6925万人(+236 万人)へと増加したが、潜在労働力人口は、2002年の529 万人から2023 年には233 万人(▲296 万人)まで減少した(図表14)。非労働力であった就業希望者の多くが労働市場に参入したことによって潜在労働力人口が大幅に減少したため、新たに労働市場に参入する余地は徐々に小さくなっている。
図表14 労働力人口と潜在労働力人口
図表15 就業時間増加希望者(年収別) 労働力人口の拡大余地が徐々に小さくなるもとで労働投入量を増やすためには、一人当たりの労働時間を増やすことも考えられる。日本の総労働時間は長期にわたって減少傾向が続いている。労働時間減少の要因としては、働きすぎの是正や労働時間が相対的に短い高齢者や非正規労働者の増加などが挙げられるが、近年では「働き方改革」の推進がその一因となっている。言うまでもなく、無駄な労働時間の削減や効率的な業務遂行は望ましいことだが、労働時間を増やしたいと考えている就業者は少なくない。2023年の就業者6738万人のうち、就業時間の増加を希望する者は439万人、全体の6.5%である。年収別に就業時間増加希望者の割合を見ると、100万円未満の層では男性12.6%、女性14.5%、100~199万円の層では男性11.0%、女性12.0%となるなど、年収が低い層ほど就業増加希望者の割合が高い(図表15)。

年収が100万円前後の就業者の中には、いわゆる「年収の壁」問題のために、就業調整をしている者が相当数いることが推察される。「年収の壁」問題に対して抜本的な対策を講じれば、就業時間の増加を通じて労働投入量の減少に一定の歯止めをかけることが期待される。

ここまで見てきたように、現在は不況下の人手不足の状態にあり、短期的には最終需要の拡大によって需給ギャップをプラスに転換させることを優先すべきである。一方、中長期的には労働供給制約が経済成長を阻害する深刻な人手不足状態に陥ることを避けることが重要な課題となる。潜在労働力のさらなる掘り起こしや一人当たり労働時間の増加などによって労働投入量の減少に歯止めをかけることが求められる。
 
6 この点については、「生産性向上が先か、賃上げが先か-賃上げを起点に縮小均衡から拡大路線への転換を」(基礎研レポート2023.2.28)をご覧ください。
7 当時の2012年実績比で60万人の減少
 
 

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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

(2024年02月29日「基礎研レポート」)

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