2023年08月09日

金利の急激な上昇やインフレが保険会社の解約率等に与える影響-欧州の保険監督当局等による報告書からの流動性リスク分析結果-

文字サイズ

1―はじめに

米国では、金利の急激な上昇等を要因として、中堅銀行3行が経営破綻しているが、世界的な金利やインフレ率の上昇に伴い、保険会社においても、資産運用面での影響に加えて、保険契約の解約率の上昇や新契約販売に与える影響等が懸念されている。

金利の上昇は、それに対する保険商品の価格遅効性等から、生命保険の貯蓄性商品の新契約販売に与える影響もあり、また商品タイプによっては、既契約の解約の増加につながる可能性がある。一方で、保険会社は、これらの契約を裏付ける債券等の資産において、未実現の損失(含み損)が発生してきている状況にあるため、早期解約が増加する場合には、手元の流動性だけではカバーできずに、含み損状態にある債券等を売却して実現化せざるを得なくなる可能性がある。

また、インフレ率の上昇に伴い、消費者の購買力低下等を通じて、保険の販売に直接的な影響を与えることに加えて、実損てん補の損害保険における将来の保険金請求の増加、各種の経費の増加等が懸念されている。一方で、責任準備金の算出における前提の見直し等を通じて、負債の評価にも影響を与える可能性がある。

なお、こうした市場環境の変化は、これまで長期の低金利環境下で行われてきた資産運用にも大きな影響を与えて、各社のALMに基づく投資戦略の見直しも求められてきている。

欧州の保険監督当局は、これらの状況が保険会社の経営に与える影響等についての実績把握や分析等を行ってきている。このレポートでは、2022年の後半から2023年の前半にかけての実績に基づいて行なわれた分析ないしは報告結果から、特に流動性リスクに関連しての解約率を巡る状況に焦点を絞って、その概要を報告する。

2―EIOPAによる報告書

2―EIOPAによる報告書

EIOPA(欧州保険年金監督局)は、欧州の保険会社を巡る監督・規制上の課題と現状について、定期的に報告書を作成してきているが、これらの報告書の中における流動性リスクに関する記述内容を抜粋して報告すると、以下の通りとなっている。
1|20236月の金融安定性報告書
EIOPAは、2023年6月22日に、金融安定性報告書を公表1している。

これによると、保険会社の流動資産比率の2022年末の中央値は46%前後であるのに対し、10パーセンタイルの値は対前年4%ポイント低下して13%となっており、流動資産の割合が小さい区分の保険会社の流動資産比率がさらに悪化していることが示されている。

また、2022年の生命保険契約の解約率の中央値は3%前後で安定していたが、将来的には、(1)契約者の所得に悪影響を及ぼす景気後退、(2)金利のさらなる上昇が、既契約を解約して他により高いリターンを求めるインセンティブを生み出す可能性があること、から解約率の増加を引き起こす可能性があると述べている。

さらに、インフレが持続的かつ高止まりすると、契約者に支払われる保険金が増加し、特に契約期間が比較的長い負債を持つ損害保険契約が影響を受けて、損害保険事業の引受収益性が課題となる、と述べている。
2|20237月の監督カレッジの活動に関する報告書
EIOPAは、2023年7月11日に「2022年の監督カレッジの活動に関する報告」を公表2している。

これによると、インフレの影響については、一見すると2022年は全体的に限定的なものにとどまっていることが、主にグループ損益を通じて明らかになっている、と述べている。一方で、大多数のグループは、2022年のリスクとソルベンシーの自己評価(ORSA) の一環として、インフレに関するより広範なテストを実施することを含めているか、または計画しており、さらに、保険料リスク、準備金リスク、購買力などのインフレの間接的影響、詐欺リスク、カウンターパーティリスク等の分野をカバーすることを計画している、としている。

また、金利の上昇に伴う資産価値の下落に対して、負債面では金利上昇等によりプラスの影響が見られたものの、これは主に長期保険商品を取り扱うグループの生命保険子会社で該当しているが、短期負債を取り扱うグループの損害保険子会社は金利上昇の影響を受けなかった、としている。

加えて、解約リスクの移転を通じたソルベンシーII資本の負担軽減のための再保険利用3に関して、いくつかの保険グループが解約リスクの大幅な増加を報告しており、一部のカレッジ、特にSCRの算出に標準式を採用しているグループにおいて、締結された解約再保険契約に関連しての議論が浮上している、と説明している。また、一般に、再保険契約は、それらが適切に使用される場合、効果的なリスクと資本管理のための重要なツールとなるが、現在のマクロ経済環境は、リスク移転が必要資本の軽減と一致しない大量解約やその他のサブモジュールリスクをカバーするために、より多くのグループが非標準的な再保険契約を導入するインセンティブを示す可能性があり、さらに、いくつかのグループは、リスク移転のために第三国の再保険会社を利用している、と述べて、この問題についての課題意識を示している。
 
2 https://www.eiopa.europa.eu/publications/report-eiopas-colleges-supervisors-activities-2022_en
3 大量解約リスクを移転する再保険取引は2016年からスタートし、殆どの欧州諸国で有効な資本管理ツールとなっていたが、金利の急速な上昇によるソルベンシーIIの大量解約に対応するSCRの急増に伴って、この取引が注目を浴びる状況になっている。
3|20237月のリスクダッシュボード
EIOPAが2023年7月に公表したリスクダッシュボード4によると、2023年第1四半期において、欧州保険会社の流動性と資金調達リスクは前四半期に引き続いて「中程度」にとどまっている。

現金保有の中央値は、前四半期に経験した減少を受けて、2023年第1四半期に上昇し、2023年第1四半期の中央値は0.76%(前四半期は0.60%)だった。流動資産比率の中央値は、2023年第1四半期は44.4%(2022年第4四半期は45.6%)と低下した。

2022年の欧州保険会社の生命保険の解約率の分布は上方にシフトし、その中央値は0.4%ポイント上昇して3.8%となり、少なくとも2017年以来の最高率となった。

全体として、保険会社の流動性ポジションは2022年に悪化したが、資金調達面でみると、2021年末と比較して、中央値では、レポ経由の資金調達へのエクスポージャーは増加したが、債券発行はわずかに減少した。

3―ドイツのBaFinによる分析

3―ドイツのBaFinによる分析

ドイツの保険監督官庁であるBaFinは、2023年5月9日に年次報告書(Annual Return)を公表5しているが、その中で、生命保険セクターに対して、2022年9月末に実施したストレステストで、スプレッドと解約率の上昇による短期的な影響と、金利上昇による中長期的な影響に焦点を当てている。

BaFinの予測計算では、金利上昇が経済状況と保険会社のソルベンシーにプラスの影響を与えることが示されている。債券投資は、金利上昇の結果、セクター全体で含み損益が影響を受けることになるが、通常債券投資は満期まで保有されるため、これらは実現する必要はない。ただし、保険契約の解約が増加して流動性ニーズが高まり、債券を売却しなければならない場合には、より困難な状況になる可能性がある、として、BaFinは今後数年間、会社の流動性管理を特に注意深く監視する、と述べている。

また、BaFinは、インフレ率の上昇が保険給付と費用の水準に大きな影響を与えることはないが、損害保険会社における不動産や自動車関連の商品インフレや、医療インフレのさらなる進展が公的保険に代替可能な民間医療保険会社の保険料に与える影響を注意深く監視していく、と述べている。

4―イタリアのIVASSによる報告書

4―イタリアのIVASSによる報告書

イタリアの保険監督当局である IVASS は、2023年4月28日に金融安定性報告書6を公表しているが、この中で、2023年第 1 四半期に解約率が急上昇したと報告しており、生命保険会社のポートフォリオを注意深く監視していく、と述べている。

また、保険セクターの自己資本は、金利動向の影響を受けて減少しているものの、欧州平均に近い高水準で推移しており、収益性も低下しているが、全体の流動性は良好である、としている。しかし、生命保険セグメントでは、顧客が貯蓄の購買力を維持するリターンを求めているため、保険料収入が抑制され、契約の早期解約に拍車がかかっており、また主に生命保険会社に集中していた証券ポートフォリオの含み益は、1-3月期に減少した、と述べている。

IVASSの報告書によれば、保険料収入に対する解約返戻金の割合は2022年3月の53%と比較して、2023年3 月には平均 85% に達しており、特に2023年に入ってからの3か月で急激に上昇している。また、これを販売チャネル別に見た場合、(保険料収入による影響もあるが)銀行・金融アドバイザー・ブローカーを通じて販売された保険契約の数値は、保険代理店・郵便局チャネル等を通じて販売された保険契約の数値の2倍以上になっており、顕著な差異が見られている。

なお、解約リスクに対するSCRは2022年末において、生命保険引受リスクの約 90%を占めている。2022年末の生命保険会社の平均ソルベンシー比率は200%で、2021年に比べて約25%ポイント低下したが、これは主として解約リスクに対するSCRの増加による。
(参考)Eurovitaの経営破綻危機問題
IVASSは、2023年1月31日に、英国のPE(プライベートエクイティ)会社 Cinven が所有するイタリアの中規模の生命保険グループであるEurovitaを管理下に置き、2月6日には、救済パッケージがまとめられ、事業の売却が進められている間の措置として、一部の保険契約者の解約を行使する権利を一時的に停止した。Eurovitaは、すでに脆弱だった財務基盤が、2022 年の金利上昇等の市場の動きに伴って、さらに悪化し、資本増強が求められていたが、Cinvenが十分な資金を注入することが出来ず7、業界によって救済されることになった。

IVASSによれば、ポートフォリオ投資の未実現損失の増加に加えて、監督文書や検査によって明らかになった、不適切なリスク管理、限られた資本、株主の撤退等の会社固有の特徴も、こうした状況に陥った要因とされている。併せて、2023年の 1 月から 2 月にかけての、監督当局の資本基盤強化要請に対するCinvenの反応についてのニュースがきっかけとなって、顧客による解約が急速かつ大幅に増加して、会社の流動性ポジションが危うくなる可能性があった、とされている。このため、会社を再編成して金融の安定性を守るための措置を講じることが避けられなくなった、としている。

Eurovitaのケースは、急激な金利上昇が資本基盤の脆弱な保険会社に与える影響について、米国における銀行のケースと同様に、幅広い報道等による顧客の認識の高まりやこれに伴う風評リスク等が、さらなる解約の発生等の流動性リスクを高めることになる可能性を示唆している。

IVASSは、6月30日に、Eurivita危機の解決に向けて、大手保険会社5社と銀行25社が合意に達したと発表8している。この合意に基づき、Eurovitaの保険契約は、5社が所有する新設法人に移管される。また、IVASSは、契約の秩序だった移管を行うために、保険及び資本償還契約によって規制される、保険契約者の解約を行使する権利の停止を2023年10月31日まで延長した。

なお、IVASSは、Eurovitaのケースも踏まえて、金利や解約のリスクの影響が大きいと想定される会社を厳しい監督措置の対象にして、資本強化や株主配当の停止等を求めていくとともに、保険契約者を保護するための新たなルールを検討する、と述べている。
 
7 Cinvenは2月に1億ユーロの資本(non-repayable capital)を拠出している。
8 https://www.ivass.it/media/avviso/eurovita-30-06/?com.dotmarketing.htmlpage.language=3&dotcache=refresh

5―IAISによるGIMAR

5―IAISによるGIMAR

IAIS(保険監督者国際機構)は、定期的にGIMAR(グローバル保険市場レポート)を公表9しているが、その2023年7月13日の中間アップデート版において、(1)GME(グローバルなモニタリング活動)の参加保険会社の流動性ポジションは2021年末から2022年末にかけて若干低下したが、100%を大きく上回っている、(2)IIM(個別保険会社のモニタリング)に参加しているIIMシステミックリスクのスコアは2021年末から2022年末にかけて若干低下した、と報告している。

併せて、2023年のGMEの主要テーマの1つに「厳しいマクロ経済環境における金利、流動性、信用リスクの管理」を挙げて、保険セクターが金利、信用、流動性リスクの増大という困難な組み合わせにどのように対応しているのか、についての分析を拡大する、と述べている。このうちの、金利リスクと流動性リスクに関しては、注目すべき分野として、(1)昨年来の急激な金利上昇とインフレによる解約リスクの増大、(2)顧客の行動や保険契約に影響を与える可能性がある販売チャネル、が挙げられている。

6―まとめ

6―まとめ

以上、今回のレポートでは、世界的な金利やインフレ率の上昇に伴い、保険契約の解約率の上昇や新契約販売に与える影響等が懸念されていることに対応して、欧州の保険監督当局による分析結果等の報告書の公表が行われてきているので、それらの報告書の中から、特に流動性リスクに関連しての解約率を巡る状況に焦点を絞って、その概要を報告してきた。

保険会社の場合、定期的な保険料収入を通じて資金調達に一定程度のレジリエンスを維持しており、金利の急上昇に伴う保険契約の解約により流動性が低下する可能性はあるが、銀行と同様に苦境に陥る可能性は一般的には低いと考えられている。

保険商品の場合、解約手数料、税制上の優遇措置、保障要素の存在等が解約リスクを一定程度軽減するものと考えられているが、金利が急上昇する中で、他の金融商品との比較感の中で、保険商品の新契約販売に与える影響は懸念されている。特に、主たる販売商品の他の投資手段との競合の程度、銀行窓販等の外部チャネルへの依存度、主たる顧客層の特性等によっては、大きな影響を受ける保険会社も出てくることになる。

さらに、欧米の苦境に陥った金融機関やEurovita のケースにみられるように、会社の財務力等の信頼性に影響を与えるような事象(格付けの引下げ、監督当局の対応、報道等を通じた風評リスクの拡大等)によって、これらの影響がさらに悪化していくことにもなりかねない状況になってくる。

こうした点も考慮しつつ、保険監督当局は絶えず慎重に監視を続けてきている。

金利やインフレ率の動向に応じた各国の保険監督当局や保険会社の動きについては、日本の保険業界関係者にとっても興味・関心の高い事項であることから、引き続き注視していくこととしたい。
Xでシェアする Facebookでシェアする

中村 亮一

研究・専門分野

(2023年08月09日「保険・年金フォーカス」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【金利の急激な上昇やインフレが保険会社の解約率等に与える影響-欧州の保険監督当局等による報告書からの流動性リスク分析結果-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

金利の急激な上昇やインフレが保険会社の解約率等に与える影響-欧州の保険監督当局等による報告書からの流動性リスク分析結果-のレポート Topへ