2024年02月07日

政策形成の「L」と「R」で考える少子化対策の問題点-バランスを欠いた2つの「正しさ」を巡る議論

基礎研REPORT(冊子版)2月号[vol.323]

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1―はじめに

それほど広く知られているわけではないが、政策形成過程では「L」「R」という言葉が使われる時がある。前者は正統性(Legitimacy)、後者は「正当性」(Rightness)を意味しており、いずれも日本語の読み方は「せいとうせい」、和訳は「正しさ」だが、2つの意味は異なる。今回は「LとR」「2つの正しさ」をキーワードに、「次元の異なる少子化対策」を素材にしつつ、政策形成の在り方を論じる。

2―「L」と「R」の違い

まず、「L」「R」を説明する*1。前者の「L」は民主政治における選挙と統治機構の繋がりを想定しつつ、「『正しい』手続きで政策が決まったか」を専ら意味する。永田町や霞が関で使われる言葉で言うと、「首相の指示」「閣議決定された事項」など、政策が決まる過程の正しさを指す。

一方、「R」の「正当性」は「なぜ必要か?」といった専門性や合理性に基づいた「正しい政策」を意味する。ここで注意しなければならないのは、「R」の「正しさ」が多様な点である。例えば、少子化対策に関しては、「育児の負担軽減は必要」「負担増に反対」といった形で様々な議論が有り得るし、今回のイチオシ施策である児童手当の拡充でも、「子育て世帯の経済的な負担軽減が必要」「所得制限を撤廃して高所得者も対象に加える意味があるのか」といった賛否両論が聞かれる。

つまり、「R」の「正しさ」は1つではない。このため、「R」の「正しさ」を追求する上では、審議会などの場で議論を重ね、できるだけ多くの人が納得できる形で、全体像を示すといった工夫が欠かせない。
 
*1 政策形成に関する「L」と「R」の議論は法哲学を中心に様々な議論が展開されているが、本稿は2019年3月公表のPHP総研報告書「統治機構改革1.5&2.0」を主に参照した。

3―少子化対策の「正しさ」は「L」だけ?

しかし、少子化対策を巡る議論は著しく「L」に傾いた。この関係では、岸田文雄首相が「次元の異なる対策」の必要性を提唱し、「関係予算を倍増」という自民党総裁選の発言が政権公約のように受け止められた結果、「規模ありき」の議論に終始した。

結局、2024年度政府予算案では、児童手当の所得制限撤廃などが盛り込まれたが、その過程では「どうして児童手当の拡充が必要なのか」「その他に選択肢はないのか」といった「R」の議論が展開されたように見えない。むしろ、「首相指示」という「L」に基づき、「如何に予算を積み増すか」という議論に終始していた印象を受ける。

約3.6兆円に及ぶ財源対策も問題含みである。政府は「既存予算の見直しや歳出抑制を通じて、実質的に追加負担を生じさせない」と説明しているが、見通しは立っていない。そもそも、給付抑制や負担増などの歳出抑制策にはサービス利用者や関係団体の反対などが寄せられるため、合意形成には時間が掛かる。

例えば、患者負担の引き上げについて、役所や専門家が「税や保険料の軽減に繋がる」と説明しても、医療を必要とする人にとっては死活問題であり、反対意見の全てを「抵抗勢力」と切って捨てることはできない。このため、歳出抑制は難航が予想され、「実質的な追加負担ゼロ」という政府の説明は捕らぬ狸の皮算用になる危険性を孕んでいる。

しかも、歳出改革の枠内で、医療保険料に上乗せする形で創設される「支援金」に至っては、負担と給付の関係が紐付く社会保険方式の原則論から考えると、異例の対応である*2。具体的には、保険料の支払いには本来、何らかの形で給付が紐付くのだが、児童手当に医療保険料を充当するのは無理筋に映る。

それにもかかわらず、決定過程では関係者を集めた「大臣懇話会」が2回開かれた程度であり、上記のような意見を考慮した形跡が見受けられない。支援金に繋がる構想を提案した識者は以前から「政策は力が作るのであって正しさが作るのではない」*3と述べているのだが、「力」を「L」、「正しさ」を「R」と置き換えれば、「L」に偏重した今回の議論の問題点を説明できる。

なお、少子化対策と支援金の論点と問題点は稿を改めて論じたい。
 
*2 支援金に対する批判として、田中秀明(2023)「異次元の少子化対策の財源を問う」『社会保険旬報』に加え、2023年5月24日拙稿「少子化対策の主な財源として社会保険料は是か非か」などを参照。
 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=74880
*3 023年3月23日『m3.com』配信記事における権丈善一・慶大教授のコメント。

4―おわりに

こうした「L」偏重の傾向は最近、様々な領域で見受けられる。その結果、官僚が「R」を語らなくなっており、政策立案能力の低下が懸念される。しかも、「L」や「力」だけで政策が決まることは多様な意見を反映できない点で、19世紀英国の思想家、ジョン・スチュワート・ミルが指摘した*4通り、多数派が少数の意見を圧殺する「多数の専制」に近付く。多くの国民の理解を得る上では、「L」だけでなく、「R」の議論が欠かせない。
 
*4 ジョン・スチュアート・ミル(1859)『自由論』。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2024年02月07日「基礎研マンスリー」)

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