コラム
2023年08月15日

負の数について(その1)-負の数を巡る歴史等はどうなっているのか-

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「正」と「負」の用語の由来

『漢字語源語義辞典』(加納 喜光/著、東京堂出版)によれば、以下の通りとされている。

「正」の語義として、「まっすぐ」というコアイメージから、数学では、零より大きい数(プラス)の意味を派生している。一方で、「負」語義としては、「←→の形(反対方向)にそむく」というイメージから、数学では、ゼロから→の方向の数をプラスとすればその反対の←の方向に進む数(マイナス)の意味に用いられる。

「+」や「-」の記号の由来

「+」や「-」の由来については、研究員の眼「数学記号の由来について(1)-四則演算の記号(+、-、×、÷)-」(2019.9.2)で紹介したように、いくつかの説があり、どれが正しいのかは明らかではないようだが、そこではそれらのうちの代表的な2つの例を紹介しておいた5
 
5 なお、加算と減算を表す記号については、古代エジプトの時代等から、独自の記号が使用されてきた。
(その1)プラスやマイナスを表す言語からの変形
最もよく知られているのは、14世紀にラテン語の「and(及び、かつ)」を意味する「et」の走り書きが変形して、「+」になったというものである。なお、この説によれば、14世紀のフランスの哲学者であり、数学や天文学に関する多くの著書があるニコル・オレーム(Nicole Oresme)(1323-1382)が、最初の「+」記号の使用者であると言われているようである。

同じような意味合いで「-」はminusの「m」が変形して、「-」になったと言われている6
 
6 実は、ラテン語のplus、minusは「より多い」、「より少ない」を意味しており、etに対しては、demptus(取り除く)を意味するdeが使用されていたとのことである。
(その2)船乗りたちによる水槽の中の水の量の管理に関係
船乗りたちは、水の量を管理する際に、水面に当たる箇所に「-」を書き入れて、水が減って水面が下がるたびに、再び水面に当たる箇所に「-」と追記していた。また、水槽に水を足した際には、それまでに記した「-」と区別するために、「-」に縦棒を一本加えて「+」と記していた。

「+」や「-」の(加減算の記号等としての)使用

15 世紀初頭の欧州では、「P」と「M」の文字が一般的に使用されていたが、「+」や「-」の記号が最初に使用されたのは、1489年にドイツの数学者ヨハネス・ウィッドマン(Johanness Widmann)が、その商業用算術教科書である著作「Mercantile Arithmetic or Behende und hüpsche Rechenung auff allen Kauffmanschafft」で用いた時である、と言われている。ただし、この本では、「+」は超過(ラテン語でmehr)、「-」は不足(ラテン語でminus)を意味すると定義付けられており、あくまでも「増減を表す記号」としての意味合いであったようである。

その後、1514年に、オランダの数学者のファンデル・フッケ(Giel Vander Hoecke)が、その著書において、「加算・減算のための記号」として初めて「+」と「-」を使用したと言われている。

それが、ドイツの数学者のヘンリカス・グランマテウス(Henricus Grammateus)(ハインリヒ・シュライバー(Heinrich Schreiber)としても知られる)の1518年の著書やその弟子であるクリストフ・ルドルフ(Christoph Rudolff)の1525年の代数学に関する著書で使用され、さらには、ウェールズの数学者であるロバート・レコード(Robert Recorde)の1557年の著書「知恵の砥石(The Whetstone of Witte)」で使用されることで、英国においても一般的に使用されるようになっていった、とのことである。

正の数と負の数の読み方

日本語では、正の数はそのままの数字を、負の数は「マイナス(数字)」という読み方をする。

英語でも、正の数はそのままの数字を読めばよいが、負の数は「negative (数字)」という読み方をする。中国語では、負の数は「負(数字)」という読み方をする。則ち、「-1」は、日本語では「マイナス1」だが、英語では「negative one」、中国語では「負1(フーイー)」ということになる。

なお、英語では、引き算の場合に「minus」あるいはよりフォーマルには「subtract」という言い方をする(足し算の場合は「plus」あるいはよりフォーマルには「add」を使用したりする)。

また、中国語では引き算の場合「減」(足し算の場合「加」)の用語を使用している。

日本語では引き算も「マイナス」の用語を使用しているので、本来的には別の読み方がより適切という考え方もあるようだが、現在の読み方が定着しているので、なかなか変更は難しいようだ。

最後に

負の数を巡る話題について、2回に分けて報告することにしたが、今回はまずはその歴史や記号の由来等について、報告してきた。

我々が現在常識的に自然な感覚で受け入れていると思われる「負の数」の概念ではあるが、過去の数学の歴史を見てみると、大数学者といえども、容易には受け入れがたかった概念であったようだ。こうした事実を知って、改めて「負の数」なるものについて考えてみると、何とも複雑な気持ちもしてくるのではないだろうか。

なお、今回の研究員の眼を執筆するにあたり、文中で参照させていただいたものに加えて、以下の著書等を参考にさせていただいた。

「カッツ 数学の歴史」 ヴィクター・J. カッツ著 上野 健爾 ・ 三浦 伸夫 監訳
 中根 美知代訳・ 高橋 秀裕・ 林 知宏 ・ 大谷 卓史・ 佐藤 賢一・ 東 慎一郎・ 中澤 聡 翻訳  共立出版

「メルツバッハ&ボイヤー  数学の歴史I ―数学の萌芽から17世紀前期まで-」 
U. C. メルツバッハ、C.B. ボイヤー 著 三浦伸夫・三宅勝也監訳 久村典子 訳  朝倉書店

 「インド代数学研究 (『ビージャガニタ』+『ビージャパッラヴァ』全訳と注) 
林隆夫(著)  恒星社厚生閣

数理解析研究所講究録「数概念について」早稲田大学・理興学術院 足立恒雄

「数とは何か そしてまた何であったか」 足立恒雄(著)  共立出版

「数学史の小窓」  中村 滋(著)  日本評論社

復刻版「カジョリ 初等数学史」 小倉金之助 補訳  共立出版

「A History of Mathematical Notations  Dover Books on Mathematics  Florian Cajori (著)

次回は、負の数が日常生活の中等でどのように使用されているのかについて報告する。
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(2023年08月15日「研究員の眼」)

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