コラム
2023年03月28日

分数について(その1)-分数の起源等はどうなっているのか-

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なぜ単位分数が使用されていたのか

それでは、古代エジプトにおいては、なぜ「単位分数」が使用されていたのか。この理由についても諸説あるが、1つには以下の説明が挙げられるようだ。

以下のような具体的なケースを考えてみる。

5個のパンを6人で分ける方法を考える。

この時に、現在の分数の考え方からすれば、「(A方式)5個のパンをそれぞれ1/6と5/6 に分けて、まずは5人に1個の5/6分のパンを分けて、残りの一人に1/6ずつに分けられた5個のパンを分ければよい」ということになる。確かにこれは数学的には「公平な」分け方ではあるが、感覚的には、残りの一人が納得するような「公平な」分け方かと問われると、はたと困ってしまうだろう。

次に、少しでも公平な分け方に見えるように「(B方式)5個のパンを全て1/6ずつに分けて、5人全員にこの1/6に分けられたパンを1人5個ずつ分ける」ことが考えられる。この場合には、全員が同じ形のパンをもらえることになり、感覚的にも「公平な」ものとなるであろう。

これに対して、エジプト式数学によれば、

5/6=1/2+1/3 

となることから、「(C方式)5個のパンを3個と2個に分けて、3個は半分にして2つに分け、2個は1/3に3つに分けて、それぞれ6個ある1つのパンの半分と1/3分を6人に分け与える」ことになる。この場合も、全員が同じ形のパンをもらえることになり、「公平感」が保たれることになる。

さて、次にこれらの各方式において、「パンを切る回数」を考える。上記の例では、A方式では、5個のパンをそれぞれ1/6と5/6 に分けるのに「5回」となるが、B方式では、5個のパンを全て1/6ずつに分けるのに「25回」、C方式では、3個は半分にして2つに分けるのに「3回」、2個を1/3に分けるのに「4回」で、合計「7回」必要となる。C方式は、A方式に比べると、切る回数は多いが、B方式に比べれば圧倒的に少ない回数となり、さらに「公平感」も確保できることになる。

このように、エジプト数学に基づく方式は、公平感を確保しつつ、手数も少ない方式として、「実務的に受け入れやすい」配分方法になっているといえるようだ。

分数の表記の由来

さて、「bhinnarasi」として知られている分数の現代的な表記については、インドの天文学者で数学者のアーリヤバタ( Āryabhaṭa)(476-550)(550年頃)、ブラフマグプタ(Brahmagupta)(598-665)(628年頃)、バースカラ2世(Bhāskara)(1114-1185)(1150年頃)らの著作に由来している。ただし、彼らの著作では、分子を分母の上に配置する形が採用されていたが、それらの間に横線はなかった。

分母と分子の間に横線を引く方式については、12世紀のモロッコ出身の数学者アル・ハサール(Al-Hassar)の著書に見られた。これと同じ分数表記は、欧州では、13世紀にフィボナッチ数列で有名なレオナルド=フィボナッチの著書で、初めて現れている。

英語の分母・分子の呼び名と分数の読み方

英語では、分母はdenominator、分子はnumeratorと言うが、こうした「分母」や「分子」の名前が登場したのは、15世紀の大航海時代と言われている。

分子の「 numerator」の「numerate」は、「数える、計算する」という意味から「数字」を意味している。一方で、「denominator」は、(1)de-nominateで、「de-」は「割る」「分ける」という意味、「nominate」は「指名する」とか「割り当てる」という意味、あるいは(2)「denominate」が「命名する」という意味から、「単位を変えるもの」という意味合いを有している。これによれば、分数n/mを、(1)の考え方によれば、分子nをmで割ること、(2)の考え方によれば、単位分数の1/mをn倍したもの、と解釈できることになる。

また「2/5」の英語での読み方については、「two fifths」又は「two over five」という2つのパターンがある(なお、この読み方は、先ほどの分数の表記法にはよらない)。いずれにしても、日本での読み方とは異なって、分子を先に、分母を後に読んでいる。なお、この方式は、ドイツ語やフランス語においても同様であり、世界の主流となっている。

中国における分数

中国においては、1世紀頃の最古の数学書の1つである「九章算術」の第1巻に分数計算に関する記述があり、その中では「分母」や「分子」の用語が使用されている。なお、当時は、真分数(分子が分母よりも小さな分数)しか考えられていなかった。

また、南北朝時代(439年~589年)に書かれた算術書である「孫子算経」の中巻では、分数の四則演算規則について説明しているが、そこでは分子を上に、分母を下にして、横棒が無い形式で分数が表されている。

因みに、中国では古くから小数が発達していたため、分数の数詞は少なく、単独の字としては「半」しかなく、一般には、分母と分子の間に「分之」を入れ、例えば3/4 は「四分之三」と書いて、分母を先に、分子を後にするような読み方をしている(これを、日本語では「分の」と読んでいる)。

日本における分数

日本における分数の読み方は、 中国に由来している。分母、分子といった用語も中国に由来している。一方で、分母と分子の間に横線を入れる分数の書き方はインドの方式に由来している。

中国の分数が日本に伝わってきたのは、奈良時代より少し前であるが、日本では定着しなかった。日本において、分数が確かな地位を占めるようになるのは江戸時代に入ってから、と言われている。

最後に

今回は、分数を巡る話題について、その定義、起源、表記法等について述べてきた。

エジプト分数における単位分数への分解という方式については、かなり興味深いもので、古代から人々はいろいろなことを考慮して、数学を構築してきたものだと感心させられる。

なお、今回の研究員の眼を執筆するにあたり、以下の著書等を参考にさせていただいた。

「カッツ 数学の歴史」 ヴィクター・J. カッツ著 共立出版
「メルツバッハ&ボイヤー  数学の歴史I ―数学の萌芽から17世紀前期まで」
 U. C. メルツバッハ、C.B. ボイヤー 著 朝倉書店
「数学の流れ30講 上 16世紀まで」 志賀浩二著  朝倉書店

次回は、既約分数や連分数に関する話題について、述べることとする。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2023年03月28日「研究員の眼」)

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