2023年07月05日

気候変動に関連する情報開示の動向

金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志

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1――求められる気候変動に関連する情報開示

地球温暖化の進行に伴う海面上昇や自然災害の増加は、世界全体に大きな損失を発生させている。世界気象機関(World Meteorological Organization:WMO)によれば 1970年から2019年までの50年間に発生した世界の気候災害の経済損失は3兆8700億ドル(約560兆円)に達した(図表1)1

経済や社会への気候変動に関連する災害のリスクが高まっており、世界経済フォーラムが公表するグローバルリスク報告書2023年版の「今後10年で最も深刻なグローバルリスク」では「気候変動緩和策の失敗」や「気候変動への適応(あるいは対応)の失敗」、「自然災害と極端な異常気象」など気候変動関連のリスクが上位を占めている2。気候変動は災害による直接的な影響の他、気候関連の規制強化など様々な経路を通じて、企業の活動や業績に影響を与えるリスクとなりつつある(図表2)。

こうした中、気候変動に関連した企業が抱えるリスクを把握し企業価値を評価するために、企業の気候変動に関連する情報開示が求められている。本稿では、こうした気候変動に関連する情報開示の動向について説明したい。
図表1 世界の気象災害による経済損失/図表2 今後10年で最も深刻なグローバルリスク
 
1 World Meteorological Organization(2023)
2 World Economic Forum(2023)

2――気候変動に関連する情報開示の国際イニシアチブ

2――気候変動に関連する情報開示の国際イニシアチブ

気候変動に関連する情報開示は、国際イニシアチブで国際的なスタンダードが形成されるとともに、各国がそれに沿った制度を策定している。様々な国際機関で多数のイニシアチブが設立されており、主なものとしては、気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD)、Global Reporting Initiative(GRI)、金融向け炭素会計パートナーシップ(Partnership for Carbon Accounting Financials:PCAF)、国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board :ISSB)が挙げられる。

TCFDについては、2015年に開催されたG20での財務大臣及び中央銀行総裁会合で要請を受けた金融安定理事会(Financial Stability Board :FSB)が同年12月にTCFD を設置、2017年に最終報告書(TCFD 提言)を公表した。TCFDは、企業等に気候変動関連リスク及び機会に関して、自社の「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」に関する11の項目について開示することを推奨、気候変動の事業への影響について将来のシナリオに基づいた分析を行うように推奨している(図表3)。

TCFDのこうした提言は世界的に広まっており、経済産業省によれば、世界全体で金融機関をはじめとした4,564の企業・機関が賛同、日本でも1,344の企業・機関が賛同している(2023年6月15日時点)3。また、国際機関や各国の規制当局はTCFDを重視する方針を示している。

GRIは、企業の持続可能性報告書について、全世界で通用するガイドラインを作ることを目的とした活動を行っており、環境報告書やCSRレポートを作成する際にも参考とされるグローバルスタンダードとなっている。

PCAFは金融機関の融資や投資を通じての温室効果ガスの排出量の算定・開示を目的としており、投融資ポートフォリオの温室効果ガスの排出量の算出方法などをとりまとめている。
図表3 TCFDの提言での推奨開示
 
3 経済産業省

3――イニシアチブの統合と連携

3――イニシアチブの統合と連携

前節で述べたように、気候変動対策を含むサステナビリティに関する開示は、開示基準を策定するイニシアチブが多数存在しており、企業の情報開示に関する負担が増加していたため、こうした負担の削減や共通した情報による評価を行うために、開示基準の収れんが求められていた。

こうしたことから、ESG開示に関するイニシアチブである国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council :IIRC)とサステナビリティ会計基準審議会(Sustainability Accounting Standards Board:SASB)、気候変動開示基準委員会(Climate Disclosure Standards Board:CDSB)がIFRS財団傘下のISSBに統合された(図表4)4。ISSBは国際会計基準審議会(The International Accounting Standards Board:IASB)と並列する位置付けでIFRS財団内に設置されている。また、ISSBはTCFDを基礎とするとしており、情報開示に関するイニシアチブの統合、連携が進められている。
図表4 サステナビリティ情報開示に関する基準・フレームワーク等
 
4 経済産業省(2022)

4――日本での気候変動に関する情報開示の動向

4――日本での気候変動に関する情報開示の動向

日本では、2022年から東京証券取引所プライム市場上場企業はコーポレートガバナンスコードにより、TCFDに基づいた情報開示が求められている。また、2023年には「企業内容等の開示に関する内閣府令」が改正され、有価証券報告書にサステナビリティに関する記載欄が新設され、今後、開示基準の策定が予定されている(図表5)5

経済産業省と東京証券取引所は、情報開示の推奨とともに、社会のサステナビリティ課題やニーズを取り込に成長につなげている先進的企業を「SX銘柄」として選定・表彰する取り組みを行っている6
図表5 我が国におけるサステナビリティ開示のロードマップ
このように政府や取引所は、企業に対し気候変動対策をはじめとしたサステナビリティに関する情報開示を促す取り組みを進めているが、現状において、企業は必ずしも十分な対応を行えていない状況にある。日本証券取引所がJPX日経インデックス400構成企業を対象に行ったTCFD提言の開示状況の調査によれば、大企業では情報開示の対応が進んでいるのに対して、相対的に規模の小さい企業では情報開示の対応が進んでいない状況が示されている(図表6)7

こうした中、環境省は自社の事業についての気候変動リスクに関するシナリオ分析の実施を支援するためのガイドライン「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ」を公表、幅広いセクターの事例や参考パラメータ、ツール等を掲載し、企業の気候変動に関連する情報開示を後押ししている8
図表6 TCFD提言の開示推奨項目の開示状況(時価総額別)
 
5 金融庁(2022)
6 経済産業省(2023)
7 日本証券取引所グループ(2023)
8 環境省(2023)

5――おわりに

5――おわりに

本稿では、気候変動に関する情報開示の主な動向について説明した。気候変動に関する情報開示は広く国際社会で求められており、TCFDをはじめとしたイニシアチブによりその普及と標準化が進められている。

国内でもコーポレートガバナンスコードにより、TCFDに基づく気候関連情報の開示が求められるとともに有価証券報告書にサステナビリティに関する記載欄が新設されるなど、気候変動に関連する情報の開示が進められており、今後もこうした流れが加速すると考えられる。

温室効果ガスの削減や気候変動リスクの管理を行うにあたって、気候変動関連の情報開示は欠かせないものであり、それぞれの企業における情報開示のさらなる進展が期待されている。

【参考文献】

World Meteorological Organization (2023), “Economic costs of weather-related disasters soars but early warnings save lives”
https://public.wmo.int/en/media/press-release/economic-costs-of-weather-related-disasters-soars-early-warnings-save-lives#:~:text=Published&text=Geneva%2C%2022%20May%202023%20(WMO,World%20Meteorological%20Organization%20(WMO).
 
World Economic Forum(2023), 「第18回グローバルリスク報告書2023年版」
 
経済産業省,「日本のTCFD賛同企業・機関」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/tcfd_supporters.html
 
経済産業省(2022),「サステナビリティ情報開示をめぐる国際動向」
 
金融庁(2022),「我が国におけるサステナビリティ開示のロードマップ(2022年12月公表)」
 
経済産業省(2023),「『SX銘柄』を創設します」,2023年2月10日
https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210001/20230210001.html
 
日本証券取引所グループ(2023),「TCFD提言に沿った情報開示の実態調査(2022年度)」,2023年1月
 
環境省(2023),「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド 2022年度版~」, 2023年3月

 
 
 

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金融研究部   准主任研究員・ESG推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、オルタナティブ投資

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
         大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
    2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)

    【加入団体等】
     ・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・修士(工学)

(2023年07月05日「基礎研レター」)

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