2023年03月08日

社会保障制度における応能負担と、金融資産把握について考える-その意義と課題の整理

総合政策研究部 研究員 河岸 秀叔

文字サイズ

1――はじめに

近頃、「全世代型社会保障改革」という言葉をよく聞くようになった。2023年1月1日に岸田総理大臣が発表した年頭所感1内でも、全世代型社会保障改革について、「先送りできない問題であり、しっかりと向き合わなければいけない」と決意表明をしている。

しかし、社会保障はともかく、全世代型とは何を指すのか、ピンとこない方もいるのではないだろうか。先に答えを述べるなら、給付は高齢者中心、負担は現役世代中心とも言われる社会保障制度の構造的問題を見直し、全世代が能力に応じた負担を行う「応能負担」に切り替えることが、全世代型社会保障改革の主たる目的の一つとなっている。

本レポートでは、まず、社会保障制度の現状を確認した上で、全世代型社会保障改革が目指す応能負担の意義について取り上げる。特に、応能負担のうち近年議論が活発化する、マイナンバーを用いた金融資産の把握について考察したい。
 
1 岸田総理大臣令和5年年頭所感. 首相官邸 . 2023-01-01 . https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2023/0101nentou.html . (2023-01-06参照)

2――社会保障制度の現状

2――社会保障制度の現状

1現役世代は社会保障制度の主な支え手
そもそも社会保障制度とは何だろうか。厚生労働白書2によると、社会保障制度とは「国民の生活の安定が損なわれた場合に、国民にすこやかで安心できる生活を保障することを目的として、公的責任で生活を支える給付を行うもの」を指す。社会保障制度は、社会保険や社会福祉、公的扶助、保険医療・公衆衛生の4分野で成り立ち、例えば年金や医療、介護、子ども子育て、生活保護など、幅広い分野を保障している。 

社会保障制度のうち、公的年金制度や公的医療保険は、事実上3「賦課方式」という仕組みで成り立っている。賦課方式とは、「今年度の(社会)保険料で、今年度の給付を賄う4」という仕組みを指す。今、働いている人たちが引退した人たちを支えるイメージに近い。賦課方式下では、現役世代の人口が多く高齢者が少なければ、現役世代1人当たりの保険料は安くなり、逆もまた然りである。
 
2 “第1部 第3章 日本の社会保障の仕組み”. 厚生労働白書平成24年版. 厚生労働省, 2012, p29 , https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/12/dl/1-03.pdf  (2022-11-30参照)
3 正確には「修正積立方式」という形である。
4 椋野美智子・田中耕太郎. はじめての社会保障 . 第14版.東京.有斐閣.2017(有斐閣アルマ)
2現役世代の減少見込みで、構造的な改革が必要に
少子高齢化の進展に伴い、現役世代の人口が更に減少することが見込まれる。図1は、2020年から2065年までの人口推計である。これによれば、15歳から64歳までの生産年齢人口数(以降、「現役世代」と記載)は、2020年に約7406万人なのに対し、2065年には約4529万人まで落ち込む見込みだ。
(図1)年齢別の人口推計
さらに、今の時点では、現役世代の人口減少が改善する見込みも立っていない。1人の女性が生涯に出産する子供の数の指標となる合計特殊出生率5は低下し続け、社会の少子高齢化は加速している(図2)。合計特殊出生率が改善し、人口が増えていかない限り、生産年齢人口の減少は避けられない。
(図2)合計特殊出生率の推移
現役世代の減少が見込まれる中、現役世代を主な負担者として頼る社会保障制度の構造では、現在のような社会保障制度を維持し続けることは難しくなるだろう。こうした事態を避け、構造を改めるために、政府は「全世代型社会保障改革」を推進している。そして、改革の推進を担うのが全世代型社会保障構築会議(以下「全社保会議」)である。
 
5 その年における15歳~49歳の女性の年齢別出生率を合計した数字で、一人の女性がその年齢別出生率で一生の間に産むとしたときの子供の数に相当する。 . 平成23年人口動態統計月報年計(概数)の概況 合計特殊出生率について. 厚生労働省. https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai11/sankou01.html  (2023-02-01参照))

3――全世代型社会保障改革の意義

3――全世代型社会保障改革の意義

1全世代という言葉の意義とは何か
本改革の「全世代型」という言葉には、どのような意味があるのだろうか。全社保会議の清家篤座長によれば、「年齢にかかわらず能力に応じて負担をし、そして、必要に応じて給付を受ける6」ことを指すという。「高齢者であっても負担能力があれば負担をする。(中略)若い子育て世帯も必要であれば十分な子育て支援給付が受けられる」形の社会保障制度にアップデートすることに、全世代型という言葉の意義がある。

また、この言葉には徒な世代間対立を避けるという意味合いも強く反映されている。年齢や世代で負担を区切るアプローチはどの世代からも反発を招き、世代間対立を煽ってきた。全世代型という発想は、こうしたアプロ―チから脱し、年齢や世代を問わず応能負担と必要給付を整えることで、社会保障制度の持続性を確保するという点で画期的と言えよう。
 
6 全世代型社会保障構築会議.  第7回全世代型社会保障構築会議 議事録 . 内閣官房. 2022-10-14 . https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/zensedai_hosyo/index.html  .(2022-11-25参照),
 2|先行する給付案と先送りされる負担案
全社保会議では、社会保障を効率化するための必要改革として4つの方向性を示している(図3)。このうち、特に給付に関する記述が先行している。全世代型と銘打つように、支援対象は子育て世代から後期高齢者まで、世代を問わず幅広く必要支援を行う、という方向性が示されたパッケージのような印象を受ける。

他方、負担については一部の言及に留まっている。現時点では、4つ掲げられた方向性のうち、負担の見直しの方向性が固まりつつあるのは医療・介護の領域だけだ。その医療費負担については、(1)健康保険組合のうち、所得水準の高い加入者が多い組合に更なる保険料負担を求めること、(2)所得に応じた後期高齢者の保険料引き上げの2点が検討されている。(1)では比較的所得の高い大企業の従業員、(2)では、年金収入のみの場合、153万円を超える収入のある7後期高齢者などから、保険料負担が増える可能性がある8。少なくとも(1)(2)を見る限り、特定の世代に偏らない、負担能力ベースによる引き上げであることが示されている。

しかし、それ以外の領域については、恒久的な財源の確保や負担の在り方について未だ青写真を描けていない。例えば、岸田総理が予算倍増を掲げる児童手当や伴走型相談支援の実現には、各々、2兆円、年1千億円の財源が必要と言われる9が、その道筋は示されていない。
(図3)全世代型社会保障構築会議の4つの方向性
 
7 ただし、年金収入が153万円以下でも、一定の給与所得があるなどの場合、負担増の対象になる可能性がある。
8 75歳以上の医療保険、負担増を諮問…年金153万円超が対象の可能性. 読売新聞. 2022-10-28 . https://www.yomiuri.co.jp/politics/20221028-OYT1T50216/ . (2023-01-17参照)および、
   社会保障審議会医療保険部会 . 2022-10-28 および 2022-11-17 .  https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_28708.html  のうち、両日の「議事録」および「資料等」を参照。(2023-01-17参照)
  なお、(2)については、後期高齢者医療制度のうち、主に「所得割」の負担額増と、賦課上限額の引き上げが検討されている。
9 久永隆一「高3の教育費『年150万』に悲鳴 児童手当の拡充はいつ?」朝日新聞デジタル.2022-12-15. https://digital.asahi.com/articles/ASQDG7X3KQDGUTFL001.html?iref=pc_ss_date_article  . (2023-02-13参照)

4――金融資産の把握による応能負担について考える

4――金融資産の把握による応能負担について考える

1金融資産が財源として検討されている
全社保会議においては、介護保険料の引き上げや消費税を念頭においた税負担による財源確保などを検討しているが、結論は出ていない。特に介護保険料の引き上げは、国民の反発を懸念し今夏で議論の持越しが決まった。

こうした中、財源として金融資産を含めることが政府で長年議論されてきた。社会保険料の算定ベースを、現行のように年間収入(フロー)だけでなく、保有する預貯金や有価証券といった金融資産(ストック)も含めて算出すれば、より実際の負担能力に近い応能負担が実現できるという考えがその背景にある。

金融資産に関する議論は、少なくとも20年近く行われてきた。筆者が確認できた限り最も古いものでは、2002年7月の厚生労働省「社会保障負担等の在り方に関する研究会」にて言及がある。また、足元でも、厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会(2022年12月)10や財務省の財政制度審議会(2022年4月)11にて議論が行われている。とりわけ近年では、金融資産の把握が各種政府方針にも盛りこまれており、2015年に安倍政権(当時)によって発表された「骨太方針2015」や、岸田政権の「新経済・財政再生計画 改革工程表2021」でも記述が見られる。
 
10 第159回社会保障審議会医療保険部会議事録. 2022-12-01. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_29864.html. (2023-01-23参照)
11 財政制度審議会財 政制度分科会 議事録及び提出資料1. 2022-04-13. https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/index.html (2023-01-23参照)
2|「現役並み所得者」が議論の対象
前述の社会保障審議会や財政制度審議会では、特に70歳以上の高齢者に対して、高齢者医療制度12の見直しを検討している。具体的には、後期高齢者医療制度や高額療養費制度の、「現役並み所得者」の判定方法見直し13が議論され、その中には金融資産等の保有状況を考慮に入れた負担の在り方も含まれる。

同様の制度における負担の見直しはこれまでも行われてきた。例えば、70歳以上の現役並み所得者(図4)の医療保険窓口負担率は、2006年の健康保険法改正によって2割負担から3割負担に引き上げられ、現在まで続いている。現役並み所得者以外の者の医療費窓口負担率についても、70歳から74歳の者は、2008年4月の後期高齢者医療制度の創設を契機に、1割負担または2割負担に引き上げられた14。75歳以上の者については長らく1割負担が続いてきたが、2022年10月より、現役並み所得者を除く「一定所得以上の者15」に対して新たに2割負担の枠が創設され、後期高齢者の20%(約370万人)が2割負担の対象となった16

仮に、医療保険において金融資産等の保有状況を反映することになれば、現役並みと見做される高齢者の裾野が更に拡大することになる。特に、高齢者のうち年間収入が少なく金融資産の多い世帯に影響があるだろう。こうした世帯の一部では、例えば医療費窓口負担や、高額医療費制度の自己負担限度額が上がる可能性がある。
(図4)各種制度における「現役並み所得」判定の基準の整理
ではなぜ、こうした見直しが議論されるのだろうか。背景には、従来の「現役並み所得者」の判定方法では、必ずしも応能負担が徹底できていないことがある。図5は、2人以上世帯について、1世帯あたりの年間収入・貯蓄現在高・負債を、年代ごとに比較したグラフである。高齢者になるほど、貯蓄から負債を差し引いた純粋な貯蓄額が大きくなっている。また、図6は、65歳以上の高齢者について、年間収入に対する貯蓄額を示している。年収が高いほど貯蓄額が多くなる傾向がある一方で、年収が少ない世帯、具体的には、200万円未満の年間収入世帯の内、2000万円以上の貯蓄を保有する世帯は約13%存在している。決して多くはないが、年間収入に基づく課税所得や標準報酬月額だけでは把握できない富の実態が存在していることが分かる。
(図5)各年代2人以上世帯における、1世代あたりの貯蓄・負債・年間収入額
(図6)夫婦高齢者世帯の年収別貯蓄現在高
ただし、全ての高齢者が豊かというわけではない。例えば、図7のような、所得格差の程度を表す指標として用いられるジニ係数でも、75歳以上の世帯に最も大きな所得格差の存在が確認できる。
(図7)所得の年齢階層別ジニ係数
また、いわゆる「老後2000万円問題」に代表される、老後の蓄えへの配慮も考える必要がある。老後2000万円問題とは、高齢夫婦世帯17が平均並みの支出を行うには、年金収入以外に2000万円程度の金融資産が必要と指摘する問題だ。具体的には、高齢者夫婦世帯の2017年の実収入は、同年の実支出に対して約5.5万円不足する(図8)。もし、30年生存すると仮定したとき、5.5万の30年分、すなわち約2000万円必要になる、ということだ。
(図8)高齢夫婦世帯におけるひと月当たりの実収入・実支出の比較
2000万円という数字は、あくまで平均の収支不足分の30年分という単純計算にすぎない。ただ、図8のように、概して支出が収入を上回っていることは変わらず、ある程度まとまった資産額で備える必要があることは変わらないだろう。こうした状況下では、具体的にどの程度の金融資産を有する人から現役並み負担者とみなすかという、線引きの議論が必要になる。

このように、年間収入では負担能力を把握しきれない反面、「資産を保有する=豊かである」とも言い切れない実態が分かる。ただ、いずれにしても、年間収入200万円未満の後期高齢者であれば、保有する金融資産が0円であっても2000万円以上であっても保険料の窓口負担割合に差がつかないという現行の高齢者医療制度は、今後も賛否を呼ぶことになろう。
 
12 65歳から74歳までの前期高齢者への医療費に関する財政調整や75歳以上の後期高齢者への保険料負担の軽減制度などの総称を指す。
13 70歳以上74歳以下に適用される高額療養費制度の負担率軽減や、75歳以上の後期高齢者に適用される窓口負担の軽減について、これら割引の対象外となる「現役並み所得者」の判定に、金融資産を加えることが議論されている。
14 基礎資料 .第124回社会保障審議会医療保険部会. 2019-1-31.https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000590695.pdf (2023-1-19参照)
15 以下2つの両方に該当する場合、2割負担となる。(1)世帯の被保険者内に、住民税課税所得28万円以上の者がいる (2)同世帯の被保険者の「年金収入」+「その他の合計所得」の合計額が、世帯員1人の場合200万、2人の場合320万円以上であること。
16 なお、現役並み所得者は、後期高齢者の約7%(約130万人)が該当し、3割負担の対象となっている。
17 当問題の発端となった、「高齢社会における資産形成・管理」(金融審議会・市場ワーキング・グループ報告書)では、夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯について想定している。(図8と同じ世帯を対象としている)
Xでシェアする Facebookでシェアする

総合政策研究部   研究員

河岸 秀叔 (かわぎし しゅうじ)

研究・専門分野
日本経済

経歴
  • 【職歴】
     2021年 日本生命保険相互会社入社
     2022年 ニッセイ基礎研究所へ

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【社会保障制度における応能負担と、金融資産把握について考える-その意義と課題の整理】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

社会保障制度における応能負担と、金融資産把握について考える-その意義と課題の整理のレポート Topへ