2023年12月27日

介護軽度者向け総合事業のテコ入れ策はどこまで有効か?-事業区分の見直しなど規定、人材育成や「措置」的な運用が必要

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3|地域の多様な主体が自己の活動の一環として総合事業に取り組みやすくなるための方策の拡充
2番目では、市町村に対する支援パッケージの強化が盛り込まれた。具体的には、▽多様な主体が参加することの目的・効果を含めた総合事業の基本的な考え方やポイントを分かりやすく示す、▽地域の様々な活動の事例を事業の実施プロセスを含めた形で新たな地域づくりの戦略として取りまとめる、▽総合事業ガイドラインなどで市町村が事業デザインを検討するに当たって参考となる運営・報酬モデルを示す――などの方策が盛り込まれた。

このほか、「生活支援体制整備事業」のテコ入れに向けた方策も言及された。ここで言う生活支援体制整備事業とは地域資源の開発やネットワーク化などを目的とする制度であり、総合事業と同様、介護保険財源の一部が転用されている。中間整理では、民間企業など地域の多様な主体との接続を促進する観点に立ち、同事業に関する「プラットフォーム」を国や都道府県に構築する考えが提示された。
4|地域での自立した日常生活の継続の視点に立った介護予防ケアマネジメントの手法の展開
第3の点として、介護予防の強化に向けたケアマネジメントの充実が盛り込まれた。いくつか施策を例示すると、「多様なサービスを使っている利用対象者のモデルを提示」「多様なサービスを組み合わせて支援するケアプランモデルを提示」が言及された。

さらに、市町村に対する推奨としても、孤立する高齢者を地域の生活支援に繋げた場合の加算とか、地域のリハビリテーション職と連携して介護予防ケアマネジメントを実施した場合の加算を提示ししたりする必要性が示された。このほか、従前相当サービスを選択した場合の理由を介護予防ケアマネジメントの様式例に記載する欄を追加する旨も盛り込まれた。
5|地域で必要となる支援を継続的に提供するための体制づくり
最後の(4)では、介護保険サービスと総合事業の切れ目のない提供体制の構築が必要と指摘された後、「評価指標の見直し」として、「高齢者一人一人の介護予防・社会参加・自立した日常生活の継続の推進の状況」「高齢者の地域生活の選択肢の拡大」「地域の産業の活性化(地域づくり)」「総合事業と介護サービスとを一連のものとして地域の介護サービスを含む必要な支援を継続的かつ計画的に提供するための体制づくり」の4つが重要という認識が披歴された。
6|工程表の作成、予算上限制度の見直し
以上のような施策・運用の見直しに向けたタイムスケジュールを示すため、介護保険部会には「第9期介護保険事業計画期間における総合事業の充実に向けた工程表」(以下、工程表)も示された。ここで言う「第9期介護保険事業計画」とは、2022~2024年度の3カ年を対象に、市町村が3年ごとに作る計画を意味しており、工程表では2024年度からの3年間を「集中的取組期間」と位置付けられた。その上で、この期間に国が上記で挙げた制度の見直しを図るとともに、地域づくり加速化事業などを通じて市町村の支援に取り組む方向性が提示された。国が2023年度中にガイドラインを見直す方針も盛り込まれた。

このほか、介護保険部会では、予算上限制度の見直し方針も示された。これまでは上限を突破した際の要件がガイドラインに記載されているだけだったが、2024年度から始まる新しいルールでは「上限突破を例外的に認める際の要件として「プログラムの導入年度から起算して3年度経過後には上限の範囲内に収まることが見込まれる」などの要件が定められることになった。

では、以上の中間整理をどう評価すればいいのだろうか。実は、中間整理に出ている生活支援やケアマネジメントの重要性は以前から指摘されており、全て目新しいとは言えない2が、いくつかの重要な変化が見受けられる。以下、藤田医科大学を中心とする市町村支援プログラム3に関わっている経験を加味しつつ、その評価を試みる。
 
2 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2016)『新しい総合事業の移行戦略』(老人保健健康増進等事業)では「総合事業の本質は介護予防ケアマネジメント」という記述が見られる。
3 藤田医科大、愛知県豊明市を中心とした人材育成プログラム(老人保健健康増進等事業)。2022年度は医療経済研究機構が事務局となり、政策形成支援にシフトした内容となった。
http://www.fujita-hu.ac.jp/~chuukaku/kyouikushien/kyouikushien-96009/index.html

4――中間整理の評価

4――中間整理の評価

1|「受け皿」「担い手」の色合いが薄くなった?
まず、総合事業を要支援者の「受け皿」「担い手」と見なす色合いが薄くなった印象を受ける。総合事業では、市町村が住民とフラットな立場で連携しつつ、高齢者の外出機会を作り出すような取り組みが求められるが、ややもすると、行政職員は住民や企業を「担い手」と呼び、行政サービスを縮小した後の「受け皿」「下請け」のように考える傾向がある。実際、社会保障制度改革国民会議報告書では「受け皿」という言葉が使われていたし、2015年6月に示された最初の総合事業ガイドラインでも「担い手」という言葉が30回近く登場していたため、筆者自身としては、こうした「上から目線」の言葉遣いがフラットな関係性を構築する上で阻害要因になると考えていた4

だが、中間整理で「担い手」という言葉は2回しか使われていないなど、従来の「上から目線」の発想が減退したように映る。骨子段階では「地域の力を総動員」という言葉が使われていたが、最終的な文言は「地域の力を組み合わせる」という表現に置き換えられた。
 
4 この点に関しては、2019年7月16日拙稿「介護保険制度が直面する『2つの不足』(下)」を参照。
2|「事業頭」「制度頭」からの脱却?
次に、高齢者の暮らしを踏まえるため、ケアマネジメントの必要性が言及された点である。総合事業を強化する上では、それぞれの市町村や専門職が高齢者の暮らしやコミュニティの実情から課題をイメージし、施策や実践を展開していく必要があり、今までの市町村は図表1や図表3で示した事業区分とか、通いの場の実施個所数や参加人数を揃えることに終始していた感があった。

さらに、厚生労働省も同じように事業や制度の課題から考える傾向があった。その典型例が2019年3月に公表された『これからの地域づくり戦略』である。ここでは、いくつかの好事例を挙げつつ、高齢者が集まる「集い」、高齢者がお互い様の気持ちを醸成する「互い」、関係者が話し合って地域課題の解決策を話し合う「知恵を出し合い」の3つが揃えば地域づくりが実現するというストーリーが描かれていたが、「今後、高齢化が進むとともに、人手不足の時代が続きます。そのような中、介護保険も、保険給付頼りではなく、本人の力や住民相互の力も引き出して、介護予防や日常生活支援を進めていくことをもう一つの柱にしていくことが必要となる」などの文言が見られるなど、介護保険の持続可能性を高めるため、地域づくりの重要性を訴えている様子が垣間見えていた。

つまり、高齢者の暮らしや地域の実情を踏まえないまま、課題解決のための方法論の一つに過ぎない事業や制度の課題から考える傾向が国、地方ともに散見され、こうした事象を筆者は「事業頭」「制度頭」と呼び、その脱却の重要性を繰り返し強調していた5。少し逆説的だが、現場における総合事業の改善を考える上では、費用抑制の議論とか、図表1や図表3の事業区分から一旦、離れる必要があると考えていた。

これに対し、中間整理では高齢者の暮らしを踏まえる観点に立ち、企業との連携が前面に押し出されたほか、事業区分の見直しとか、生活支援体制整備事業の強化、介護予防ケアマネジメントの充実、新しい地域づくり戦略の検討などの見直しが列挙されており、ある程度は「事業頭」「制度頭」から脱却している印象を受ける。
 
5 医療・介護提供体制改革に関して、厚生労働省の審議会資料で多用されている「地域の実情」に着目した拙稿コラムの第2回第3回を参照。

5――今後の論点

5――今後の論点

1|市町村の人材育成・政策形成に向けた支援が重要
しかし、総合事業が市町村に浸透するか、もう少し検討を要する。第1に、市町村の人材育成・政策形成に向けた支援を強化する必要がある。単に「国から降りてくる事務を処理する」という思考パターンに慣れた自治体職員の意識と行動を変えるには一定程度の時間と手間暇が必要であり、伴走的かつ継続的な支援が求められる。

その際には「集権的な対応(標準化)」「分権的な対応(個別化)」のバランスが論点になると思われる。中間整理を読むと、「多様なサービスを組み合わせて支援するケアプランモデル」など、国が「モデル」を示す方針が随所に出ているが、国が集権的に「モデル」の内容を細かく書き過ぎると、市町村が高齢者の暮らしやコニュニティの実情を踏まえないまま、国の「モデル」を模倣する行動に出るかもしれない。逆に具体的に書かないと、多くの市町村が実施できなくなるため、一定程度は「モデル」の内容を細かく書く必要もある。この2つの選択肢は両立し得ないトレードオフの関係にあり、バランスを考慮しつつ、市町村を支援していく必要がある。
2|措置的な運用も不可欠?
第2に、介護保険の給付との違いを強く意識する必要もある。そもそも、社会保険方式では保険料を支払った見返りとして、被保険者が給付を受け取る権利を有する。

これに対し、総合事業は予防に力点を置くことで、保険料を払った見返りとしての給付を受け取らせないようにしている点で、社会保険方式の持つ権利性と整合しない側面がある。しかも図表2の通り、総合事業には予算の上限が設定されているし、好事例とされる一部の市町村でも、要支援認定やケアマネジメントの時点で、サービスの利用先を割り振ったり、制限したりしており、社会保険方式の権利性と整合しない面が大きい。つまり、社会保険方式と相性が悪い総合事業を介護保険制度の枠内に入れ込んだ結果、様々な面で整合性が付かなくなっている。

このため、市町村の支援に際して、総合事業では社会保険方式の権利性が部分的に制限されている点などを意識してもらう必要がある。さらに中長期的な視点に立つと、総合事業における保険料のウエイトを減らす半面、税財源の比率を高めるなど財源構成の整合性を確保する必要がある6
 
6 ここでは詳しく触れないが、その他の要支援者向け給付の力点を予防に置くなど、別の選択肢も考えられる。
3|要介護12への対象拡大は可能か
最後に、要介護1~2の人を総合事業の対象に加える是非を論じる。この関係では、財務省が給付抑制の観点に立ち、要介護1~2の人も総合事業の対象とするように繰り返し求めているが、2022年12月の介護保険部会意見書では、2027年度に予定される次の次の制度改正まで結論が先送りされた7

この提案に関して、筆者は現時点では困難と考えている。そう考える第1の理由として、先に触れた通り、先行した要支援でさえ、事業の趣旨が浸透しているとは言えない点である。中間整理と工程表では、3カ年の「集中的取組期間」を通じたテコ入れが意識されているが、市町村の意識や行動を変えるには一定程度、手間暇と時間を要する。

第2に、要介護認定と総合事業の整合性から見た疑問である。そもそも、総合事業は「予防」の枠組みであり、法律上は「状態の軽減若しくは悪化の防止に特に資する支援を要する」とされている要支援認定を受けた人を総合事業の枠組みに移すことができた。

これに対し、要介護者は回復可能性を前提としておらず、要介護1~2の人まで総合事業の対象に加えるのであれば、要介護認定の考え方か、予防を前提とした総合事業の枠組みを見直す必要がある。これらの点を解決しない限り、要介護1~2の人の総合事業移行は困難と言わざるを得ない。

6――おわりに

6――おわりに

これまでの市町村の総合事業の取組を活かしつつも、大きな発想の転換によるフルモデルチェンジを促す――。中間整理の後半では、こうした文言が盛り込まれている。確かに従来のスタンスを一新する文言が数多く盛り込まれており、これまでの資料で散見された「上から目線」「制度頭」「事業頭」の悪弊から脱却した印象も受ける。

ただ、今年度中に予定されているガイドラインの見直しも含めて、詳細な制度設計は今後の検討課題となっており、「『モデル』をどこまで細かく書き込むのか」「どうやって市町村の政策形成を支援するのか」など論点も数多く残されている。介護保険を取り巻く財源と人材の制約条件は厳しくなっている8中、身体的自立や重度化防止だけで問題を解決できるとは思えないが、総合事業の見直しと運用改善に向けて、中間整理と工程表に基づく国の取り組みを注視するとともに、市町村における制度運用の改善が求められる。
 
8 この点は2019年7月5日拙稿「介護保険制度が直面する『2つの不足』(上)」を参照。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2023年12月27日「保険・年金フォーカス」)

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