2023年07月03日

妊娠・出産の高齢化が及ぼす生物学的な影響とは?-女性の初産年齢は6. 5歳も遅くなり、婦人科系疾患や不妊症のリスクが大幅に上昇、卵子・精子の劣化は子どもにも影響-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1――はじめに

日本では2022年の出生数が80万人を割り込み、若者の多くが結婚願望を有するものの、価値観の変容による未婚化、出会いの場・婚活機会の減少や経済的な課題等から晩婚化が進行している。また、経済的な不安定さや教育費の高騰などを理由に、実際の子ども希望数が実現しない実態も見受けられる。

これら日本の少子化を取り巻く現状について、少子化の最大の要因は晩産化であるとの政治家の発言がSNSを中心に批判を浴びた。この発言に対し、兵庫県明石市の泉房穂市長は、晩産化に留まらず、ジェンダーギャップや子育て費用の負担、低賃金や貧困、社会の風土など複雑な要因が絡む問題であり、最大の要因が晩産化と決めつけること自体、本質を理解していない証拠であると指摘している1

実際、日本の少子化を取り巻く要因は複合的な問題であり、晩産化のみに注力した対策を講じても改善は見込めない。しかし、晩婚化・晩産化は、少子化進行に影響を与えるひとつの要因であることは、紛れもない事実である。

筆者は、この発言が批判を浴びた背景に、複合的な対策を講じる必要性を提示する以前に、婚姻時期や出産時期が遅れることによる生物学的・医学的課題への理解が乏しい実態が影響していると考えている。

女性の妊孕性(にんようせい:妊娠するための能力)の限界や男性の精子の劣化が及ぼす遺伝子学的な影響、妊娠回数が減少し生理期間の長期化・回数の増加により生じる婦人科系疾患のリスクの増大などがライフプランや家族計画に大きく影響するのである。少子化対策は、経済学的・社会学的なアプローチのみならず、これらの人間としての生物の生存に関する正しい認識を経た上でアプローチを講じる必要があると考える。

本稿では、日本の少子化を取り巻く諸課題の中で、筆者の専門領域である生物学的・医学的な視点から、妊娠・出産年齢が及ぼす影響を概観したい。尚、エビデンスが確立している学術的な資料を用いて分析するものであり、日本の少子化対策について議論するものではないことに留意いただきたい。
 
1 中日新聞「泉房穂・明石市長、「晩婚化で少子化」発言の麻生自民副総裁に苦言」(2023年1月16日)

2――婚姻年齢、妊娠・出産年齢の高齢化の現実

2――婚姻年齢、妊娠・出産年齢の高齢化の現実

2-1|平均初婚年齢の高齢化
まず、はじめに令和3年人口動態統計(確定値)を用いて、平均初婚年齢を図表1へ示した。尚、日本では出生した子どもの9割強(97.7%)が嫡出子であり2、つまり正式に婚姻した夫婦の間の子どもであるため、妊娠や出産年齢のタイミングに影響を与えているのが、婚姻年齢であると仮定できる。まずは婚姻年齢の推移を見ていく必要がある。

1950年の平均初婚年齢は、妻:23.0歳、夫:25.9歳であり、2014年まで上昇を続けるものの、その後はほぼ横ばいに推移し、直近である2021年では、妻:29.5歳、夫:31.0歳と、1950年と比較すると、妻の平均初婚年齢は6.5歳の上昇、夫の平均初婚年齢も5.1歳の上昇が認められている。

また、平均初婚年齢のピークは妻・夫ともに2019年の妻:29.6歳、夫:31.2歳であり、その後の平均初婚年齢の上昇傾向が抑制された背景には、新型コロナウイルス感染症の影響により、20・30歳代の3割以上に結婚への関心が高まる傾向が認められたこと3などが内閣府の調査で明らかとなっているが、この抑制効果は、震災直後にもみられた特有の傾向であることが指摘されており4、今後、新型コロナウイルス感染症収束後は、有効な少子化対策を講じない限り、平均初婚年齢の後ろ倒しが続く可能性が否定できない。
図表1.妻・夫の平均初婚年齢推移(歳)
 
2 令和3年人口動態統計「表4-29 嫡出子-嫡出でない子別にみた年次別出生数及び百分率」より、2021年の嫡出子の割合が97.7%であることが分かる。https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003411618 
3 内閣府「第6回新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(2023年4月19日)p14に「結婚への関心」についての調査結果が示されており、いずれの時期の調査結果においても、全体と比較して20・30歳代の関心の方が高い割合を示す結果が公表されている。https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/covid/pdf/result6_covid.pdf
4 世良 多加紘「コロナ婚で若年層の結婚は増えるのか」第一生命経済レポート(2020年9月),IBJ「震災やコロナが与えた結婚への影響と実態」(2020年12月3日)等参照
2-2|第1子出産(出生)時の母親・父親の年齢の高齢化
次に、同統計データより、出産時の年齢に関する推移を図表2へ示した。この出産年齢では、第4子以降を含めた全体の出産年齢を加味した総数も存在するが、今回は、初産時の年齢を見るために、第1子出産時の母親の年齢、第1子出生時の父親の年齢について確認した。

その結果、1950年における妻の平均出産年齢は、24.4歳、男性の記録が開始された1975年には、母:25.7歳、父:28.3歳、直近の2021年における第1子出産(出生)時の平均年齢は、母:30.9歳、父:32.9歳であった。

1950年と比較すると、第1子出産時の母の年齢は、6.5歳の上昇、夫の記録が始まった1975年から比較すると、妻は5.2歳の上昇、父も4.6歳上昇しており、母・父ともに年々上昇を続け、2021年には、母・父とも第1子出産(出生)時の最高齢を更新していた。

尚、妊娠年齢に関する公的な統計データは存在しないため、出産時の親の年齢から凡そ10カ月前「妊娠時の年齢(予測値)=出産年齢-0.83歳」を妊娠年齢と捉えることができるため、その予測値(点線)も図表2へ追記した。

その結果、1950年における第1子妊娠時の平均年齢は、母:23.6歳、1975年には、母:24.9歳、父:25.7歳、2021年には、母:30.1歳、父32.1歳と予測され、妊娠年齢も年々後ろ倒しとなっている実態が確認できる。

尚、実際には、年度内に2回妊娠した者は記録される年齢が重複したり、多胎児の場合には子どもの人数分母親の年齢が記録されることから、数値には一定の誤差が生じていることに留意し、あくまでも単純予測値として用いることが望ましい。
図表2.第1子妊娠時(予測値)及び、第1子出産(出生)時の母・父の年齢推移(歳)
先述した通り妊娠の決定要因には、日本では大前提に婚姻済みであること、また生活に関する経済的な基盤が安定していること、夫婦の希望する子ども数が合致していることなど複合的な要因が影響しており、また、そもそも図表1で示した婚姻条件が整わないと、次のステップである妊娠のタイミングが後ろ倒しとなり、さらに出産年齢も高齢化する流れにつながるのである。

各要因に対し効果的な対策が講じられないと、いずれかの流れ(決定タイミング)が遅れ、結果的に後ろのタイミングが全てズレ遅れていく悪循環を生むことが懸念される。

これらの結果から、年々、男女ともに婚姻年齢や妊娠・出産年齢が後ろ倒し(高齢化)となっている現状が明らかとなっている。では、これら妊娠・出産が遅れていくと、人間の身体にはどのような影響が及ぶのか、生物学的な観点から概説していこう。

3――妊娠・出産年齢が遅れることによる女性への生物学的な影響

3――妊娠・出産年齢が遅れることによる女性への生物学的な影響

3-1|女性ホルモンの長期的な曝露による婦人科系疾患の発現リスク増
まず、妊娠・出産年齢が遅れることによる身体的な影響として、婦人科系疾患の出現があげられる。近年メディアでも取り上げられることが多くなったが5、現代の女性は、生涯に経験する月経(生理)が450~500回程とされており、平均月経回数の50回の1900年代と比較すると、実に9~10倍以上の頻度で月経を経験していることとなる。

また、1970年代から現代の2020年代になると、さらに月経期間が長くなっていることが分かる。1970年と2020年代では、初経の開始年齢は12歳ごろと変化がないものの、その後の性交開始年齢や結婚年齢が遅れ、極めつけは、授乳の方法が人工乳に代替えしている。通常、産後1年~数年ほどの個人差はあるものの、母乳での授乳期間中は女性ホルモンの分泌が抑制され月経が停止するが、人工乳(ミルク)での育児方法が普及したことにより、産後の子宮復古が完了したと身体が判断してしまい、産後数か月で月経が再開する者が多くなることが予測される6
図表3.女性ホルモンの曝露期間・回数の年代比較
筆者が2017年に調査した結果では7、有効回答数757名のうち、完全母乳は424名(56.0%)、人工乳のみが101名(13.3%)、母乳と人工乳の混合授乳であるものが230名(30.4%)、その他2名(0.3%)と、混合栄養と人工乳を選択している者は合計で331名(43.7%)であった。

母体回復や育児負担の軽減、また子どものアレルギーや体質などを考慮し人工乳を活用することは大変有益な選択ではあるが、本来であれば、月経が発来する平均12歳ごろから閉経する平均50歳頃までの約38年間の間に、妊娠により約10カ月×複数回の期間において月経は停止し、女性ホルモンに曝されないはずである。

しかし、現代では、妊娠・出産年齢の後ろ倒し、もしくは妊娠を選択しない、また妊娠・出産回数の減少、さらには産後に人工乳を選択することにより、月経の再開が早くなり、女性ホルモンの長期的な影響を受けるのが特徴的と言える。図表4に示す通り女性ホルモンに起因する特異的な疾患が存在する。これら月経を長期的に繰り返すと、子宮内膜症や子宮筋腫、卵巣がんや乳がんなどの発症リスクが増大するのである8

特に、10人に1人が有する子宮内膜症は、月経痛の症状が特徴的であるが、筆者の調査から「我慢する」ことで対処しているものが約4割を占めており9、適切な治療に結びついていない可能性がある。この子宮内膜症の3.4%が、卵巣がんに発展することが知られており、放置は厳禁である。

また、卵巣がんの発症は、排卵回数の多さに依存しており、月経周期の中で、排卵する際に周囲の細胞を傷つけ、毎回修復しているが、月経が繰り返されることで細胞の修復回数が多くなると、修復過程でエラーが生じ、癌化細胞が出現するに至ることが指摘されている。つまり、月経回数が多い現代女性は、従来女性と比較し、卵巣がん等の女性ホルモンの曝露に起因する疾患発症リスクが高いのである。
図表4.女性のライフステージ別、女性ホルモンと疾患
 
5 Bayer Japan「現代女性は月経の回数が多すぎる」https://pharma-navi.bayer.jp/sites/g/files/vrxlpx9646/files/2020-12/FLX190106.pdf 
 東洋経済オンライン「現代女性の生理の回数昔の5倍の衝撃事実」(2021年5月26日)https://toyokeizai.net/articles/-/427086?page=2 
 NHK「女性の身体の新常識 フェムテックで社会が変わる」(2020年12月24日)https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4486/
6 筆者が保健師時代に携わった1か月検診や3ヵ月児健診では、産後1か月や2か月で月経が再開した若年女性の割合が高い傾向が見受けられた。
7 乾 愛(2019)「妊娠間隔12か月未満における母親の育児負担感に関する研究」日本公衆衛生雑誌2019 年 66 巻 10 号
p. 638-648.  https://www.jstage.jst.go.jp/article/jph/66/10/66_18-009/_article/-char/ja/
8 日本産婦人科腫瘍学会「子宮内膜症と卵巣がんとの関係について」https://jsgo.or.jp/public/naimaku.html
9 乾 愛 基礎研レポート「日本の10歳代女性における月経に伴う諸症状に関する実態調査(1)」(2023年2月28日)https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=74017?site=nli
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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

経歴
  • 【職歴】
     2012年 東大阪市 入庁(保健師)
     2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了
         (看護学修士)
     2019年 ニッセイ基礎研究所 入社
     2019年~大阪市立大学大学院 看護学研究科 研究員(現:大阪公立大学 研究員)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

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