2023年09月13日

住宅ローンの固定金利利用率、アメリカが9割超に対して日本は1割未満にとどまる~日本では低金利が続いていたからなのか~

金融研究部 客員研究員 小林 正宏

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住宅金融支援機構の同調査では、住宅ローンの金利リスクに関する理解度については、「変動型」「固定期間選択型」利用者のいずれも、約半数が「十分に理解」または「ほぼ理解」していると考えている。これが高いか低いかは評価が分かれるところかもしれないが、今後1年間の住宅ローン金利見通しは、全体の約4割が「現状よりも上昇する」としている。それでも、将来金利が上昇した場合の返済額増加への対応として、「変動型」の利用者は「返済目処や資金余力があるので返済を継続する」、「固定期間選択型」の利用者は「一部繰上返済する」ことを考えている割合が多く、金利が上昇しても対応可能と考えている者が多い実態が垣間見える。
図表11 日本国債のイールドカーブ
日本においても消費者物価指数(総合)の前年比は足元で3%台に達しており、インフレ圧力が強まる中でいつまで低金利が継続するか、注視される。7月下旬に日銀はイールドカーブコントロールについては変動幅の拡大を容認し、事実上、長期金利については上昇を容認した。しかし、長期金利が影響するのは住宅ローンの中では固定金利タイプであり、変動金利タイプの住宅ローン金利が影響を受けるのは短期金利である。マイナス金利は維持されており、10年レンジの歪みは解消されたものの、全体としてイールドカーブがベアスティープ化8している(図表11)。日銀がマイナス金利を解除して短期金利も引き上げるのは賃上げの流れが定着して2%の物価目標が安定的かつ持続的に達成できたと確信してからになると見られており、現状はまだ距離があると植田総裁も発言していることから、当面は低金利の恩恵を享受したいと考えるのは自然なことかもしれない9

しかしながら、一方でそろそろ金利が上昇するかもしれないと考え、多少高くても固定金利を選択している者も1割程度は存在する。これらの利用者は、高い金利を支払うことで、安心を買っているとも言える。その対価が適切な価格なのか否かは、これも本人が判断することであるが、アメリカでは基本的に住宅ローンは固定金利で借りて、金利が低下すれば借換えればよく、上がった場合は低利で固定しておいてよかった10という形で、固定金利を活用している。年収の数倍という借入額となる住宅ローンについて、アメリカでは金利変動のリスクを回避していると言える。日本では、住宅金融支援機構の「2021年度 住宅ローン借換えの実態調査」によれば、2021年4月から2022年3月までに借り換えした998人のうち、全期間固定型は借換前の14.2%から借換後は6.9%に減少している。金利低下局面で少しでも返済額を減らそうとした結果と見られる。なお、変動から変動に借り換えた者も全体の30.7%を占めている。金利低下局面においても、既に借りた変動金利の約定金利が市場金利の低下に併せて低下することは一般的ではなく、同じ銀行では市場金利の低下を享受できないことから、他行の変動金利に借り換えるという行動パターンが多いと言われる(最近は競争激化の中で自行借り換えを認めるケースも増えていると言われる)。

日本ではかつて住宅金融公庫の直接融資で借換は対象とされていなかった。90年代に市場金利が急低下する中で、低金利の恩恵を受けたい債務者は民間の変動金利へと借り換え、公庫融資には膨大な繰上償還が発生した。民間の変動金利に借り換えても、その後に本格的な金利上昇を経験しなかったことで、固定金利から変動金利に借り換えることが違和感なく行われるようになり、後にフラット35で借換が対象になっても、その時点では既に高金利の固定金利の既往債権は大半が低利の変動金利へ借換られており、固定金利から固定金利への借換のメリットが失われた。このように、アメリカとは違い、固定金利から固定金利への借換にかかる成功体験がなかったことも、消費者の行動パターンの違いの大きな要因と思われる。

なお、住宅ローン減税においても、日本では年末の融資残高の0.7%が税額控除される仕組みで、金利水準は変数となっていないが、アメリカでは住宅ローンの利息支払い額を課税対象額から控除するという仕組みとなっている11。このため、固定金利の方が変動金利よりも高く利払い額が大きかったとしても、その一定割合が還付されるため、金利差の影響が日本より緩和されることになる。ただし、その差分まで計算してアメリカ人が固定金利を選択しているとは考え難く、単純に、「とりあえず固定」という行動パターンが定着していると考える方が自然であろう。
 
日本では住宅ローンは変動金利タイプが9割となっている。日本ではこれまで金利が低下局面にあったため変動金利のリスクは顕在化しておらず、当面は短期金利の上昇もないと見る向きが多いと見られる。しかし、日本においても40年ぶりとも言われる物価高等でこの30年余とは違って本当に金利上昇があるかもしれない。金融機関には変動金利の住宅ローンのリスクについて引き続き適切な説明が求められるとともに、借りる人も十分リスク等を理解した上で、固定金利と変動金利のどちらが良いかを判断する必要があるだろう。
 
8 金利上昇局面において、長期金利が短期金利よりも大きく上昇することで、曲線の勾配が急になること。
9 2023年9月9日の読売新聞は、植田総裁への単独インタビューを掲載し、<賃金上昇を伴う持続的な物価上昇に確信が持てた段階になれば、大規模な金融緩和策の柱である「マイナス金利政策」の解除を含め「いろいろなオプション(選択肢)がある」と語った。現状は緩和的な金融環境を維持しつつも、年内にも判断できる材料が出そろう可能性があることも示唆した。>と報じた。
10 このことが、足元で利上げが続くアメリカの住宅市場で影響が緩和される要因となっていると内閣府「世界経済の潮流 2022年 II」は分析している(同61ページ)。
11 累進課税の下では、所得階層の高い債務者ほど限界税率が高いことから減税のメリットも大きいという逆進性の問題はある。
 
 

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金融研究部   客員研究員

小林 正宏 (こばやし まさひろ)

研究・専門分野
国内外の住宅・住宅金融市場

経歴
  • 【職歴】
     1988年 住宅金融公庫入社
     1996年 海外経済協力基金(OECF)出向(マニラ事務所に3年間駐在)
     1999年 国際協力銀行(JBIC)出向
     2002年 米国ファニーメイ特別研修派遣
     2022年 住宅金融支援機構 審議役
     2023年 6月 日本生命保険相互会社 顧問
          7月 ニッセイ基礎研究所 客員研究員(現職)

    【加入団体等】
    ・日本不動産学会 正会員
    ・資産評価政策学会 正会員
    ・早稲田大学大学院経営管理研究科 非常勤講師

    【著書等】
    ・サブプライム問題の正しい考え方(中央公論新社、2008年、共著)
    ・世界金融危機はなぜ起こったのか(東洋経済新報社、2008年、共著)
    ・通貨で読み解く世界経済(中央公論新社、2010年、共著)
    ・通貨の品格(中央公論新社、2012年)など

(2023年09月13日「基礎研レポート」)

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