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生態系・生物多様性など自然関連リスクの保険部門への影響の検討(欧州)-EIOPAの検討文書の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――自然関連リスクの影響の検討について
今回はこの文書について概要を紹介する。
1 EIOPA Staff paper on nature-related risks and impacts for insurance.(EIOPA 2023.3.29)
https://www.eiopa.europa.eu/system/files/2023-03/EIOPA%20Staff%20paper%20-%20Nature-related%20risks%20and%20impacts%20for%20insurance.pdf
2――自然関連リスクの認識に関する現状など
こうした動きが促される背景には、自然の喪失によって人間の生命をも脅かされる可能性がでてきたことがある。「自然は気候変動に対する防御の源である」と考えることもできるし、何よりも身体的・精神的な健康の主要な源である。こうした中で、自然喪失の結果を十分考慮しなかったり、被害の軽減ができなかったりすれば、やがては経済的な分野でも損失のリスクを生みだす原因となり、さらに金融の安定をも危うくする可能性がある。
現在、世界のGDPの半分以上は自然とその働きに依存しているという実態もある。例えば、生物多様性は健康的で栄養価の高い食事につながり、農村部の経済・生活を支え、農業生産性の向上につながる。また、世界の食用作物の75%以上が動物等の花粉交配に支えられている。こうした現状をもとにしたある種の試算によれば、生物多様性の喪失により、毎年1.7兆~3.9兆ユーロの経済的損失につながる可能性があるという。
自然関連のリスクというのは、自然が失われるリスク、再生不可能な状況になるリスク、動植物の絶滅・生態系の損傷のリスクを指す。気候変動リスクの検討の中で使われる類型、すなわち物理的リスク・移行リスク、に当てはめれば、
・物理的リスクは、自然損害が具体化することであり、
・移行リスクは、政策、技術、法律の変更や消費者の考え方の変化によって自然への損傷を軽減・回復することに付随して発生するリスクを指す、と整理できる。
自然関連のリスクは、一次(直接)、二次(間接)、あるいはその後の波及効果、と分類することもできる。
例として生物多様性の喪失は、農業活動の生産性(土壌生産性)の低下をもたらし(一次)、食品生産のバリューチェーンに被害を及ぼす(二次)。それが波及して農業における損失に対する補償を提供する保険事業に影響を与える(波及効果1)。あるいはまた、食事を通じて栄養失調、病気、早死になど健康保険も含む保険事業の見直しを迫られるかもしれない(波及効果2)。
また自然関連の損失によって、気候に影響を与える規制や対応が実施され(一次)、気候変動リスク(移行リスク)エクスポージャーが増加し(二次)、資産価値・担保価値が低下し、ひいては銀行等の信用リスクにまで波及する可能性も考慮する必要がある(波及効果)。
また事業レベルの各種影響が蓄積すると、地域・国レベルあるいは世界レベルでのマクロ経済への影響につながることも考えられる。例えば(筆者注;ここではアマゾンの生態系の例で説明している)自然レベルでの水循環が、森林伐採などにより阻害されると、水不足→農業生産の減少あるいは水力発電電力の不足→電気料金の上昇→生産物の価格上昇というような悪循環を生み、最終的には世界経済に影響し、金融においてもその安定性を脅かし、システミックリスクを呼ぶ、といった関連が懸念される。
「自然関連リスク」と「気候関連リスク」とは密接に関連してはいるが、全く同じものではなく、気候変動によって頻度が増し強くなってきた自然災害が自然関連リスクということでもない。
リスク特性・評価方法・保険引受の可能性について少し例を挙げると、
・リスク特性については、物理的リスク・移行リスクの評価により保険でカバーできるリスクになりうる点は似ているが、気候変動リスクにおける「炭素排出量」のような単一の指標でとらえきれない多次元的な性質を有している。
・評価方法については、過去のデータから頻度強度集中度合いなどをモデル化していくことになるが、生態系の相互作用などは気候変動よりもさらにモデル化が難しい。
・保険引受の可能性については、どちらのリスクも、プールして保険化したり、組み合わせて分散させたりすることが難しいのは共通しているが、生態系の分析が必要な自然関連リスクは、より難しいと言える。
とはいえ、例えば、二酸化炭素の排出量を抑えるなどの方策、あるいはサンゴ礁など自然環境の保護などは、両方のリスクの緩和・削減にとって効果的であるなど、対策の方向性が同じであることが多い。(ただし逆に、植林や外来種の利用など、既存の生態系への悪影響を考慮する必要がある場面もある。)
3――保険セクターと自然関連リスクとのつながり
自然関連の移行リスクの例を挙げると、
・企業等が、政策、技術の進歩、法律の変更、消費者のニーズといった変化に対応できないために業績が悪化し、その企業の債券・株式等を保有する保険会社の資産が減少すること(市場リスク)
・環境関係の賠償責任保険あるいは信用保険、役員の責任保険などの、保険料設定の誤りや保険金支払の増加(保険引受リスク)
自然関連の物理的リスクの例を、保険種類に対応して挙げると、
・財産保険、事業中断保険
自然災害による直接の被害、あるいは水不足やエネルギー不足による事業の中断
・海上・航空・輸送保険
自然環境の変化による水路・空路の変更による収益性の悪化
・作物保険
土壌生産性の低下や、花粉交配の欠如による不作による、収益低下
・生命保険・健康保険
自然環境の変化による病気の増加やパンデミック、あるいは原材料の不足による医薬品の欠乏等による、死亡率や疾病発生率の上昇
こうしたことを契機とした財務状況の悪化から、保険会社のソルベンシーへの悪影響も憂慮される。
もちろん、自然災害による、保険会社の保有不動産などへの直接の被害も起こりうるし、自然に悪影響を与えるような投資先や保険契約者とのつながりが「風評リスク」を引き起こし、顧客や株主を失うこともある。
また自然関連の開示内容の不足や期日の遅れなどの法律に違反する「法的リスク」もある。最終的にはこうした一連の対応の誤りにより、保険会社の評価が低下し、顧客や株主等に悪影響を与える可能性(オペレーショナルリスク)もある。
自然関連によって引き起こされる損失が、世界的な規模で大きくなると、ひとつの保険会社へのダメージにとどまらず、全般的に対応する保険の保険料が上昇したり、再保険の引受けが困難になったり、あるいは保険料水準の設定の誤りによるソルベンシーの悪化につながる。
さらにそれをきっかけとした金融・経済全般への悪影響の波及など、思いもよらぬ広範囲の悪影響にもつながることも考慮する必要がある。
4――リスクの評価方法
5――自然関連リスクの管理にむけたアプローチ
自然関連のリスクについては、生態系の複雑さゆえに一つの目標(例えば地球温暖化を+2℃に抑える、などのように)を設定するのは困難である。例えば「EU内の陸地や海洋の30%が保全できること(といってもあいまいだが)」などと設定しようとする案もある。
目標に対して、企業や金融機関は、生物多様性に関するリスク、事業の依存度、影響などについて定期的に監視・評価を行い、消費者に開示する必要がある。
保険会社の、自然関連の保険引受や投資活動の目標は、
・自然や生物多様性を保全すること
・持続的な土地活用・農業・森林の保全活動などに関する活動に関わる資金提供やリスクのカバーを行うこと
などとなるべきであろう。そのことが、巡り巡って、保険会社自らのバランスシートに潜むリスクを軽減することにつながるだろう。
ただし、現状においては、自然保護に積極的に取り組む企業等のリスクを軽減するような保険の、具体的な商品化はあまりすすんでいないようである。
欧州のソルベンシーIIには、持続可能性や自然関連のリスクや資本の取り扱いなどが、気候変動リスクの取り込みや開示としてはいくつかあるが、自然関連リスクとしては明確ではない。今後の整備が必要である。
6――おわりに
今回紹介した自然関連リスク一般についての整理などは、世の中の金融・保険業界に共通に認識できる部分であろう。それをもとにした各国・地域の対応にはそれぞれの特徴に応じた違いは出てくるとしても、こうした動きはわが国にも参考となると考えられる。
(2023年04月14日「保険・年金フォーカス」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/25 | 年金や貯蓄性保険の可能性を引き出す方策の推進(欧州)-貯蓄投資同盟の構想とEIOPA会長の講演録などから | 安井 義浩 | 基礎研レター |
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