2023年06月09日

年金額は2023年度に約2%の増額だが、実質的には▲0.6%の目減り-2023年度の年金額と2024年度以降の見通し(3)

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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2|詳細:加入者増加率は、2021年度はマイナスだが、2019年度のプラスにより、3年平均はゼロ%
年金財政健全化のための調整率(いわゆるマクロ経済スライドの調整率)の計算過程を示したのが、図表6である。調整率は、当年度の調整率と前年度から繰越された調整率の合計である。当年度の調整率は「公的年金加入者数の増加率(2~4年度前の平均)-引退世代の余命の伸びを勘案した率(0.3%)」で計算され、前年度から繰越された調整率は図表4のルールで計算される。

調整率の計算に使用される公的年金加入者数の変動率(図表6の⑤の列)は、2~4年度前の平均である。ここで言う公的年金の加入者は、国民年金の第1号被保険者と厚生年金の被保険者と国民年金の第3号被保険者であり、年度内の各月末の人数を平均した値(年度間平均)が用いられる。公的年金の加入者数が国民年金の第1~3号被保険者の合計となっていないのは、国民年金の第2号被保険者には厚生年金被保険者のうち65歳以上の人(老齢基礎年金の標準的な受給開始年齢以上の人)が含まれないためである。国民年金の第1号被保険者と第3号被保険者の対象年齢は20~59歳だが、厚生年金被保険者の対象年齢は69歳までであるため、高齢期の就労が進展して60代の厚生年金加入者が増えれば公的年金加入者数は増加する可能性がある10

2023年度の当年度分の調整率には、2019~2021年度の公的年金加入者数の変動率の平均が使用される。2年度前にあたる2021年度はコロナ禍の影響があったためか微減となったが、4年度前にあたる2019年度までは60代の厚生年金加入者の増加によって公的年金加入者数の微増が続いていたため、3年度平均では±0.0%になった(図表6の⑤の3年平均の列)。これに引退世代の余命の伸びを勘案した率(-0.3%、図表6の⑥の列)が加味され、2023年度の当年度分の調整率は-0.3%となった(図表6の⑤+⑥の列)。これに前年度から繰り越された調整率(-0.3%、図表6の⑦の列)を加えた-0.6%が、2023年度に適用すべき調整率である。

そして、前述のように、本来の改定率が67歳以下で+2.8%、68歳以上で+2.5%で、調整率が前年度からの繰越分を含めて-0.6%だったため、67歳以下と68歳以上の両者とも図表4の「繰越適用(基本)」に該当して調整率がすべて反映され、2023年度の調整後の改定率(実際に適用される改定率)は、67歳以下で+2.2%、68歳以上で+1.9%となった(図表6の⑧の列)。また、67歳以下と68歳以上の両者とも調整率がすべて反映されたため、翌年度に繰り越される調整率は発生しなかった(図表6の最右列)。
図表6 年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)の計算過程
 
10 なお、パート労働者等に対する厚生年金の適用拡大によって20~59歳の厚生年金加入者が増加しても、公的年金の加入者数には影響しない。20~59歳で厚生年金に加入する人は、国民年金の第1号または第3号被保険者からの移行であり、厚生年金に加入する前から公的年金の加入者数に含まれているためである。他方で、厚生年金の適用拡大によって60代の厚生年金加入者が増えれば、公的年金加入者数の増加に寄与する。実際に、厚生年金加入者のうちパート労働者(短時間労働者)の性・年齢分布を見ると、特に男性においては60代の比率が高い。しかし、厚生年金加入者のうち短時間労働者の60代は男女計で16万人に過ぎないため、公的年金加入者数全体(約6700万人)に対しては限定的な影響に留まる。

4 ―― 総括

4 ――― 総括:物価変動を早期に反映する仕組みと賃金や加入者の変動を平準化する仕組みが奏功。ただし、繰越しのツケを一度に精算する仕組みや68歳以降の改定ルールは再確認が必要

本稿では、別稿で確認した年金額改定のルール(図表1)が、2023年度分の改定でどのように機能したかを確認した。その要点は、次のとおりである。
 
  • 本来の改定率の計算過程では、2022年(暦年)の物価上昇率が反映された。
  • 本来の改定率の計算に用いる実質賃金変動率は2~4年度前の平均であるため、コロナ禍初年度(2020年度)の低下と2年目(2021年度)の上昇を総合する形になり、年金額の急な変化を抑えた。
  • その結果、実質賃金変動率はプラスとなり、68歳以上の改定率が初めて67歳以下の改定率より抑えられた。
  • 年金財政健全化のための調整率(いわゆるマクロ経済スライドの調整率)も2~4年度前の平均であるため、コロナ禍が年金額に与える影響を抑えられた。
  • 本来の改定率が物価上昇を反映して大幅なプラスになったため、年金財政健全化のための調整率は前年度からの繰越分も含めてすべて反映された。
  • この結果、2023年度の調整後の改定率(実際に適用される改定率)は67歳以下が+2.2%、68歳以上が+1.9%と3年ぶりの増額になったが、調整率の適用により年金額は目減りした。
 
物価の上昇が続く中、約1年遅れではあるが年金額が3年ぶりに前年よりも増額された点は、朗報と言えよう。また、改定率の計算過程に3年平均を取る仕組みが入っていたことで、コロナ禍の影響を抑えられた点も、制度設計の恩恵を受けたと言えよう。

一方で、年金額の実質的な価値が3年ぶりに目減りする点には注意する必要がある。特に2023年度の改定においては、2023年度分の調整率に加えて2021年度と2022年度に繰り越された2年度分の調整率が一度に解消されたため、近年では比較的大きめの目減りとなった。デフレ時に調整されなかったツケが回ってきた形ではあるが、物価上昇が大きいときに溜まったツケを一気に精算する仕組みについて、そもそもツケを溜めるべきかも含めて、改めて議論が必要だろう。

さらに、68歳以上の年金の伸び(改定率)が、初めて67歳以下の年金の伸びより抑えられた点にも注意が必要である。この仕組みが創設された2000年改正時は年金受給者の購買力を維持する仕組みだったが、2004年改正で年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)が追加され、物価上昇時には購買力を維持できない仕組みになっている11。67歳以下の年金の伸びでも現役世代の賃金の伸びに追いついていない中で68歳以上の年金の伸びをさらに抑えるべきかについて、再確認する必要があるだろう。
 
11 物価下落時には調整が発動されない仕組みになっている(図表4の特例b)。
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

(2023年06月09日「基礎研レポート」)

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