コラム
2022年08月31日

米中両文明の衝突と曲がり角の戦後安保体制

三尾 幸吉郎

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世界の分断(ブロック化)が現実味を帯びてきた。第二次世界大戦後の世界は、米国を盟主とする自由主義陣営とソビエト連邦を盟主とする社会主義陣営に分断されていたが、1990年前後にその米ソ冷戦が米国勝利で終結すると、世界一の経済力・軍事力・情報力・科学技術力を有する米国が唯一の超大国として、国際秩序の在り方を決めるパクス・アメリカーナの体制として統合された。しかし、それから30年を経た現在、世界では中国が米国に比肩するパワーを持つようになった。改革開放(1978年)で急速に発展した中国経済は、国内総生産(GDP)で世界第2位の17兆ドルと、米国の23兆ドルの4分の3に達し、国際ドル(購買力平価)ベースでは米国を上回った。軍事面においてもグローバル・ファイヤーパワーは中国を米国、ロシアに次ぐ世界第3位と評価しており、北斗衛星導航系統という独自の衛星測位システムを構築することでGPSを使った米軍との情報戦にも備えている。科学技術力に関してもシュプリンガー・ネイチャーが公表しているネイチャーインデックス(質の高い科学研究を発表している研究機関を論文数などで選ぶ)では中国が米国に次ぐ第2位と評価されるまでになった。そして経済力・軍事力・情報力・科学技術力いずれの面でも米国を脅かす存在となった中国はパクス・アメリカーナの現状(Status Quo)に異を唱え始めた。

その背景には「米国型民主主義」を普遍的価値と考えてそれを世界に広めようとする米国と、「中国の特色ある社会主義」で中華民族の偉大なる復興という夢を実現しようとする中国の衝突がある。それぞれの特徴を簡単にまとめると、「米国型民主主義」は国民主権、自由選挙、多数決原理・少数意見尊重、三権分立、言論・信教の自由、法の下の平等などで特徴づけられる政治思想を基盤に、「人は自由でなければ生きている価値がない」という人身の自由、言論・出版の自由、宗教の自由など自由権を特に重視する人権思想を持ち、民間企業中心の自由資本主義による経済運営が行われる。そしてこの「米国型民主主義」には、国民に賢者を為政者に選ぶ教養と力量があれば理想的な制度といえるが、もしそうでなければ為政者が目先の世論に迎合し過ぎて、失政を繰り返す衆愚政治に陥る恐れがあるという特徴がある。一方、「中国の特色ある社会主義」は共産党エリートによる人民民主独裁と全過程人民民主主義による民意の反映などで特徴づけられる政治思想を基盤に、「人は生きているだけで価値がある」、「人は貧しさから抜け出す権利がある」という生存権と発展権を特に重視する人権思想を持ち、国有企業中心の国家資本主義による経済運営が行われる。そしてこの「中国の特色ある社会主義」には、為政者が強い指導力を発揮できる体制なので理想の実現に向けて一貫した政策運営を行なえるという利点があるものの、失政を繰り返したり汚職が蔓延したりすれば国民が離反し内乱が起きる恐れがあるという特徴がある。

このように米中両文明は全く違うと言えるほど対照的である。そして、「米国型民主主義」を普遍的価値と考えるバイデン米政権は中国との関係を「民主主義(Democracy)」と「専制主義(autocracy)」の闘いと位置づけ、それを世界に広めようと奔走している。一方中国は、「中国の民主主義」と題する白書を発表し、「民主主義は各国人民の権利であり、少数の国の専売特許ではない」として、「米国型民主主義」を他国に押し付けるのは内政干渉であり、各国がどのような民主主義を選ぶかは自由であるべきだと主張、「自由の国」を自負する米国を皮肉った。「人民民主独裁」を憲法で定める中国にとって専制主義は「不義」ではなく「正義」だからだ。特に「中国の特色ある社会主義」を完成させる途上(社会主義初級段階)では必要不可欠なプロセスと考えられている。したがって米国が「民主主義vs専制主義」の論戦に持ち込んでしまうと、中国が外交的に譲歩しようと思ってもその余地が全く残されてないため、中国にとっては「正義vs正義」の挑戦状を叩きつけられたようなもので、米国が共産党政権の崩壊を望んでいるようにしか見えない。ちなみに、習近平政権が乗り出した「共同富裕」が実現すれば、もはや社会主義初級段階ではなくなり「人民民主独裁」も無用の長物となるかもしれない。しかし、それには21世紀半ばを待たなくてはならない。

こうしたことを踏まえると、米国が「民主主義vs専制主義」の論戦を止めて「中国の特色ある社会主義」の存在意義を認めるか、あるいは中国で内乱が起きて共産党政権が崩壊しない限り、米中新冷戦に突入するのは必至だろう。とはいえ第三次世界大戦は何としても回避したい。第二次世界大戦の戦勝国会議という色彩が強すぎる国連安保理を、第三次世界大戦を防ぐためのプロアクティブな枠組みに進化させておくことが肝要だろう。人類の英知が試されることになりそうだ。
 
 

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三尾 幸吉郎

研究・専門分野

(2022年08月31日「研究員の眼」)

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