2024年01月31日

訪日外国人消費の動向(2023年10-12月期)-J-wave 2.0で訪日韓国人が大幅増、コト消費は7割強

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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4――訪日外国人旅行消費額の内訳~インバウンドもモノからコトへ、今後の中国人本格再開で揺り戻しも

1全体の状況~インバウンド消費もモノからコトへ、コト消費は足元で73.7
訪日外国人旅行消費額の内訳について、さかのぼって見ると、2013年では最多は「宿泊費」(33.6%)で、僅差で「買い物代」(32.7%)が続き、次いで「飲食費」(20.5%)、「交通費」(10.4%)、「娯楽サービス費」(2.5%)と続き、モノ消費が約3割、サービス(コト)消費が約7割を占める(図表5)。

一方、中国人の「爆買い」が流行語となった2015年5では、最多は「買い物代」(41.8%で2013年より+9.1%pt)となり、「宿泊費」(25.8%で同▲7.8%pt)や「飲食費」(18.5%で同▲2.0%pt)などの割合が低下することで、モノ消費が4割弱、コト消費が6割強を占める。なお、「買い物代」のピークは2015年であり、2016年以降は低下傾向へと転じている。この背景には、中国政府が、中国人の日本での「爆買い」による国内消費の低迷を懸念し、海外で購入した商品(高級腕時計や化粧品など)に課す関税を引き上げた影響などがあげられる。

一方、2023年(速報)では最多は「宿泊費」(34.6%)で、次いで「買い物代」(26.4%)、「飲食費」(22.6%)と続き、モノ消費が大幅に減ることでコト消費が73.7%を占めるようになっている。なお、2022年以降はコロナ禍前と調査体系が異なるため、内訳の数値についての厳密な比較は難しいが、大きな傾向としては、インバウンド消費も日本国内の消費と同様、モノを買うよりもサービスを利用することにお金を費やす(モノからコトへ)傾向が強まっていると言える。
図表5 訪日外国人旅行消費額の費目別構成比の推移
 
5 「爆買い」は2015年のユーキャン新語・流行語大賞における年間大賞。
2中国人訪日客の状況~中国人の訪日が本格再開すればモノ消費の再開も
現在のところ回復途上だが、今後ともインバウンド消費全体に大きな影響を与えるであろう訪日中国人旅行消費額の内訳に注目すると、2013年では「買い物代」(52.4%)が過半数を占めて圧倒的に多く、モノ消費が過半数、コト消費が半数弱を占める(図表6)。一方で、やはり「爆買い」のピークは2015年であり、モノ消費は約6割まで増えたが、2016年以降は5割程度に落ち着いている。

2022年以降の調査対象はコロナ禍前と属性が異なるため(前述の通り、中国政府が日本旅行を規制した時期があったため)単純な比較は難しいが、コロナ禍直前の訪日中国人旅行客のモノ消費の割合は5割を超えて全体を大幅に上回っていたこと、また、足元(2023年10-12月)でも4割を超えて多いことを考えれば、今後、中国からの訪日が本格的に再開した際は、インバウンド消費全体の内訳において、モノ消費の割合はコロナ禍直前(34.7%)と同様に3割を超える可能性がある。
図表6 中国人訪日客の旅行消費額の費目別構成比の推移
3国籍・地域による特徴~東南アジアはモノ消費、欧米諸国はコト消費が旺盛
訪日外国人旅行消費額の内訳について、国籍・地域による特徴を見ると、2019年では、中国をはじめとした東南アジア諸国やロシアではモノ消費が、欧米諸国ではコト消費が多い傾向がある(図表7)。なお、モノ消費が圧倒的に多いのは中国(51.1%)で、次いで台湾(35.1%)、香港(33.5%)、ベトナム(33.2%)、タイ(32.4%)、フィリピン(30.6%)と3割台で続く。一方、コト消費が圧倒的に多いのは英国(91.5%)で、次いでスペイン(88.6%)、ドイツ(88.3%)、米国(87.7%)、イタリア(87.5%)、カナダ(87.3%)、オーストラリア(87.2%)、フランス(87.0%)と約9割で続く。

2023年4-6月でも同様に、東南アジア諸国ではモノ消費が、欧米諸国ではコト消費が多い傾向がある。

各国籍・地域別に、旅行消費額の内訳の構成比について2019年と2023年を比べると(ただし、訪日が回復途上である国籍・地域も多いために厳密な比較は難しい)、約半数ではモノ消費とコト消費の変化幅が2%未満であり、おおむね変わらないが、インド(モノ消費の割合は2019年より2023年で+8.3%pt)や英国(同+6.1%pt)などではモノ消費が増えている。また、米国やカナダ、オーストラリア(同いずれも+3%台)でもモノ消費がやや増えている。一方、中国(同▲13.5%pt)ではモノ消費が大幅に減っている。なお、モノ消費が増えている国は米国(訪日消費額全体に占める割合は11.3%)を除けば、訪日消費額に占める割合が低い(インド:同0.7%、英国:同2.1%など)。一方、中国は回復途上とはいえ、消費額に占める割合(同13.9%)は台湾と並んで首位であり、全体への影響も大きい。つまり、訪日中国人旅行消費が現在のところ回復途上にあり、モノ消費の割合が大幅に減っているために、全体でもモノ消費が減り、コト消費が増えている様子がうかがえる。
図表7 国籍・地域別旅行消費額の費目別構成比

5――おわりに

5――おわりに~強まる需要に対して供給不足が課題、多方面からの生産性向上策に期待

インバウンド消費が本格的に再開する中で、本稿では政府統計を用いて、2023年末までのインバウンド消費の動向について捉えた。その結果、訪日外客数はコロナ禍前と比べて約1割、消費額は約4割増加しており、円安による割安感から宿泊日数が伸び、日本国内の物価高の影響も相まって、1人当たりの消費額が増えている様子が見てとれた。

国籍・地域別には、中国からの訪日は回復途上にあるが、コロナ禍前は反日感情が高まっていた韓国で、「J-wave 2.0」とも言われるようにZ世代の若者を中心に日本文化が流行していることで、訪日中国人旅行客の減少分以上に訪日韓国人旅行客が増加している。また、米国やシンガポールなどでも増えているが、引き続き円安による日本旅行に対する割安感の影響と見られる。

また、消費の内訳を見ると、これまでにも見られてきたように、インバウンド消費も日本国内の消費と同様、モノからコトへとお金を費やす対象が変化しており、足元ではコト消費が7割を超える。ただし、モノ消費に旺盛な訪日中国人の消費が再開すれば、コト消費が内訳の再び3割を超える可能性もあるだろう。

一方で、今後、リピーターも増え、過去と比べて滞在日数が長期化する中では、モノを買うというよりも、日本ならではの体験をしたいというコト消費の需要は強まっていくと見られる。つまり、宿泊や飲食、娯楽サービスなどのコト消費の内訳を占める様々なサービスに対するバリエーションや質の高さなどの付加価値が一層求められるようになるだろう。特に、娯楽サービス(現地ツアーやテーマパーク、舞台・音楽鑑賞、スポーツ観戦、美術館、温泉やエステ、マッサージ、医療費など)は調査途中で費目が追加されているように、現在のところ内訳の5%程度に過ぎないが、今後の伸びしろは期待される。特に日本では他国と比べて、ナイトタイムエコノミーに該当するサービスや富裕層向けの質の高いサービスが不足している6。特に、これらの領域については大きな伸長の余地があり、新たなサービス需要の開拓は、成熟しつつある日本人の消費市場の更なる発展にもつながる。

ただ、インバウンドだけでなく、日本国内の消費が再び活発化する中で、日本では構造的な課題として人口減少による労働力不足があり、特にサービス業においては人手不足が深刻だ。一方で、サービス業(特に宿泊・飲食サービスや生活関連サービス・娯楽など)については労働生産性に改善の余地があり、効率的な労働投入(宿泊業などの繁閑の差が激しい業種における地域全体での雇用シェアや物品の共同購入など)や業務の効率化(デジタル化、無人化など)に加えて、付加価値の向上(デジタル化でサービスが同質化する中で文化芸術や地域文化の伝承などを根幹に据えたサービス提供など)などの方向性も指摘されている7

昨年からのコロナ禍明けで強まる消費需要に対して供給不足による機会損失が生じている。多方面から生産性向上を図る施策が進められることで、インバウンドのみならず、日本人の個人消費の底上げも期待される。
 
6 国土交通省「ナイトタイムエコノミー推進に向けたナレッジ集」(平成31年3月)や株式会社日本総合研究所「平成30年商取引・サービスの適正化に係る事業(日本版ブロードウェイ構想に関する基盤調査)報告書」など。
7 経済産業省「サービス産業×生産性研究会」報告書(2022年3月)
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

(2024年01月31日「基礎研レポート」)

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