2023年06月22日

2023年4~5月の自社株買い動向~東証のPBR1倍割れ企業に対する改善策の開示要請の影響は~

金融研究部 研究員 森下 千鶴

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2023年4~5月の自社株買い設定金額は3.7兆円と、2022年度4~5月の4.2兆円は下回ったものの、過去5年平均の2.5兆円は大きく上回った。

東証のPBR1倍割れ企業に対する改善策の開示要請を受けて、資本効率の改善や企業価値向上が意識され自社株買いが増加する可能性が指摘されていたものの、予想されていたほどには増えなかった。

ただし、PBR1倍割れ企業の自社株買い設定金額は2018年度4~5月以降で最大であった。

2023年4~5月に自社株買いを設定した企業の株価は、過去5年同様に対TOPIXで上昇した。PBR1倍以上/1倍割れで株価の反応に顕著な差は確認できなかった。

自社株買いだけでは、市場の注目や株価の上昇は一時的なもので終わる可能性がある。新規事業への挑戦など自社の成長戦略を掲げて実行し、とにかく収益を拡大することが企業価値向上には必要不可欠であり、そのうえで自社株買いを含む株主還元が強化されれば、市場からの継続的な評価と株価の上昇につながると考える。

■自社株買いへの意欲は高い

■自社株買いへの意欲は高い

2023年4~5月のTOPIX構成銘柄企業の自社株買いの設定件数は237件と2018年度4~5月以降最大だった。設定金額は3.7兆円と2022年度4~5月の4.2兆円は下回ったものの、過去5年平均の2.5兆円は大幅に上回った。
図表1 自社株買い設定額・設定件数の推移

■PBR1倍割れ企業の設定金額は2018年以降で最大

■PBR1倍割れ企業の設定金額は2018年以降で最大

東京証券取引所は、中長期的な企業価値向上に向けた取組の動機付けの一つとして、継続的にPBRが1倍を割れている上場企業について改善策の開示を要請している。これをきっかけに、資本効率の改善や企業価値がより強く意識され、自社株買いの設定が増える可能性が指摘されていた。そこで、2018~2023年度の4~5月に自社株買いを設定した企業をPBR1倍以上/1倍割れで分け、2023年4~5月とそれ以前で変化があるのか確認した。
 
図表2は、PBR1倍以上/1倍割れで分けて集計した設定金額及び設定件数の年度ごとの4~5月の推移である。PBRは、2023年であれば2023年3月末時点の値を基準としている。棒グラフは各年度4~5月の設定金額及び設定件数の合計を、折れ線グラフは、PBR1倍割れの企業の数字が全体に占める割合を示している。
図表2 PBR1倍割れ企業の設定金額は2018年度4~5月以降最大
設定件数はPBR1倍割れ企業に限ると130件であり2022年度4~5月の139件を下回っていた。PBR1倍割れ企業の自社株買い設定件数は特に増えなかったようだ。さらに、2023年4~5月に初めて自社株買いを設定した企業は10件あったが、そのうちPBR1倍割れ企業は1社のみだった。2023年4~5月については東証のPBR1倍割れ企業に対する改善策の開示要請をきっかけとした自社株買いの設定が特に増えている様子は見られなかった。

ただし、PBR1倍割れ企業の設定金額は1.79兆円、設定企業全体に占める割合も48%と、設定金額、割合ともに2018年度4~5月以降最大であった。PBR1倍割れ企業のなかには、資本効率の改善や企業価値向上を意識して、より積極的な自社株買い設定を発表した可能性がある。

■株価は発表翌営業日に大幅上昇

■株価は発表翌営業日に大幅上昇

自社株買い設定の発表は、アナウンスメント効果もあり株価には一般的にプラスに働くと考えられている。過去の集計では、平均して2~3%はTOPIXを超過する傾向があった。
 
2023年4~5月はどうであったか。図表3は、自社株買いの設定を発表した企業の全体およびPBR1倍以上/1倍割れの株価推移をまとめたものである。左は2023年4~5月に自社株買いの設定を発表した企業、右は2018~2022年度の4~5月に自社株買いを設定した企業について、自社株買い設定日を基準日(0日)として、対TOPIX超過収益率を単純平均している。①、④の灰色は自社株買い設定企業全体、②、⑤の青色はPBR1倍以上の企業、③、⑥のオレンジ色はPBR1倍割れ企業の株価推移である。
図表3 PBR1倍割れ企業の株価は発表翌営業日に大幅上昇
図表3を見ると、①の2023年4~5月に自社株買い設定を発表した会社全体では、発表翌営業日に約2%対TOPIXで上昇と、④の2018~2022年度4~5月の過去5年平均と同様に上昇した。その後は④の2018~2022年度4~5月と比較すると株価はやや弱含み、約0.5%対TOPIXで上昇して推移した。自社株買いの設定を発表した企業の株価推移が過去5年平均より低かった理由として、2023年4~5月は、海外投資家が株式を大幅に買い越していたこと、また、株価の上昇を受け割安感が低下したことで自社株買いの実際の買付を様子見していた企業もあったと考えられる。それでも、対TOPIXで上昇しており、2023年4~5月も引き続き自社株買い実施企業の株価は投資家からはポジティブに反応されていたようだ。
 
なお、PBR1倍以上/1倍割れ企業で株価推移に違いがあるか確認したが、明確な差が確認できなかった。発表翌営業日は2023年4~5月、2018~2022年度4~5月の平均ともに、③、⑥のPBR1倍割れ企業の株価が、②、⑤のPBR1倍以上の企業の株価よりも対TOPIXで上昇した。ただし、上昇幅はPBR1倍以上/1倍未満でそれほど大きな差はなく、さらに、発表から5営業日以降は③、⑥のPBR1倍割れ企業の株価は、②、⑤のPBR1倍以上の企業の株価を下回って推移した。

■株主還元と合わせて成長戦略も

■株主還元と合わせて成長戦略も

2023年度も、ここ数年と同様に4~5月時点では積極的な自社株買いを実施する様子であり、上場企業の株主還元への姿勢や資本効率の改善への意識は引き続き強いようだ。東証のPBR1倍割れ企業に対する改善策の開示要請の影響はあまり見られなかったが、年度が進むにつれ東証の要請を意識して設定する企業が増えるのかに注目したい。
 
ただし、自社株買いだけでは市場の注目や株価の上昇は一時的なもので終わる可能性がある。PBR改善策として自社株買いなどの株主還元強化が注目されているが、株主還元する利益が増えないことには株主還元の充実を中長期的に行うこともできない。そのため株主還元強化と合わせて新規事業への挑戦などの成長戦略や不採算事業の切り捨て等の思い切った経営戦略に取り組み、中長期的に利益の継続的な拡大を達成することこそが、企業価値の向上に不可欠であり、さらにその先の結果として、株価上昇やPBR改善につながるものと考えられる。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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金融研究部   研究員

森下 千鶴 (もりした ちづる)

研究・専門分野
株式市場・資産運用

経歴
  • 【職歴】
     2006年 資産運用会社にトレーダーとして入社
     2015年 ニッセイ基礎研究所入社
     2020年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA、ファイナンス専修)

(2023年06月22日「基礎研レター」)

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