2023年05月25日

3つのドーナツで読み解くコロナ禍の人口移動

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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1――人口移動のドーナツ構造

コロナ禍では、人の移動が大きく変化した。また、インターネット経由のオンラインでの在宅勤務の普及により、地方移住を実現した、郊外へ転居した、大学での対面授業がなくなり下宿を引き払った、企業の人事異動を一時見送った、遠隔地採用を開始したなど、様々なエピソードが至るところで語られた。コロナ禍でのこうした現象はポストコロナにおいても定着し、東京一極集中や都市化のトレンドは逆回転を始めるのだろうか。その答えが判明するにはまだ時間を要する。しかし、日本においてもパンデミックからエンデミックへの移行が本格化するなか、コロナ禍の3年間において国内の人口移動がどのように変化したのかを整理することは重要であろう。

本稿では大中小3つのドーナツをもとに、コロナ禍における人口移動の変化とその特徴を読み解いていく(図1)。一般に、都市は中心・周辺構造を形成する傾向にあり、ドーナツに擬えて説明されることが多い。ドーナツ化現象とはいわゆる郊外化のことを指し、都市の中心部から周辺部へ人口が流出することを言う。不動産価格の高騰や交通渋滞、住環境の悪化など、人口集積によるデメリットが大きくなると、周辺部への人口流出が促される。東京では、高度経済成長後期にドーナツ化現象が進み、周辺部に多くのベッドタウンが形成された。その後、1990年代後半からコロナ禍前の期間は逆ドーナツ化現象、いわゆる都心回帰が進行した。産業構造のサービス化が進むなか、都心部ではオフィスビルや商業施設、マンションの再開発が進んだことで生活利便性や住環境が改善した。都市の中心部で暮らすメリットが再評価されて周辺部から中心部への人口流入が続いた。

中心・周辺構造に基づく分析は、都市圏単位だけでなく、様々な大きさのエリアに適用し、そのスケールに合ったドーナツを描くことができる。そこで、本稿では、大中小3つのドーナツを描き、コロナ禍における人口移動の変化を確認する。まず、大ドーナツは日本全体での東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)と地方間の人口移動で、コロナ禍前は東京一極集中と呼ばれるように、地方から東京圏への人口流入が続いていた。次に、中ドーナツは東京圏内での東京23区とその周辺部(東京都下と3県)間の人口移動で、コロナ禍前は東京23区への都心回帰が続いていた1。最後に、小ドーナツは住宅街(駅)における駅近と駅遠エリア間の人口移動で、近年は共働き世帯の増加や駅に近接したエリアで高層マンションの建設などが進んで駅近エリアを選好する傾向が強まっていた。このように、コロナ禍前は大中小3つのドーナツで周辺部から中心部へ人口が流入する、逆ドーナツ化現象が進展していた。
図1 大中小3つのドーナツで見たコロナ禍前の人口移動
 
1 東京以外の都市圏でも周辺部から中心部への人口流入が進んでいたが、本稿では東京に焦点を当てて分析を行う。

2――大ドーナツ: コロナ禍における東京一極集中の変化

2――大ドーナツ: コロナ禍における東京一極集中の変化

まず、コロナ禍における東京圏と地方間の人口移動の変化について、総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」をもとに、(1)年次データ、(2)月次データ、(3)転出元別データ、(4)年齢別データ、の4つの切り口から確認する2
 
2 東京圏は、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県とした(総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」に基づく)。
1年次データでみる東京圏と地方間の人口移動
コロナ禍における地方から東京圏の人口流入のペースは鈍化したものの、東京圏に人口が流入する東京一極集中のトレンドが反転するには至らなかった(図2)。コロナ禍前の2019年は、東京圏の転入超過数が14.9万人と、リーマンショック前の15.5万人に迫る水準に増加した。その後、コロナ禍では、転入超過数は2020年9.9万人(2019年対比67%)、2021年8.2万人(同55%)、2022年10.0万人(同67%)とプラス幅が縮小したものの、リーマンショック後の景気低迷時(2011年6.3万人)と比べて落ち込みは小幅にとどまっている。
図2 地方から東京圏への転入超過数(年次)
2月次データでみる東京圏と地方間の人口移動
地方から東京圏への人口流入は、進学や就職、人事異動が集中する年度の変わり目(3月と4月)に集中し、その傾向はコロナ禍においても変わっていない(図3)。コロナ禍前の東京圏の転入超過数は全体の約7割が3月と4月に集中し、それ以外の月は小幅なプラスとなる傾向にあった。コロナ禍においても3月と4月に集中する傾向は変わらないものの、3月が2019年の約8割、4月が約5割の水準に減少し、それ以外の月はほぼゼロになるなど、東京圏への人口流入の勢いは大きく鈍化した。

しかしながら、2022年8月以降、東京圏の転入超過数は一貫してプラスで推移している。2023年3月は2019年と同水準まで回復していることから、2023年内にも東京一極集中がコロナ禍前のペースを取り戻す可能性が高まっている。
図3 地方から東京圏への転入超過数(月次累計)
3転出元別でみる東京圏と地方間の人口移動
転出元を大阪圏(大阪府、兵庫県、京都府、奈良県)・名古屋圏(愛知県、岐阜県、三重県)・その他地方に分けると、大阪圏と名古屋圏から東京圏への転入超過数は、その他地方と比較して小幅な減少にとどまっている(図4)3。コロナ禍における大阪圏からの転入超過数は2019年2.5万人、2020年1.8万人、2021年1.7万人、2022年2.0万人、名古屋圏からの転入超過数は2019年1.9万人、2020年1.4万人、2021年1.3万人、2022年1.5万人となり、ともに、リーマンショック後と比べて落ち込みは軽微であった。一方、その他地方からの転入超過数は、2019年10.7万人、2020年6.7万人、2021年5.2万人、2022年6.4万人となり、リーマンショック後と同水準まで減少した。2022年はプラス幅が拡大に転じたものの、大阪圏や名古屋圏と異なり、依然として2020年の水準を下回る。今後、東京圏への人口流入は、その他地方からの流入がどれほど勢いを取り戻すかに依存すると考えられる。
図4 地方から東京圏への転入超過数(転出元別、年次)
 
3 大阪圏は大阪府、兵庫県、京都府、奈良県、名古屋圏は愛知県、岐阜県、三重県とした(総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」に基づく)。
4転出元別・年齢別でみる東京圏と地方間の人口移動
コロナ禍では、ほとんどの年齢層で東京圏の転入超過数が減少し、コロナ禍前の水準を下回っていたが、20代についてはコロナ禍前の水準に戻りつつある(図5)。東京一極集中の主な要因は、大学卒業後の就職事情にある。2019年の東京圏への転入超過数に占める20代の割合は、大阪圏が68%、名古屋圏が52%、その他地方が77%で、20代の動向が人口移動に大きな影響力を持つ4。2022年は大阪圏と名古屋圏が既に2019年の水準を上回る一方、その他地方は回復が遅れていることから、今後は、その他地方の20代の動向を注視する必要がありそうだ。
図5 地方から東京圏への転入超過数(転出元別×年齢別、年次)
 
4 東京圏への転入超過数に占める10代の割合は、大阪圏7%、名古屋圏13%、その他地方21%となっている。高校卒業後、大阪圏は圏内に進学するケースが多い一方、その他地方は東京圏に進学する比率が高い。また、30代は、大阪圏15%、名古屋圏17%、その他地方6%と、大阪圏と名古屋圏は転職や人事異動などに伴い東京圏に転居するケースが多いようだ。

3――中ドーナツ: コロナ禍における都心回帰の変化

3――中ドーナツ: コロナ禍における都心回帰の変化

次に、コロナ禍における東京圏における東京23区と周辺部(東京都下と3県)間の人口移動の変化について、前章と同様、(1)年次データ、(2)月次データ、(3)転出元データ、(4)年齢別データの4つの切り口から確認する。
1年次データでみる東京23区と周辺部間の人口移動
東京圏内の人口移動を見ると、コロナ禍前から都心回帰のトレンドが変わり始めていたことが確認できる(図6)。周辺部から東京23区への転入超過数は、2011年以降、8年連続でプラスとなったが、2019年は▲0.4万人とマイナスに転じ、リーマンショック後である2009年の▲0.5万人や2010年の▲0.3万人に並ぶ水準に落ち込んだ。コロナ禍は都心回帰から郊外化への転換を決定づけ、転入超過数は、2020年▲2.9万人、2021年▲5.1万人、2022年▲3.0万人となった。2022年はマイナス幅が縮小したものの、周辺部への人口流出が継続している。
図6 周辺部から東京23区への転入超過数(年次)
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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

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