2024年01月25日

イマーシブ(没入感)の時代-「非傍観型トキ消費」という消費活動

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

文字サイズ

本レポートのポイント

1――はじめに

1――はじめに

昨今イマーシブ(immersive)という言葉をよく耳にするようになった。イマーシブは「没入」「没入感」という意味があり、リアリティあふれる映像や音響に入り込み、その世界に浸ることができるようなコンテンツに注目が集まっている。特にテーマパーク業界では2024年3月1日に東京・お台場に完全没入型テーマパーク「イマーシブ・フォート東京」のオープンが決まっている。「イマーシブ・フォート東京」は、12種類のアトラクション体験と、6つの物販・飲食店を備え、体験時間1時間超の大規模イマーシブシアターや、本格ホラー・イマーシブ体験、レストランで突然起きる豪華絢爛なショーに巻き込まれるイマーシブ体験など完全没入体験をコンセプトに、非日常的で劇的な時間が提供されるようだ。イマーシブシアターは、2000年代にロンドンから始まった「体験型演劇作品」の総称で、客席から舞台を鑑賞するという従来の演劇とは異なり、観客自身がその世界の登場人物・当事者として演出に巻き込まれ、物語に積極的に関わりをもつことができる事が最大の魅力だ。

手がけるのはユニバーサル・スタジオ・ジャパンを再建したことで知られる森岡毅氏が率いる株式会社刀である。日本におけるイマーシブコンテンツの先駆けは2018年、2019年にユニバーサル・スタジオ・ジャパンで開催された「ホテル・アルバート」と言われているが、そのチームがイマーシブ・フォート東京を制作している。また、2021年5月に昭和レトロをテーマにリニューアルオープンした埼玉県所沢市の西武園ゆうえんちも森岡氏が手掛けているが、園内で体験できる超没入型ドラマチックレストラン「豪華列車はミステリーを乗せて」についても「ホテル・アルバート」シリーズの制作に携わったチームがショー開発・演出を手掛けており、森岡氏の刀を中心にテーマパーク業界にイマーシブ旋風が起こっているともいえるかもしれない。株式会社刀によれば、従来のテーマパークとイマーシブ・テーマパークには以下の3つの大きな違いがあるという1
図1 従来型テーマパークとイマーシブ・テーマパークの大きな違い
このテーマパーク業界におけるイマーシブコンテンツの導入は海外市場においても積極的に行われており、例えばアメリカ・フロリダ州にあるウォルト・ディズニー・ワールドには、『スター・ウォーズ』の世界観を完全再現したホテル『スター・ウォーズ:ギャラクティック スタークルーザー』が存在していた。2泊3日の宿泊体験で、1部屋4,809ドル(約70万円)と高価であるものの、スター・ウォーズ内のキャラクターになりきって、その世界観に完全没入できるという事もあり、人気コンテンツであった。

また、日本橋三井ホールではDive in Artをコンセプトにゴッホやゴーガン、スーラ、セザンヌらの作品を鑑賞ではなく体感できるImmersive Museum TOKYO 2023や、ディズニー・アニメーションの世界を映像と音楽で没入体験できる「ディズニー・アニメーション イマーシブ・エクスペリエンス」など、展示業界でも没入体験という付加価値に重きが置かれたコンテンツが増えてきた。併せてアサヒビール株式会社は、茨城工場併設の「スーパードライ ミュージアム」を1月13日からリニューアルオープンしているが、そこでは「スーパードライ SKY ROAD」と呼ばれる試飲会場までの通路にプロジェクションマッピングを投影し、容器へ充填後、商品が運ばれ、国内外で「スーパードライ」が消費されている様が没入感のあるコンテンツとして展示されており、美術館や博物館のみならず企業の社内ツアーにおいても視覚、聴覚を刺激した「没入感」が導入され始めているわけだ。

一方で2023年4月には東京・原宿に、友達のバイト先に遊びに行っているような感覚を体験できる「友達がやっているカフェ/バー」がオープンしているが、同店では「友達」という枠組みを通して、店と客の目線が同じ高さという新しい顧客体験ができる。筆者も実際に足を運んでみたが、入店した瞬間から「いらっしゃいませ」ではなく「久しぶり!元気してた?」という言葉を皮切りに、虚構としての交友関係のコンテクストが、店員と客に共有され、あたかも昔からの知人のようにやりとりが開始されるわけである。店員の多くが俳優の卵なので、彼らの演技に身を任せれば基本的にこのカフェが提供しているコンセプトを体感できるわけだが、客側がより能動的にそのノリを享受することで、より濃度の濃い体験へと高次化していくわけだ。

他にも、年末年始に多く出る不要品にフィーチャーした取り組みとしてメルカリは11月29日~12月3日に原宿のUNKNOWN HARAJUKUで没入型施設「ウチの実家」をオープンした。「ウチの実家」は居間、床の間、台所、兄弟部屋の4部屋、2階建ての実家を再現し、まるで家族のように出迎えてくれるような没入型施設となっている。2024年は小売りや飲食店においてもイマーシブがキーワードになっていくだろう。
 
1 株式会社刀プレスリリース 「世界初* の<イマーシブ・テーマパーク>が、東京・お台場に誕生! 「イマーシブ・フォート東京」 2024年春 開業」2023/10/05 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000013.000073819.html

2――体験型・参加型エンタメ(コンテンツ)

2――体験型・参加型エンタメ(コンテンツ)

今でこそ、このような没入型コンテンツをイマーシブコンテンツと呼ぶようになったが、以前より謎解きや脱出ゲームのように根強いファンを獲得している市場も存在していた。2015年に開催された「謎解きイベントカンファレンス」での南晃氏の基調講演によれば、謎解きコンテンツは2009年ごろから普及しはじめ、2011年には1500万円だった市場規模が、2014年には100億円に急成長、2015年には400億円に達する市場規模だったようだ2。現在では市場規模500億円、プレイヤー人口は500万人と言われており、レジャーの1つとして定着している。

また、コロナ禍では、文京区本郷にある鳳明館で執筆や仕事を集中して行う事を目的とした宿泊プラン「文豪缶詰プラン」がSNSで話題となった。このプランでは文京区本郷がかつて一大旅館街として栄え、石川啄木や金田一京助、北原白秋、手塚治虫など多くの文人がこの地で執筆をしていたことに肖り、宿泊客は文豪として滞在し、スタッフ扮する担当編集者から「先生! 原稿は進んでますか?」と圧をかけられるといったユニークなプランが提供されていた。

実は、前述した「友達がやってるカフェ/バー」のように店員が何か役割を演じてサービスを提供するというビジネス形態は、2000年代初頭に「萌え文化」を牽引したメイドカフェを始めとした「コンセプトカフェ(コンカフェ)」そのものである。

このようにコンテンツの世界に入り込んだり、自身がエンタメの一役を担う「体験型・参加型エンタメ(コンテンツ)」は以前より存在していたわけだが、その中でもなぜ今没入型エンタメが注目されているのだろうか。
図2 体験型・参加型エンタメ(コンテンツ)例
 
2 IGDA日本(国際ゲーム開発者協会日本)「成長を続ける謎解きイベント業界の今~謎解きイベントカンファレンス2015夏」 2015/7/21 https://www.igda.jp/2015/07/21/1487/

3――なぜ今没入型なのか

3――なぜ今没入型なのか

没入型コンテンツは従来の消費潮流の変遷で見れば、「コト消費」や「トキ消費」と呼ばれる消費の一側面といえる。コト消費とは「商品やサービスの購入を決めるときに「体験」「経験」の価値を重視する消費行動」のことで、トキ消費は「その時・その場でしか味わえない盛り上がりを楽しむ消費行動」と定義される。所有やモノの豊富さを追求していたモノ消費やブランドなどで差別化が意識されていた記号消費を経て我々は、体験や経験することで心を満たしたいと考えるようになった。旅行やテーマパーク、レジャーといった類の消費なわけだが、このような消費はSNSの普及と相まって、他人の消費結果=体験 が広くシェアされるようになった。
図3 消費潮流の変遷
失われた30年と言われるように景気の低迷が続く中、我々の収入が増加した訳でもなく、昨今は物価の上昇によって自由に使えるお金が減少している。一方で、インターネットやSNSの普及により、昔に比べ圧倒的に情報量が増え、興味をもつ対象や消費したいという対象は増加している。支出したくても全ての興味や欲求に対して支出できるわけではないため、我々はSNSをはじめとした他人のレビューや口コミを参照し、わざわざ自身が消費する必要があるのか検討し、消費における失敗のリスクを軽減しようとする。ある意味何もかも分かった状態で購入する事が多いため、コト消費のように実際に体験してはじめて効用につながる消費対象においても、その体験が自分にとって必要な体験(消費)であるかというリスクを軽減するために、他人の投稿という言わばその体験のネタバレを必死に探すわけである。

例えばSHIBUYA109.lab「Z世代の映像コンテンツの楽しみ方に関する調査」4によると、映画で言えば44.3%が「作品を楽しむ前にある程度の内容を把握しておく」と回答している。また、テーマパークではイベント開催日よりも先にプレスプレビューが設けられることも多く、SNSを見なくともテレビやYouTubeを見れば新しいパレードやショーの新情報が溢れており、昨今のテーマパークでの体験はTVやSNSで見たものの再生産が中心となってしまっているのである。ある意味体験しないとわからない事に対して費用を払う事がコト消費の本質であるのに、体験しないとわからないという点にリスクを感じて、他人の消費結果を探究してしまうわけである。その結果SNSには同じような疑似体験が溢れ、実際にそのコト消費を消費しに行っても「再現性の高い=新鮮さのない」体験が待っているわけである。昨今のコト消費は、自分が得た情報の答え合わせをする場と化しているのかもしれない。

また、トキ消費においては、フェスやコンサート、街中でのハロウィンの仮装やスポーツイベント後の街の盛り上がりなど、「その時・その場・そこにいる人」によって生成される「限定性」や二度と同じこと再現されない「非再現性」が魅力を生み出していたが、従来のトキ消費は、一つのエンターテインメントに人々が集い、その群衆のひとりとして自分が存在しているという構図の消費が中心だったように思われる。
図4 トキ消費の3要件
自発的にその消費を行ってはいるものの、その場で消費されるコンテンツは受動的なモノが多く、あくまでも自分は「観客」「傍観者」「盛り上がっているという状態を生み出している要因の一人」に過ぎなかった。また、多くのトキ消費も有料コンテンツに料金を支払って視聴するシステムであるペイ・パー・ビュー(pay-per-view)や現地参加者によるSNSでのライブ配信を通して、その場での熱量は伝わらないものの、集っている要因(コンサートでいう演奏、街ハロウィンにおける人の往来の映像や他人のコスプレ姿)は他人の投稿から疑似体験できてしまう。

しかし、多くのイマーシブコンテンツ特にイマーシブシアターにおいては、消費者自身に何かしらの役割が与えられたり、そのエンターテインメントを成立させるための一要因となることが多く、消費者は能動的にそのコンテンツに触れることになる。もちろん提供されるコンテンツにパッケージとしての枠組みや型はあるものの、参加している他の消費者の属性、役者の熟練度などコンテンツを成立させるうえで不確実な事項が多く、再現性が極めて低い限定性のある体験が提供されているわけだ。これは、消費者自身が役割を担い、参加する回ごとに異なるその時にしか味わえない体験をできる能動的なエンターテイメントとして「没入感」そのものの需要が高まっていると言えるだろう。
 
3 廣瀨涼「現代消費潮流概論-消費文化論からみるモノ・記号・コト・トキ・ヒト消費-」基礎研レポート 2022/01/19 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=69930?site=nli
4 SHIBUYA109.lab「Z世代の映像コンテンツの楽しみ方に関する調査」2022/08/18 https://shibuya109lab.jp/article/220818.html
5 夏山明美「モノ、コトに続く潮流、「トキ消費」はどうなっていくのか/(連載:アフター・コロナの新文脈 博報堂の視点 Vol.13)」2020/10/22 https://www.hakuhodo.co.jp/magazine/85508/
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【イマーシブ(没入感)の時代-「非傍観型トキ消費」という消費活動】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

イマーシブ(没入感)の時代-「非傍観型トキ消費」という消費活動のレポート Topへ