2022年10月28日

中国経済の現状と2023年の注目点-新指導部はどんな財政・金融・コロナ政策を打ち出すのか

三尾 幸吉郎

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1. 中国経済の概況

中国国家統計局は10月24日、2022年7-9月期の国内総生産(GDP)を発表した。経済成長率は実質で前年同期比3.9%増と4-6月期(同0.4%増)を大幅に上回った(図表-1)。前四半期には、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染が拡大し、上海市が事実上のロックダウン(都市封鎖)に追い込まれるなど経済活動が混乱に陥ったが、6月1日に上海市のロックダウンが解除されたため前四半期に落ち込んだ反動もあって、7-9月期は少し持ち直すこととなった。

ここでCOVID-19の状況を確認しておくと(図表-2)、7-9月期の新規感染者は107,105名(有症状24,947名、無症状が82,158名)で、4-6月期より57万人ほど減少した。無症状率(有症状の新規感染者÷新規感染者計)は77%と前四半期の89%から低下したものの、引き続き高水準を維持した。また4-6月期には588名の死亡者がでたが7-9月期はゼロだった。
(図表-1)中国の国内総生産(GDP)/(図表-2)COVID-19の新規感染と死亡者
一方、インフレの状況を見ると、22年1-9月期の工業生産者出荷価格(PPI)は前年同期比5.9%上昇したが、消費者物価(CPI)は同2.0%上昇と今年の抑制目標(3%前後)を下回った。その背景には豚肉が同18.0%下落したことがあった。しかし、その豚肉も下げ止まり、ここもと上昇に転じている(図表-3)。また、原油高を背景に交通通信費が同5.9%上昇し、特に輸送用燃料は同24.4%上昇した。来年に向けてのCPIは、原油高による上昇圧力は減じるものの、豚肉など食品が反転上昇したため、年明けにも一時的ながら3%台に乗せる可能性がある(図表-4)。
(図表-3)豚肉価格/(図表-4)消費者物価の見通し

2. 需要面

2. 需要面

(図表-5)需要項目別の寄与度 前述した7-9月期の実質成長率(3.9%)に対する寄与度を見ると(図表-5)、最終消費が+2.1ポイント、総資本形成(≒投資)が+0.8ポイント、純輸出が+1.1ポイントだった(概数のため合計は3.9%とならない)。

最終消費は4-6月期(▲0.84ポイント)からブラス寄与に転じた。消費の代表指標である小売売上高の推移を見ても(図表-6)、7-9月期は前年同期比3.5%増と4-6月期の同4.9%減からはだいぶ持ち直した。内容を見ると自動車販売は減税による背景に前年同期を3割も上回る好調ぶりだったものの、娯楽、飲食、衣類などは厳格なゼロコロナ政策が維持されたことを背景にはかばかしい回復とまではいかなかった。
投資は4-6月期(+0.27ポイント)からプラス寄与が若干増えた。内訳を見ると、インフラ投資は中国政府が景気テコ入れ策を講じて増やしたことから、7-9月期は前年同期比11.6%増(推定1)と4-6月期の同5.7%増(推定)から加速したものの、デベロッパーの経営不安が続いた不動産開発投資は7-9月期も同13.1%減(推定)と大幅マイナスのままだった。投資主体を見ても、中国政府の意向を受けた国有・国有持ち株企業が投資を増やしたものの、主力の民間企業の投資は増えておらず、内容は冴えない。

純輸出は4-6月期(+0.98ポイント)からプラス寄与が若干増えた。貿易(ドルベース)の推移を見ると(図表-7)、輸出が4-6月期の前年同期比12.5%増から7-9月期には同10.1%増へやや鈍化したものの、輸入はそれ以上に低迷していたため、貿易黒字が増え純輸出のプラス寄与が増える結果となった。純輸出も内容が良くない。
(図表-6)小売売上高の推移/(図表-7)輸出入(ドルベース)の推移
 
1 中国では、統計方法の改定時に新基準で計測した過去の数値を公表しない場合が多く、また1月からの年度累計で公表される統計も多い。本稿では、四半期毎の伸びを見るためなどの目的で、中国国家統計局などが公表したデータを元に推定した数値を掲載している。またその場合には“(推定)”と付して公表された数値と区別している。

3. 供給面

3. 供給面

(図表-8)産業別の実質成長率(前年同期比) 産業別に見ると(図表-8)、第1次産業は7-9月期こそ実質で前年同期比3.4%増と全体の実質成長率をやや下回ったものの、1-9月期累計では同4.2%増と全体の実質成長率(同3.0%増)を大きく上回っており、概ね順調に推移していると言えるだろう。

第2次産業は前年同期比5.2%増と全体の実質成長率を1.3ポイント上回った。内訳では製造業が同4.0%増と前四半期(同1.4%減)からプラスに転じたものの、コロナ前3年平均(5.7%)には及ばず回復は道半ばと言えるだろう。鉱工業生産(実質付加価値ベース、一定規模以上)の推移を見ると(図表-9)、9月には前年同月比6.3%増と前述の5.7%を上回っており、今後も上回り続けることができるのか正念場を迎えている。建築業は前年同期比7.8%増と前四半期(同3.6%増)から伸びが加速したのに加えて、全体の実質成長率を大幅に上回り、経済成長を押し上げる要因となった。
第3次産業は前年同期比3.2%増と全体の実質成長率を0.7ポイント下回った。金融業はCOVID-19の悪影響が相対的に少なく同5.5%増とコロナ前3年平均(5.4%)並みを維持したが、その他の回復は不冴えだった。情報通信・ソフトウェア・ITは同7.9%増と建築業を上回る高い伸びを示したものの、コロナ前3年平均(23.3%)には遠く及ばず、成長の勢いに陰りが見られる。COVID-19の影響で4-6月期に落ち込んだ業種を見ると、宿泊飲食業は前年同期比2.8%増、交通・運輸・倉庫・郵便業は同2.6%増、卸小売業は同1.6%増と、いずれもプラス成長に回帰した。しかし、いずれもコロナ前3年平均を下回っており、回復は道半ばの感がある。また、不動産規制強化の逆風下にある不動産業は7-9月期も同4.2%減と、5四半期連続のマイナス成長となった。不動産開発の先行指標として重要な分譲住宅の新規着工面積を見ても(図表-10)、大幅な前年割れが続いており、今後も引き続き経済成長を押し下げる要因となりそうである。
(図表-9)鉱工業生産(実質付加価値ベース、一定規模以上)の推移/(図表-10)分譲住宅の新規着工面積の推移

4. 2023年の注目点

4. 2023年の注目点

1|財政政策の方針
第一の注目点は、ここもとの共産党大会で決定した新指導部が来春の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で、どんな財政方針を打ち出すのかである。ここ数年を振り返ると、コロナ危機に見舞われた2020年には「積極的な財政政策はさらに積極的かつ効果的なものにする」として、財政赤字(対GDP比)を「3.6%以上」としたのに加えて、地方特別債を3.75兆元、感染症対策特別国債を1兆元発行するなどコロナ対策を明確に打ち出した。コロナ危機が峠を越えた2021年には「積極的な財政政策は質・効率の向上を図り、さらに持続可能なものにする」として、財政赤字(対GDP比)を「3.2%前後」に引き下げたのに加えて、地方特別債を3.65兆元に引き下げ、感染症対策特別国債の発行を止めるなどコロナ対策で緩んだ財政規律を引き締めて、持続可能性を高めた。
(図表-11)土地譲渡収入の増加ピッチ そして2022年は「積極的な財政政策は、パフォーマンスを向上させるため、さらに精確(精准)に焦点を当て、持続可能なものにする」という基本方針を決め、財政赤字(対GDP比)を「2.8%前後」に引き下げ、地方特別債は3.65兆元を維持し、感染症対策特別国債はゼロのままとした。しかし、その全人代後に起きたCOVID-19の広まりとそれに伴う景気失速で、このままだと成長率目標「5.5%前後」の達成が絶望的となってしまった。そこで李克強首相は「高すぎる成長目標のために、大型の景気刺激策や過剰に通貨を供給する政策を実施することはない」と述べる一方、第14次5ヵ年計画(2021~25年)などの計画に適合し、経済効果が期待できる有効投資の拡大には意欲を示した。そして、地方特別債の発行を急ぎインフラ投資促進に乗り出した。2022年(1-8月累計)の純増額は既に前年通期並みに達した。但し、不動産規制を強化したこともあって、インフラ投資の主力財源である地方政府の土地譲渡収入の伸びは鈍く、前年同月時点より1.5兆元ほど進捗が遅れていた(図表-11)。そして中国政府はインフラ基金の設立や政策銀行の貸出枠増加に加えて、8月24日の国務院常務会議では地方特別債を5千億元余り追加発行することを決めた。それでも土地譲渡収入の不足を補えないようなら、「5.5%前後」に少しでも近づけるべく2023年分の地方特別債を年内に前倒し発行することもあり得る状況だ。いずれにせよ現在の景気水準は「5.5%前後」を下回った分だけ適正レベルよりも低すぎると言えるだろう。

したがって、2023年春に開催される全人代では、景気水準を適正レベルに引き上げるべく財政赤字(対GDP比)を「3.0%前後」まで高め、地方特別債も年内に前倒し発行した分を上乗せするのではないかと筆者は見ている。但し、2021年のように持続可能性を重視した財政方針とする可能性も残るため、新首相がどうするか注目したい。
2|金融政策の方針
第二に金融政策の方針である。2022年3月に開催された全人代では、「通貨供給量・社会融資総量(企業や個人の資金調達総額)の伸び率が名目GDP成長率とほぼ一致」と前年と同じ基本方針を掲げた上で、「流動性を合理的かつ十分に維持する」と付け加え、景気を支える姿勢で臨んだ。そして、預金準備率を引き下げるなど量的な金融緩和を実施し、2022年1-9月期の通貨供給量・社会融資総量は名目GDP成長率(前年同期比6.2%増)を大幅に上回る伸びを示した。

一方、金利の引き下げに関しては慎重姿勢を堅持した。景気を回復させるためには大幅な利下げで不動産市場を刺激するのが最も有効だと、中国政府は誰よりも良く知っているものの、バブル抑制を優先してきた。そして「住宅は住むためのもので投機するためのものではない」を旗印に、「不動産を短期的経済刺激の手段としない」という位置づけを堅持し、事実上の政策金利とされるLPR(ローンプライムレート)の引き下げを小幅にとどめてきた。また米国で利上げが加速する国際環境下、米中金利差が広がって人民元が売り込まれる恐れがあったことも、中国政府にとっては利下げを躊躇させる要因となってきた。

筆者は2023年もバブル抑制第一のスタンスを堅持すると見ている。チャイナショック(2015年)のときのように、景気を回復させるために「不動産を短期的経済刺激の手段」として使えば、バブル崩壊の可能性が高まり、習近平国家主席が何より重視する「安定」が脅かされるからだ。但し、米国経済が過度な利上げで失速し長短金利が逆イールドとなれば、人民元が売り込まれる恐れもなくなるため、中国にとっては大幅利下げに踏み切る環境が整う。新首相がどうするか注目したい。
(図表-12)COVID-19の新規感染と死亡者 3|ゼロコロナ政策の行方
第三にゼロコロナ政策の行方である。周知のとおりCOVID-19の感染爆発が世界で初めて起きたのは中国の武漢(湖北省)で、2020年1~2月のことだった。しかしその第1波のあと、中国政府はゼロコロナ政策で感染を抑え込み、新規感染は多くても3百名を超えず、死亡者もほとんど無い状態が2年近くも続いた(図表-12)。ところが、2022年3月に第2波が襲来し、4月中旬には無症状を含めると3万人近い新規感染が確認される事態となり、死亡者も累計600名近くに達した。この第2波に対して中国政府はゼロコロナ政策で臨んだため、中国経済は失速することとなった。
それでは新指導部は今後もゼロコロナ政策を堅持するのだろうか。これまでのところウィズコロナ政策に舵を切る見通しは立っていない。しかし、その前提条件は整いつつある。(1)ワクチン接種が34億回を超え、飲み薬の供給にもメドが立ってきたこと、(2)2021年8月に“ダイナミック・ゼロ(动态清零)”と呼ぶようになり、それまでのゼロコロナ政策を軌道修正し始めたこと、(3)感染症対策の第一人者(鍾南山氏)がゼロコロナ政策の長期継続に否定的見解を示したこと、(4)復旦大学などの研究チームが高齢者のワクチン接種率を引き上げ、抗ウイルス療法を推進し、マスク着用など厳格な非医療介入を行なえば、死亡者を平年のインフルエンザで発生する8.8万人程度に抑えられると指摘したこと、(5)そして何より世界のほとんどの国がウィズコロナ政策に移行する中で、中国だけがゼロコロナ政策を堅持すれば“鎖国状態”に陥る恐れがあることである。

但し、いまウィズコロナ政策に移行すれば、インフルエンザ並みに抑えられたとしても9万人近い死亡者を出すことになりかねない。欧米先進国では数々の大波(日本では第7波)を経験し、死亡者急増という修羅場を乗り越えて、防疫と経済活動のバランスが大切との世論が形成されて、ようやくウィズコロナ政策に移行する心構えができた。しかし、まだ第2波の中国ではそうした修羅場を乗り越えた経験が少なく、そうした世論も形成されていない。またゼロコロナ政策を堅持したことで、欧米先進国よりも遥かに少ない死亡者数に抑制できたという誇りや、中国経済を世界に先駆けてV字回復させたという自信が邪魔する面もあった。さらに5年に1度の重要会議「共産党大会」を控える重要な時期だったことも、大きな方針転換を躊躇させることとなった。

したがって、共産党大会を終えて新指導部が発足した今、このままゼロコロナ政策を堅持するのか、それともウィズコロナ政策へ軌道修正するのか注目される。少なくとも検討が本格化することだけは間違いないだろう。その検討に際しては、2022年7月に香港の新たな行政長官に就任した李家超氏が9月下旬に取り組み始めたコロナ規制の段階的緩和が試金石となりそうだ(図表-13)。また、世界保健機関(WHO)がパンミックの収束宣言に踏み込めば、それが中国にとってはウィズコロナ政策へ軌道修正するキッカケとなるかもしれない(図表-14)。経済成長率を大きく左右するだけに、その動向を注視したい。
(図表-13)COVID-19の新規感染と死亡者(香港)/(図表-14)世界のCOVID-19新規感染確認症例の推移
 
 

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三尾 幸吉郎

研究・専門分野

(2022年10月28日「Weekly エコノミスト・レター」)

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