2022年12月16日

欧州経済見通し-高インフレによる下押し圧力が増す欧州経済

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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( 見通し:冬場は高インフレでマイナス成長に )
今後は、高騰するエネルギー価格の影響を受け、ユーロ圏の成長率はマイナスに転じるだろう。

すでにコロナ禍からの回復がひと段落し、対面サービス消費による成長の原動力としての勢いが低下するなかで、冬場以降はエネルギー・原材料価格の上昇などを受けて、特に製造業のうちガス・電気需要の高い産業を中心に稼働率が低下、景気停滞感が強まると見られる。

春以降、暖房需要が後退する局面では、成長率が持ち直すと見られるが、高めのインフレ率が続くため、低成長にとどまると予想している。さらに、23年以降もガス需要のひっ迫により特に冬場の成長率は低下しやすくなるだろう。
 
需要項目別には、次の通り予想している。

個人消費は当面は高インフレを受けた実質消費の伸びの鈍化が続き、その後にインフレ減速を受けてごく緩やかに回復していくことを予想している。上述の通り、エネルギー価格抑制策や、堅調な労働需要、「過剰貯蓄」の存在は消費の下支えとして機能するが、実質賃金はマイナス成長が続き、所得収支環境の悪化も進んでいるため、当面は消費の伸びが抑制されると見ている(図表16)。

投資は、伸びが鈍化するものの緩やかな拡大を予想している。23年の投資意向は、勢いは鈍化しつつも拡大することが見込まれている(図表17)。政策金利の引き上げによる資金調達コストの増加やエネルギー・原材料価格の上昇、景気減速による需要鈍化などが重しではあるが、復興基金を呼び水にした官民での再生エネルギーへの投資や、「脱ロシア」を進めるための投資が下支えすると見られる。
(図表16)家計の金融収支環境(欧州委員会サーベイ)/(図表17)設備投資意向(欧州委員会サーベイ)
輸出は対ロシアの貿易が急減するほか、米国や中国の成長率が減速するため、鈍化するだろう。中国が「ゼロコロナ政策」の緩和を模索していることは、中国経済の押し上げ材料となり、欧州にも恩恵が及ぶ可能性がある一方、感染者や死亡者が急増するリスクもあり、先行きの不透明感は強い。

なお、EUは経済制裁の一環として石炭および固形化石燃料のロシアからの輸入を8月以降は禁止、原油も12月5日から禁止した(原油のパイプライン輸入は禁輸対象外)。石油製品も来年2月5日からの禁輸を予定している。また、これらの原油・石油製品の禁輸と合わせて、G7およびオーストラリアではロシア産石油の上限価格と60ドルとして、それ以上の価格で取引された場合に保険などの海上輸送サービスの提供を禁止することも決めた13。ただし、本稿のメインシナリオでは上限価格がロシア産原油の実勢価格に近いこともあって、禁輸措置や上限価格の設定による世界の原油需給や原油価格への影響は限定的であると想定している。

インフレ率は原材料価格のピークアウトや政府による価格抑制策のために、今後はピークアウトが鮮明になっていくと見込んでいるが、堅調な労働環境を背景に、低下ペースは緩慢になるものと予想している。ECBの物価目標である2%を大幅に上回る期間が長期化、23年中は2%目標への低下には至らないと予想している。
 
以上の状況を踏まえ、暦年でみた欧州経済の成長率は22年3.1%、23年▲0.2%、24年1.0%、インフレ率は22年で8.4%、23年で6.9%、24年2.6%と予想している(表紙図表1・2、図表18)。
(図表18)ユーロ圏の経済見通し
予想に対するリスクは成長率は下方に、物価は上方により大きい。

短期的には、天候要因が挙げられる。寒波になればエネルギー懸念が増加し、ガス価格が高騰しやすい。一方で、暖冬であれば、上流のエネルギー価格の低下が促されることで、インフレの鎮静化が早まる可能性も可能性もある。
 
外部要因としては、ロシア・ウクライナ戦争の激化、エネルギー危機の深刻化、世界経済の見通し悪化が挙げられる。

可能性としては小さいと見ているが、ロシア・ウクライナと地理的に近い欧州は、直接的に戦争に巻き込まれるリスクも常に抱える。

ロシアによる経済面での揺さぶりに関しては、ロシアからのガス供給がかなり減少していることから、その影響度合いは小さくなっている。しかし、ロシアによるエネルギー供給が断絶すれば、それだけ生産制約が増すことになり、エネルギー危機が深刻化するだろう。また、ロシアが原油価格の上限設定に対する対抗措置として供給を削減するといった行動に出れば、原油需給がひっ迫して原油価格に上昇圧力が生じる可能性なども考えられる。

また、予想以上の米国景気の後退や、中国経済の低迷による海外経済が低迷することも成長率の下振れ要因となる。
 
域内要因としては、物価と賃金のスパイラル化、金融引き締めの副作用の拡大、政策協調の失敗が挙げられる

高インフレにより賃上げ圧力が予想以上に高まり、インフレの持続性が増す可能性がある。特に、エネルギー危機対策として財政が緩和的になった結果、需要が下支えされれば、インフレ抑制効果が低下、需要の底堅さを受けて賃金を上げやすくなる可能性がある。この場合、成長率には上振れ方向に働くが、高インフレが持続しやすくなり、その代償として金融政策により一層の引き締めが求められる可能性がある。加えて、財政支援が大規模であれば、支援終了時の(負の)影響が大きくなりやすいことには留意が必要だろう。
(図表19)ユーロ圏主要銀行の収益性 金融面では、下記で見るようにECBが積極的に利上げをしている。利上げ自体は銀行の利ざやを拡大させる要因となるため銀行収益の改善要因であるが、景気後退による不良債権の増加は財務の悪化要因となる。欧州では大手行を中心に銀行財務を健全化を進めているため、利上げや景気後退を引き金に金融システムリスクが高まる可能性は小さいと考えている(図表19)。今後のマイナス成長を予想しているものの、深刻な景気後退には至らず、企業倒産など不良債権化する資産も限定的であることも金融システムへの負荷が抑制される理由となる。ただし、景気後退が深刻化し不良債権化する資産が増加えれば、信用不安も高まる可能性がある。

また、コロナ禍時は雇用維持と資金繰り支援、復興基金の稼働など、欧州が結束したことが経済回復を勢いづけた。現在のエネルギー危機に対しても欧州はEUレベルでの取り組みを進めてはいるが、卸売ガス価格の上限措置では利害関係の対立が目立っている。またドイツの大規模な国内向けエネルギー危機対策に対して、他の加盟国から域内の公正な競争をゆがめる恐れがあるとの批判も見られる。今後、EUの協調が大きく乱れることがあれば、エネルギー危機からの回復に時間を要する可能性がある。

2.金融政策・長期金利の現状・見通し

2.金融政策・長期金利の現状・見通し

( 金融政策:ECBは積極利上げでインフレ抑制姿勢を強調 )
ECBは高インフレを受けて、積極的な金融引き締めに動いている。

今年上半期には段階的に量的緩和を縮小し14、7月の会合で0.50%ポイントの利上げを実施してマイナス金利政策を終了させた。その後、9・10月には0.75%ポイント、12月に0.50%ポイントの利上げを行い、政策金利を合計2.50%ポイント引き上げている15。また、12月の会合ではバランシートの縮小を23年3月初めから開始することも決定した(まずは23年6月末まで月150億ユーロのペースで削減)。

政策金利は、緩和的な金融政策水準から引き締め的な水準に移行しており、どこまで政策金利を上げるのか、という点に注目が集まっている(10月のECBによる専門家調査16では長期均衡金利の中央値が預金ファシリティ金利で2.00%とされ、現在の水準が2.00%)。ECBでは「中立金利」(緩和的でも引き締め的でもない金利水準)の計測は困難で、様々な見方もあることから、「データ依存」の「会合毎アプローチ(meeting-by-meeting approach)」を行うことを強調しつつ、2%目標の達成に向けて、十分引き締め的な政策金利水準を維持する姿勢を示している。

今後の政策金利パスを予想する上では、今後の経済・金融環境がこれまで以上に重要となるが、高いインフレ率と、ECBが重視する期待インフレ率が上向いている状況を勘案すれば、インフレ率の明確にピークアウトし、期待インフレ率が2%で安定するまではタカ派姿勢を続けると考えられる(図表20)。

政策金利は、現在主要リファレンスオペ金利で2.50%、預金ファシリティ金利で2.00%であるが、23年前半にそれぞれ3.50%、3.00%まで引き上げられ、23年中はその水準で推移、その後、インフレ率が十分に低下する24年に入った後に利下げに転じると予想している。
(図表20)欧州の期待インフレ率/(図表21)独・仏・伊の国債利回りとECB政策金利
イタリアでは9月に総選挙が実施され、10月に右派の「イタリアの同胞」党首であるメローニ氏が首相に就任した。同じく右派の「同盟」と「フォルツァ・イタリア」との連立政権となるが、EUとの連携を強調する姿勢を見せており、現時点では財政不安やEUとの協調が乱れるという懸念からの長期金利への上昇圧力は抑制されている(図表21)。

メインシナリオでは、今後もイタリアをはじめ、各国の財政運営や政局の混乱による金融市場の混乱は想定していない。ECBは、6月にPEPPの償還再投資を柔軟化(重点的に南欧債に再投資を実施)することで、域内の金利差が拡大する「分断化(fragmentation)」の防止を決めているが、7月に導入した新しい分断化防止手段である「伝達保護措置(TPI:Transmission Protection Instrument)」の発動はされないものと想定している。
 
14 コロナ禍で導入した量的緩和策であるPEPP(パンデミック緊急購入プログラム)は22年3月末で終了、コロナ禍前から実施していたAPP(資産購入プログラム)は7月1日に終了した。なお、コロナ禍で導入した流動性供給策である優遇金利の貸出条件付資金供給オペ(TLTROⅢ)は21年12月に最後のオペを実施し終了している。
15 10月の理事会では合わせてTLTROIIIの貸出条件の変更および早期返済日を追加し、資金調達環境が緩和的にならないよう流動性供給策の調整も実施している。
16 The ECB Survey of Monetary Analysts, Aggregated Results, October 2022
( 長期金利:インフレ警戒感から上昇余地 )
現在、ユーロ圏の長期金利は2%付近で推移している。

ただし、ECBや米FRBがインフレ警戒感を強め、また需給の観点からはバランスシートの縮小や国債発行増が見込まれるため、金利上昇余地があると予想している。

ドイツ10年債金利は22年で平均1.2%だが、今後は23年平均で2.4%、24年は平均2.1%で推移すると想定している(前掲図表18、表紙図表2)。
 
 

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(2022年12月16日「Weekly エコノミスト・レター」)

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