2022年11月18日

開催時期が悪かったワールドカップ-消費文化から理由を探る(1)

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――はじめに

先日「ワールドカップが盛り上がっていないことについて取材をしたい」と依頼を受けた。11月20日にカタールで第22回サッカーワールドカップが開催される。確かに例年のワールドカップに比べ盛り上がりに欠けていると、筆者自身もその時痛感した。なぜ、今回のワールドカップは注目が集まらないのだろうか。この疑問について、「開催時期」と「コロナ禍」という2つの側面から考えてみたい。

2――開催時期

2――開催時期

そもそも、今回のワールドカップと今までの大会との大きな違いは開催時期にある。過去に開催されたサッカーワールドカップはいずれも5月から7月の間に開催されているが、今大会の期間は11月20日~12月18日と、イレギュラーなのである。また、「東京2020オリンピック・パラリンピック」が新型コロナウイルスの流行により1年遅れたことも大きな要因だ。通例で言えば二大国際スポーツ大会の夏季オリンピック・パラリンピックとサッカーワールドカップの開催時期の間には2年という期間があり、「オリンピックが終わった2年後にワールドカップがある(逆もまた然り)」と認識している方が大半ではないだろうか。
図1 通常の開催スケジュールと実際のスケジュール
しかし、前述した通り、東京2020オリンピック・パラリンピックは2021年7月に延期開催され、翌年の2022年(今年)にサッカーワールドカップが開幕することとなる。加えて通例で言えば日本の夏の時期に開催されるワールドカップが冬に行われることとなり、消費者の中のある種のエンターテインメントを消費するルーティーンが崩れたと言えるのである。特にサッカーの日本代表試合については、ワールドカップ本大会の出場に向けた予選、前哨戦、練習試合、そしてオリンピック大会など、テレビ中継される機会も多く、何の試合のために代表選手が選ばれたのか、何のための試合なのかと、サッカーのスケジュールを把握していない非ファン層にとってはわかりづらい点も多く、開催時期が近接していることも相まって「また何かの試合があるんだな」くらいの認識しかないのかもしれない。

3――コロナ禍

3――コロナ禍

次に「コロナ禍」という側面から見ても、消費者にとってはワールドカップというコンテンツを消費するにはまだまだ消極的にならざるを得ない点も多いだろう。サッカーというコンテンツが趣味である消費者層からすると、ワールドカップは最大のイベントであり、常に念頭に置いているコトガラなのかもしれないが、一般消費者にとっては世の中にある数ある娯楽のひとつに過ぎず、特段関心が高いというわけではないだろう。しかし、前述した通り、節目、節目で国全体が盛り上がるオリンピックやワールドカップは、ルーティーン(周期)として消費されるエンターテインメントして定着しており、サッカーの国際大会というイベントそのものというよりも、自国が出場しているという事自体が一般消費者の関心を生んでいるのである。そのため、プロモーションがされない事にはイベントそのものに対する関心は生まれにくい訳だ。もちろん日頃の生活のなかでマスメディアによる報道やCMといった接点もあるが、生活者にとっては生活圏で接点を持つことが、より消費者にとっては認知度の向上に繋がりやすい。例えばスーパーやコンビニで公式スポンサーの商品を目にすることにより、イベントとのタイアップキャンペーンを通じて認知するといった方法である。
表1 FIFAパートナーとFIFAワールドカップ2022 のスポンサー一覧
ワールドカップに限らず国際スポーツイベントが開催されると、スーパーなどには販促ポップアップや販促品とともにイベントをプロモーションする売り場が作られることが一般的であるが、筆者の肌感覚ではあるが新型コロナ流行以前のように大々的にプロモーションしている店舗は減っているように感じる。FIFAパートナーとカタールワールドカップのスポンサーをみると、日本の生活者が日常生活で目にする消費財の企業は「コカ・コーラ」「バドワイザー」「マクドナルド」「アディダス」の4社である。消費財ではないが「VISA」も日常的に目にするブランドだろう。その中でも生活者と最も身近な小売りであるスーパーマーケットやコンビニで目にすることができるのは「コカ・コーラ」と「バドワイザー」だろう。コカ・コーラやバドワイザーは従来のプロモーションで言えば、コーラやビールを囲んで気の置けない仲間たちと盛大に盛り上がろうといった旨のメッセージ(イメージ)をCMを通して視覚的に発信しており、そのメッセージは正にワールドカップを応援する望ましい姿としてのイメージを構築してきた。しかし、新型コロナウイルスが流行したことにより、徐々に行動制限がなくなってきたといえども、以前のように大々的に「みんなで盛り上がろう」というメッセージは発信しづらいのが現状だ。このような盛り上がりが可視化されるのは、従来でいうとテレビなどで目にする日本代表の勝利後に渋谷にファンが集まり、カーニヴァル化による盛り上がりを求めたトキ消費を目的とした消費者が集っている光景そのものであるが、マスメディアや企業のプロモーションの立場からすると、そのような多くの人が集まる状態を自分たちが発するメッセージによって生まれてしまう事は避けたい実情がある。ましてや趣味における消費がコロナ禍以前の水準に戻れていない消費者にとっては、どうして(自分達は消費を我慢しているのに)ワールドカップは許されるのか、というヘイトが生まれかねない。あくまでも生活者にとってはコロナ禍以前の水準に消費が回復しない限り、自分の趣味であるエンタメ以外のエンタメを能動的に消費することは難しいのではないだろうか、と筆者は考える。

また、スポンサーと言えば日本企業がFIFAパートナー及びFIFAワールドカップスポンサーから撤退してしまっていることも、プロモーションの盛り上がりに欠ける原因なのかもしれない。1982年のスペイン・ワールドカップ以降、日本の企業も公式スポンサーとして大会を盛り上げてきたわけだが、2014年にSONYが撤退して以降は日本のスポンサー企業はなくなってしまっている。
表2 歴代日本のサッカーワールドカップスポンサー一覧
 
1 ワールドカップだけでなくFIFAが主催する全ての試合で広告を出す事ができ、FIFAロゴの使用権が8年間与えられる。
2 ワールドカップそのものスポンサーで、FIFAロゴの使用権が4年間与えられる。
3 https://www.fifa.com/about-fifa/commercial/partners
4 https://www.fifaworldcupnews.com/fifa-world-cup-2022-sponsors-list/
5 https://kigyolog.com/article.php?id=1653

4――もしくは単純に

4――もしくは単純に

さて、ここまで現状でのワールドカップに対する盛り上がりに関して「開催時期」と「コロナ禍」の視点から考察してきた訳だが、これは飽くまで開催前の話で、開催後は大いに盛り上がる可能性があるのも確かだ。過去にもチームの勝利やスター選手の誕生によって大会自体が注目され、国民の大きな関心事として大会終焉まで応援熱がうなぎ上りになった事例を我々は知っている。サッカーに限らず2019年のラグビーワールドカップの様に、今まで注目されてこなかった競技が大ブームを巻き起こすこともあった。これは日本の生活者の大半が、試合結果に対して非常に正直で、日本チームが勝利を重ねることそのものが大会(競技)に対する注目度を上げることにつながり、熱狂を生むわけでわけである。渋谷などに自然発生でサッカーファンやエンタメ消費者が集まる要因もここにある。サッカーファンは結果そのものに対して高揚するが、エンタメ消費の一環としてトキ消費を行う消費者にとっては人が集まり、群衆が騒いでいること自体に高揚するのである。逆に厳しい言い方をすればマイナースポーツの様に注目度が低ければそのような群衆は自然発生しないわけで、大会の規模や群衆の盛り上がり自体が、トキ消費を行いたい層にとってのニーズそのものなのである。

5――最後に

5――最後に

本レポートでは少し消極的にワールドカップについて書いたかもしれないが、筆者個人としては日本代表に活躍してもらいたいという気持ちもあるし、新たな話題性が出てくれば、今までの消費傾向を見ても間違いなく大会中に大きな盛り上がりを見せるだろう。一方でコロナ禍以前とは異なり、大きなスポーツイベントに対する消費の方法も変化してきており、盛り上がっている、盛り上がっていないという評価についてもwithコロナの状態であることを考慮に入れて評価する必要があると筆者は考える。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2022年11月18日「基礎研レター」)

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