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2023年12月06日
英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その7)-2023年に入ってからの動き(財務省とPRAが具体的な提案を公開)-
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7―まとめ-英国におけるソルベンシーIIレビューの動きを受けて-
以上、今回のレポートでは、英国のソルベンシーIIレビューを巡る動きについて、前回のレポート以降に財務省やPRAによって公表されてきたソルベンシーIIの改革提案の概要や、それに対する利害関係者の評価と反応等について、その概要を報告してきた。
今回の財務省やPRAの提案の内容については、リスクマージンやMAの改革のような、英国にとって極めて影響が大きい項目28に焦点が当てられており、それ以外にも内部モデルの評価の簡素化やEUのソルベンシーIIに由来している措置や規定の見直し等、ソルベンシーIIのみに関連している独自項目に対するものが多い。ただし、報告要件の合理化や各種規制の簡素化の考え方、さらにはリスクマージンの方法論等についてはグローバルベースで共通して問題になってくるテーマである。
以下では、日本における経済価値ベースのソルベンシー規制においても大きく関係してくると思われる項目の中から、リスクマージン、同等性評価、検討の進め方の3点に絞って、その影響等について述べておく。
28 EUにおいても、リスクマージンの改革の動きは注目されている一方で、MAを適用しているのは主としてスペインの保険会社のみであることから、MAの改革は現在行われているEUのソルベンシーのレビューにおいては検討されていない。ただし、VA(ボラティリティ調整)の基礎となるリスク修正後の信用スプレッドの割合を現行の65%から85%に増加させることが提案されている。MAの改革は、その影響が大きい英国において積極的に検討が行われてきている。
今回の財務省やPRAの提案の内容については、リスクマージンやMAの改革のような、英国にとって極めて影響が大きい項目28に焦点が当てられており、それ以外にも内部モデルの評価の簡素化やEUのソルベンシーIIに由来している措置や規定の見直し等、ソルベンシーIIのみに関連している独自項目に対するものが多い。ただし、報告要件の合理化や各種規制の簡素化の考え方、さらにはリスクマージンの方法論等についてはグローバルベースで共通して問題になってくるテーマである。
以下では、日本における経済価値ベースのソルベンシー規制においても大きく関係してくると思われる項目の中から、リスクマージン、同等性評価、検討の進め方の3点に絞って、その影響等について述べておく。
28 EUにおいても、リスクマージンの改革の動きは注目されている一方で、MAを適用しているのは主としてスペインの保険会社のみであることから、MAの改革は現在行われているEUのソルベンシーのレビューにおいては検討されていない。ただし、VA(ボラティリティ調整)の基礎となるリスク修正後の信用スプレッドの割合を現行の65%から85%に増加させることが提案されている。MAの改革は、その影響が大きい英国において積極的に検討が行われてきている。
そもそも、英国やEUのソルベンシーIIにおける資本コスト法の採用自体、現在IAIS(保険監督者国際機構)において検討されているグローバルな保険資本基準であるICS(保険資本基準)が採用している「パーセンタイル法」とは異なる方法論となっている。
リスクマージンの算出における資本コスト法については、ソルベンシーII等に基づいて、新たなソルベンシー規制を構築してきている国・地域において採用あるいは採用の方向で検討されている方法論であることから、仮に英国やEUにおいてその方法論の見直しが行われていく場合には、これらの国・地域の制度設計等にも影響を与えていくことにもなる。日本の新たな経済価値ベースのソルベンシー規制においても、資本コスト法の採用が予定されている。一方で、韓国のように、ICSに準じる形で、パーセンタイル法に基づいて、リスクマージンを構築してきている国もある。
こうした中で、リスクマージンという重要なテーマにおいても、各国・地域間の手法が異なることになり、その比較可能性等について問題になってくることにもなりかねない状況になっている。もちろん、各国・地域の保険市場・金融市場等の差異があり、それらを反映する形で監督当局等の考え方が異なってくることは適切であると考えられる。ただし、この場合には、各国・地域の監督当局等は自らが採用した方法論の妥当性を説明する責任が問われてくることになる。
リスクマージンの算出における資本コスト法については、ソルベンシーII等に基づいて、新たなソルベンシー規制を構築してきている国・地域において採用あるいは採用の方向で検討されている方法論であることから、仮に英国やEUにおいてその方法論の見直しが行われていく場合には、これらの国・地域の制度設計等にも影響を与えていくことにもなる。日本の新たな経済価値ベースのソルベンシー規制においても、資本コスト法の採用が予定されている。一方で、韓国のように、ICSに準じる形で、パーセンタイル法に基づいて、リスクマージンを構築してきている国もある。
こうした中で、リスクマージンという重要なテーマにおいても、各国・地域間の手法が異なることになり、その比較可能性等について問題になってくることにもなりかねない状況になっている。もちろん、各国・地域の保険市場・金融市場等の差異があり、それらを反映する形で監督当局等の考え方が異なってくることは適切であると考えられる。ただし、この場合には、各国・地域の監督当局等は自らが採用した方法論の妥当性を説明する責任が問われてくることになる。
2|同等性評価の問題
今回の英国における改革提案には、標準式の見直しや比例原則の見直しについては含まれておらず、これらの具体案については、今後PRAによって検討がなされていくことになる。これらについては、Brexit(英国のEUからの離脱)により、これまではEUにおける調和も考慮しながら設定されてきた項目に対して、EUのソルベンシーIIのレビューの動向も一定見据えながらも、あくまでも英国の保険市場の特性に応じた必要な見直しが行われていくことになる。この結果として、新たに英国において構築されていくソルベンシーII制度、いわゆるソルベンシーUKがEUのソルベンシーIIから乖離していくことにもなりかねず、その同等性評価がどうなるのかが気になってくる。
さらには、より大きな問題として、英国が目指しているのは、このソルベンシーUKが、IAISのICSと「結果同等の」制度の実施として認められることにある28。
このように、英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向は、その具体的な改革内容はもちろんのこと、その結果としてのソルベンシーUKの、EUのソルベンシーIIやIAISのICSとの同等性評価、さらには米国のAM(合算法)を始めとする各国の資本規制に対する同等性評価等にも関わってくる問題となっている。
日本の生命保険会社の欧州におけるプレゼンスはこれまでのところ限定されたものとなっているが、米国やアジア・太平洋地域等においては一定のプレゼンスを有していることから、日本における新たな経済価値ベースのソルベンシー規制がICS等と同等であると評価されるか否かの問題は重要な意味を有している。
28 これに関連して、欧州の保険業界団体である Insurance Europeは、2023 年 6 月の IAIS による PCR としての ICS に関する協議文書に対して、2023年9 月に「EU、英国及びスイスにおける ICS の実施として、それぞれソルベンシーII、ソルベンシーUK及びSST(スイスソルベンシーテスト)を支持している。」とし、「何らの変更や二重の報告要件がなく、これらがICSの実施として考慮されるべきである。」との意見を提出している。
今回の英国における改革提案には、標準式の見直しや比例原則の見直しについては含まれておらず、これらの具体案については、今後PRAによって検討がなされていくことになる。これらについては、Brexit(英国のEUからの離脱)により、これまではEUにおける調和も考慮しながら設定されてきた項目に対して、EUのソルベンシーIIのレビューの動向も一定見据えながらも、あくまでも英国の保険市場の特性に応じた必要な見直しが行われていくことになる。この結果として、新たに英国において構築されていくソルベンシーII制度、いわゆるソルベンシーUKがEUのソルベンシーIIから乖離していくことにもなりかねず、その同等性評価がどうなるのかが気になってくる。
さらには、より大きな問題として、英国が目指しているのは、このソルベンシーUKが、IAISのICSと「結果同等の」制度の実施として認められることにある28。
このように、英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向は、その具体的な改革内容はもちろんのこと、その結果としてのソルベンシーUKの、EUのソルベンシーIIやIAISのICSとの同等性評価、さらには米国のAM(合算法)を始めとする各国の資本規制に対する同等性評価等にも関わってくる問題となっている。
日本の生命保険会社の欧州におけるプレゼンスはこれまでのところ限定されたものとなっているが、米国やアジア・太平洋地域等においては一定のプレゼンスを有していることから、日本における新たな経済価値ベースのソルベンシー規制がICS等と同等であると評価されるか否かの問題は重要な意味を有している。
28 これに関連して、欧州の保険業界団体である Insurance Europeは、2023 年 6 月の IAIS による PCR としての ICS に関する協議文書に対して、2023年9 月に「EU、英国及びスイスにおける ICS の実施として、それぞれソルベンシーII、ソルベンシーUK及びSST(スイスソルベンシーテスト)を支持している。」とし、「何らの変更や二重の報告要件がなく、これらがICSの実施として考慮されるべきである。」との意見を提出している。
3|レビュー内容の検討の進め方-監督当局による説明責任等-
今回のソルベンシーIIのレビューを進めるにあたっては、英国の財務省やPRAは、各種の方式の検討を行い、その結果として採用する方式についてのメリットとデメリットを明確にした上で、最終提案の決定を行っている。さらには、その最終提案についての費用収益分析(コストベネフィット分析)も行って、その定量的評価等も開示し、なぜその最終提案を採用したのかについての明確な説明も行っている。さらには、協議文書についての説明を行い、利害関係者からの質問等に答えるための場である、ラウンドテーブルも開催されてきている。加えて、PRAの幹部による各種の講演会等での説明等も行われてきている。
こうしたプロセスを通じて、監督当局によって構築されていく制度内容の説明責任が果たされてきている。このような状況は、EUにおけるEIOPA(欧州保険年金監督局)や欧州委員会等において決定されていくソルベンシーII(のレビュー)においても同様である。
日本において、新たな経済価値ベースのソルベンシー規制を構築していく場合には、英国やEUにおいてと同様に、保険会社に対してのみならず、それ以外の利害関係者に対しても、同様の説明責任が果たされ、透明性の高い制度構築が行われていくことが望まれることになる。
以上、英国におけるソルベンシーIIのレビューは、グローバルベースで、各国・地域における新たなソルベンシー規制の構築の動きに、直接的・間接的に影響を与えていくことになる。加えて、その検討内容や検討プロセス等における透明性の確保等の問題は、日本における新たな経済価値ベースのソルベンシー規制の構築においても、参考になることが多くなっている。
今後とも英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動きについては、EUにおけるソルベンシーIIレビューの動き等と併せて、関係者にとって極めて関心の高い事項となっていることから、その動向を引き続き注視していくこととしたい。
今回のソルベンシーIIのレビューを進めるにあたっては、英国の財務省やPRAは、各種の方式の検討を行い、その結果として採用する方式についてのメリットとデメリットを明確にした上で、最終提案の決定を行っている。さらには、その最終提案についての費用収益分析(コストベネフィット分析)も行って、その定量的評価等も開示し、なぜその最終提案を採用したのかについての明確な説明も行っている。さらには、協議文書についての説明を行い、利害関係者からの質問等に答えるための場である、ラウンドテーブルも開催されてきている。加えて、PRAの幹部による各種の講演会等での説明等も行われてきている。
こうしたプロセスを通じて、監督当局によって構築されていく制度内容の説明責任が果たされてきている。このような状況は、EUにおけるEIOPA(欧州保険年金監督局)や欧州委員会等において決定されていくソルベンシーII(のレビュー)においても同様である。
日本において、新たな経済価値ベースのソルベンシー規制を構築していく場合には、英国やEUにおいてと同様に、保険会社に対してのみならず、それ以外の利害関係者に対しても、同様の説明責任が果たされ、透明性の高い制度構築が行われていくことが望まれることになる。
以上、英国におけるソルベンシーIIのレビューは、グローバルベースで、各国・地域における新たなソルベンシー規制の構築の動きに、直接的・間接的に影響を与えていくことになる。加えて、その検討内容や検討プロセス等における透明性の確保等の問題は、日本における新たな経済価値ベースのソルベンシー規制の構築においても、参考になることが多くなっている。
今後とも英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動きについては、EUにおけるソルベンシーIIレビューの動き等と併せて、関係者にとって極めて関心の高い事項となっていることから、その動向を引き続き注視していくこととしたい。
(2023年12月06日「基礎研レポート」)
関連レポート
- 英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その6)-財務省による対応結果の公表等-
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- 英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その2)-Brexit後の英国での検討の動き-
- 英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その1)-Brexit後の英国での検討の動き-
中村 亮一のレポート
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