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気候変動に関する国際イニシアチブの概要

金融研究部 准主任研究員・サステナビリティ投資推進室兼任 原田 哲志
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1――影響力が増す気候変動に関するイニシアチブ
こうした中、気候変動への取組みを推進するために、様々な国際的な気候変動に関する「イニシアチブ」が設立されている。イニシアチブ(initiative)とは、元々英語で「主導権」、「先導する」、「計画」、「戦略」といった意味を持ち、気候変動対策においては温室効果ガスの排出量の計測や削減目標や情報開示といった気候変動対策に関する取り組みを主導する国際的基準やその運営組織を指す。
現在では国際的なイニシアチブのもとで各国の政府や企業、投資家が連携し、気候変動対策に関連する様々な取組みが進められている。各国で国際的なイニシアチブに基づいた制度が制定されるとともに、気候変動に関するイニシアチブに賛同する企業や投資家は年々増加しており、その影響力は増している。
こうしたことから、気候変動に関する国際的なイニシアチブの概要を知ることは、気候変動対策の動向を理解する上で欠かせない重要な出発点となっている。本稿では、気候変動に関するイニシアチブについて説明したい。
2――気候変動に関する様々なイニシアチブの概要
気候変動に関するイニシアチブは、(1)温室効果ガス排出量の削減目標の設定・評価、(2)情報開示、(3)リスク管理、(4)温室効果ガスの排出量の算出に関するものに大きく分けられる(図表1)。
温室効果ガス排出量の削減目標の設定・評価に関する代表的なものとしては、第21回気候変動枠組条約締約国会議(Conference of the Parties:COP21)で国際的に合意された「パリ協定」が挙げられる。パリ協定では、歴史上初めて全ての国(気候変動枠組条約に加盟する全196カ国)が地球温暖化対策に参加、現在の地球温暖化対策における基本となる方針となっている1。
パリ協定などが国家間の合意である一方で、民間企業の自主的な排出量削減を促すイニシアチブも多く設立されており、使用する電力を再生可能エネルギーに転換することを目標とするRenewable Energy 100%(RE100)、企業に対して科学的根拠に基づいて温室効果ガスの削減目標を設定するように求めるScience Based Targets(SBT)などが挙げられる。
情報開示については「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD)」 や「国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board:ISSB)」などが挙げられる。情報開示に関する国際的なイニシアチブは、各国の開示基準のスタンダードとなっている。また、CDPのように企業などに気候変動対策に関する情報開示を促すイニシアチブもある2。
リスク管理については、中央銀行と金融監督者のネットワークである気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(Network for Greening the Financial System:NGFS)やバーゼル銀行監督委員会(Basel Committee on Banking Supervision:BCBS)による「気候関連金融リスクの実効的な管理と監督のための諸原則」などが挙げられる。これらのイニシアチブでは、気候変動による自然災害の増加や社会の変化が金融システムの安定性を損なうリスクがあるとして、そのリスクの評価や対応に取り組んでいる。
温室効果ガスの排出量の算出については、温室効果ガス(Greenhouse Gas:GHG)プロトコルや投融資ポートフォリオを通じた温室効果ガスの排出量の算定・開示基準である「金融向け炭素会計パートナーシップ (Partnership for Carbon Accounting Financials:PCAF)」が挙げられる。GHGプロトコルの排出量の算出基準は、排出量削減の目標設定など他の多くのイニシアチブに用いられている。
また、特定の業界を対象とするイニシアチブもあり、不動産分野のイニシアチブであるGlobal Real Estate Sustainability Benchmark (GRESB)や建築環境総合性能評価システム(Comprehensive Assessment System for Built Environment Efficiency:CASBEE)などが挙げられる。GRESBは不動産会社や不動産投資ファンドの気候変動対策を含むESG取組みを評価する。CASBEEなどでは建築物の省エネルギーなど環境性能の評価を行っている。
この他、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)、責任投資原則(Principles for Responsible Investment:PRI)などESGやサスティナビリティ全般への取組みを推進する多くのイニシアチブでも、気候変動対策の推進が含まれている。SDGsでは、目標13「気候変動に具体的な対策を」で気候変動対策を掲げている3。
1 日本経済新聞(2015)
2 CDPは設立当初、「カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(Carbon Disclosure Project)」という名称で、企業が排出する温室効果ガスを「見える化」する取り組みを行っていたが、現在では、取り組みの対象を森林や水資源などに広げ、略称としていた「CDP」を正式名称としている。
3 国連広報センター
3――イニシアチブ間の連携
WMBは企業や投資家、イニシアチブを結ぶプラットフォームの役割を果たしている組織であり、様々な取り組みを進めている。WMBには国際機関やシンクタンク、NGO等がパートナーとして参加しており、パートナーは「Coalition Partners」、「Implementation Partners」、「Network Partners」の3つに大きく分類される(図2)4。
Coalition Partnersは企業・投資家への各取り組みの連携を促し、WMBを主導する機関であり、RE100を運営するThe Climate GroupやCDPなどが含まれている5。Implementation PartnersはWMBが実施する各取り組みへ協⼒を⾏っている機関であり、国連グローバル・コンパクト(UN Global Compact)などが含まれている。Network PartnersはWMBに賛同、協力するパートナー機関であり、多数の機関が参加している。
WMBはこうした多数のイニシアチブの運営に加えて、気候変動などに関するレポートの発信や気候変動対策への提言を行っている。
4 We Mean Business
5 環境省・みずほリサーチ&テクノロジーズ(2023)
4――気候変動に関するイニシアチブに参加するメリット
ただし、気候変動に関するイニシアチブに参加するにあたって企業は中身を伴う取組みを求められている。気候変動に関するイニシアチブでは、参加にあたって温室効果ガス削減の目標の設定と定期的な報告を求めているものも多い。
(1) 自社の現状と課題の把握
自社の温室効果ガスの排出量削減目標を設定し、取組みを進めるには現状の評価や分析が必要となる。国際的な基準に沿って自社の事業による温室効果ガス排出について評価・分析することは自社の今後の目標設定や課題を把握する手がかりとなる。
(2) 対外的なアピール
イニシアチブへの参加などの気候変動に関する自社の取組みをウェブサイトや統合報告書への掲載などを通じて、外部に発信することは社会や環境に貢献する企業として、自社のイメージアップにつながり得る。
(3) 投資資金の呼び込み
年金基金や金融機関などの機関投資家の多くは、気候変動対策を含むESGに配慮する投資を行うイニシアチブに参加し、これに沿った投資を行っている。特に欧州などの投資家の多くは早くからESGに配慮する投資を進めてきた。このため、こうした投資家からの投資資金を獲得するには、ESGに配慮した事業活動を行うことが必要となる。気候変動対策などのイニシアチブに参加することは、自社の取組みを、広く用いられている基準によって対外的に示すことにつながる。
(4) 最新動向の把握
温室効果ガスの排出量の開示基準の改正や気候変動に関するシナリオの更新など、気候変動対策に関するイニシアチブでは様々な検討や議論、改善を行っている。イニシアチブに参加することで、気候変動に関する最新の動向を把握することができる。
5――おわりに
こうした国際的なイニシアチブへの参加にはハードルがあるものの、情報の共有やルール策定への関与といった多くのメリットが期待できる。気候変動に関するイニシアチブの影響力が国際的に強まる中、日本の企業や投資家も国際的なイニシアチブの策定に積極的に関与していくことが必要だろう。
【参考文献】
1 日本経済新聞(2015), 「COP21、パリ協定採択 196カ国・地域が参加」, 2015年12月13日
2 国連広報センター, 「2030アジェンダ - 持続可能な開発目標(SDGs)」, https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/
3 We Mean Business, “OUR PARTNERS”, https://www.wemeanbusinesscoalition.org/partners/
4 環境省・みずほリサーチ&テクノロジーズ(2023), 「We Mean Businessについて」, 6p
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2023年06月30日「基礎研レター」)

03-3512-1860
- 【職歴】
2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)
【加入団体等】
・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
・修士(工学)
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