2023年07月03日

妊娠・出産の高齢化が及ぼす生物学的な影響とは?-女性の初産年齢は6. 5歳も遅くなり、婦人科系疾患や不妊症のリスクが大幅に上昇、卵子・精子の劣化は子どもにも影響-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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3-2|妊娠年齢の高齢化による妊孕性の限界から不妊症・不育症のリスク増
次に、女性の妊娠年齢には限りがあることについてはご存じの方も多いが、具体的な妊孕性の限界を迎える条件や、妊孕性の限界が及ぼす不妊症や不育症のリスクについて示したい。

まず、妊孕性(にんようせい:fertility,fecundity)とは、「生殖機能とほぼ同義語とされ、男女における妊娠に必要な臓器、配偶子、機能について言う。」とされている10

図表5に示す通り、卵巣の中にある卵子(原子卵胞)は、胎児期(妊娠5か月)をピークに減少をはじめ、平均50歳頃の閉経まで減少し続ける。最も妊娠に適した時期は18歳から31歳頃とされており、37歳頃には妊孕性が急激に低下し始め、41歳頃には不妊症のリスクが急激に上昇する。この37歳頃から閉経の50歳頃までの期間は、卵胞数が二次関数的に減少することが突き止められており、妊娠を考えるタイミング遅くなれば遅くなるほど、妊娠可能性が低下するのである。

ひとつ留意したいのは、図表5に示した卵胞数の減少は一目安であり、個人差が大きい。年齢に関係なく、元々卵胞数が多い者だと妊娠しやすく、元々卵胞数が少ない者だと妊娠しにくい体質であると言われている。(閉経年齢の予測数理モデルも個人が保有する卵胞数から算出される。)ただ、元々卵胞数が多い者でも、月経を長期的に繰り返すことで、卵胞数が減少する傾向は普遍的事実である。

また、2022年には不妊治療の保険適用が開始されたが、基礎研レター「日本の不妊治療の現状とは?11で指摘したように、2019年ART(生殖補助医療)統計データをみると、不妊治療を経て出産できる割合(生産性)は、全年齢において30%未満であり、43歳には臨界点である5%水準を切る。妊娠・出産を考える年齢が遅くなればなるほど、不妊治療を開始する年齢も遅れる。日本全体の妊娠タイミングの高齢化に伴う影響はART医療の治療成績にまで及ぶのである。(尚、2020年最新ARTデータの解析は別稿にて掲載予定である。)
図表5.女性の卵巣内の卵胞数の推移
 
10 日本産婦人科医会「17.妊孕性の低下」よりhttps://www.jaog.or.jp/notes/
11 乾 愛 基礎研レター「日本の不妊治療の現状とは?」(2022年3月1日)
 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=70374?pno=2&site=nli 
3-3|高齢な母体が及ぼす妊娠合併症や分娩異常、産後の母体回復の遅延
続いて、高齢妊娠が及ぼす母体や分娩へのリスクについて述べる。一般的に、産科領域では、35歳以降の妊娠や初産について高齢妊娠と定義されている。高齢妊娠では、妊娠に至るまでの生活習慣や身体の影響を受けてしまうため、女性ホルモンの過剰曝露による婦人科系疾患の発現リスクの上昇や、長年の生活習慣に伴う糖尿病や高血圧を患ったまま妊娠に至る可能性が高くなる。実際に、橋本ら(2003)12は、臨床産科情報ネットワーク(COIN)を用いた分析により、妊娠中毒症や子宮筋腫合併が対照群よりも年齢が高く、帝王切開では36歳を境に有意に発生頻度が高くなることを明らかにしている。

卵巣腫瘍や子宮筋腫などの婦人科系疾患を有する状態で妊娠を希望しても、まずは婦人科系疾患への対応(治療)が優先されることが多く、基礎研レター「不妊治療にかかる期間とは?13で試算したように、婦人科系疾患治療後に不妊治療へ移る場合は5年3か月という長い期間を要するためライフプランに大きな影響を与えることが懸念される。

また、高齢出産の場合、産道や子宮口が固くなるため分娩進行に時間を要し難産になりやすいと言われており、妊娠合併症の存在により35歳以上では帝王切開率が30%を超えるというデータもある。

帝王切開は安全な医療技術ではあるが、帝王切開による分娩時出血量の上昇により産後に重度の貧血を招くことや、切開部の痛み等で産後の回復が遅れることが指摘されており、その後の育児負担の増大や職場復帰の遅延にさえ影響を与えうる。当然のことながら、帝王切開要否の判断は胎児や母体、分娩の進行状況を鑑みて産科医が判断するため、意図的に選択できるものではないが、高齢妊娠・出産に伴う分娩時や産後のリスクを知った上で、適切な対応方法を知ることが重要である。
 
12 橋本 雅ら(2003)「高年齢妊娠にともなう妊娠合併症の増加について」IRYO Vol.57 No.7,476-480.
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/iryo1946/57/7/57_7_476/_pdf
13 乾 愛 基礎研レター「不妊治療にかかる期間とは?」(2022年7月21日)
 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=71816?pno=2&site=nli 
3-4|高齢出産を経た女性における子育てに伴う身体的・精神的負担の増加
先ほど、高齢出産の場合、出血多量による輸血や帝王切開などの周産期にまつわるリスクが高くなり、産後の母体回復が遅延する可能性を示したが、その様な状態で育児に及ぼす身体的疲労度や精神的ストレスはどれほどのものだろうか。

筆者が3か月児健診に来所した保護者を対象に調査したデータ(N=757)を用いて14、二次解析を実施した。今回は、高齢出産か否かで身体的な疲労度や精神的なストレス度合いが異なるのかを解析するため、回答者の年齢区分を34歳以下の群と、高齢出産とされる35歳以上の群に分類し15、睡眠時間・夜間起床回数・主観的ストレス度・身体疲労度について2群の差の検定(Mann–Whitney U test)を実施した。

その結果、睡眠時間(P=0.009)、主観的ストレス度(P=0.039)、身体疲労度(P=0.012)の3つにおいて両群に有意な差が認められた。高齢出産となる35歳以上の母親では、(34歳以下群と比較すると)睡眠時間が短く(-0.42時間)、主観的ストレス度が高く(+0.36)、身体疲労度も高い(+0.44)結果が明らかとなった。尚、今回の分析では、上の子どもの有無や出生児の健康状態、育児協力者の有無等を調整していないため、一様に高齢出産の負担が高いとも言い切れないが、高年齢のために精神的成熟度が高いと判断される高齢出産では、時折精神的なケアが見過ごされがちである。高齢出産となる場合には身体的ケアに加え、多方面(家族・行政・企業等)からの精神的支援につながるアプローチは重要であることを認識してもらいたい。
図表6.35歳以上の女性における睡眠時間・夜間起床回数・主観的ストレス・身体疲労度の特徴
 
14 乾 愛,横山 美江(2019)「妊娠間隔12か月未満における母親の育児負担感に関する研究」日本公衆衛生雑誌第66巻第10号p638-648. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jph/66/10/66_18-009/_pdf
15 日本産婦人科学会の定義では、「35歳以上の初産婦を高齢出産」と定義しているが、今回の解析では、初産婦に限らず、35歳以上で出産を経た者を35歳以上の高齢出産群としていることに留意。

4――妊娠・出産年齢が遅れることによる子どもへの生物学的な影響

4――妊娠・出産年齢が遅れることによる子どもへの生物学的な影響

ここで、生物学的な子どもへの影響について考えてみたい。妊娠・出産の高齢化による影響は、女性の身体面や精神面に焦点が向きがちだが、遺伝医学的な子どもへの影響についても無視することはできない。以下に、加齢に伴う卵子の劣化、精子の劣化の影響について整理した。
4-1|卵子の劣化による染色体異常発生の増加
日本産婦人科学会をはじめ様々な研究で16、高齢妊娠による染色体異常発生確率の上昇が指摘されており、理化学研究所は卵母細胞が二価染色体から一価染色体へ早期分裂してしまうことが、加齢に伴う染色体異常発生の主要な原因であることを突き止めている17

染色体異常の中でも、21番目の染色体が通常よりも1本多く3本であるダウン症候群を例に挙げると、20歳代の母親から生まれてくるダウン症の赤ちゃんは1/1,527人程度であるのに対し、35歳になると1/356人、40歳では1/97人程度と推定されている18。逆に言うと、40歳代の妊娠でも99%は染色体の異常がないと言えるが、初妊娠時に高年齢だと次子以降の妊娠を希望する度に染色体異常リスクがさらに上昇する可能性があることが分かる。

ここで留意いただきたいのは、高齢妊娠を控えることなどを推奨しているのではなく、今後も女性のライフコースの多様化に伴いさらなる高齢妊娠の増加が予想されることを鑑み、高齢妊娠による生物学的事象を正しく認識し、出生前診断(NIPT)19や遺伝カウンセリングなどを活用しながら、自身の家族計画に役立てるものと認識していただきたい。(尚、NIPTを巡る課題は山積しており20、ここでは触れないことに留意。)
 
16 日本産婦人科医会「1.妊娠適齢年令」
https://www.jaog.or.jp/lecture/1-%E5%A6%8A%E5%A8%A0%E9%81%A9%E9%BD%A2%E5%B9%B4%E4%BB%A4/
17 Yogo Sakakibara, Shu Hashimoto, Yoshiharu Nakaoka, Anna Kouznetsova, Christer Höög, Tomoya S.
Kitajima, "Bivalent separation into univalents precedes age-related meiosis I errors in oocytes", Nature
Communications.  https://www.nature.com/articles/ncomms8550
18 Kypros H. Nicolaides: The11-13+6 weeks scan. Fetal Medicine Foundation, London 2004.
19 国立成育医療研究センター「NIPT」https://www.ncchd.go.jp/hospital/pregnancy/saniden/nipt.html 
20 厚生労働省「出生前検査に関する実態調査研究(概要)」(令和2年7月22日)https://www.mhlw.go.jp/content/11908000/000651682.pdf 
日本看護協会「出生前診断の結果を巡る家族の葛藤」 https://www.nurse.or.jp/nursing/rinri/text/case/jirei_11.html 
横山 尊(2021)「出生前診断の歴史と現在-自発的優生学の系譜」第85回日本健康学会総会特別講演2021:87(4)P139-160.https://www.jstage.jst.go.jp/article/kenko/87/4/87_139/_pdf/-char/ja
4-2| 精子の劣化による子どもの精神疾患や小児がんの発生に影響
続いて、妊娠・出産の高齢化は女性にばかり焦点が当てられがちであるが、男性側が高齢化することによる生物学的なリスクについても言及したい。一般的に、「女性の妊娠・出産にはタイムリミットがあるものの、男性は何歳でも子どもを持つことができる。」と考えられている節がある。実際に、女性は図表5で示した通り、作られた卵胞の数は胎生5か月の700万個をピークに、排卵に伴い減少していくが、男性は、思春期から老年期までの毎日、精巣の中にある精細管で3,000万個の精子を作り続けることができるのである。

しかし、近年、精子の劣化に関する研究報告が増え、子どもの精神疾患や小児がんの発生確率上昇に寄与しているのではと指摘する報告が増えてきている。東北大学の大隅教授の研究では21、父親の加齢に伴う子どもの神経発達障害発症の分子病態基盤として、神経分化を制御するタンパク質であるREST/NRSFが関与し、加齢した父親の精子の非遺伝的要因が子どもに影響することを発見し話題となった。海外でも、アイスランドの研究チームが、父親が子どもを作る年齢が16.5歳高くなるごとに子に伝わる遺伝子変異が2倍に増え、自閉症や統合失調症の増加背景には父親の高齢化があることを指摘している。母親の卵子の劣化に伴うダウン症の発生確率よりは低いものの、卵子の劣化による染色体異常が流産に帰結する可能性もあることを考慮すると、精子の劣化に伴う子への精神疾患の発現特性は、無事に受精し着床、出産を迎えた後、子どもの発育発達(成長過程)の中で初めて疑うものであり、非常に発見しづらいものとなる。

また、男性も女性と同様に35歳から45歳あたりを機に、DNAが損傷した精子の割合が増えることや、加齢に伴い子に伝わるリスクがあることを知る必要がある。特に留意したいのは、2022年に生殖補助医療の保険適用が開始されたが、高齢妊娠になっても今の医療技術だと妊娠出産が可能であるという容易な考えには至らないで欲しい。不妊治療に進む段階で加齢による生物学的な影響が妊娠率に大きく影響を与えることを認識していただきたい。

これらのことから、男女とも加齢に伴う生物学的な影響は非常に大きいことが分かる。近年では、女性の社会進出や老後の資金確保のために、育児と仕事の両立支援体制の構築が取りざたされているが、男女の妊孕性の限界や加齢に伴う生物学的な影響を考慮すると、女性だけでなく男性の雇用の在り方や企業のキャリアメイクの在り方にも一石を投じる必要があるのかもしれない。

引き続き、加齢に伴う男女の生物学的な影響を考慮しつつ、現代社会に応じた家族計画やキャリアメイクの在り方などを検討していきたい。
 
21 東北大学プレスリリース「父親の加齢が子どもの発達障害の発症に影響する -マウス加齢モデルにおける精子DNA低メチル化が鍵-」(2021年1月6日)https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/01/press20210106-01-dna.html ,  Yoshizaki, K., Kimura, R., Kobayashi, H., Oki, S., Kikkawa, T., Mai, L., Koike, K., Mochizuki, K., Inada, H., Matsui, Y., Kono, T., Osumi, N.: Paternal age affects offspring via an epigenetic mechanism involving REST/NRSF.  https://www.embopress.org/doi/full/10.15252/embr.202051524 

5――まとめ

5――まとめ

本稿では、日本の少子化を取り巻く諸課題の中で、筆者の専門領域である生物学的・医学的な視点から、妊娠・出産年齢が及ぼす生物学的な視点に立ち返って影響を概観した。

まず、妊娠・出産年齢の高齢化に先立ち、平均初婚年齢の現状をみると、2021年には妻:29.5歳、夫:31.0歳と、1950年と比較して妻の平均初婚年齢は6.5歳の上昇、夫の平均初婚年齢も5.1歳の上昇が認められた。 

次に、2021年における第1子出産(出生)時の平均年齢をみると、母:30.9歳、父:32.9歳であり、1950年と比較すると、第1子出産時の母の年齢は6.5歳の上昇、夫の記録が始まった1970年から比較すると、妻は5.2歳の上昇、父も4.6歳の上昇が認められた。

妊娠・出産の高齢化に伴う生物学的な影響については、妊娠年齢の高齢化や妊娠回数の減少、人工乳への導入により本来曝露されない期間に女性ホルモンの過剰な曝露(現代女性は1900年代と比較し9倍から10倍の月経回数)を受けることで婦人科系疾患のリスクが増大している。

また、女性は胎生5か月児の卵胞数700万個のピークから排卵ごとに減少し続けるため妊孕性の限界や不妊症のリスクが増大することも明らかになっている。

続いて、高齢妊娠の場合には、長年確立してきた生活習慣から糖尿病や肥満などの影響で周産期合併症が出現することや、帝王切開が有意に多くなるなど周産期周りのリスクの増大についても指摘されている。

また、産後3か月時点において、35歳以上の母親の状態を34歳未満の母親と比較すると、睡眠時間が短く(-0.42時間)、主観的ストレス度が高く(+0.36)、身体疲労度も高い(+0.44)結果が統計学的な解析から明らかとなった。

さらに、先行研究にて、卵子の劣化に伴う染色体異常の発生確率の増加や、精子の劣化に伴う精神疾患の増加などが先行研究にて明らかになりつつあり、男女とも妊孕性の限界や加齢に伴う生物学的な影響を正しく認識し、現代社会に応じた家族計画やキャリアメイクの在り方を検討する必要性が示唆された。
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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

経歴
  • 【職歴】
     2012年 東大阪市 入庁(保健師)
     2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了
         (看護学修士)
     2019年 ニッセイ基礎研究所 入社
     2019年~大阪市立大学大学院 看護学研究科 研究員(現:大阪公立大学 研究員)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

(2023年07月03日「基礎研レポート」)

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