2022年12月09日

「投げ銭」の依存性-“推し疲れ”の一側面を解明する

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――10代、20代の間で熱心に行われる「投げ銭」

ライブ配信やSNSなどで、ファンが気に入った推し(コンテンツ)に対して送金するシステムを「投げ銭」という。SNSでの配信機能の充実や配信アプリの普及に伴い、近年市場規模を拡大させている。2021年にFintertech株式会社が行った「投げ銭市場調査」によると国内の潜在市場規模は約3,106億円を超えるという1。中でも男女共に10代、20代の熱心な消費が注目されている。
図1基本的な投げ銭の仕組み2
 
1 「投げ銭サービスの国内潜在市場規模は約3,106億円と推計~Fintertech、「投げ銭市場調査」を実施~」2021/12/10 https://www.fintertech.jp/news/20211210_press_marketresearch/
2 三菱UFJリサーチ&コンサルティング「ライブ配信サービス(投げ銭等)の動向整理」2018/12/14 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/policy_coordination/internet_committee/pdf/internet_committee_190117_0002.pdf

2――アイドルの握手権における消費文化

2――アイドルの握手権における消費文化

投げ銭は、推し活の一側面である。推し活の詳細は筆者の過去のレポート3を参照されたいが、簡単に言えば、アイドルやキャラクターなど自身が贔屓にしている対象を愛でたり応援したりするための活動を指す。従来の推し活ではCDや写真集などの有形物を購入する事で‘買い支え’4する応援消費の側面と、CDなどについてくる握手券やツーショット券などを利用して推しているアーティストに直接会いに行くことで、自身の精神的充足を目指すトキ消費の側面が中心であった。従って、買い支えにしろ、握手券の大量入手5にしろ、有形物を介して行われるため、アーティスト本人に直接すべてが還元されるわけではない。しかし、投げ銭という消費行動は現金(後日換金できるポイント)で直接‘推し’に投資ができるわけで、消費者が消費(推しへの投資)によって得られる効用も従来の推し活とは少し性質が異なるようだ。例えば従来の買い支えでは、消費者が熱心に消費を行い、それがCDの売り上げや、売上ランキングの結果に如何に反映できるかがファンにとっての目的であった。そのため、推すアーティストに対して自身がどれだけ貢献しているかを知ってもらうすべは、自らが直接本人に伝えるという方法以外なかった。また、握手券についても、参加者は多くの支出をすれば多くの枚数を手に入れることができ、握手をする時間が長ければ長いほどアーティストと触れ合う時間は長くなり、その結果アーティストに認知してもらえるようになり、これがある意味自己承認欲求の充足に繋がっていたわけだ。アーティストと長く握手できるという事は、間接的にアーティストのCDを多く購入したことの表れではあるものの、アーティスト本人からは、そのファンが実際にいくら自分に投資してくれたかまではわかるわけではなかった。また、長く握手できればできるほど、そのアーティストの時間を拘束(独占)できるわけで、拘束時間が長ければ長いほど他のファンに対するマウンティング6に繋がり、自身の独占欲を満たすこともできるわけだ。しかし、自分が何枚握手券を持っているのかはSNSで自分が何枚使用したかを明らかにしない限り、他人に知ってもらうすべはなかったのである。推し活によるCDの大量購入については、大量購入したCDをダンボールに入れて不法投棄されていたことも度々問題になってきた。彼らは大量にCDが欲しいわけではなく、いらないのについてくるCDを所有しなくてはならないわけで、かつてビックリマンシールのためにチョコが捨てられていたように、捨てることがわかっているのに購入しなくてはならないという非合理的な消費が行われていたのである。

ここまでをまとめると、従来の推し活では自身が課金したことや、課金額を推しているアーティストや他のファンに認知してもらう事が消費の構造的に難しかった。また、本来推し活は自身の精神的充足を満たすものであり、他人と比較するものではないが、いきすぎると他人と比較してマウントを取り合う事も普通であり、‘推し’への消費を競い合うことが捨てることが前提となっているCDを購入するモチベーションにもなっていたのである。
 
3 「2021年JC・JK流行語大賞を総括する-「第4次韓流ブーム」と「推し活」という2つのキーワード」基礎研レポート2021/12/15 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=69662?pno=3&site=nli
4 推しに関する有形物を購入することで資金的に支援する
5 握手券は販促品なのでCDや写真集などを大量購入し、その結果販促品である握手券を大量に入手できる
6 自分の方が優位と思いたいが故に、自分の方が立場が上であるとアピールすることを意味する。オタク同士のコミュニケーションにおいては、コンテンツに対する知見の深さやイベント参加経験等コンテンツ自体との結びつきの強固さをアピールする「経験力」、グッズの購買力や投資力をアピールする「経済力」、いつからファンかをアピールする「オタク暦」がマウンティングの主な対象となっている。

3――投げ銭の消費者心理

3――投げ銭の消費者心理

一方投げ銭においては、自分の投げ銭がアーティストにも他のファンにも見られる(認識される)オープンな場所で行われるため、(1)応援消費、(2)アーティストからの認知、(3)他のファンからの認知と自身の欲求を一度に満たすことができる。そのため、投げ銭にのめり込む消費者の動機は、人それぞれ違ってくる。自分が投げ銭をすることで‘推し’から名前を読んでもらえたり、感謝の言葉をもらえたり、質問に答えてもらえたりするなど、一時的に‘推し’が自分を意識(認知)してくれる感覚が好きな人は(1)応援消費や(2)アーティストからの認知を目的に熱心に投げ銭するだろうし、一時的に推しが自分を意識してくれている時間は他のファンから推しを独占できている状態であり、他のファンに自身の方が推しを熱心に応援している、と見せつけたり、他のファンよりも金額的に貢献できているという自己満足を得ようとするファンは(3)他のファンからの認知を目的に熱心に投げ銭するだろう。しかし、いずれの根底にも「推しを応援したい」という欲求があり、それぞれ(1)~(3)の欲求(目的)は複合的に合わさっていると考えられる。

なおCDに付属する投票券で歌唱メンバーを決めていたAKB48の選抜総選挙は良く知られた推し活方法であるが、2022年7月18日~8月3日の期間AKB48はライブ配信サービス「SHOWROOM」と連動し、視聴者からのギフティング(購入した有料ギフト7(課金アイテム)を配信者に送ること)やコメント数に応じた総ポイント数のランキングで楽曲の歌唱メンバーや番組出演メンバーを決定する「AKB48「SHOWROOM選抜」決定オーディション」と呼ばれる企画を行った。この企画のポイントは、オーディションに参加しているAKB48メンバー内において競われ、ファンたちは自分の推しが他のメンバーよりいい順位につけるように、熱心にポイントを送れるわけだ8。投げ銭をすることによって具体的にアイドルやアーティストの活動範囲を広げる応援に繋がることにもなり、投げ銭は応援、活躍を望むファンが直接アーティストを金銭的にも広告的にも手助けできる手段でもあるのである。

投げ銭というシステムは、推しを直接応援でき、且つこのシステムを通して自身のコメントを読んでもらえたり、名前を認知してもらえるなど、推しと直接コミュニケーションがとれるという良い側面がある一方9で、若者を中心に金銭的な社会問題が起きていることも事実である。そもそもインターネットと若者の課金行為を巡る問題は年々大きくなっている。消費者庁の「令和4年版消費者白書」10によれば「インターネットゲーム(オンラインゲーム)」に関する消費生活相談件数は増加傾向が続いており、2017年は4,203件であったのが2021年には7,276件と、5年間で1.7倍に増加している。特に20歳未満の相談件数が増えており、2021年の相談件数7,276件の内、4,443件が20歳未満であった。
図2 インターネットゲーム(オンラインゲーム)に関する消費生活相談件数の推移
消費生活相談のあった20歳未満の契約購入金額を見ると、10万円以上50万円未満が最も多く、各年齢層の平均契約購入金額は、10歳未満で17.2万円、10歳から17歳までで34.9万円、18歳から19歳までで41.6万円と、年齢層が上がるほど高額になっている。これは、あくまでもインターネットゲームへの課金に対する相談件数であるが、2021年10月26日放送のNHK「クローズアップ現代」では、投げ銭ブームの裏で起きている未成年者によるクレジットカードの不正利用の問題が取り上げられており、番組のなかでNHKが行った取材によると、2021年に投げ銭について消費生活センターに寄せられた相談件数は全国で少なくとも102件あり、そのうち半数近くが未成年者の利用に関するものだったという。その多くが親のクレジットカードなどを勝手に使って高額の投げ銭をしており、なかには両親の複数のクレジットカードを使って700万円もの投げ銭をした女子高校生もいたという。CD等の有形物の消費による応援であれば、自身のお小遣いが目減りしていくことや、積み重なっていくグッズによって少なからず消費への罪悪感を感じることができるため、過度な消費の抑制になっていたと推測できるが、ボタン一つで現金を送金できる投げ銭というシステムでは、実際に消費している意識は有形物の消費による現金支出の負担感よりも薄いだろう11。そこで、最初は少額であっても、推しにいい顔をしたい、他のファンと競いたいという欲求が課金金額を増額させるトリガーとなってしまうのである。このような課金システムが世の中に浸透していった背景には、今まで金銭のやり取りは表立ってやるべきものではないとされていた常識が、電子マネーが普及したことにより、ラインスタンプを気軽に友達にプレゼントし合ったり、ラインギフトでスターバックスのフードチケットがちょっとしたお礼に送られてきたり、PayPayを利用して割り勘や立替をするなどスマホのアプリを通じて現金を気軽に口座間取引が気軽に行われるようになったこともあり、金銭のやりとりに対する意識が従来とは大きく変化してきていることにある。また、スマートフォンのゲームアプリへの課金についても、実像がないモノにも価値を見出すことができる、という以前には存在しなかった消費対象への消費がごく一般的な行為となっており、新たな消費の価値観が消費者に浸透していった結果であると考える。
 
7 無料のギフトも存在する
8 この時、推しからの認知や他のファンから得られる優越感の他に、他のメンバーのファンには負けたくないという団結心から生まれる競争心も投げ銭(ギフティング)のモチベーションとなる。(○○のファンはすごい、○○のファンは経済的に力があるという評判が自信や糧となる)
9 もちろんコメント読みや質問への返答は配信者の任意なのだが、投げ銭金額によってはリアクションをもらえなかったり、配信者によっては「この程度の金額なら質問には答えない」など視聴者を煽る者もおり、そのような背景から高額な投げ銭を行う視聴者もいることを留意したい。
10 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/assets/2022_whitepaper_all.pdf
11 一度保護者がクレジットカードを貸すことで情報が登録されており、その都度親からカードを借りなくともクレジットカードが使用できてしまうケースも多いようだ。親のクレジットカードで勝手に有形物を購入した場合それが手元にあることで罪悪感を感じることもあり、それが抑止力になることもあるが、投げ銭(課金)という無形物は、消費したという意識を持ちにくく、罪悪感を感じにくいのかもしれない。

4――オタクをしている上で避けられないこと

4――オタクをしている上で避けられないこと

現代社会で推し活をしていく上で、コミュニティ(他のオタクとの交流)に身を置くことは避けられないことである。いくら他のオタクと距離をとりたくとも情報収集をする上では、SNSを利用する必要があり、また投げ銭を行うプラットフォームもその殆どがオープンであるが故に他のオタクと同じ場に参加する必要があり、他のオタクのコメントや投げ銭動向を見ざるを得ない状況にある。そのため、自身の推し活と他人の推し活を比較せざるを得ない機会も無数に存在することになる。また、オタク界隈には昔から「ガチ恋勢」という言葉が存在する。「ガチ恋勢」とは、アイドルタレントや二次元キャラクターなどを本気で恋愛対象として見てしまっているファンのことを指す12。本気の恋愛対象であるが故に自分が1番のファンでなくてはいけない、自分が1番に推しを支えなくてはいけないという、義務感に駆られているファンもおり、他のオタクの消費動向も可視化されてしまう投げ銭というシステムは自身の価値を推しに見出してもらおうとする手段として強い依存性があるのである。オタ活の本質は自身の精神的充足にある。その一つである推し活は他人の存在から自身の生きがいを見出す行為であり、そもそも推しの存在に依存している側面が強い。それ故に自身の精神的支柱である推し=依存対象から自身の存在を認識してもらう手段となる投げ銭にも強い依存性が生まれるのである13
 
12 リアルに恋してしまっていることから「リアコ」という言い方をすることもある。
13 従来の疑似恋愛ビジネスの様相を持つホスト遊びの様に自身の担当(指名しているホスト)をNo.1にしたいが故に大金を支出する顧客とその支えを受けるホストとの共依存の関係に似ているのかもしれない。推し活の対象であるアーティストやアイドルの場合収入源の主が投げ銭ではないが、ファン視点で言えば他のオタ活手段よりも最も自身の消費が直接推しに認識してもらえる手段であり、感謝をされる、反応してもらえるというアクションが疑似恋愛のごとく頼られているという感覚を生むのかもしれない。

5――まとめ

5――まとめ

筆者自身もオタクの端くれであるが故に、投げ銭の心理や他のオタクと競ってしまう心理は痛いほどにわかる。ただ、オタ活の根底にあるのは我々自身の経済力や人脈、スキルといった社会生活を送る上での元手となる「実資本」であり、他のオタクと比較するという事は他のオタクが実社会で擁する「実資本」と競う事と同義なのである14。自身が投げ銭で競っている相手は、既に経済的に成功した大人である可能性が多い中で、経済資本を親に依存せざるを得ない学生が彼らと競おうとすること自体が無理な話であるのだが、前述した通り有形物の購入などとは異なり気軽に送金ができてしまうからこそ、競争心理や依存性が簡単に生まれてしまうのだろう。
図3 実資本がオタ活の充実度(ファン資本)に影響する
推しに消費することが安寧感をもたらす感覚も理解できるが、自身の実資本と見合わない推し活をすることは、精神的充足活動である推し活から却ってプレッシャーを感じ、昨今言われる「推し疲れ」のように「推す」ことをやめたいと感じるきっかけを生みかねない。自分のために推したいから推すという感情から、他人と比較して推さなくては(消費しなくては)ならないという義務感が生じてしまうのは本末転倒である。オタクの消費は青天井である。突き詰めていけば消費したいという欲求は拡大していくばかりである。「推しは推せるうちに推せ」という言葉がオタクのコミュニティには存在するが、筆者自身は周りのオタクの消費のペースに引っ張られず、「推しは推せる範囲で推せ」という言葉も併せて念頭において欲しいと思っている。
 
14 詳しくは「若者のオタク化に対する警鐘-若者の考える「オタ活」とオタクコミュニティの現実」
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=65681?pno=2&site=nli#anka5 を参照されたい。
15 龐 惠潔(2010)「ファン・コミュニティにおけるヒエラルキーの考察─台湾におけるジャニーズファンを例に─」
『情報学研究 : 学環 : 東京大学大学院情報学環紀要』 78, 165-179
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2022年12月09日「基礎研レポート」)

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