2023年02月20日

コミュニケーションの促進に向けた対境住民の活用-外国人集住地区における異文化共生に向けて-

社会研究部 研究員 島田 壮一郎

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1――はじめに

出入国在留管理庁の調査によると、2019年に外国人住民は290万人を上回った。2012年から2022年6月末までの在留外国人の推移を図-1に示す。2020年からは感染症の影響で減少傾向に転じているが、入国の緩和等で2022年には過去最高の値となっている1
図-1 在留外国人の推移(出典:出入国在留管理庁のデータより作成)
日本における外国人住民について、在日コリアンが多くを占める「オールドカマー」と1990年代の入管法の改正により増加した「ニューカマー」に大別される。「オールドカマー」は朝鮮半島の植民地時代に日本に渡り、日本の敗戦後に日本に留まった人々が起源であり、1991年には在日コリアンに「特別永住者」の在留資格が与えられた。一方、「ニューカマー」は1990年の入管法の改正により定住者の在留資格が認められることとなり、出稼ぎを目的とした中南米の日系人が来日し、豊田市や浜松市などの工業地帯の近辺に集住している。さらに、「特定技能」の在留資格が2019年に創設されたことによって、対象となる産業の集積地区においていっそう外国人住民の増加、集住が起こると考えられる。

外国人集住地区では、言語や文化の違いから様々な課題が報告されている2。例えば、ゴミや騒音などのルールやマナーの課題、必要な支援が行き届かないなどの行政サービスの課題、自治会への不参加などのコミュニティの課題などが報告されている。また、日本人住民においても、外国人住民への差別や偏見、接し方が分からないなどの問題がある。これらの問題の解決のために官民ともに様々な取り組みが行われており、共生の兆しが見られている部分もあるが、未だ解決されていない問題も多く残っている2。さらに、大規模災害や感染症、高齢化など、外国人住民を取り巻く課題は大規模かつ複雑になっている。これらの課題解決のためには外国人住民が非支援者となるだけでなく外国人住民自らの主体的な住民参加が必要である。そのためには外国人住民と日本人住民のコミュニケーションが不可欠である。
 
1 出入国在留管理庁(2022):令和4年6月末現在における在留外国人数について(https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00028.html), 2023.1.30閲覧
2 王 爽,藤井 さやか:公的住宅団地における外国人集住の実態と取り組みに関する研究,都市計画論文集,55巻3号,pp.954-961,2020

2――異文化共生に対する取り組み

2――異文化共生に対する取り組み

外国人住民への支援活動は全国で様々な主体によって行われている。総務省が発行している「令和3年度多文化共生事例集3」に掲載されている事例についてみても、このことは明らかである。それだけ、外国人住民への支援が必要とされていることが分かる。さらに事例集では大きく(1)コミュニケーション支援、(2)生活支援、(3)意識啓発と社会参画支援、(4)地域活性化の推進やグローバル化への対応、(5)推進体制の整備に分かれており目的も方法も様々である。これらの活動の中でも外国人住民が参画し、支援者として活動している事例も多くみられた。外国人住民の参画は被支援者が支援を求めやすいことや被支援者が求めているものを把握しやすいなどの利点が考えられる。このような活動をさらに増やしていくことが求められる。しかし、言語や文化の違いからコミュニケーションを行うことは難しく、さらにコミュニケーションの機会を取ることすらできない可能性も考えられる。そのために、コミュニケーションのハブになるような住民が必要となる。そこで異なる属性間の関係の支援のために組織間関係の方法を援用することを考えたい。
 
3 総務省:多文化共生事例集(令和3年度版)(https://www.soumu.go.jp/main_content/000765992.pdf),2023.1.24閲覧

3――対境担当者

3――対境担当者

組織間関係における重要な役割として対境担当者に着目されている。

組織間関係とは組織と組織の繋がりであり、モノや情報などを介して繋がりを持つものであり、組織はあらゆる外部環境とのやり取りを行っている4。組織間関係を持つ目的は様々であるが、そのうちの一つとして、資源依存を目的としたものが存在する。組織の発展、存続のためには様々な資源が必要である。それらの資源は単独の組織内のみで補えるものではなく、外部から取り込むことが必要となる。そのために組織は他の組織と関係を持つことによって資源の獲得を図る。日本人住民と外国人住民との関係において考えると、外国人住民においては物質的な支援や生活のための情報などの資源を獲得し、日本人住民においては外国人住民が持つ文化的背景や支援先の情報、住民活動のための人手を獲得することが出来る。

このような目的を組織間関係によって達成するために組織間でのコミュニケーションが重要となる。組織間コミュニケーションとは「2つ以上の組織間の情報交換および意味形成プロセス4」であり、その機能には組織間での調整や協力関係を形成するものや共通の目的の共有をするもの、資源の交換を円滑にするもの、学習の促進をするものがある5

組織間コミュニケーションにおいて実際に他組織とコミュニケーションを行う役割を持つ者を対境担当者と呼ぶ。対境担当者は他組織との窓口になり、他組織との交渉や組織内への伝達調整を行う役割を持つ6。活動に参加している住民や国籍の異なる住民とコミュニケーションを取っている住民が対境担当者のような役割を果たすことで日本人住民と外国人住民のコミュニケーションの促進が期待できる。本稿ではこのような役割を果たす住民を「対境住民」とし、コミュニケーションのハブとしての役割を果たすための方策を考える。
 
4 山倉 健嗣:組織間関係-企業間ネットワークの変革に向けて,有斐閣,1993.
5 山田 啓一:組織間コミュニケーションの機能と対境担当者の役割,経営情報学会 全国研究発表大会要旨集,p.47,2004.
6 Adams, J. S. :The Structure and Dynamics of Behavior in Organizational Boundary Roles, Handbook of Industrial and Organizational Psychology, Rand McNally., 1976.

4――外国人住民と日本人住民のコミュニケーションにおける対境住民

4――外国人住民と日本人住民のコミュニケーションにおける対境住民

1外国人住民と日本人住民のコミュニケーションへの対境住民の活用
外国人住民と日本人住民のコミュニケーションにおいて大きく問題になる事柄が言語および文化背景の違いが度々あげられる。これらの問題に対して、言語や文化背景の理解者、通訳者としての対境住民の存在が課題を解決できると考える。具体的には対境住民が受け取った情報を理解し翻訳しその他の住民に伝えることで、コミュニケーションを行うことが出来るようになると考えられる(図-2)。
図-2 住民間コミュニケーションにおける対境住民の役割(出典:Adams(1976)をもとに作成)
しかし、現在、支援を受けていたり、活動に参加していたりしていることで、コミュニケーションを行う住民であっても対境住民の役割を果たすとは限らない。コミュニケーションを行う対境住民が効果的に役割を果たすためには必要な条件が揃っていないと難しいであろう。必要な条件が揃っていない状態とは(1)対境住民が他組織の文化背景を翻訳することが出来ない。(2)対境住民が自らの組織とコミュニケーションが広がらない。という2点である。この2つの状態を図示すると図-3のようになる。
図-3 対境住民によるコミュニケーションが行うことが出来ない状態
ここでは、日本人住民と外国人住民という属性でまとめているが、明確な組織として成り立っているものではなく、対境住民も専門家であるとも限らないため、条件が揃っている状況に基本的になることはない。対境住民をコミュニケーションのハブとして活用するためには、そのような状況を作るための方策が必要である。
2対境住民の活用のための方策 
対境住民の役割を果たすための方策についてそれぞれの条件を満たすことを目的に考察を行う。

(1) 対境住民が情報の翻訳を行うために
翻訳にはある言語から目的とする言語に変換する作業を指す「言語翻訳」と文化の移動、交流などを含める「文化翻訳」が存在し、文化翻訳は異文化間コミュニケーションにおいて必須である7。言語翻訳については翻訳ソフトなどの発達により容易にできるようになってきている。しかし、文化翻訳については決まったルールに従って訳すことが出来ないものであるため、対境住民にとって翻訳の障壁になるであろう。文化翻訳を行うためにはその文化を理解し、納得していることが必要である。それはただ情報として知っているだけでは不十分であり、実際に文化に身を置き、触れることが必要である。文化に触れる機会としては、お祭りや式事などのイベントに参加することなどが考えられる。そのような伝統的な文化についての体験だけでなく、食事や買い物などの普段の生活に触れることも必要である。
 
7 井上 健,呉 川,古賀 太,近藤 健史,髙綱 博文,ドーシィ ジョンT.,松岡 直美,保坂 敏子,椎名 正博:文化翻訳が拓く異文化間コミュニケーション ―文学、メディア・アート、パフォーマンスにおける事例研究―,日本大学大学院総合社会情報研究科紀要,pp.279-290,2018.
(2) 対境住民が同じ属性の住民とコミュニケーションを取るために
対境住民がコミュニケーションを広げるためには、今ある組織や集団を活用する(図-4)、もしくは繋がりを増やすこと(図-5)が考えられる。

異文化共生の文脈では異なる属性の繋がりを増やすための活動に焦点があてられることが多いが、まずは同じ属性の繋がりを増やし、コミュニケーションを充実させることから始める必要がある。そのためには様々な属性の住民がいる地域で各属性の住民が集まれるような場所を守り、創り出していかなければならない。そのような場所があることによって、対境住民がアプローチする場所が増えていくことにもつながる。また、そのような集まりに実際に参加することでコミュニケーションの取れる住民の範囲を大きく増やすことが出来る可能性がある。
図-4 繋がりを増やす構図
図-5 組織や集団を活用する構図

5――おわりに

5――おわりに

本稿では外国人住民と日本人住民のコミュニケーションにおいて、対境住民をコミュニケーションのハブとすることを目的にそのための方策について考察を行った。そのためには対境住民が文化を理解することや同じ属性同士での繋がりを増やすことが考えられる。その方法として実際にコミュニティに参加し、経験することが挙げられる。そのようなコミュニティでの文化の中には自分たちの常識では受け入れ難いものもあるかもしれないが、忌避することなく関わるべきであり、ましてや理解もせずに排除するのはもってのほかである。たとえ、それが問題になっているようなことであっても、排除することは問題を解決しているのではなく、問題を見えないようにしているだけになる。それによって、真に解決するべき問題に迫る糸口を見捨てることになりかねないことが危惧される。

今後は様々な場面に対して実際どのようにコミュニケーションを取ることが望ましいかを明らかにしていきたい。また、本稿でイメージしたような各属性を別組織と仮定したコミュニケーションは最終的な目的ではない。国籍の異なる住民同士の協働が促進し、組織間のコミュニケーションではなく組織内のコミュニケーションとなることであり、そのためにどのようなコミュニケーションを行うか、それによってどのような活動を行うかが重要であることは言うまでもない。しかし、そのような状況にあっても、その中での異なる属性間のコミュニケーションが必要になり、組織間とみなしたコミュニケーションを円滑に進めるための方策は有用であると考える。
 
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島田 壮一郎 (しまだ そういちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、住民参加、コミュニケーション、合意形成

経歴
  • 【職歴】
     2022年 名古屋工業大学大学院 工学研究科 博士(工学)
     2022年 ニッセイ基礎研究所 入社
    【加入団体等】
     ・土木学会
     ・日本都市計画学会
     ・日本計画行政学会

(2023年02月20日「基礎研レポート」)

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