2022年10月06日

中国経済の現状と今後の注目点-成長率目標の達成が絶望的となった今、財政・金融・ゼロコロナの3つの政策運営に注目!

基礎研REPORT(冊子版)10月号[vol.307]

三尾 幸吉郎

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1―中国経済の現状

2022年4-6月期の国内総生産(GDP)は実質で前年同期比0.4%増と1-3月期(同4.8%増)から失速した[図表1]。季節調整後の前期比では2.6%減(年率換算10.0%減)と、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が中国武漢を襲った20年1-3月期以来9四半期ぶりのマイナス成長となった。
[図表1]中国の国内総生産(GDP)
その主因はCOVID-19の第2波が襲来したことだった。年初来の状況を振り返ると、1・2月には新規感染が少なく死亡者もゼロだったが、3月になると新規感染が増え始め3月末には上海が事実上のロックダウン(都市封鎖)に追い込まれた。その後4月中旬には新規感染がピークアウトし、4月下旬には死亡者もピークアウトしたため、5月中旬には「復工復産(職場復帰・生産再開)」に動きだし、6月1日には上海のロックダウンを解除、6月30日には上海ディズニーランドの再開に漕ぎ着けた。このように1-3月期にはCOVID-19が落ち着き経済活動も順調だったが、4-6月期には新規感染・死亡者が増えたため経済活動に支障をきたし、成長率を大きく下押しすることとなった。
[図表2]COVID-19の新規感染と死亡者
一方、インフレの状況を見ると、22年1-8月期の工業生産者出荷価格(PPI)は国際的な資源エネルギー高を背景に前年同期比6.6%上昇した。しかし、消費者物価(CPI)は同1.9%上昇と低位に留まった。輸送用燃料は同25.1%上昇したものの、食品が同1.4%上昇にとどまった。豚肉価格が同22.8%も下落したからである。しかし、その豚肉も下げ止まり足元ではやや上昇してきており、原油価格もひところよりは値下がりしたものの前年下半期の73ドル前後と比べるとまだまだ高い。したがって、今後のCPIは一時3%台に乗せる可能性が高いだろう[図表3]。
[図表3]中国の消費者物価

2―今後の注目点

成長率目標の達成が絶望的となった今、財政政策・金融政策・ゼロコロナ政策の3つの政策運営に注目が集まる。

第一に財政政策である。今年3月に開催された全国人民代表大会(全人代)で中国政府は、「積極的な財政政策は、パフォーマンスを向上させるため、さらに精確(精准)に焦点を当て、持続可能なものにする」という基本方針を決め、財政赤字(対GDP比)を「2.8%前後」に引き下げ、地方特別債は3.65兆元を維持し、感染症対策特別国債はゼロのままとした。

しかし、全人代後に起きたCOVID-19の感染拡大とそれに伴う景気失速で、このままだと成長率目標「5.5%前後」の達成が絶望的となってしまった。李克強首相は「高すぎる成長目標のために、大型の景気刺激策や過剰に通貨を供給する政策を実施することはない」と述べた一方で、第14次5ヵ年計画(2021~25年)などの計画に適合し、経済効果が期待できる有効投資の拡大には意欲を示した。そして、地方特別債の発行を急ぎインフラ投資促進に乗り出した。上半期の純増額は既に前年通期並みに達している[図表4]。
[図表4]地方特別債残高の増加ピッチ
但し、不動産規制を強化したこともあって、地方政府のもうひとつのインフラ投資の主力財源である土地譲渡収入の伸びは鈍く、前年同月時点より1.3兆元ほど進捗が遅れている[図表5]。
[図表5]土地譲渡収入の増加ピッチ
そこで中国政府はインフラ基金の設立や政策銀行の貸出枠増加に加えて、8月24日の国務院常務会議では地方特別債を5千億元余り追加発行することを決めた。それでも土地譲渡収入の不足を補えないようなら、23年度分の地方特別債を年内に前倒しで発行することもあり得る。

第二に金融政策である。今年3月に開催された全国人民代表大会(全人代)で中国政府は、「通貨供給量・社会融資総量(企業や個人の資金調達総額)の伸び率が名目GDP成長率とほぼ一致」と前年と同じ基本方針を掲げた上で、「流動性を合理的かつ十分に維持する」と付け加え、景気を支えるスタンスを打ち出した。そして、預金準備率を引き下げるなど量的な金融緩和を実施、1-6月期の通貨供給量・社会融資総量は名目GDP成長率(前年同期比.3%増)を上回る伸びを示した。

一方、利下げに関しては今のところ慎重な姿勢を守っている。「不動産を短期的経済刺激の手段としない」という位置づけを堅持し、事実上の政策金利とされるLPR(ローンプライムレート)の引き下げは小幅にとどめている。景気をテコ入れするだけなら、大幅利下げで不動産を短期的経済刺激の手段として使うのが有効と十分に心得ている中国政府だけに、今後の金融運営が注目される[図表6]。
[図表6]新規住宅価格と貸出金利の推移
第三にゼロコロナ政策である。周知のとおりCOVID-19の感染拡大が世界で初めて起きたのは中国の武漢(湖北省)で、20年1~2月のことだった。しかしその第1波のあと、中国政府はゼロコロナ政策で感染を抑え込み、新規感染は多くても3百名を超えず、死亡者もほとんど無い状態が2年近くに渡って続いていた[図表7]。ところが、今年3月にオミクロン株に切り替わったタイミングで第2波が襲来し、4月中旬には無症状を含めると1日で3万人近い新規感染が確認され、死亡者も累計600名近くに達した。そしてこの第2波に中国政府がゼロコロナ政策で対応したため、中国経済は前述のように失速することとなった。
[図表7]COVID-19の新規感染と死亡者
それでは今後も中国政府はゼロコロナ政策を堅持するのだろうか。これまでのところウィズコロナ政策に舵を切る見通しは立っていない。しかし、その前提条件は整いつつある。(1)ワクチン接種が34億回を超え、飲み薬の供給にもメドが立ってきたこと、(2)2021年8月に“ダイナミック・ゼロ(动态清零)”と呼ぶようになり、それまでのゼロコロナ政策を軌道修正し始めたこと、(3)感染症対策の第一人者(鍾南山氏)がゼロコロナ政策の長期継続に否定的見解を示したこと、(4)復旦大学などの研究チームが高齢者のワクチン接種率を引き上げ、抗ウイルス療法を推進し、マスク着用など厳格な非医療介入を行なえば、死亡者を平年のインフルエンザで発生する8.8万人程度に抑えられると指摘したこと、(5)そして何よりも世界のほとんどの国がウィズコロナ政策に移行する中で、中国だけがゼロコロナ政策を堅持すれば、経済的に“鎖国状態”に陥る恐れがあることである。

但し、いまウィズコロナ政策に移行すれば、インフルエンザ並みに抑えられたとしても9万人近い死亡者を出すことになるため、重要会議「共産党大会」の前に舵を切るのは難しいだろう。欧米先進国では数々の大波(日本では第7波)を経験し、死亡者急増という修羅場を乗り越えて、防疫と経済活動のバランスが大切との世論が形成され、ようやくウィズコロナ政策に移行する心構えができてきた。しかし、まだ第2波の中国ではそうした修羅場を乗り越えた経験が少なく、そうした世論も形成されていない。さらに、ゼロコロナ政策を堅持したことで、欧米先進国よりも遥かに少ない死亡者数に抑制できたという誇りや[図表8]、中国経済を世界に先駆けてV字回復させたという自信が邪魔する面もある。

したがって、ウィズコロナ政策への移行は早くても来春以降だろうが、“ダイナミック・ゼロ”の旗印の下、それよりも早く黙って(宣言せずに)軌道修正する可能性もあるだけに注視は怠れない。
[図表8]COVID-19の死亡者(22年8月時点)
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三尾 幸吉郎

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(2022年10月06日「基礎研マンスリー」)

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