2023年09月04日

「日本仕様のジョブ型雇用」とは何なのか(1)-戦前まで遡る歴史とその取り組みを振り返る-

総合政策研究部 主任研究員 小原 一隆

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6――日本の雇用を振り返る

現在、日本のとりわけ大企業においては、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ、という動きにある。先に述べた通り、先述のとおり、2013年に政府の規制改革会議でジョブ型正社員が提唱されたものの、大きな動きには至らなかった。その後経団連が「2020版 経営労働政策特別委員会報告」にて、日本型雇用システムをメンバーシップ型から、その良さを活かしつつジョブ型を組み合わせた自社型雇用システムを確立すべきと主張した。これがきっかけとなり、ジョブ型雇用が注目され始めた。現在政府の重要政策のひとつとなっているのは冒頭で述べた通りである。
 
ここで、濱口(2023)を参考に、日本において、雇用の仕組みに関してどのような考え方が為されてきたのかを確認する。特に経団連の前身の一つである日経連4がどのような主張をしてきたかを見る。
 
4 日本経営者団体連盟。労働問題について経営者側の統一的対策をたてるための組織。1947年設立の日本経営者団体連合会が1948年改組されたもの。全国的業種別団体と地方別経営者団体とで構成。2002年5月,経済団体連合会(経団連)と統合して日本経済団体連合会が発足。(平凡社 百科事典マイペディア)。
1|戦前・戦中期
1930年代、浜口雄幸内閣時の産業合理化運動5において、職務給の導入が謳われたのが日本におけるジョブ型志向の出発点である。ただし、各職務に合理的な金額を算定することは難しく、仮に算定しても現在の収入に大きな影響が出ることは避けねばならず、すぐ導入することは難しい等という抑制的なトーンであった。1940年代に入ると戦時体制が進み、統制経済色が強まる。初任給や昇給に関する規制が次々に導入され、年功制や終身雇用を国家が強制することとなった。基本給は労働者とその家族の基本生活を保障すべきであり、同じ職務に従事していても、例えば若年独身者と有家族者では、同じ給与水準だと前者は貰い過ぎ、後者は少な過ぎ、よって後者を手厚くして当然、というものであった。当初政府は職務給を目指していたところが、軍部により生活給になった。
 
5 生産・流通の過程の合理化により産業の強化、利潤増大をはかる政策。日本では1930年世界恐慌下に、浜口雄幸内閣が重要産業統制法・工業組合法などでカルテル・トラストを奨励,人員整理や労働強化を進めて、能率向上をはかったのが有名。第二次世界大戦後、経済復興や技術革新が叫ばれ、'52年企業合理化促進法を制定。'55年より生産性向上運動が展開された。(旺文社日本史辞事典三訂版)
2|戦後(~1950年代)
戦後、賃金統制はGHQの意向もありすべてなくなったが、出発点は生活給であった。電力産業の労働組合が主導し生活給的賃金体系が作られ、労働争議の中、他の業界や企業にも広がっていった。これに対してGHQが米国から招聘した労働諮問委員会等は、生活給の考え方を批判6。これを受けて日本政府は職務給制度を念頭に賃金制度改革の動きを見せるものの、ほとんど影響力を示すことはなかった。

1948年に結成された日経連は、1950年代から60年代にかけて、職務給導入を主張した。経営者としては、生活給偏重を排除して、賃金は労働の対価であるという本質に立ち返るべきであり、同一職務労働であれば、担当者の学歴・年齢等にかかわらず、同一労働同一賃金であるべきというのが背景にあった。
 
6 賃金制度が労働者の成果に密接に関連せず、年齢・性別・婚姻有無等により決まる点が批判された。
31960年代
日経連は1962年の賃金管理近代化の基本方針において、「当面年功賃金との妥協は認めつつ、将来的には職務給に移行する」と論を展開。しかしながら、日経連が職務給へのシフトを声高に叫んだものの、実際に導入した企業は5%程度であり、導入企業もその制度の実態を見ると正確な意味での職務給といえるものは殆どなかったとされる。

1960年、池田内閣はその所得倍増計画の中で、労務管理制度の近代化という将来像を提示する。年功序列的制度から職能に応じた制度へのシフトである。現状のままだと、能力ある若者の不満、大過なく勤めれば時間とともに給料が上がるため、創意に欠ける労働力が生まれかねないこと等が指摘された。「労務管理体制の変化は、賃金、雇用の企業別封鎖性をこえて、同一労働同一賃金原則の浸透、労働移動の円滑化をもたらし、労働組合の意識も産業別あるいは地域別のものとなる一つの条件が生まれてくるであろう」7。(太字筆者)

それから60余年経過した現在、同様の問題意識を同じく宏池会の岸田首相が率いる政府が提示しているのは興味深い。

その後、ジョブありきの職務給へのシフトではなく、人ありきの職能給への移行が発生した。日経連は職務給を主張していたが、暫定措置として職能級を容認。職務遂行能力は職務が要請する能力であるとの論法で職能給を是認したが、時が経つと能力主義管理を中心に据えるようになり、従前の職務中心主義の主張をすることはなくなった。
 
7 経済企画庁「国民所得倍増計画」pp.178-179
41970年代以降
政府は職務給の旗は掲げていたものの、石油ショックを機に、職務給を喧伝することはなくなった。70年代から90年代の20年間は日本の経済が極めて強く8、日本型雇用はその源泉であると世界でもてはやされた。日本型雇用の方が先進的で素晴らしいのだから、経済面で劣後する欧米型雇用(ジョブ型)などという取組は、今や真似する必要はなくなったということである。

1995年に、日経連は、正社員の絞り込みと非正規雇用の拡大を打ち出す。バブル崩壊後、日本型雇用は続けつつも、少数精鋭化志向にシフトしたのだ。そして2002年には、定型的職務従事者は職務給、育成期間中の課業柔軟型非定型的職務従事者には職能給を、経営陣に近い役割設定型非定型的職務従事者には役割給および成果給という理念を打ち出した。

1990年代後半は、バブル崩壊と不況により、働きの割に賃金が高いとされる中高年が「リストラ」のターゲットにされ9、また多くの企業で成果主義賃金が導入され、賃金カーブをフラット化10するために用いられた。

なお、1990年代後半に社会に出た団塊ジュニア世代は、団塊世代とともに日本の人口のボリュームゾーンを形成し、減少し続ける人口トレンドに抗することが期待された。しかし、経済の長期低迷とこれに伴う先に挙げた正社員の絞り込みと非正規雇用者の増加から、収入が思うように伸びず、結婚に至らない人が増え、結果出生数の減少トレンド反転には繋がらなかった。少子化の要因はこれだけに限られないかもしれないが、大きな部分を占めるだろう。

その後、第一次安倍政権以降、2007年パート労働法改正、2015年同一労働同一賃金推進法、2018年パートタイム・有期雇用労働法改正等、同一労働同一賃金実現に向けた動きが本格化している。
 
8 例えば、米社会学者エズラ・ヴォーゲルの「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は1979年に出版された。
9 多くの企業はなりふり構わない姿勢でコストカットに走った。そのひとつが中高年のリストラで、「若年時は働きより低く支払い、その分を年を取ってから多く支払う」という黙示的な了解事項を一方的に反故にした信義則違反との批判もある。
10 フラット化には、中高年層の賃金を下げてフラット化する場合と、若年層の賃金を上げてフラット化する場合がある。金利のイールドカーブになぞらえると前者はベアフラットニング、後者はブルフラットニングと言えよう。しかし失われた30年を振り返ると、ベアフラットニングに加えて下方へのパラレルシフト(平行移動)が起きたという方が正確と考えられる。近時初任給の引き上げが盛んであることは、ブルフラットニングの兆しかもしれないし、先の春闘での賃上げや、政府の喧伝する構造的賃上げが今後定着すれば、上方パラレルシフトが期待できる。しかし、「失われ」る前、30年前の水準に比べてまだまだ程遠い。

7――おわりに

7――おわりに

以上、政府・経済界挙げて導入を促進するジョブ型(職務給)導入の背景や、職務給、職能給等各給与の種類の概念の整理、メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の特徴、戦前からの日本の職務給導入の歴史を振り返った。

近時注目されるジョブ型雇用であるが、当然売り込む側にとっては千載一遇の商機である。ジョブ型は新しい概念であり、今の時代に相応しく、素晴らしいものであるという切り口で顧客教育、営業活動を行うものと考えられる。

しかし、確認したように、実は非常に古くから存在し、決して新しい概念ではない。政府・経済界ともに戦前から導入、定着させようと試みてきたものの上手く行かなかった経緯がある。このことは今後導入を検討する際には認識しておくべきであると考える。

政府は労働市場の柔軟性を高め、雇用創出を促進し、経済の活性化を図ろうとし、経済界は労働力を適切に配置することで、企業の競争力を向上させ、成長を支える狙いがあるとする。

労働者にとっては柔軟な働き方が実現し、ワークライフバランスの向上や、新たなスキルの獲得が期待されるとしている。また、企業にとっても特定のプロジェクトに適した人材を選択できる利点があり、業務効率の向上が期待される。だが、全ての働き手が恩恵に浴することができるかというと、それはリ・スキリング次第ということになろう。光もあれば影もある。しかし、それは既往のメンバーシップ型雇用も同様である。

このような状況下で、政府と経済界は社会全体の利益を最優先に考えた政策の策定と実施が求められる。光だけをことさらに強調するのはフェアではない。ジョブ型雇用の導入は一歩を踏み出す重要な一手だが、その成果を最大限に引き出すためには、適切な法制度や支援策の整備、そして労働者の権利保護が欠かせない。未来への前向きな展望とともに、課題解決に向けての努力が求められる。

(参考文献)
鶴光太郎『日本の会社のための人事の経済学』日本経済新聞出版,2023年,pp.70-78.
濱口桂一郎「日本におけるジョブ型流行史」(『日本労働研究雑誌』2023年6月号 No. 755),p.4.
濱口桂一郎「間違いだらけのジョブ型雇用理論-本当のジョブ型雇用とは何か?」(『労政時報』第4031号 2022年3月11日)pp.21-28
佐藤博樹「『ジョブ型雇用』を巡る議論をどのように理解すべきか -人事管理システム改革への示唆」(『日本労働研究雑誌 2022年特別号』), 2022年1月
佐藤健司「日本企業における人間関係:メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の視点から」 2021年3月 同志社商学、pp.89-90
海老原嗣生「人事の組み立て ~脱日本型雇用のトリセツから」 日経BP, 2021年, pp.38-47
今野浩一郎「求められる『型』を超える視点」(『日本労働研究雑誌』2023年6月号 No. 755),p.1.
八代充史「銀行人事と人事制度の変化の方向性 銀行業はジョブ型人事になるか」(『月刊金融ジャーナル』2023年4月号), pp.24-27
向井蘭「ジョブ型雇用により日本型雇用をどこまで放棄するか」(『季刊労働法281号(2023年夏季)』,2023年, pp.26-28
日本経済団体連合会「2020年版 経営労働政策特別委員会報告」 2020年1月 経団連出版 pp.7-17.
日本経済団体連合会「2021年版 経営労働政策特別委員会報告」 2021年1月 経団連出版 pp.35-41.
日本経済団体連合会「2022年版 経営労働政策特別委員会報告」 2022年1月 経団連出版 pp.32-37.
日本経済団体連合会「2023年版 経営労働政策特別委員会報告」 2023年1月 経団連出版 pp.54-58.
 
 

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総合政策研究部   主任研究員

小原 一隆 (こばら かずたか)

研究・専門分野
経済政策・人的資本

経歴
  • 【職歴】
     1996年 日本生命保険相互会社入社
          主に資産運用部門にて融資関連部署を歴任
         (海外プロジェクトファイナンス、国内企業向け貸付等)
     2022年 株式会社ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
    ・公益社団法人日本証券アナリスト協会

(2023年09月04日「基礎研レポート」)

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