2023年08月08日

物価高の家計への影響と消費者の要望-やむを得ず値上げを受け入れる素地の形成、企業には監視の目も

基礎研REPORT(冊子版)8月号[vol.317]

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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1―物価高の家計への影響

物価高で家計の負担が増している。ニッセイ基礎研究所の調査*1によると、20~74歳のうち家計への影響があるとの回答は約8割を占める。

物価上昇を感じた費目について尋ねた結果で最も多いのは「食料」(89.4%)、次いで「電気代・ガス代」(84.8%)、「ガソリン代」(52.2%)と続く[図表1]。また、物価上昇によって支出額が増えた費目で最多は「食料」(75.5%)、次いで僅差で「電気代・ガス代」(74.0%)が7割を超えて続く。

一方で物価上昇を感じたものの支出額は変わっていない(支出抑制の工夫をしている)費目や、物価上昇を感じたものの支出額は変わっていない(他より優先度が下がるために支出抑制している)費目については「特にない」・「わからない」との回答が目立ち、どちらも両者を合計すると約8割を占める。
[図表1]物価上昇を感じた費目や支出額への影響
この結果だけを見ると、支出抑制の工夫をしている費目は特にない、ということになるが、消費者の肌感覚からすれば違和感があるだろう。

これは、例えば、食費の中でもパン、牛乳といった個別商品について尋ねれば、低価格商品へ乗り換えるなど、支出抑制の工夫が見られるのだろうが、数多くの商品が値上がりしていることで、食費全体としては個別商品で工夫をしても、支出がかさみ抑制できている費目がない、という理解が妥当であると考える。

以上より、消費者は、生活必需性の高い費目を中心に値上がりが相次ぐ中で、支出抑制の工夫をするというよりも、値上げをやむを得ず受け入れており、家計負担が増している様子がうかがえる。

なお、年代やライフステージ、年収などの属性別に見ても(図表略)、全体と同様、生活必需品を中心に物価上昇を感じ、支出額が増えている一方、支出額が変わらない費目や減らした費目は「特にない」や「わからない」との回答が多い。

物価上昇を感じた費目や支出額が増えた費目の特徴を見ると、子育て世帯では生活必需性の高い費目や教育費、娯楽費などの選択割合が高く、他の世帯と比べて多方面から物価上昇を感じている。

また、高年収層では生活必需性の高い費目の選択割合が低く、「外食」や「レジャー」、「旅行」、「趣味」など娯楽性の高い費目で高い傾向がある。
 
*1 「第12回新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」、調査時期は2023年3月29日~3月31日、調査対象は20~74歳、インターネット調査、株式会社マクロミルのモニターを利用、有効回答2,558。

2―消費者の事業者への要望

一方、消費者の意識を見ると、仕方なくではあるものの、これまでのデフレマインドから、インフレマインドへと変化の兆しも見え始めている。

店舗やメーカーなど事業者への消費者の要望を見ると、そう思うとの回答は、「値上げの際は、従業員の賃金にも還元して欲しい」(68.7%)や「値上げの際は、時期や理由などを十分に説明して欲しい」(68.1%)、「多少の値上げは仕方ないが、商品の量や質は変えないで欲しい」(58.8%)では約6割を占める[図表2]。一方、「商品の品質は多少落ちても良いので、値上げはしないで欲しい」については、そう思わないとの回答(32.3%)がそう思う(28.7%)との回答をやや上回る。
[図表2]消費者の事業者への値上げに関わる要望
デフレ進行下では、企業努力によって極力値上げをしない姿勢が消費者に支持されてきたが、現在ではコスト増や従業員の賃金への還元などが適切な形で価格転嫁されることは、やむを得ないものとして、ある程度受け入れられる素地が形成されている。さらに、品質を下げてでも値上げをしないことについては、むしろ批判的な消費者も目立つようになっている。

これらの背景には、欧米諸国のインフレや原材料費の高騰で苦しむ企業の状況、また、欧米諸国と比べて賃金が上がらない日本の状況から、無理に価格を抑えることは労働者の賃金上昇を抑え、ひいては日本の競争力低下にもつながりかねないという構造的な理解が、日本の消費者に広がってきたことがあるのだろう。

また、昨今では社会の持続可能性、サステナビリティに関わる意識も高まる中で、例えば、何らかのイノベーションによる生産性向上などで低価格が実現されるのならともかく、労働者への負担が生じるような無理な企業努力で価格を据え置くような姿勢は消費者に指示されにくい時代へと変化しているのではないか。

また、属性別に見ても、いずれも価格転嫁は、やむを得ないものとして、ある程度受け入れる素地ができている上で、属性による違いもあるようだ[図表3]。
[図表3]年代別に見た消費者の事業者への値上げに関わる要望(そう思う割合)
高齢層ほど「値上げの際は、従業員の賃金にも還元して欲しい」や「値上げの際は、時期や理由などを十分に説明して欲しい」、「多少の値上げは仕方ないが、商品の量や質は変えないで欲しい」で、そう思うとの回答が多い一方、極力価格据え置きを求める志向については、20歳代や子育て世帯など比較的若い層では値上げより利便性や質の低下を、高齢層では量の減少を許容する傾向が相対的に強くなっている。ただし、いずれも、価格据え置きを求める志向は値上げをある程度許容する志向(「多少の値上げは仕方ないが、商品の量や質は変えないで欲しい」)と比べて弱くなっている。

3―消費者の政府・自治体の要望

政府や自治体に対する要望については、そう思うとの回答は「電気代やガス代などの価格を抑制するような取り組みが(継続的に)必要だ」(70.3%)で7割を超えるほか、「(下請け企業が泣き寝入りせず)適切にコスト増を価格転嫁できているかの監視が必要だ」(66.0%)や「企業の不当な値上げや売り惜しみの監視が必要だ」(64.1%)、「企業が適切に従業員の賃金に還元しているかの監視が必要だ」(63.1%)、「所得税控除枠の拡大など税制改正(による負担軽減策の検討)が必要だ」(61.8%)で6割を超えて多い[図表4]。
[図表4]消費者の政府や自治体への値上げに関わる要望
つまり、消費者は政府や自治体に対して、現状実施されている電気代等の価格抑制策などの家計支援策を強く求める一方、適切な価格転嫁や賃金への還元など企業活動の監視も同時に強く求めている。属性別に見ても、いずれも家計支援策を強く止める傾向がありつつ、高年齢層ほど企業活動の監視や値上げについての情報提供、税制改正といった幅広い要望が強く、子育て世帯を中心とした若い年代では子育て世帯への優先的な給付や現物給付の要望が強い傾向がある[図表5]。
[図表5]年代別に見た消費者の政府や自治体への値上げに関わる要望

4―今後の消費は実質賃金上昇が鍵

5月に新型コロナウイルス感染症の感染症分類が変更されて以降、コロナ禍で控えられていた外食や旅行などの消費行動が一層、活発化している。物価高は継続しつつも、コロナ禍の消費抑制で家計の貯蓄はおしなべて増えており*2、今後の個人消費には更なる改善が期待できるだろう。

一方で今年の春は賃上げの機運が高まったものの、5月の労働者の実質賃金(現金給与総額)は前年同月比▲1.2%に留まっている(厚生労働省「毎月勤労統計」速報値)。今後の賃金や夏の賞与の改善が期待されるところだが、物価上昇に対して実質賃金の伸びが劣後する状況が続けば、消費者の行動欲求が一旦、満たされた後は節約志向が色濃くあらわれる懸念があるだろう。
 
*2 久我尚子「世帯年収別に見たコロナ禍3年の家計収支」(2023/3/20)
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

(2023年08月08日「基礎研マンスリー」)

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【物価高の家計への影響と消費者の要望-やむを得ず値上げを受け入れる素地の形成、企業には監視の目も】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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