2024年02月29日

不況下で高まる企業の人手不足感-有効求人倍率の低下と需給ギャップのマイナスをどうみるか

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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1――従来と異なる最近の人手不足

日本経済のコロナ禍からの回復ペースは緩やかなものにとどまっているが、企業の人手不足感は急速に高まっている。日銀短観の雇用人員判断DI(「過剰」-「不足」)は、新型コロナウイルス感染症の影響で景気が急速に悪化した2020年にはいったん悪化したものの、過剰超過に陥ることはなく、2020年12月調査以降は不足超過幅の拡大傾向が続き、2023年12月調査では▲35とコロナ禍前のピーク(2019年3月調査)に達した。

今回の人手不足局面は従来と異なる特徴がある。企業の人手不足感が急速に高まるなかでも、(1)労働市場の需給関係を反映する有効求人倍率が低下していること(図表1)、(2)実際のGDPと潜在GDPの差を示す需給ギャップがマイナス圏にある(図表2)ことである。

本稿では、これまでの人手不足局面では見られなかった2つの現象について考察する。
図表1 有効求人倍率と雇用人員判断DI/図表2 需給ギャップと雇用人員判断DI

2――人手不足でも低下する有効求人倍率

2――人手不足でも低下する有効求人倍率

従来、人手不足感と有効求人倍率の相関は非常に高かったが、コロナ禍からの回復局面では人手不足感がコロナ禍前のピークまで高まるなかでも、有効求人倍率はコロナ禍前の水準を下回り、有効求人倍率は2023年入り後は低下している。有効求人数、新規求人数は2023年後半には前年比で減少に転じている。

企業の人手不足感と求人動向が乖離している一因は、厚生労働省が公表している有効求人倍率、求人数はあくまでもハローワーク(公共職業安定所)のデータであり、必ずしも労働市場全体の求人動向を反映していないことである。

厚生労働省の「雇用動向調査」を用いて入職経路別の入職者数の割合をみると、最も割合が高いのは広告で30%以上を占めており、民間職業紹介所の割合は水準は低いものの着実に高まっている。一方、ハローワークの割合は2010年の26.2%をピークに低下傾向が続き、2023年(上期)は13.3%と前年から▲4.9%ポイントの大幅低下となった(図表3)。ここにきて、企業の求人がハローワークから他のチャネルにシフトしている可能性が考えられる。実際、内閣府の地方創生推進室が提供しているV-RESASの求人情報数は、2022年1月にコロナ禍前(2019年)の水準を上回った後、増加が続いており、2023年に入ってからはそのペースが高まっている(図表4)。
図表3 入職経路別の入職者の割合/図表4 民間の求人情報数
図表5 充足率と就職件数 企業の求人がハローワークから他のチャネルにシフトしている背景には、ハローワークの求人が実際の採用につながる確率が低下していることもあるだろう。ハローワークにおける新規求人数に対する就職件数の割合を示す充足率は、雇用情勢が改善し新規求人数が増える時には低下する傾向がある。しかし、2010年頃から新規求人数の増減にかかわらずほぼ一本調子で低下し、足もとでは10%程度と過去最低水準で推移している(図表5)。ハローワークの求人が実際の採用につながりにくくなっていることが、他の採用方法にシフトする一因になっている可能性がある。
実際の採用につながらない求人が増えていることは、未充足求人の動向からも確認できる。厚生労働省の「雇用動向調査」によれば、未充足求人1数は2009年の25.4万人を底に10年連続で増加し、2019年には137.9万人となった。コロナ禍の2020年、2021年にはいったん落ち込んだものの、2022年からは再び増加し、2023年には148.9万人となった。また、欠員率2は2009年の0.6%から2023年には2.8%まで上昇した(図表6)。

2023年の未充足求人数、欠員率を業種別にみると、未充足求人数が最も多いのは宿泊・飲食サービス業の33.6万人、それに続くのが医療・福祉の22.2万人、小売業の19.3万人となっている。欠員率は宿泊・飲食サービス業の6.1%が最も高く、次いで建設業の4.5%、生活関連サービス・娯楽業の3.5%となっている(図表7)。なお、欠員率の高い業種は日銀短観における雇用人員判断DIの不足超過幅が大きく3、欠員率の高さと人手不足感の高さは概ね一致している。
図表6 未充足求人数と欠員率の推移/図表7 業種別の未充足求人数、欠員率(2023年)
 
1 仕事があるにもかかわらず、その仕事に従事する者がいない状態を補充するために行っている求人
2 欠員率=未充足求人数÷常用労働者数
3 たとえば、日銀短観2023年12月調査の雇用人判断DIは宿泊・飲食サービス業が▲75、建設業が▲57となっている。

3――人手不足でも需給ギャップはマイナス

3――人手不足でも需給ギャップはマイナス

図表2で示した通り、一般的には需給ギャップがプラスの時に雇用人員判断DIがマイナス(不足超過)となり、需給ギャップがマイナスの時に雇用人員判断DIがプラス(過剰超過)となる傾向がある。しかし、コロナ禍からの回復局面では、需給ギャップがマイナス圏で推移する中で人手不足感が急速に高まっている。

需給ギャップがマイナス時は、生産要素である資本と労働が平均的な稼働状況にある時のGDPよりも現実のGDPが低く、経済が不況の状態にあることを意味する。現在は不況下の人手不足ということができる。
図表8 需給ギャップ(労働、資本)と雇用人員判断DI 日本銀行は、需給ギャップを資本投入ギャップ(実際の資本投入量-潜在資本投入量)と労働投入ギャップ(実際の労働投入量-潜在労働投入量)に分けて推計している。最近の両者の動きを確認すると、資本投入ギャップは2020年4-6月期以降マイナスを続けている。一方、労働投入ギャップは2020年4-6月期に大幅なマイナスに転じたが、その後はマイナス幅の縮小傾向が続き、2023年入り後は小幅なプラスとなっている(図表8)。足もとの需給ギャップのマイナスは、主として設備投資の低迷によってもたらされている。ただし、設備投資の低迷には、人手不足に起因する工事進捗の遅れや投資計画先送りの影響が含まれている可能性がある。また、人手不足感が強い局面では、企業は雇用者や労働時間の増加によって労働投入量の拡大を図るため、労働投入ギャップ(実際の労働投入量-潜在労働投入量)はプラスになることが一般的である。しかし、今回の人手不足局面では、労働投入ギャップが小幅なプラスにとどまっており、大幅なプラスとなっていた1980年代後半から1990年代初頭にかけてのバブル景気や2010年代のアベノミクス景気の時と状況が異なっている。
需給ギャップがマイナス圏で推移し、労働投入ギャップが小幅なプラスにとどまっていることは、最終需要の低迷、労働投入量の伸び悩みを示している。ここで、労働生産性=最終需要/労働投入量(就業者数×総労働時間)とすると、最終需要の伸びは労働投入量の伸びと労働生産性の伸びに要因分解することができる。

全産業の労働投入量は長期的に減少傾向が続く中、コロナ禍で落ち込み幅が急拡大した後、増加に転じたが、そのペースは緩やかにとどまっている。労働生産性はコロナ禍でいったん低下したが、2021年に上昇に転じた後、足もとでは前年比で1%前後の伸びとなっている。この結果、最終需要(実質GDP)はコロナ禍で急速に落ち込んだ後、持ち直しているものの、その水準はコロナ禍前とほぼ同水準にとどまっている(図表9-1、図表9-2)。
図表9-1 実質GDP、労働投入量、労働生産性の推移(全産業)/図表9-2 実質GDP成長率の要因分解(全産業)
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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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