2022年10月31日

水関連のリスクについて

金融研究部 企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 梅内 俊樹

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1――「水」の社会的課題

17の目標と169のターゲットからなる「持続可能な世界目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」では、6番目の目標として「すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する」が掲げられている。そして、そのターゲットには、安全な水へのアクセスや下水・衛生施設へのアクセス、水不足の減少などが挙げられている(図表1)。
図表1 「目標6 安全な水とトイレを世界中に」のターゲット
SDGsは極端な貧困を含む、あらゆる形や側面の貧困を撲滅することが最も重要な地球規模の課題との認識のもとで、地球上の誰一人取り残さないことを誓う。このため、水に関しても生命の源であり、疫病の万延を防ぐうえで不可欠という側面に焦点が当てられ、世界中の人々が清潔で安全な水に公平にアクセスできる世界の実現という社会的課題の解決が目標とされているのである。

そもそもSDGsは先進国と開発途上国が同様に取り組むべき世界全体の普遍的な目標であるため、日本を含む先進国においてもSDGsの達成に向けて取り組む必要がある。目標6も例外ではなく、国や地域を超えてあらゆる立場の人々がそれぞれの立場で可能な取り組みを推し進めることが求められる。

「水危機」が社会的リスクとして強く意識されてきたことは、世界経済フォーラムが公表するグローバルリスク報告書からも伺える。社会的リスクとして定義される「水危機」は2012年から2017年にかけて継続して「影響が大きいグローバルリスク」の上位1~3位に位置付けられ、2015年には最も影響が大きいリスクとして「水危機」が認識されている。2018年以降は、疫学上、地政学上のリスクに対する懸念の高まりによって、影響が大きいグローバルリスクとしての「水危機」の相対的な位置づけは低下しているが、世界人口の増加や経済成長に伴って水の需要が増加するなかで、利用可能な真水の質と量が大幅に減少し、結果として人々の生活や経済活動に悪影響を及ぼしかねないリスクに対する懸念は未だ解消されていないと考えられる。

2――気候変動に伴う「水」リスク

2――気候変動に伴う「水」リスク

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が公表した第6次評価報告書には、気候の現状に関して「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことは疑う余地がない」ことや、「人為起源の気候変動は、世界中の全ての地域で、多くの気象及び気候の極端現象に既に影響を及ぼしている」ことが明記されている。

そして世界気象機関(WMO)が公表した「2021年 地球気候の現状に関するWMO報告書」には、IPCCの報告を裏付けるように、2021年に発生した異常気象の実例が挙げられている。洪水に関しては、中国河南省が洪水によって多額の経済的損失を被ったこと、西ヨーロッパでは観測史上最悪の洪水が発生し、ドイツでは経済的損失だけでなく人命の損失も甚大となったことが示されている。干ばつが世界の多くの地域に影響を与えたことも示されており、南米の亜熱帯地方では干ばつによって農業に大きな損失が発生し、エネルギー生産と河川輸送が混乱したこと、アフリカ北東部では過去40年間で経験したことがない長さの干ばつに見舞われていることなどが記されている。

気象の極端現象が頻発するなか、気候関連リスクはグローバルな懸念事項の上位を占めるようになっている。世界の経営者やリーダーへのアンケート調査の結果をまとめた「グローバルリスク報告書2022」によれば、今後10年で最も深刻な世界規模のリスクとして最も多くの回答を集めたのが「気候変動への適応の失敗」で、「異常気象」がそれに続いている(図表2)。
図表2 今後10 年で最も深刻な世界規模のリスク
気候変動の進行や異常気象によって洪水や干ばつが頻出し、国や地域の経済、企業経営に深刻なダメージを与えかねないことを踏まえると、水関連のリスクに対する警戒感も自ずと高まっているものと推測される。

3――「水」リスクに係る情報開示

3――「水」リスクに係る情報開示

2011年にタイで発生した洪水では、被災した日系企業が約450社にのぼり、部品調達の遅延により生産に支障が生じたケースも含めるとさらに多くの企業が影響を受けたとされる。こうした事例を振り返るまでもなく、干ばつや少雨によって利用可能な水が制限されたり、洪水などによって生産設備が水没し、物流網が分断されることになれば、地域経済や企業財務に多大な影響を及ぼすことになる。

他方、水資源は世界でかなり偏在しており、水災害が頻出する場所にも偏りが見られる。このため、水リスクはローカルな課題という側面がある。また、水への依存度は事業内容によって差があることから、業種によって水リスクへの取組みの重要性は大きく異なる可能性もある。

このため、企業が水に関連するリスクに対応する際には、バリューチェーン全体を対象にして、事業所のある地域の地理的な特性を踏まえて水に関連するリスクを評価し、目標を設定して戦略的に対応することが求められる。同時に、水関連の情報開示の重要性も高まりつつある。そこで最後に、代表的な2つの団体における水関連の情報開示について、その概要を示すこととする。
 
<CDP>
  • 2000年にロンドンで設立した非営利団体であるCDPは、気候変動、水セキュリティなどの分野における、企業や自治体のグローバルな情報開示システムを運営する団体で、収集した情報は投資家や企業、各国政府によって活用されている。
  • 企業に対して水セキュリティに関する質問書を送付し、回答内容に基づいて企業の水セキュリティへの取り組みを評価。質問はTCFDの提言内容に沿っており、水への影響が大きいセクターの企業にはセクター別の設問が設けられている。
 
<ISSB(International Sustainability Standards Board)>
  • 国際会計基準(IFRS)財団の傘下に設立されたESG情報を含む非財務情報の国際的な開示基準の策定を担う組織。
  • 今年3月に、気候関連開示に関する基準の公開草案が公表され、現在、最終化に向けた作業が進められている。
  • 当該基準では、干ばつや洪水などの極端な気象事象の深刻さの増大に伴うリスクは、物理的リスクと捉えられ、資産への直接的な損害やサプライチェーンの分断による間接的な影響など、企業に財務上の影響を与えるリスクとして情報開示が要求される。
  • 各産業の特殊性を勘案した「産業別開示要求」を参照することを義務づけており、特定の産業では、取水や消費、水質などの水管理に関する情報開示も求められる。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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金融研究部   企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

梅内 俊樹 (うめうち としき)

研究・専門分野
企業年金、年金運用、リスク管理

経歴
  • 【職歴】
     1988年 日本生命保険相互会社入社
     1995年 ニッセイアセットマネジメント(旧ニッセイ投信)出向
     2005年 一橋大学国際企業戦略研究科修了
     2009年 ニッセイ基礎研究所
     2011年 年金総合リサーチセンター 兼務
     2013年7月より現職
     2018年 ジェロントロジー推進室 兼務
     2021年 ESG推進室 兼務

(2022年10月31日「基礎研レター」)

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