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「日本仕様のジョブ型雇用」とは何なのか(1)-戦前まで遡る歴史とその取り組みを振り返る-
総合政策研究部 主任研究員 小原 一隆
1――はじめに
三位一体の内訳は、(1)リ・スキリングによる能力向上支援、(2)個々の企業の実態に応じた職務給の導入、(3)成長分野への労働移動の円滑化、の3点である。なお、上記3文書において「職務給(ジョブ型人事)」または「ジョブ型人事(職務給)」との言い回しがなされている。
本稿では、このうち(2)個々の企業の実態に応じた職務給の導入に着目し、その背景や内容について整理し、日本のこれまでの職務給導入の歴史を確認し、今後の方向性等について考察する。
2――なぜ政府は職務給(ジョブ型)への転換を叫ぶのか?
その意義は(1)労働市場の二極化是正、(2)ワークライフバランス、(3)成長力の強化、(4)デフレ脱却と賃金上昇、の4点であった。
労働移動のための主要な雇用改革のひとつが正社員改革である。無期雇用、フルタイム、直接雇用という特徴に加え、職務、勤務地、労働時間(時間外勤務)の制約や限定がない、「無限定正社員」という傾向が強いと指摘された。原則、将来どのような職務や勤務地でも働くし、残業の命令があれば従わねばならない。その企業の成員という意味合いが強いため、「メンバーシップ型社員」と言われる(後述)。
規制改革会議雇用ワーキンググループ報告書ではこう指摘する。
「女性が家事に専念するという家族単位の協力によって男性の無限定な働き方を支えたという社会的背景から正社員は男性中心といった傾向が強まり、さらに、その男性が家族を養い続けなければならないことが多かったという意味で賃金制度も生活給的(年功的)性格が強かった。」
そこで、ジョブ型雇用の推奨である。この場合のジョブ型は、職務、勤務地、労働時間のいずれかが限定されているものと定義された。非正規社員の雇用安定、ワークライフバランスの達成できる働き方、女性の積極的活用、無限定型とジョブ型の相互転換によるキャリア継続、そして自己のキャリア・強みの明確化と外部労働市場の形成・発達に資することが謳われた。
残念ながら、ジョブ型正社員の構想はさほど注目されることなく、時が経ったように見受けられる。
時は流れ、岸田政権下、新しい資本主義実現会議で三位一体の労働市場改革の指針が出された。政府の問題意識は、バブル崩壊後の30年にわたる縮小均衡の結果、日本経済は成長力を削がれ世界に大きく出遅れているとの認識のもと、今後は未来への投資を進め、新たな価値を創造する経済が必要、ということである。そのための政策のひとつが、人的資本投資1で、その一環として労働市場改革を行い、メンバーシップに基づく年功的な職能給を脱し、個々の企業の実業に応じてジョブ型の職務給中心の、日本に合ったシステムに見直す。これに伴い労働移動を円滑化し、高賃金で高スキル人材を集め、労働生産性を上げ、更に高賃金を払うという、構造的賃上げを目指すというものである2。
1 企業のコストカットは人的資本投資にも及び、これが日本経済の失われた30年の要因の一つであるとされる。
2 ニューヨーク証券取引所における岸田内閣総理大臣スピーチ(2022年9月22日)。
実際には、基本給の中にこれらの要素をミックスしている企業が多いであろうし、非管理職、管理職でもその度合いは変動的だと考えられる。
4――メンバーシップ雇用とはどのようなものか
採用時に担当職務や勤務地を特定せずに雇用し、会社が強大な人事権に基づき、入社以降に担当職務や職場を決定する。入社後も、人事権により、どれだけ異なる仕事も、勤務地も命ぜられるため、職務で値段に差を付けない。職務が特定されないため、ある職務や勤務地が消滅しても他の職務に異動させて雇用契約を維持することが可能である。これが長期雇用慣行の背景である。職務に基づいた賃金を決めることが難しく、他に客観的な基準は年齢や勤続年数しかないことから、年功賃金制となり、労働組合も職業別・産業別ではなく、企業別となる。
入社後に企業にフィットするよう育成していく為、伸びしろの大きな新卒を大量に採用する。長期的なメンバーシップを付与するの相応しいかを見る必要があることから、採用権限は本社の人事部門にある。解雇のハードルは高く、能力不足等を理由とする普通解雇よりも、職務や職場の消滅を事由とする整理解雇の方が厳しく制限され、企業は解雇の前に手を尽くすべきとして、残業削減や人事異動により雇用を継続する義務を課せられる3。また、定期人事異動制度のもと、定期的に職務が変わる。特定の職務のスキルを磨くより、その会社の専門家となることから、マーケットバリューが付きにくく、一般に転職がしにくい。その分長期の雇用保障がなされる。職務には未経験者が就くことが多く、企業内教育訓練、特にOJTを中心にトレーニングを行う。また、末端まで人事査定があり、業績・能力・情意が評価され、メンバーとして組織にどれだけ忠誠、献身できるかが問われる。
職業能力に乏しい新卒者を一括採用することから、若年失業者発生の抑制に資するとされる。その一方、仕事の中身や範囲の曖昧さはパワハラ発生の温床であるとの指摘もある(佐藤2021)。
3 解雇整理の4要件の一つである「解雇回避の努力」に該当。配置転換や希望退職者募集など他の手段によって解雇回避のために努力をしたことが問われる。
5――ジョブ型雇用とはどのようなものか
日本におけるジョブ型の例としては、パート・アルバイト等の非正規雇用が挙げられるが、起源をたどると、20世紀米国の工場労働者の職務にある。職務は狭く、細かく明確に定義され、賃金は職務に紐づけられ(職務給)、成果は賃金に反映されず、配置転換はなく、標準化された単純労働であるから、企業内でスキルの熟練度を上げるための特別な訓練は必要が無いという特徴がある。
職業能力が無ければ空いた職務に採用されないことから、若年失業者が多く発生しがちであるとされる。欧米で若年失業者問題が指摘されるのは、このような背景がある。
本章のジョブ型の説明、および前章のメンバーシップ型の説明は、典型的な傾向を抽出したものであり、全ての社に完全に当てはまるものではないことには留意が必要だ(図表2)。
(2023年09月04日「基礎研レポート」)
03-3512-1864
- 【職歴】
1996年 日本生命保険相互会社入社
主に資産運用部門にて融資関連部署を歴任
(海外プロジェクトファイナンス、国内企業向け貸付等)
2022年 株式会社ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・公益社団法人日本証券アナリスト協会
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