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気候変動が運輸にもたらす影響-材料の改善や技術の進展により、強靭化が可能な部分もある

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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1――はじめに
地球温暖化の背景にあるのは、さまざまな部門が排出する温室効果ガスとされる。国連をはじめ、国際機関や各国政府では、気候変動緩和に向けた各部門の役割について議論が行われている。運輸部門についても、自動車運送、鉄道輸送、水運、航空輸送などの輸送インフラとそれらの運用にあたり、いかにして、運輸の温室効果ガス排出を減らして、脱炭素化目標の推進を図るかといった点が論じられている。
それとともに、気候変動が運輸に深刻な影響を及ぼす可能性もある。本稿では、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書1などをもとに、その影響について見ていくこととしよう。
1 “Climate Change 2022 – Mitigation of Climate Change”(IPCC WG3, AR6, 2022)
2――運輸の拡大
2 中国の旅客輸送については、OECD統計データでは掲示されていない。
3 「トンキロ」は、1トンのものを1キロメートル運ぶ量。「トン」は、距離によらず1トンのものを運ぶ量を指す。
3――気候変動と運輸の関係
1|気候変動が輸送に及ぼす潜在的な影響を見過ごすことはできない
イタリアを中心に、各国の都市の道路に関する108個の文献を系統的に調査して、気温、豪雨による洪水、海面水位上昇が、輸送インフラに与える影響を論じた報告書がある。気温上昇が道路舗装の脆弱性を引き起こす問題、豪雨による雨水が地表に浸透せずに洪水を引き起こす問題、海面水位上昇が沿岸部の都市に高潮や洪水をもたらす問題等を取り扱っている。そして、舗装の材料や防潮堤の構造などに関する技術的な解決策を示している。そのうえで、輸送は現在の工業化社会の生命線であり、人、物、サービスの移動が阻害されると、都市環境や人口の脆弱性が増大する。したがって、気候変動が輸送に及ぼす潜在的な影響を見過ごすことはできない、と結論づけている。4
4 Moretti, L. and G. Loprencipe, 2018: Climate Change and Transport Infrastructures: State of the Art. Sustainability, 10(11), 4098, doi:10.3390/su10114098.
気候のハザード(危険)、インフラのエクスポージャー(曝露)、ハザードに対するインフラのセンシティビティ(感度)の3つを組み合わせて、気候変動による損害の推定方法を紹介する論文もある。
総合的な推定の結果として、現在の災害は、河川の洪水(44%)と暴風(27%)に関連するものが多く、干ばつと熱波の割合は合計12%に過ぎない。だが、今後は、干ばつと熱波の割合が大幅に増加し、今世紀末までに気候災害全体の90%近くを占めるようになる。つまり、極端な気候は被害の大きさもさることながら、その種類も変化させる可能性がある、としている。
つぎに、各インフラごとの推定の結果として、輸送部門では、熱波は主に鉄道と道路に影響を与える(2080年代には輸送部門の災害の92%)。気温上昇に伴う、レールの座屈5やアスファルトの溶解などが主な被害。また、内陸部では現在の鉄道と道路の半数以上が被災、沿岸部では洪水による損害を受け、これらは時間の経過とともに増加する。一方、現在、鉄道と道路の被害の10%を占める寒波の影響は大きく減少する。内陸水路による水運は、河川の水位低下による航行能力の低下など、干ばつの影響をますます受けるようになる。暴風が、河川航行に与える被害はやや増加する。海面水位上昇と高潮の増加は、22世紀の港湾被害の大幅な増加につながる、としている。6
5 細長い棒や薄い板に対して縦方向に加えた圧力が或る限界値に達すると、横方向に変形をおこす現象(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より)
6 Forzieri, G. et al., 2018: Escalating impacts of climate extremes on critical infrastructures in Europe. Glob. Environ. Change, 48, 97–107, doi:10.1016/j.gloenvcha.2017.11.007.
4――運輸種類別の影響
1|自動車運送 : 温暖化により道路の舗装コストが増加
(1) 道路舗装コスト
まず、欧米と日中豪などの19個の気象モデルをアンサンブルに用いて7、アメリカの道路舗装の将来のコストを予測した論文をみてみる。それによると、舗装コストは2040、2100年までにIPCC 第5次評価報告書のRCP4.5 8のシナリオの下で約19.0、21.8億米ドル。RCP8.5の下で約26.3、35.8億米ドルが追加で必要になる、と推定されている。これらのコストは、影響を緩和するための資源に乏しい地方自治体には、不釣り合いに大きな影響を与えるという。9
7 並行して多数の予測を行い、結果の平均やばらつきの程度といった統計的な情報を用いて予測を確率的に捉えること。
8 RCPの後の数字は、2100年時点での放射強制力(単位は、ワット毎平方メートル)を表す。RCP4.5は温暖化対策が中程度で、1986-2005年に対する今世紀末の世界平均地上気温が平均1.8度上昇(「可能性が高い」予測幅は1.1~2.6度上昇)。RCP8.5は温暖化対策なしで、同平均3.7度上昇(同2.6~4.8度上昇)との予測とされている。(「IPCC第5次評価報告書の概要 -第1作業部会(自然科学的根拠)-」(環境省, 2014年12月版)より)
9 Underwood, B.S., Z. Guido, P. Gudipudi, and Y. Feinberg, 2017: Increased costs to US pavement infrastructure from future temperature rise. Nat. Clim. Change, 7(10), 704–707, doi:10.1038/nclimate3390.
道路舗装では、舗装の材料が重要な要素となる。アメリカのバージニア州の道路舗装について、舗装に用いられる結合材(バインダー)の違いに応じた気候変動の影響をコストとして試算した論文がある。オリジナルのバインダーを使用した舗装に比べて、改良されたバインダーを用いた舗装は、2020~39年に予想される将来の気候条件の下で優れた性能を発揮するとともに、メンテナンスの頻度が減り経済的にも有利であると結論づけている。こうした舗装の材料の改良が、自動車運送に気候変動リスクへの強靭性をもたらすものと考えられる。
(2023年11月28日「基礎研レター」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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