2023年06月20日

介護に関する現金給付をどう拡充するか(中国)。【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(57)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――保険契約の給付事由を介護給付に変更する実験的な取組み

少子高齢化、更には長寿化が進む中国。およそ10年後の2035年前後には高齢者(60歳以上)の人口が4億人を超え、総人口に占める割合は30%以上、高齢化が更に急速に進む社会となるとしている。長くなる老後の生活、また介護状態となった場合の保障をだれがどのようにするのか、が大きな課題となっている。

老後保障に関する昨今の施策をみると、政府財政による強力な介入は控えられているようだ。それは、少子高齢化の急速な進展とともに年金給付、医療給付が増加し、財政へのプレッシャーが高まっているからであろう。替わって政府が積極的に推進しているのが民間市場の活用である1。例えば、年金を補完する制度として個人年金制度(日本のiDecoに類似)の導入、非正規労働者向けの個人年金商品の開発・販売などが挙げられる。いずれも試行地区や試行対象となる保険会社を選出し、実験的な取組みが実施されている。
 
一方、公的介護保険制度は2025年の全国導入を目指している段階にある。介護給付は要介護度が高い対象者に向かう制度となっており、給付そのものも限定的だ。要介護度がそれほど高くない場合、更には公的サービスで足りない分を補完する上でも現金給付の拡充が必要とされてきた。政府の念頭にあるのは高齢者2.7億人、更に自立した日常生活が困難な高齢者4,500万人の介護保障である。介護保険商品の普及が進んでいない現況下において、短期間で介護に関する現金給付を拡充する方法はないか。政府が考えた手法は「既に契約した生命保険商品の給付事由を変更する」という実験的な取組みである2。それは、終身保険などのキャッシュバリューや保険金を介護状態となったときの給付へと変更が可能とする施策である。この取り組みは2023年5月1日から試行を開始しており、検証期間は2年間で、すべての生命保険会社の保険商品が対象となっている。
 
1 2020年、当時の保険市場の主務官庁である中国銀行保険監督管理委員会は、12の主務官庁と合同で「社会サービス領域における商業保険の発展に関する意見」を発出し、生命保険の保険給付について介護給付への転換が可能かを研究するとしている。http://www.chinatax.gov.cn/chinatax/n810341/n810765/c101653/202001/c5149323/content.html
2023年6月12日取得。
2 銀保監会「中国銀保監会有関部門負責人就≪関于開展人寿保険与長期護理保険責任転換業務試点的通知≫答記者問」,銀保監会「中国銀保監会弁公庁関于開展人寿保険与長期護理保険責任転換業務試点的通知」いずれも2023年4月3日,

2――変更方法は、変更時に要介護状態にあるか否かによって決定。

2――変更方法は、変更時に要介護状態にあるか否かによって決定。

では、どのような方法を使って変更を可能としているのであろうか。主務官庁が示した方法には2種類あり、被保険者がすでに要介護状態にあるか否かが重要となる2

1つ目としては、すでに要介護の状態の場合である。被保険者の年齢が18歳以上で、指定した疾病(10種)にすでに罹患している場合または傷害・障害の状態にある場合を意味する3。ここでの10種の疾病(状態を含む)には、脳卒中(重度)後の後遺症、アルツハイマー病(重度)、重度の脳の損傷、重度の脳炎発症後または重度の脳膜炎発症後の後遺症、重度の原発性パーキンソン病などがある4(図表1)。保険会社は自社の給付能力に応じて条件や給付内容を定めることができ、政府が別途定めた「長期介護・自立した生活能力の喪失に関する要介護度の評価基準(試行)」に基づいて、要介護度などの基準を定めることができる。変更までのフローは、まず、保険契約者または法的代理人が被保険者の同意・確認を経て、生命保険会社に契約変更を申請する。保険会社は審査を行い、保険証券への裏書または変更の契約を締結。本来支払われる保険金を介護給付に算出しなおして一時払いで給付する。算出された介護給付金は元の契約の現金価値を下回らず、かつ、契約変更時の死亡保険金などを上回らない範囲としている。対象となる保険の種類は終身保険や定期保険となり、保険契約発効後2年が経過している必要がある。
図表1 給付金の変更方法(要介護状態の有無)
もう1つは、被保険者がまだ介護状態にはない場合である。被保険者が介護保険契約に変更する上での要件を満たしており、年齢が18歳以上であることが条件となっている。介護給付に関する要介護状態の要件(10種の疾病の罹患や状態)は上掲と同様である。変更までのフローは、まず、保険契約者が生命保険会社に保険責任の変更を申請する。保険会社は保険契約者が変更申請時に選択した変更比率(10~50%)に基づいて保険金額、保険料、保険契約の価値などを減額処理する。また、変更内容に基づいて介護保険契約を新たに締結する。この変更手続きは複数回行うことができる。支払いは一時払いと分割払いのいずれかとなる。対象となる保険の種類は生命保険全般となる。

こういった取り組みは国有系生保を中心にすでに始まっている5。例えば中国人寿、大平人寿、中国人民人寿などが挙げられる。各社のウェブサイト上で対象となる保険商品が発表されており、概ね終身保険となっている6。今後、取り組みの検証が本格化されることになる。
 
2 銀保監会「人寿保険与長期護理保険責任転換業務規則」,2023年4月3日
3 傷害・障害の状態が「生命保険の傷害・障害評定基準・コード」(JR/T0083-2013)の1~3級に該当する状態。
4 疾病の定義は「重大疾病保険の疾病定義使用規範(2020年修正版)」参照。
5 上海証券報「失能老人再添新保障 多家寿険公司啓動長護険転換業務」,2023年6月5日,
https://news.cnstock.com/news,bwkx-202306-5071638.htm,2023年6月13日取得。
6 太平人寿は5月1日時点で7種の終身保険を指定。 5月22日には中国人寿が3種の終身保険、6月2日には中国人民人寿が4種の終身保険を指定。(出所)中国銀行保険報「多家公司啓動寿険転長護険」,2023年6月8日,
http://www.cbimc.cn/content/2023-06/08/content_486669.html,2023年6月13日取得。

3――「一人失能、全家失衡」の回避に向けて

3――「一人失能、全家失衡」の回避に向けて

このような取組みの背景には、高齢化が急速に進み、介護が必要となったときの経済的な保障が足りていない状況にある点がうかがえる。特に、家族に自立した生活ができない状態の高齢者が1名発生すると、一家の経済バランスが大きく崩れる(中国語「一人失能、全家失衡」)といった現象も社会的な課題となりつつあるからだ。中国保険資産管理協会の「中国養老財富貯蓄調査報告(2023)」によると、60歳代、70歳以上と高齢者はその他の年代と比較して「公的年金・企業年金があればそれ以外の備えは不要」と考えている割合が高くなっている(図表2)。
図表2 老後の生活への備えに関する意識・必要だと思う貯蓄額
近年は、医療・介護に関する支出が増加しており、高齢者世帯で負担できない場合は結果としてその負担の多くは子女に向かうことになる。このような取組みについて、保険の主務官庁は要介護状態となった場合に家族が速やかに経済的な備えができる点に加えて、民間保険商品の新たなサービスとしても期待を寄せている。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2023年06月20日「保険・年金フォーカス」)

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