2023年12月06日

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その7)-2023年に入ってからの動き(財務省とPRAが具体的な提案を公開)-

文字サイズ

3|これらの改革案に対する補足説明
それぞれの改革案に関して補足説明を行うと、以下の通りとなっている。

1.TMTP(技術的準備金に関する移行措置)の計算の簡素化とプロセスの改善
TMTP(transitional measure on technical provisions:技術的準備金に関する移行措置)は、ソルベンシーIIの導入を容易にするために、2032年までの16年間をかけて、段階的にソルベンシーIからソルベンシーIIに移行することを認めている措置である17。これによるベネフィットは2022年末において、129億ポンド(政府が計画しているリスクマージンの改革を考慮すると65億ポンド)となっている。この措置を適用するためにはソルベンシーIを維持する必要があるため、コスト負担が発生している。また、TMTPについては、隔年ごと、さらにはリスクプロファイルに重大な変化があった場合には、再計算を実施する必要がある。さらには、ソルベンシーIIよりもソルベンシーIの方がより良い状況になることを阻止するための上限を確認するFRR(financial resource requirement:財源要件)テスト18を実施する必要がある。

PRAは、TMTPの計算プロセスを大幅に簡素化し、ソルベンシーⅠモデルを維持する必要性を排除し、FRRテストを削除することを提案している。具体的には、新しい方式では、TMTPを、(1)RM(リスクマージン)構成要素、(2)年金BEL(最良推定負債)構成要素、(3)年金以外BEL構成要素の3つに分けて、(1)と(2)については2016年以前の契約のRMとソルベンシーII年金BELにそれぞれZAとZBを掛けて算出(それぞれ新しい方式実施時に、2016年以前の契約のRMにZAとを掛けたものがRM構成要素に等しく、2016年以前の年金契約のソルベンシーIIBELにZBを掛けたものが年金BEL構成要素となる)、(3)については当初の金額を直線的に償却、さらに償却調整額(移行期間終了時のTMTPが0より大きくなるのを回避するための調整額でTMTPのマイナス要素)、の合計額として算出する。これにより、新方式に変更後はソルベンシーIIの数値のみから計算できるようになる。さらに、会社は再計算のためにPRAの許可を得る必要はなく、会社の監査委員会からの承認も求められない。

なお、新しいTMTP制度の下で状況が悪くなる会社もあることから、会社の選択で旧制度を適用し続けることもできる。
 
17 TMTPについては、EU加盟国でも、ドイツが最大の利用者で50社以上が適用しており、フランスやスペインの会社も多く適用しているが、現在検討されているEUのソルベンシーIIレビューにおいて、その見直しは計画されていない。
18 ソルベンシーIIの下でのFRRがソルベンシーIの下でのFRRより低くならないようにTMTPの額が制限される。
2.保険会社が自己資本要件を計算するために使用する内部モデル(IM)に関する新しい合理化された一連の規則
内部モデルが満たさなければならないテストと基準を合理化し、完全に準拠していないモデルに対しても PRA が許可を与える柔軟性を導入する。加えて、PRAは、完全に準拠していない内部モデルに対する資本アドオンの適用を含む、いくつかの承認上のセーフガードを導入する。

なお、残余モデル制限資本アドオン(residual model limitation capital add-ons:RML CAOs)は、PRAルールブックにおいて、SCRの基礎となる仮定からの会社のリスクプロファイルの残余偏差として定義される「IM残余偏差」に対処するものであり、PRAは、モデル化基準の引き下げを回避するために、会社又はグループのリスクプロファイルからの偏差が重要でないと見なされる場合にのみ、RML CAOs 付きのIMを許可する。

3.グループソルベンシーの計算における保険グループの柔軟性を向上
既存の計算がグループのリスクを適切にカバーするために必要な水準よりも高いグループSCRをもたらす可能性がある特定の状況に対処するために、グループSCRを計算するために利用可能な方法において、保険グループにより大きな柔軟性を与える。具体的には、例えば、控除合算法を使用する場合に、分散効果が反映できないことで、グループ全体としてみた場合にリスクが二重計上されるケース等があることを考慮して、海外のサブグループのSCRを連結グループSCRに含める場合に、そのサブグループ内の控除合算法による事業体間の分散効果を認める等の提案をしている。

4.英国内で営業する国際的な保険会社の支店に対する特定の要件の削除
第三国支店会社(英国内で支店を通じて営業している保険会社に対する、支店資本要件と呼ばれる、支店SCR(支店のソルベンシー資本要件)と支店MCR(支店の最低資本要件)を撤廃する。また、結果的に、支店RM(支店のリスクマージン)に関する規則とSCRローカル要件(支店SCRをカバーするために英国内に資産を保有することを義務付け)についても改正を行う。

5.報告要件の合理化と削除
現在、全てのソルベンシーII対象会社は、3年ごとに自由記述形式のRSR(定期監督報告)を、毎年この報告書に対する重要な変更を、PRAに対して報告することが義務付けられている。このうちのRSRについては、会社の負担が重く、PRAの分析にも時間がかかること、他の報告書等に対する変更によりRSRの重要性が低下すること等を考慮して、廃止を提案している。また、今回のTMTP、内部モデル、グループSCR等の変更に伴う報告要件の修正を提案している。

なお、PRAは、今回の提案においては監督報告やそれに関係しての公開資料の変更に焦点を当てているが、今後SFCR(ソルベンシー財務状況報告書)等のその他の報告と開示を見直す可能性についても述べている19
 
19 EUのソルベンシーIIのレビューにおいては、SFCRの構造を修正し、その内容を保険契約者向けの部分とその他の利害関係者向けの部分に分割することが提案されているが、英国では現時点ではこのような具体案は示されていない。
6.新しい「動員」制度
PRA は、スタートアップ会社が PRA の許可なしにスタッフを募集し、投資を誘致することに関する問題を特定し、これを解決するために、会社が認可されているものの、立ち上げられる事業を制限しながら、最低資本要件を引き下げる(現在の(ユーロベースの)250万ユーロに対して(自国通貨ベースの)100万ポンド)という「動員」段階を提案している。

なお、会社の動員期間は1年に制限されているが、規制当局の裁量によってはさらに数か月延長される可能性もある。

7.規模の臨界値の引き上げ
ソルベンシーIIルールの適用対象となる保険会社の臨界値について、通貨基準値をユーロからポンドに変更するとともに、水準を引き上げる。具体的には、年間総収入保険料については500万ユーロから 1,500 万ポンドに、技術的準備金については2,500万ユーロから5,000 万ポンドに引き上げる(これにより、臨界値は少なくとも2倍に引き上げられる)。

4―PRAによるソルベンシーIIのレビューに関する第2弾の協議文書の公表

4―PRAによるソルベンシーIIのレビューに関する第2弾の協議文書の公表

PRAは、ソルベンシーIIレビューの第2弾として、2023年9月28日に、「CP19/23-ソルベンシー IIの見直し:MAの改革」を公表20した。
1|この協議文書(CP)の位置付け
このCPは、2023年6月29日に公表された「CP12/23-ソルベンシーIIのレビュー:英国の保険市場への適応」と併せて読まれるべきもので、特に、CP12/23は、PRAのソルベンシーIIの改革に関する全体的な協議計画の詳細、ソルベンシーIIの見直しの背景、改革された制度の構造を示している。

このCPは、2022年11月のソルベンシーIIのレビューに」関する協議に対する政府の回答(2022年11月声明)、それに伴うソルベンシーIIの改革に関するMA規制案、及び計画されているスマート規制枠組み(SRF)21の提供に従って作成されている。政府は2022年11月の声明で、(2023年金融サービス市場法(FSMA)で与えられた権限を用いて)立法を通じて直接実施するMA改革の分野と、PRAによって実施されるMA改革の分野を概説した。このCPは、PRAに割り当てられ、予想される立法(すなわち、政府によって制定されると想定されるMA規制)に従って設計されたMA改革の分野の提案を示している22

なお、相談への回答期限は1月5日までとなっている。MA 改革は、協議への回答と政府の立法スケジュールを条件として、2024年6月30日までに最終決定され、施行される予定である。
 
21 英国の金融・保険市場の実態により適合したスマートな規制枠組みであるSRFの具体的内容については、以下の文書に規定されている。 Building_a_Smarter_Financial_Services_Regulatory_Framework_for_the_UK_Plan_for_delivery.pdf (publishing.service.gov.uk)
22 今回の協議文書に加えて、MAについてのPRAの考え方やABIやIFoA(英国アクチュアリー会)による分析等については、基礎研レポート「英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その4)-英国政府による協議文書と業界等の反応-」(2022.8.19)で報告しているので、参照していただきたい。
2|具体的な改革提案とそのメリット
このCPに含まれている改革案は、保険会社が英国経済、特にインフラへの投資を増やしたいという政府の要望に応えることを目的として、(1)MAポートフォリオに保有できる投資の範囲の拡大、(2)MAを請求できる保険契約の種類の拡大、(3)投資適格以下の資産に対するより優しい取扱い、(4)MA申請プロセスの合理化、等の規制緩和措置が盛り込まれているが、一方で、(5)これらの新しい柔軟性が悪用されないようにするためのより厳格なプロセス、(6)リスクを適切に管理するための上級マネージャーの責任の強化、(7)報告の増加、等も求められている。

具体的には、以下の通りとなっている。

1.ビジネスの柔軟性の向上
1-1.会社がMAポートフォリオに保有できる投資の範囲を拡大
固定キャッシュフローを持たない資産を含めることを可能にする明確な枠組みを提供する。これらの改革は、保険契約者に生じるリスクに対する保護措置によって可能になる。この改革は、保険会社が建設段階の資産を含むより広範な長期的で生産性の高い資産に投資するインセンティブを高める。これらの変更には、会社が(固定キャッシュフローではなく)予測可能性の高い(highly predictable:HP)キャッシュフローを持つ資産に投資できるようにする提案が含まれる。ただし、これらの資産の追加リスクに対する引当金が適用され、HPキャッシュフローを持つ資産からのMAベネフィット(MA適用に伴う資本の削減効果額)の合計が、請求されたMAベネフィット全体の最大10%であることが条件となる。PRAは、これによりMAの資産と負債のキャッシュフローが緊密に一致することが保証され、2022年11月の声明(MAポートフォリオの資産の大部分が固定キャッシュフローを維持することを含む)に沿っている、と考えている。

1-2.MAを請求することができる保険契約の種類を拡大
より多くの保険債務がMAの恩恵を受けることができるようにする。この改革は、資産と負債のキャッシュフローの緊密なマッチング等の優れたリスク管理慣行に対するインセンティブを高め、会社の安全性と健全性を促進し、競争力と成長を促進する。

1-3.SIG(sub-investment grade:非投資適格)資産23から請求できるMAの額の制限を撤廃
投資資産とSIG資産の境界に近い、又は境界よりも低い投資を促進する。

2.リスクレベルへの対応を強化
2-1.リスクに比例した適切な資産範囲の合理化されたMA申請プロセスを確立
これにより、一部のMA申請の効率が向上し、投資機会が発生した場合に会社がより迅速に行動 できるようにし、規制上の負担を軽減する。

2-2.MA条件の違反に対する規制上の取扱いをより均衡のとれたものにする
これにより、より柔軟で均衡のとれた結果をもたらす。この改革は、MAベネフィットの全体的な損失というクリフ効果24を取り除くが、適格条件に違反した会社が利用できるMAベネフィットを削減することにより、違反の適時管理と是正を促す。

2-3.必要に応じて、格付による会社の資産の信用の質の違いを反映するめに、FS(ファンダメンタル・スプレッド)25の細分性を高める。
技術的準備金(TP)の計算に使用されるFSのリスク感応度を向上させるとともに、会社にアプローチの柔軟性を与えることにより、実用的かつ比例的なものとなる。

3.会社のリスク管理責任の強化
3-1.請求されるMAベネフィットの証明プロセスを導入
会社が自らの資産ポートフォリオのリスクに十分なFSを備えたMAを所有し、その説明責任を果たすことを保証するために、請求されるMAベネフィットの証明プロセスを導入する。これにより、既存のFSが単一のセクター全体の規制モデルによって決定されることによるシステミックリスクが軽減され、この単一モデルと会社が行っている、そして今後行うであろう幅広い投資との間の潜在的なミスマッチが軽減される。この提案は、会社が従うことができる比例的なプロセスを概説し、MAの基礎となる主要な前提に関するPRAの見解を明確にすることで、PRAの認証に対する期待の透明性を提供する。

3-2.SIG資産のリスク管理に関する期待事項を明確化
適切なリスク管理を促進し、投資の自由度を高める。これらの期待事項は、キャッシュフローの性質を十分に考慮し、PPP(プルーデントパーソン原則)を継続的に遵守し、関連する内部モデルの調整が適切であることを含む。

3-3.会社がMAポートフォリオの資産と負債についてPRAに提出するデータを形式化
資産の種類とそれらから生じるMAベネフィットの額に関するより構造化された定期的な情報を収集するために、新しいMALIR(MA資産負債情報報告書)を使用する。これにより、PRAは、MAポートフォリオの規模と性質の経時的な変化をより深く理解し、会社に確実性を提供し、アドホックなMAデータ要求に関連する潜在的な負担を軽減しながら、その主要な目的に対して最大のリスクをもたらす分野に監督活動を集中する能力をサポートできる。

3-4.内部信用評価に関する期待を要件に転換
この領域において、政府が予定している法律の新しい構造を補完し反映させる。具体的には、SS3/17(ソルベンシーII:非流動性無格付資産)の内部信用評価に関する既存の期待値がPRAルールになる。これは、PRAの監督アプローチの変更や会社の追加的な負担につながることを意図したものではない。

3-5.会社がPPP(プルーデントパーソン原則)を遵守していることを証明できるようにするためのMA適格条件を導入
会社がMAポートフォリオに保有される資産の適合性とリスクをどのように評価したかを示す。

 
23 BBB未満(BB以下)の格付け資産
24 現行の枠組みは、MAの承認を失った会社が破壊的な方法で資産を売却することを促進する可能性があるとしている。
25 スプレッド(リスクフリーレートに対する超過リターン)は、(1)信用リスクに対する代償部分、(2)非流動性リスクに対する代償部分、の2つで構成されるが、前者をソルベンシーIIでは、FS(ファンダメンタル・スプレッド)と呼んでおり、後者がMA(マッチング調整)に対応することになる。
Xでシェアする Facebookでシェアする

中村 亮一

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その7)-2023年に入ってからの動き(財務省とPRAが具体的な提案を公開)-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その7)-2023年に入ってからの動き(財務省とPRAが具体的な提案を公開)-のレポート Topへ