- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 経営・ビジネス >
- 企業経営・産業政策 >
- ビジネスと人権に中小企業が取組む意義-取組みの加速に必要なもの
ビジネスと人権に中小企業が取組む意義-取組みの加速に必要なもの

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
1――はじめに
今般、日本で実施された調査では、人権を尊重する企業の責任について、大きく3つの課題が指摘されている。
1つ目の課題は、企業間で「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs1)」への理解と履行に大きなギャップが存在すること。「大企業、特にHRDD2プロセスに関するものを含め、UNGPsによって企業に要求されることをかなり詳しく理解している多国籍企業」がある一方で、家族企業を含む「中小企業との間に、大きな認識の隔たりがある」ことが指摘されている。
2つ目の課題は、政府による積極的な関与が不足していること。政府は「企業をさらに巻き込み、積極的な実践や残る課題について、共通の理解の構築を図るべき」と指摘する。企業からは「実践的なガイダンスの提供」を求める声があり、「公正な競争条件」を確保するため「HRDDを義務づけることが望ましい」といった意見もあったことが示されている。
3つ目の課題は、中小企業等が人権尊重経営を実践するための能力(調査ノウハウや法律知識など、人権擁護に必要な技能)を構築する必要があること。大企業や市民社会が「取引先でのUNGPs関連の啓発と研修を進めてゆく」には、「政府がこの分野に関与すること」が重要だと指摘している。
本稿では、上記で浮き彫りになった課題のうち、3つの課題に共通する中小企業に焦点を当て、人権尊重経営の取組みについて考察する。
1 ビジネスと人権に関する指導原則などの詳細は、「世界的な潮流「ビジネスと人権」-先進的取組みと情報発信が肝」(2022年11月11日)を参照。
2 HDRR:Human Rights Due Diligence(人権デューディリジェンス、人権DD)
2――中小企業の人権尊重経営の実態
企業の人権尊重経営について、従業員の規模別でみると、実施段階(人権方針の策定や人権DD3の実践)にある企業は、大企業(従業員301人以上)でも2~3割に過ぎず、日本全体の人権取組みは、緒に就いたばかりだということが分かる[図表1]。
とりわけ、大企業の取組みを追いかける中小企業では、従業員規模が小さいほどキャッチアップが遅れている。実際、すべての企業が認識すべき、人権尊重の重要性について理解している割合は、従業員5人以下では7割程度であり、実践段階に進んだ企業は1割にも達していない。
地理的には、大企業の約4割は東京に存在する。東京都と他の道府県では、企業数に占める大企業の割合が10倍から3倍の差がある。知識や経験のスピルオーバーは、地理的に近いほど強い傾向があることを踏まえると、人権尊重経営への取り組み状況には、大企業が多い都市部と少ない地方部で濃淡が生じている可能性は否めない。
日本全体に企業の人権取組みを浸透させるには、中小企業でその必要性が認知され、実施されることが不可欠だと言える。
3 ここでは「事業活動に伴う人権侵害リスクの把握・予防・軽減策を講じること」を指す。
3――中小企業における人権取組みの必要性
まず、原理原則に従えば、企業活動における人権尊重の義務は、企業規模を問わず、すべての企業に適用される。国連の指導原則には、「人権を尊重する企業の責任は、その規模、業種、事業状況、所有形態及び組織構造に関わらず、すべての企業に適用される」とあり、人権を尊重する責任は、企業規模に関係なく存在する。事業規模が小さな中小企業であっても、人権に対する潜在的・実際的な影響が必ずしも小さいとは言えず、人権に対する企業の責任は変わらないというのが、ビジネスと人権における基本的な考え方である。
なお、その際、企業の果たすべき責任は、たとえその企業の業容が国内に限られたものであったとしても、国際的に認められた全ての人権範囲に及ぶことになる。その理由は、当該企業が国際展開をしていなくても、サプライチェーンなどを通じて、何らかの形で海外とつながる可能性が生じ得るからである。企業は潜在的に、全ての人権領域に影響を及ぼす可能性がある。その前提に立ち、企業には国際スタンダードに則った人権尊重の取組に最大限努めることが求められる。
2つ目の現実的な側面として、人権軽視の経営が企業活動に直接的な影響を及ぼすことが挙げられる。例えば、人権に対する配慮が欠けた企業は、人権侵害を理由として、取引先から取引を停止されるリスクがある。
その背景として、近年、欧米を中心に、人権侵害の是正を企業に義務付ける法律の導入が進んでいることがある。それらの法律は、企業に調達先の人権リスクに関する調査や報告を義務付け、間接的に法域外の企業に影響を及ぼしている。日本でも2022年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が策定され、サプライチェーン等における人権リスクへの配慮が明確に求められるようになった。人権への負の影響を取り除くためには、取引先との取引停止も最終手段として検討される。さらに今年4月には、政府調達において人権尊重の取組みを行うことを、企業の努力義務とする方針が公表された。これは、政府調達の入札に参加する企業に、実質的に人権DD4の実施を義務付けるものであり、国として企業の取組みを促したものだと言える。
法規制などを通じて、サプライチェーン等における人権侵害の是正に取り組む企業が増えることは、中小企業が人権尊重経営に取組む積極的な理由となる。
なお、企業の人権取組みは自社内の人権リスクの低減に留まらず、企業価値の向上にも大きな効果がある。例えば、生産性の改善、ブランド価値の向上、投資家からの評価向上などの様々な効果が期待できる。実際、経済産業省と外務省が2021年に実施した「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」によると、人権方針を策定し、人権DDなどの基礎項目5を全て実施している企業は、複数項目で効果を実感している[図表2]。
とりわけ、これから労働市場に出て来るZ世代は、「長時間労働」「ジェンダーにもとづく差別」といった人権に関わる問題への関心が高い6。企業イメージは採用活動でも重要な要素であり、企業文化(社内の風通し)や従業員関係(ハラスメント)、労働条件(本人同意がない転居を伴う転勤)などが、働き手を惹きつける要素となる。
ただ、これらの動機付けは、差し迫った危機感を感じにくいこともあって、中小企業が実際の行動に移るには弱いことも事実である。実際、東京商工リサーチの調査によると、販売先から人権尊重に関する取組の働きかけや要請を受けたことがあると回答した企業は、従業員規模301人以上の大企業でも1割程度に過ぎない[図表3]。サプライチェ―ン等を通じて人、権尊重経営の実践を求められている企業は、まだ少ないのが実態である。加えて、中小企業には、人権対応に割ける人員や予算が少ないと言った事情や、人権DDに関するノウハウが不足しているといった課題もあり、原理原則は理解できても、実際の取組みには踏み込めないという企業が多いと推察される。
4 企業が自らの事業活動に関連する人権侵害リスクを特定し、それを予防・軽減・是正し、その進捗や結果について、外部公表することで、継続的に改善していくためのプロセス。
5 人権方針策定、人権DD実施状況、外部ステークホルダー関与、組織体制、情報公開状況、救済・通報体制、研修実施状況、サステナブル調達基準
6 日本労働組合総連合会「Z世代が考える社会を良くするための社会運動調査」(2022年3月3日)
(2023年09月25日「基礎研レター」)
このレポートの関連カテゴリ

03-3512-1790
- 【職歴】
2011年 日本生命保険相互会社入社
2017年 日本経済研究センター派遣
2018年 ニッセイ基礎研究所へ
2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
鈴木 智也のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/10 | 日米交渉、為替条項はどうなる?-トランプ1.0の宿題 | 鈴木 智也 | 研究員の眼 |
2025/04/08 | トランプ政権の時間軸-世界や米国の有権者はいつまで我慢できるのか | 鈴木 智也 | 研究員の眼 |
2025/01/09 | 揺れ動いた原子力政策-国民意識から薄れていた「E」の復活 | 鈴木 智也 | 基礎研マンスリー |
2024/12/17 | 第2次トランプ政権との対峙-為替で見方が変わる交渉材料 | 鈴木 智也 | 研究員の眼 |
新着記事
-
2025年05月02日
金利がある世界での資本コスト -
2025年05月02日
保険型投資商品等の利回りは、良好だったが(~2023 欧州)-4年通算ではインフレ率より低い。(EIOPAの報告書の紹介) -
2025年05月02日
曲線にはどんな種類があって、どう社会に役立っているのか(その11)-螺旋と渦巻の実例- -
2025年05月02日
ネットでの誹謗中傷-ネット上における許されない発言とは? -
2025年05月02日
雇用関連統計25年3月-失業率、有効求人倍率ともに横ばい圏内の動きが続く
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年04月02日
News Release
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
【ビジネスと人権に中小企業が取組む意義-取組みの加速に必要なもの】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
ビジネスと人権に中小企業が取組む意義-取組みの加速に必要なもののレポート Topへ