2022年10月26日

なぜ、オタク市場調査の結果が発表されると批判的な意見で溢れるのか

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――はじめに

2004年に野村総合研究所がオタク市場に関する調査を大々的に行って以後、オタクに関する定量的調査は様々なシンクタンクや研究所によって行われている。特に昨今ではオタクという言葉が一般化したことにより、オタク市場の研究は以前に増して注目を浴びる機会が増えている。しかし、注目されればされるほど、ネットでのオタクによる批判的な反応は大きくなるばかりである。彼らの批判は総じて、調査結果として出てくるオタクの(年間)消費金額や、オタ活に費やす平均時間が彼らの体感よりも少な過ぎるという意見なのである。しかし、その理由は明確で、ほとんどの調査において、その対象者が『オタクを自称する消費者』となっているからである。本稿では、『オタクを自称する消費者』と『従来からのオタク』の違いについて、オタクという言葉の使われ方の変遷に触れながら、解説したい。

2――オタクという言葉はどのように使われてきたのか

2――オタクという言葉はどのように使われてきたのか

おたく1という言葉が生まれた1980年代は、マンガやアニメは社会的にみて子供向けコンテンツとしての位置づけにあり、そのようなコンテンツを嗜好する大人は子どもっぽいと奇異の目で見られることが多く、オタクとしてレッテルを貼られるようになった。また、1990年代には連続幼女誘拐殺人事件の犯人がオタクとして報道され、その特異性や偏執性の側面が過度に強調されることにより、オタクについてのマイナスのイメージが世間に定着することになった。そして2000年代には、“アキバ”をはじめとしたメイドカフェや「萌え文化」、AKB48などのオタクブームの側面とネルシャツやケミカルウォッシュのジーパンを着て、リュックサックや紙袋にポスターを入れているようなステレオタイプ2,3に焦点があてられることが多くなり、オタクと言う言葉自体がネガティブな意味を擁し、他人から貼られるレッテルのような側面を持つことになる。

しかし、昨今4ではオタクのイメージが再構築されつつあり、マニアやコレクターとしての意味合いが強くなった結果、オタクという言葉に対してポジティブな印象が持たれるようになってきたようだ。特に若者が使うオタクという言葉は、従来の「ファン」という側面に加えて、自分がお金や時間を費やしたいモノという「趣味」そのものを表す用語へと変化してきている。更にそこから転じて、オタクという言葉が個人のアイデンティティと同義で使用されており、自身が何かのオタクであることを明かすこと自体が一般的になり、最近では自身がオタクであることを他人とのコミュニケーションのフックに活用しているようだ。

一方で、熱心にコンテンツを消費し、それが自身の精神的充足に繋がるような消費性を持つ消費者(いわゆる消費性オタク)のコミュニティにおいては、知識量やコレクション量などが他の消費性オタクから承認される際に「オタク」という言葉が使われてきたこともあり、従来のオタクは、オタクの自認有無に関わらず、他人から認識されることで成立していた。「Aさんよりはオタクだが、Bさんと比べるとまだまだオタクを名乗れない。」といったように他人と比較することで、自身がオタクであるか、にわか(ライトオタク)であるか構造化されていたのである。

ここまでを整理すると

(1) かつてオタクと言う言葉は、ネガティブなレッテルの側面を擁していた。

(2) オタクと言う語の大衆化に伴い、ポジティブな意味が見いだされるようになり、オタクを自称することが普通な世の中になる。

(3) 消費性オタクのコミュニティでは、自身がオタクであるか、にわか(ライトオタク)であるかは、他人と比較する(比較される)ことで構造化されるため、自称の側面よりも他人からの承認によって成立する側面の方が大きい5
 
1 おたくという言葉は1983年にコラムニストの中森明夫が「漫画ブリッコ」内で命名したといわれており、当時はおたく とひらがなで表記がされていた。
2 このステレオタイプ自体は1990年代に「宅八郎」がメディアに出ていたころから存在していたモノではあるが、2003年から2005年まで放送されていた「ネプリーグ」においてお笑いグループネプチューンの堀内健が宅八郎をモデルとした「秋葉カンペ―さん」というキャラを演じ、秋葉原におけるオタク文化(特にアイドルオタク)に焦点を当てたコーナーを放送していたり、2005年に秋葉原を舞台とした映画「電車男」が大ヒットするなど、ステレオタイプがより世間に認知されたのはこの頃であると筆者は考える。
3 見た目へのステレオタイプと併せて、根暗やひきこもり、といった人間性に対するステレオタイプも存在する
4 具体的にいつ頃かとは明言できないが、(1)2006年に全日帯のアニメ(キッズ・ファミリーアニメ)製作分数と深夜帯のアニメ製作分数がほぼ互角になるほど深夜アニメが広がることとなり、深夜アニメ視聴がオタクだけでなくオタクではない層でも行われ、オタク文化自体も広がりを見せた頃、(2)2013年AKB48選抜総選挙は瞬間最高視聴率32.7%と、当時の消費者の大きな関心事の一つであり、選挙が近づくにつれワイドショーなどで「推す」「オタ活」などオタク関連のコトバが多用され、それに伴いオタク自体が大衆化していった頃、(3)Kis-My-Ft2の宮田俊哉氏がオタクであることを公言して以降芸能界においては、オタクであることを公言することが普通になっており、それに伴いオタク自体のイメージも一新されていった頃、と大衆化していったきっかけは多数あると筆者は考える。
5 他人からオタクであると識別されるには自身のコンテンツに対する熱量を可視化する必要がある。コンテンツに対して熱心に消費ができるのはそのコンテンツに熱中しているからこそであり、本来はコンテンツに熱中する→他人からオタクであると思われる、という流れが自然である。そのため、筆者の感覚からすれば「オタクを始める」「オタクになった」という表現は違和感がある。

3――なぜ、オタク人口は増えた(ように見える)のか?

3――なぜ、オタク人口は増えた(ように見える)のか?

オタク市場に関する調査を見ると、オタク人口が増加しているような結果が出ている事もある。これは、前述した通り、オタクと言う言葉のイメージがポジティブなモノとなり、オタクであると自称する消費者が増加しているからである。オタクを自称することでオタクと言うアイデンティティを成立させる消費者は、前節で述べたように自身の知識量やコレクション量等の評価によって他人からオタクであると承認されているわけではないため、極論を言うと年間マンガを一冊しか読まなくとも、自分がマンガオタクと自称するならば、その人はマンガオタクなのである。

オタクという言葉は、そもそも明確な定義が存在していない上に、多様化しているため、その存在の実態をつかむことは難しいが、もし、従来のようなコンテンツを熱心に消費するオタクと呼ばれる消費者を定義するのならば、「自身の感情に「正」にも「負」にも大きな影響を与えるほどの依存性を見出した興味対象に対して、時間やお金を過度に消費することを通して精神的充足を目指す人」と定義することができるのではないだろうか。オタクの消費の根底には自身の精神的充足があり、過度な消費によって安寧感や満足感を追求するため依存性が生まれやすい。だからこそ消費しても消費しても満足できず、好きなコンテンツに対する消費を繰り返し没入していくのである。

一方で、これだけ様々なコンテンツが溢れている現代消費社会において、オタクでない一般消費者もマンガやアニメなどを消費する機会は多々あるにもかかわらず、そのような消費者がオタクではない(オタクとしての意識がない)のはなぜだろうか。それは、コンテンツ消費が我々の生活に根付いており、エンタメ消費としての側面が大きいからだろう。例えば話題のアニメを映画館で視聴したからと言って、その消費者は映画から得られるエンターテインメントという娯楽を求めている訳で、オタクのようにそのコンテンツを継続的に消費し、精神的充足の糧にするわけではない。また、ディズニーランドは多くの消費者にとって魅力的な観光地であるが、それは遊園地が提供するエンターテインメントを消費するコトが好きなわけで、ディズニーオタクのように年がら年中ディズニーのことを考えているわけではないのである6

このように、我々はオタクだろうがなかろうが、日々コンテンツを消費しているのである。オタクが未だネガティブな意味を擁していたころは、一般消費者はわざわざこのようなエンタメ消費をオタクとしての消費として自称するメリットは全くなかったと言えるだろう。しかし、現代のようにオタクと言う言葉がポジティブな意味で捉えられ、自称することも一般化しているからこそ、エンタメ消費レベルであってもオタクであると自認する消費者が増えているのだと筆者は推量する。このことから、以前よりエンタメ消費は行われていたが、従来はこのような調査で「あなたはオタクですか?」といった旨の質問があった際に肯定する必要性はなかったが、現在においてはむしろ否定する必要がなくなったため、オタク人口が増えたように見え、潜在市場も総じて大きく見えるわけだ。

また、冒頭で挙げた野村総合研究所が行ったオタク市場の調査は2004年に行われており、18年以上の歳月が経っている。当時マンガやアニメ、ゲームに触れてきた子ども達が大人になっている訳であり、それ以前の大人と比較すると現代の大人の方がコンテンツに対する受容度は高い。また、マンガやアニメの消費が子どもっぽいと思われていたのは30年近く前の話である7。当時使われていたオタクの意味合いを知っている消費者も減りつつあるなかで、皮肉にも“子どもっぽい”とされていたコンテンツ消費が普通になったのである。
 
6 他にも2004年「冬のソナタ」をきっかけとした「ヨン様フィーバー」で熱狂していたファン層は、今で言う推し活をしていたことに変わりはないのに、オタクという言葉が大衆化していなかったため、本質はオタクなのにオタクという言葉で表現されてこなかったジャンルも存在する。ある意味エンタメ消費の一環として見られていたともいえるだろう。
7 2000年代という見方もできるがどちらにしても20年近く前の話である。

4――なぜ、批判的な意見が散見されるのか

4――なぜ、批判的な意見が散見されるのか

さて、冒頭で述べた通り、オタクに関する市場調査は注目されればされるほど、ネットでの批判的な反応は大きくなるばかりである。彼らの批判は総じて、結果として出てくるオタクの(年間)消費金額やオタ活に費やす平均時間が彼らの体感よりも少な過ぎるという意見なのである。これは、オタクの情報収集とコミュニティが関係していると筆者は考える。オタクは情報収集のために他のオタクと情報共有する必要がある。昨今では、それは主にSNS上で行われており、SNSにおけるタイムラインは自身が情報収集したい(選んでフォローした)アカウントの投稿が並ぶことになる。情報(アカウント)の取捨選択は本人ができるため、自身と同等の熱量を持つオタクや、界隈における情報通をフォローすることが普通である。言い換えると、自分よりにわか(ライトオタク)から情報は収集しないので、自分のタイムラインに並ぶアカウントは、趣味に対する熱量が自身と同等かそれ以上のアカウントの人々が中心となる。そこで、自分が消費をすればするほど、フォローしているアカウントも消費している8(消費しているように見える)訳で、調査結果で発表される平均金額や平均消費時間が自身を含めた周りのオタク達とは圧倒的に少なく感じてしまうのである。そこで、発表される平均金額や消費時間をみて「そんな金額じゃ済まない」という意見を持つオタクは、言い換えれば自身のコミュニティ(自身の見える範囲、自身の経験=肌感覚)においては、その程度の消費でオタ活費用が済むオタクはいない、という事実の裏返しなのである。
 
8 自身と同じレベル感で消費しているアカウント(オタク)をフォローしていると、自身が購入したモノは大概フォローしている他のオタク達も購買しており、文字通り、自身の周りのオタクはみんな購入している、消費しているように見える。

5――まとめ

5――まとめ

本レポートを通して昨今一般的に使われるようになった意味合いでの「オタク」は、消費した金額や嗜好する対象物への熱量に関係なく、また他人と比較して構造化されるモノでもなくなったという事を論じてきた。あくまでも自分がオタクだと思ったらオタクなのである。そのため、本稿で言うところのエンタメ消費レベルでもオタクを自称している消費者も調査対象になるのならば、いわゆる熱心にコンテンツを消費しているガチヲタと比べれば消費金額には大きな差が生まれてしまうのである。重ねて、自称することが普通になってきているからこそ、そのジャンルのオタク人口が増加したように見え、平均消費金額もおのずと減少する。そのため、エンタメレベルの消費者によって調査対象の母数が増えれば増えるほどガチヲタのオタ活への必要消費量と大きく乖離していくのである。

一方で、いくら使えばオタクなのか、何時間消費すればオタクなのかという定義はもちろん存在していない。平均金額が少ないと批判しているオタクの年間消費量も、他の更に熱心に消費しているオタクから見れば少ないかもしれず、まさにオタクの消費量は青天井なのである9
 
9 また、作品によっては、そもそも供給されるグッズやコンテンツ(動画や新曲など)量が少なく、消費したくとも消費できる対象がないというケースもあり、 一概に金額が全てとも言えないのである。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2022年10月26日「基礎研レポート」)

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