コラム
2022年07月21日

2つの「田園都市構想」の共通点と違い

坂田 紘野

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1――2つの「田園都市構想」

「デジタル田園都市国家構想」実現に向けた基本方針が今年6月に閣議決定された。デジタル田園都市国家構想は岸田首相の掲げる「新しい資本主義」の重要な柱の1つだ。「デジタル技術の活用によって、地域の個性を活かしながら地方の社会課題の解決、魅力向上のブレークスルーを実現し、地方活性化を加速する」ことが、構想の意義として示されている。

このデジタル田園都市国家構想の源流に当たるとして、しばしば取り上げられるのが、故大平正芳元首相の「田園都市構想」だ。大平元首相は約50年前に、岸田首相が現在率いる派閥である宏池会の会長を務めていた。高度経済成長期を過ぎた1978年に首相に就任した大平元首相は、国家の中長期的な課題を話し合うための諮問機関として、有識者を集め、9つの政策研究会を設けた。そのうちの1つが「田園都市構想研究グループ」であった。大平元首相は在任中の1980年に急逝したが、その後、同研究会の議論は報告書にまとめられた。

岸田首相と大平元首相の田園都市構想には共通点も多い一方で、異なる点も見られる。以下では、両者の共通点と違いについて確認する。

2――岸田首相と大平元首相の田園都市構想の共通点

大平元首相の死後まとめられた報告書には、田園都市構想研究グループの第1回会合における大平元首相の発言要旨が次のように記されている。1
 
「田園都市構想というのは、地域の個性を生かして、みずみずしい住民生活を築いていこうとするものであり、基礎自治体2の自主性を極力尊重していこうとするものである。」

「従って、画一的な都市計画とか都市モデルをつくるとかいったように、パターンとして考えるものではない。」

「田園都市構想というのは、今日における地域主義の思想に沿ったものである。しかし、いかなる意味においても、かつてのような自給自足的地域主義ではない。」

「それは、あくまでも開かれたものであり、都市と都市、都市と農村のかかわり合いを重視する、相互に補完的なものである。」

「田園都市構想は、特定の地方都市だけを対象とするものではなく、大都市も含めて、全体としてみてゆくものである。」

このような「田園都市」像は、近代都市計画の祖とも言われる英国人エベネザー・ハワードの提案を起源としたものだ。ハワードは、都市生活と農村生活は二者択一ではなく、極めて精力的で活動的な都市生活のあらゆる利点と、農村のすべての美しさと楽しさが完全に融合した、第三の選択肢が存在する、と考えた。そして、その第三の選択肢である田園都市から、「新しい希望と新しい生活と新しい文明が生まれてくるであろう」と主張した。

大平元首相は、ハワードの考えを基に、東京をはじめとする大都市から地方の農山漁村に至るまで、大小の都市が有機的に一体となった、「多極重層構造」のネットワーク形成を構想した。そして、このネットワーク形成によって、「都市に田園のゆとりを、田園に都市の活力を」もたらす田園都市構想の実現を目指した。大平首相は田園都市構想の実現によって、地域の個性を生かして、みずみずしい住民生活が築かれるとした。

一方、岸田首相は、デジタルという現代の力を活用して地方の抱える社会課題を解決し、「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会3」を実現することを目指す。両者は共に、田園都市構想を通じて、地方に活力をもたらし、地方の魅力を高めることを試みる。

さらに、両者は、ボトムアップでの構想の実現を図るという点でも共通する。すなわち、国から何かしらの画一的な田園都市像を示すのではなく、各都市、各地域の主体性を最大限に尊重し、それぞれの実情に応じて、多様な理想のもとで構想が推進されることを追求する。具体的な手段として、大平元首相は、各地域がその地域の特性を活かしたアイデアを競い合い、その中でより優れたものに国が補助金を交付する「コンクール方式」が適当であると主張した。岸田首相もまた、デジタル田園都市国家構想の実現に向けた地域の取組を広く募集し、特に優れたものを表彰する「Digi田(デジデン)甲子園」を開催する。これらはいずれも、地方の創意工夫による独自の取組の積極的な発信や、様々な主体が積極的に参画するための環境整備等に資する効果を期待しているものと思われる。
 
1 内閣官房内閣審議室分室・内閣総理大臣補佐官室/編(1980)「田園都市国家の構想 田園都市構想研究グループ」(大蔵省印刷局)より引用。なお、太字及び下線は筆者による。
2 いわゆる市区町村を意味する。
3 2022年の骨太の方針においては、「例えばキャッシュレス化が進展し、マイナンバーカードが広く利用され、シェアリングエコノミーなどの便利な新しいサービスが生まれているなど。」と例示されている。

3――70年代後半は「地方の時代」

一方で、2つの構想には違いも見られる。

大平元首相が田園都市構想において目指したのは、地方の活性化だけではない。「田園に都市の活力を」もたらすことと並んで重視されていたのが、「都市に田園のゆとりを」もたらすことであった。報告書では、日本は古来、都市文明を広い田園の生活から孤立させることなく、都市と田園が比較的滑らかに相互交流を行ってきた、という特質を示してきたと指摘されており、目指すべき姿であると示唆されている。

当時から、都市部への急速な人口流入に伴う都市の過密化や住環境の悪化等は課題であった。これらの課題を改善し、大都市に暮らす人が、大都市を帰属意識のある地域社会である「ふるさと」と感じられるようにすること、同時に、大都市に多くの人が集う「共通の広場」としての機能も充足させる、ということも、大平元首相の田園都市構想の目的であった。地方のみならず都市の在り方についても言及されていた点は、地方創生の一環として、地方の課題解決や地方活性化に重点を置く岸田首相の構想とはやや異なる。

大平元首相が田園都市構想を検討した70年代後半は、「地方の時代」と言われていた。「地方の時代」は横浜国立大学教授等を経て約20年間神奈川県知事を務めた故長洲一二氏が提唱したとされる。長洲氏は、「地方の時代とは、政治や行財政システムを委任型集権制から参加型分権制に切り替えるだけでなく、生活様式や価値観の変革をも含む新しい社会システムの探求である」と主張した。大平元首相の田園都市構想は、中央集権的な体制を改め、地方分権を進めることへの要請が高まった「地方の時代」の到来を踏まえたものであると捉えられる。

実際、50年代から70年代にかけては、地方の経済が発展し、東京都を基準とした際の他の都道府県の1人あたり県民所得4が上昇した(図表1)。また、1人あたり県民所得の変動係数5の変動に示されるように、都市と地方の間の所得・雇用の格差が縮小した(図表2)。このような地域間格差の縮小等を背景に、70年代後半には3大都市圏への転入超過が落ち着きを見せていた(図表3)。報告書内では、「地方の時代」到来の裏付けとして、Uターン・Jターン6現象への言及がなされたり、多くの国民が、「地方の中小都市およびその周辺」での生活を希望しているとの意識調査が紹介されたりしている。

しかし、その後、バブル経済に突入する中で、再び東京圏を中心とした都市部への転入超過が起こった。80年代以降、現在に至るまで、ほとんどすべての時代において東京圏への人口流入が続いており、東京一極集中の弊害が指摘される状態が続いている。
(図表1)1人あたり県民所得
(図表2)変動係数
(図表3)3大都市圏の転入超過数 推移
足もとで東京一極集中が問題となっていることもあってか、岸田首相はデジタル田園都市国家構想において、都市の魅力向上に向けた施策についてはほとんど言及していない。岸田首相は、「デジタル実装を通じて、地域の社会課題解決・魅力向上の取組を、より高度・効率的に推進」することを目指す。そのため、構想は都市と地方の格差是正や地方の魅力向上に向けた取組が中心となっている。

田園都市を、「都市と都市、都市と農村のかかわり合いを重視する、相互に補完的なもの」と捉えた大平元首相と、「地方活性化を加速させ、地方と都市の差を縮めていくこと」を目指す、デジタル田園都市国家構想を掲げる岸田首相のビジョンは必ずしも一致しない。もちろん各構想に至った両者の時代背景等は異なる。しかし、この違いは2つの田園都市国家構想について考える際に、留意すべきポイントと言えるかもしれない。
 
4 「雇用者報酬」「財産所得」「企業所得」を合算したもの。つまり、「県民」には個人だけではなく、民間企業や官公庁等も含む。
5 1人あたり県民所得の標準偏差を平均で除したもので、都道府県間の1人あたり県民所得のバラツキを示す。数字が大きいほど、地域間格差は大きい。
6 Uターンとは、地方からどこか別の地域に移り住み、その後また元の地方へ戻り住むこと。Jターンとは、地方からどこか別の地域(主に大都市)に移り住み、その後生まれ育った地方近くの(大都市よりも規模の小さい)地方大都市圏や、中規模な都市へ戻り住むこと。

4――デジタルを活用した「地方活性化」実行に期待

岸田首相の掲げるデジタル田園都市国家構想は、構想実現のための手段として、デジタルを活用する方針を明確にしている。具体的には、①デジタルの力を活用した地方の社会課題解決、②デジタル田園都市国家構想を支えるハード・ソフトのデジタル基盤整備、③デジタル人材の育成・確保、④誰一人取り残されないための取組、の4つの柱を示し、それぞれに基づく取組を進める予定だ(図表4)。
(図表4)デジタル田園都市国家構想の実現に向けた方向性(取組方針)
デジタル田園都市国家構想において、デジタルは「地方の抱える社会課題を解決するための鍵」であり、「新しい付加価値を生み出す源泉」でもある。例えば、都市と地方の間の情報格差は、大平元首相の時代における大きな問題であったが、当時は解消が難しいとされていた。しかし、現代においてはデジタルの力を活用することで格差の解消は実現可能であると思われる。また、デジタルで地方の課題を解決し、新たな価値を創出することを目指す施策としては、既にスマートシティ7の取組等が進められている。岸田首相は、これまでの地方創生に係る取組を継承・発展させていく方針だ。2022年の骨太の方針にはスマートシティがデジタル田園都市国家構想の一翼を担う旨が記された。

岸田首相には、理念の提示にとどまらず、「デジタル田園都市国家構想」実現に向けた取組を進め、地方の活性化の加速等の目標を達成させることが望まれる。大平元首相の構想は40年以上を経た現代においても高く評価されるものである一方で、哲学的であり、理念形成に重点を置いている側面が強く、構想実現に向けた具体策にはやや乏しかった。また、大平元首相が志半ばで亡くなったこともあり、報告書の内容が当時の政策にそれほど反映されなかったことも事実だ。

デジタル田園都市国家構想基本方針でも指摘されている通り、地方の豊かさを取り戻すことは日本にとって喫緊の課題だ。先日の参院選に勝利し、「黄金の3年」を手にしたことで、政策実現に向けた環境は整えられたと思われる。今後の動向に注目したい。
 
7 ICT 等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)の高度化により、都市や地域の抱える諸課題の解決を行い、また新たな価値を創出し続ける、持続可能な都市や地域であり、Society 5.0の先行的な実現の場、と定義される。

<参考文献>
内閣官房内閣審議室分室・内閣総理大臣補佐官室/編(1980)『田園都市国家の構想 田園都市構想研究グループ』(大蔵省印刷局)
 
 

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(2022年07月21日「研究員の眼」)

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