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- 中央銀行の独立性と「この国のかたち」~中央銀行の協業的独立性の提案~
6――分業的独立性から協業的独立性へ:中央銀行の独立性の新たな概念
同種の分野の政策・業務を政府と中央銀行がともに担うことをここでは協業的と呼ぼう。その場合、政府と中央銀行の責任関係が問題になりうる。金融安定も環境金融も産業政策的な行政的な政策であることから、主責任は政府にある。しかし中央銀行が政策を担う以上、市場・経済のメカニズムを重視した中期的な視点が尊重され、採り入れられる必要がある。中央銀行の業務には、国庫業務のように政府の代理業務として営まれるものもあるが、金融安定や気候変動では、より中央銀行の立場・視点を活かして、政府と協調しながらも政府の施策をチェックしていくことが望ましい。イングランド銀行も金融安定、環境金融ともに行内に委員会を設置、政府とのやりとりも公開書簡で行われているが参考になる。
環境金融等の業務については、中央銀行の本来の業務ではないとの反対もある。また政府と協業の分野が増えることによって中央銀行の独立性が弱まるのではないかとの懸念もある。いずれも首肯する点もあるが、金融経済の複雑化の中で、今後協業を必要とする分野も増える傾向にあろう。そのためには、中央銀行の立場を活かした協業的独立性のスタイルを確立しておく必要がある。
1997年に行われた日銀法の改正論議では、日銀の業務を(1)金融政策のように高い独立性が認められる分野、(2)信用不安への対処のように政府の関与が必要となる分野、(3)為替介入や国庫業務運営のように、政府が判断すべき分野に三分した(中央銀行研究会「中央銀行制度の改革―開かれた独立性を求めてー」(1997))。当時の議論は(1)に集中したが、(2)(3)についてもより踏み込んだ議論がなされるべきであった。
7――協業的独立性の具体例
金融安定の分野は協調分野であるだけに、情報交換等を通じて積極的に互いにチェックを働かせることが重要となる。西村(2019)は、1990年代の日本の不良債権問題では、日銀が早期に問題を把握し解決策を大蔵省に提示していたことを記している。例えば、1991年当時、日銀は約8億円とされていた大手21行の不良債権額は実は40数億円に上ることを把握していた上に、住専問題の解決のためには公的資金の注入が必要なことを大蔵省に提示していた。また1993年には、銀行の不良債権解消のための受け皿銀行の設立を提案、これも当初は大蔵省の賛意を得られなかったが、1995年3月に東京共同銀行として実現した。これらは、日銀が銀行との取引、考査などによって大蔵省より的確に情報を把握し判断していたことを示している。このように、政府と中央銀行は同じ分野を対象に政策を営んでいるとしても、相互に牽制し協力することで政策を的確に進めることができる。
8――財務の独立性
英国では、2009年にイングランド銀行が量的緩和として国債の大量購入を行うために別機関(Asset Purchase Facility)を設定し、イングランド銀行は購入資金を提供するもののその損益は財務省に帰属することにした10。このため、英国では、イングランド銀行総裁が、量的緩和の拡大に言及した際、財務相が政府の損失負担増大を懸念してこれに反対したことが報じられている。
さらに英国では、2018年にイングランド銀行本体の財務についても政府との覚書(MoU)が交わされている11。これは、イングランド銀行の資本金に目標額(35億ボンド)を設定し、下限(5億ポンド)を下回ったときは、政府が直ちに資本を補填すること、5~35億ポンドの状況では、決算の利益は全額資本に算入、目標額と上限の間(35~55億ポンド)の状態では、半額が資本算入、半額が国庫納入、上限(55億ポンド)を超えている場合は、全額国庫納入とされることが規定されている。財務相はイングランド銀行の資本増強は、イングランド銀行の財務の耐性を強め、独立性を強化する措置と述べている。ルール化により透明性が高められ、恣意性が排除されることも独立性を高める措置と評価できる。なお、前記Asset Purchase Facilityに加え、イングランド銀行本体についての資本政策がとられる背景として、従来の金融政策、金融安定化政策に加え、銀行監督、マクロ・プルーデンス政策、銀行破綻対応など、イングランド銀行の責務が多機能化していることも背景としてあげられており、本稿のテーマと関係して参考になる。
10 Asset Purchase Facility については、斉藤・高橋(2021)、第4章参考。
11 あまり知られていないこのMoUについて知らせてくれたのは、斉藤美彦大阪経済大学教授である。
9――結びに代えて
参考文献
- オルファニデス、A.「基調講演:中央銀行独立性の境界:非伝統的な時局からの教訓」、『金融研究』第37巻4号、日本銀行金融研究所、2018年
- ヒックス、J.『貨幣と市場経済』(花輪俊哉・小川英治訳) 東洋経済新報社, 1993年
- 軽部謙介、『官僚たちのアベノミクスー異形の経済政策はいかに作られたか』岩波書店 2018年
- 斉藤美彦・髙橋亘 『危機対応と出口への模索』 晃洋書房, 2020年
- 塩野宏監修、日本銀行金融研究所「公法的観点からみた中央銀行についての研究会」編 『日本銀行の法的性格ー新日銀法を踏まえてー』 弘文堂, 2001年.
- 髙橋亘 「中央銀行制度改革の政治経済的分析(試論);歴史的視点と憲法論的視点」 神戸大学経済経営研究所ディスカッション・ペーパーシリーズDP2013-J02, 神戸大学経済経営研究所, 2013年
- 髙橋亘、「中央銀行の独立性再考―新たな環境のもとでー」、斉藤美彦、高橋亘著『危機対応と出口への模索』、晃洋書房、2020年、pp163-193
- 髙橋亘、「奴雁の中央銀行 ―中央銀行のCultureと民主主義―」 基礎研レポート ニッセイ基礎研究所、 2021年
- 髙橋亘、「中央銀行の独立性再考:協業的独立性の提案(仮題)」未定稿、2022年
- 中曽宏、『最後の防衛線 危機と日本銀行』日経BP、2022年
- 西村吉正、『金融行政の敗因』 文芸春秋、1999年
- Balls, E., Howat, J., Stansbury, A.: Central Bank Independence Revisited: After the Financial Crisis, What Should a Model Central Bank Look Like? M-RCBG Associate Working Paper No. 87 (2018)
- Cargill, Thomas F., Michael M. Hutchison, and Takatoshi Ito,:Financial Policy and Central Banking in Japan, The MIT Press(2000)
- King, Marvin and Marvin Goodfriend,“New external evaluation of the Riksbank’s monetary policy” Riksbank, 17/06/2014 (2014)
- Persson,Torsten, Gerard Roland and Guido Tabelllini, “Separation of powers and political accountability,” The Quarterly Journal of Economics, 112(4), 1163-1202., (1997)
- Rogoff, K.: The optimal degree of commitment to an intermediate. Quarterly Journal of Economics, 100 (November), pp. 1169-1189 (1985)
- Rogoff, K.: Institutional Innovation and Central Bank Independence 2.0. IMES Discussion Paper Series 2022 E-9, Institute for Monetary and Economic Studies, the Bank of Japan, 2022
- Tucker, P.: Unelected Power: The Quest for Legitimacy in Central Banking and the Regulatory State, Princeton University Press, Princeton (2018)
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
大阪経済大学経済学部教授 ニッセイ基礎研究所 客員研究員 高橋 亘
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(2022年10月14日「基礎研レポート」)
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