2023年06月29日

少子化対策として不妊治療を保険適用へ(中国・北京市)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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日本では少子化対策として、昨年4月から不妊治療や生殖補助医療などが保険適用されている。同様の状況が中国においても見られており、今般、北京市で一部の生殖補助医療が保険適用されることになった1。適用は7月1日からとなる。これは中国において初めての試みであり、今後、全国展開を念頭に検証が進められることになる。
 
1 北京市と同様に、遼寧省の遼陽市でも7月1日から生殖補助医療が保険適用される。

1――中国は直近6年間で出生数が半減

1――中国は直近6年間で出生数が半減、初めて1,000万人を割り込む事態に。首都である北京市も長引く低出生、更に死亡率の上昇で人口が減少局面に。

中国は2022年に総人口が減少、子どもの出生数は一人っ子政策の緩和が発表された翌年の2016年に増加して以降、崖を下るように減少している。2016年に1,786万人であった出生数は2022年に956万人と1,000万人を割り込み、わずか6年で半減している(図表1)。政府は直近の要因について出産適齢の女性の人口の減少、結婚や出産に関する考え方の変化、新型コロナウイルス禍による出産控えを挙げているがその勢いはあまりにも急である。近年、地方政府は産休・育休の期間延長や第2子・第3子への出産一時金の現金給付に乗り出しているが、国全体としてその効果は見られない。

今般、妊娠にかかる費用を保険適用するとした北京市も厳しい状況にある。2022年の北京市の常住人口は2,184万人で、前年より4.3万人減少した2。また、死亡率(5.72‰)が出生率(5.67‰)を上回り、人口が自然減(▲0.05ポイント)となった3(図表2)。2022年は新型コロナの影響も考えられるが、近年では2017年以降、人口の自然増加率は低下している状況にあった。なお、2021年時点で自然増加率は0.96で辛うじて人口減少をとどめていた。

直近20年ほどの北京市の出生率をみると、2003年が1,000人あたり5.10と最も低かったが、2022年はそれに次ぐ低さ(5.67)となった。北京市の出生率はこれまで全国と比較しても低い状態が続いていた。しかし、2017年以降、全国的に出生率が大きく低下していることもあって、北京市と全国の出生率は近づいている。なお、2022年の全国31の省(自治区・直轄市)において出生率が最も低かったのは黒龍江省の3.30で、北京市は下から8番目の低さだった。

北京市の常住人口には他市からの移住者も含まれており、全体の37.8%を占めている。2022年は新型コロナによって移住者が元の居住地に帰省したことなどから、移住者人口は前年より9.7万人減少した。北京市の人口が減少に転じたのは重症急性呼吸器症候群(SARS: severe acute respiratory syndrome)が発生した2003年以来である。
図表1 中国における出生数の推移/図表2 北京市の出生率・自然増加率、全国の出生率の推移
 
2 北京市人民政府「北京市2022年国民経済和社会発展統計公報」、2022年6月30日、https://www.beijing.gov.cn/zhengce/zhengcefagui/202303/t20230321_2941262.html、 2023年6月27日取得。
3 死亡率、出生率とも常住人口ベース。

2――北京市では体外受精などの生殖補助医療を保険適用へ。

2――北京市では体外受精などの生殖補助医療を保険適用へ。自己負担は3~4割と負担を軽減。

では、北京市で始まった不妊治療の保険適用は、どのような内容になっているのであろうか。日本では一般不妊治療と更に高度な生殖補助医療が対象となっている。北京市政府の発表では保険適用となるのは生殖補助医療であり、対外授精や受精卵凍結など16の項目が対象となる(図表3)。また、北京市において生殖補助医療が可能で、保険適用となるのは16の医療機関となっており、北京大学第一医院など比較的規模の大きい医療機関に限定されることになる。
図表3 北京市において保険適用となる生殖補助医療の内容
不妊治療の自己負担割合は通院の自己負担を適用するとしている。それに基づくと、会社員の場合、年間の医療費1,800元までは自己負担となるが、1,800元を超え2万元までは3割負担、2万元を超えた場合は4割負担となる。

今般の北京市の保険適用に先立って、2022年8月には国家衛生健康委員会など17の主務官庁、2023年3月には国家医療保障局が不妊治療に関する保険適用を各市に要請していた。北京市の保険適用は国の奨励要請を受けて実施されることになる。

3――生育保険と公的医療保険の統合

3――生育保険と公的医療保険の統合―給付は女性の権利保護、計画出産から出産奨励のための不妊治療へと変遷

中国の特徴の1つとして、1994年から2018年まで女性の出産・育児に関する独立した社会保険―「生育保険」が存在していたことが挙げられる。生育保険は1990年代の経済の市場化、国有企業改革、さらにはそれに伴う社会保障改革の中で誕生した4。目的としては育児支援というより、女性労働者に対する労働保護としての役割が強いという特徴がある。産休中の休業手当、妊娠・出産の手当、また、一人っ子政策実施期には計画出産のための避妊手術なども給付対象となっていた。2019年には医療を管轄する国家医療保障局の設立にともない、生育保険と公的医療保険(都市の就労者を対象とした都市職工基本医療保険)が統合されている。生育保険は積立金(財源)が公的医療保険と統合されたものの、その役割や保険料の徴収・手続き、制度管理などその機能は維持されている。

一方、生育保険と都市職工基本医療保険の統合には、脆弱な生育保険の財源強化といった側面もうかがえる。財源の統合の実験的な取組みが発表されたのは、一人っ子政策の緩和がされた2016年の翌年の2017年である。こういった点からも、一人っ子政策の緩和に伴う統合というよりは今後の少子化対策を念頭においた統合であったとも考えることもできる。2018年当時、生育保険の積立金はわずか781億元にすぎず、その一方で都市職工医療保険の積立金は1兆3538億元と財源に余裕があった5。さらに、都市職工基本医療保険の収入のうち、95.5%は保険料収入で賄われるなど国や地方政府による財政移転も少ない状態にあった。

このように、生育保険と公的医療保険が財源面で統合されたことにより、政府は不妊治療を保険適用にするにあたり、その資金を公的医療保険の積立金から拠出することが可能となった。つまり、不妊治療の保険適用という新たな施策について、新たな財源の確保や予算計上をしないまま、当面は実施が可能となるであろう。先行都市での状況を鑑みながらであろうが、今後、不妊治療の全国展開、保険適用の治療が拡大されるようであれば、保険料の引き上げ、政府財源の投入の検討も必要となってくるであろう。
 
4 1951年の労働保険条例の発出、1960年代の労働保険から企業福利化、1990年代の労働保険から社会保障への改革を経て1994年に生育保険が試験導入されている。
5 国家医療保障局「2018年全国医療保障事業発展統計公報」、2019年6月30日、http://www.nhsa.gov.cn/art/2019/6/30/art_7_1477.html、2023年6月26日取得。なお、2018年の生育保険の加入者数は2億434万人、都市職工基本医療保険の加入者数は3億1681万人であった。

(2023年06月29日「基礎研レター」)

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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員教授(2024年度~)
     ・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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