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ビジネスと人権に中小企業が取組む意義-取組みの加速に必要なもの

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也
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4――中小企業の取組みを促す方法
その手段としては、社会全体で人権感度を高める啓発の取組みが、先ず以て重要である。学校での教育や政府広報キャンペーン、企業への研修などを行い、国民や企業の人権に対する感度を高めることが必要である。取引先や商品サービスを選ぶ価値基準として、人権への配慮が定着すれば、企業にとって人権に関する取組みを実践する強力な動機となる。
また、より実効的な方法として、企業に人権DDの実施を義務付ける法律の導入も考えられる。欧米に比べて、人権取組みの遅れが指摘される日本では、今年5月、与野党議員でつくる「人権外交を超党派で考える議員連盟」が、2023年度内の人権DDの法制化に向けて提言を提出した。実際に導入される場合には、欧米と同じく一定規模以上の企業に対象が限定されることは考えられるが、その効果は、サプライチェーンを通じて、中小企業にも及ぶ可能性が高い。
さらに、人権取組みを実践したいがリソースやノウハウが乏しく、やり方が分からないという中小企業には、具体的な手順を示したガイドラインがある。2022年9月に政府が策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」には、国連のビジネスと人権に関する指導原則に基づく内容が整理されている。海外法制の概要や各プロセスにおける取組み上の留意点が記載されており、人権取組みの全体像を把握するうえで有用である。また、今年4月には、経済産業省から具体的なステップや取組み事例が紹介された「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」が公表されている。その別添資料には、事業分野別の人権課題も例示されており、自社のリスクを洗い出すうえで参考になる。
なお、中小企業における人権取組みでは、初めから大企業と同じ広範囲な取組みが求められている訳ではない7。中小企業はリソースも限られていることから、当面は直接のステークホルダー(顧客や従業員、取引先など)に対象を絞って、取組みを始めることも現実的な選択肢となる。また、人権リスクの特定に不可欠な人権DDは、最初から厳格な実地調査を行うのではなく、質問票によるセルフアセスメントを行うことで、特に懸念がある先に絞って詳細な調査をする方法もあり得る。
中小企業の人権取組みは、手探りでも「まずやってみる」こと、「まずできることから」始めることが重要だとされる8。中小企業が人権取組みに踏み出すには、第一歩を踏み出すことが肝心であるという認識を持つことも重要である。
7 国連「ビジネスと人権に関する指導原則」:企業が人権を尊重する責任を果たす手段は、とりわけその規模に比例する。中小企業は、大企業に比べると、余力が少なく、略式のプロセスや経営構造をとっているため、その方針及びプロセスは異なる形を取りうる。しかしながら、中小企業のなかにも人権に対し重大な影響を及ぼすものがあり、その規模に関係なくそれに見合った措置を求められる。影響の深刻さはその規模、範囲及び是正困難度で判断される。企業が人権を尊重する責任を果たすためにとる手段もまた、企業が事業を企業グループで展開しているのか、単体で展開しているのか、またどの程度の範囲で展開しているかによって異なることもあろう。しかしながら、人権を尊重する責任は、すべての企業に完全にかつ平等に課される。
8 一般財団法人国際経済連携推進センター「中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン~持続可能な社会を実現するために~」(2022年2月)
5――おわりに
例えば、経営者のリーダーシップがよりダイレクトに反映され易い中小企業は、意思決定が早く、組織としての機動力を発揮しやすいという強みがある。中小企業のトップがビジネスと人権への取組みにコミットし行動を起こせば、組織も力強く動き出す。また、中小企業は、組織構造やサプライチェーンなどの取引関係が、大企業ほど複雑でないことが多い。これは、自社の人権リスクを把握し、特定することにおいて非常に有利な点となる。大きな調査コストを負担しなくても、人権取組みを迅速に進めることができる。加えて、中小企業には、従業員や顧客、取引先、地域など、あらゆるステークホルダーとの関係が近いという利点もある。自らが実践した人権取組みの効果は、ステークホルダーから直接実感することができる。それが、更なる人権取組みにつながる好循環を生む。
企業の人権尊重への対応は、規模の別なく、待ったなしの課題である。最近の事例を見ても、人権軽視が企業の大きな経営リスクとなり得ることは明らかだ。ビジネスの世界で人権を重視する風潮は、今後ますます強くなっていくことが予想される。企業は人権を尊重する義務と責任、人権尊重に取り組む意義と、軽視した場合のリスクを踏まえたうえで、自社の取組みに落とし込むことが求められる。
【参考文献】
・国連ビジネスと人権の作業部会「訪日調査、2023 年7月24日~8月4 日ミッション終了ステートメント」(2023年8月4日)
・経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」(2023 年4月4日)
・中小企業庁「中小企業白書」(2022年7月25日)
・経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022年9月13日)
・一般財団法人国際経済連携推進センター「中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン~持続可能な社会を実現するために~」(2022年2月)
・経済産業省、外務省「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査 集計結果」(2021年11月)
・藤川信夫「中小企業におけるビジネスと人権デューディリジェンスの実際」千葉商科大学中小企業支援研究ISSN 2188-5052
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2023年09月25日「基礎研レター」)
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03-3512-1790
- 【職歴】
2011年 日本生命保険相互会社入社
2017年 日本経済研究センター派遣
2018年 ニッセイ基礎研究所へ
2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
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