2022年10月14日

中央銀行の独立性と「この国のかたち」~中央銀行の協業的独立性の提案~

大阪経済大学経済学部教授 ニッセイ基礎研究所 客員研究員 高橋 亘

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6――分業的独立性から協業的独立性へ:中央銀行の独立性の新たな概念

中央銀行の独立性については、金融政策のように、金融政策は中央銀行の専管分野とし、逆に中央銀行は財政政策については口を出さないという分業制(割当制)にも似た仕組みがとられてきた。これを便宜的に、「分業的独立性」と呼ぶ。しかし現実には、中央銀行も、多くの国で一度は分離された金融安定の責務を担うようになってきたほか、最近では気候変動関連の環境金融についても責務を担うことになってきている。また前述のように、財政政策についても、「財政支配」という状況が現実に生じているほか、経済理論でも「物価の財政理論」が示すように金融政策と一体化した側面が強まっていることから、分業制(割当制)には限界が生じてきている。

同種の分野の政策・業務を政府と中央銀行がともに担うことをここでは協業的と呼ぼう。その場合、政府と中央銀行の責任関係が問題になりうる。金融安定も環境金融も産業政策的な行政的な政策であることから、主責任は政府にある。しかし中央銀行が政策を担う以上、市場・経済のメカニズムを重視した中期的な視点が尊重され、採り入れられる必要がある。中央銀行の業務には、国庫業務のように政府の代理業務として営まれるものもあるが、金融安定や気候変動では、より中央銀行の立場・視点を活かして、政府と協調しながらも政府の施策をチェックしていくことが望ましい。イングランド銀行も金融安定、環境金融ともに行内に委員会を設置、政府とのやりとりも公開書簡で行われているが参考になる。

環境金融等の業務については、中央銀行の本来の業務ではないとの反対もある。また政府と協業の分野が増えることによって中央銀行の独立性が弱まるのではないかとの懸念もある。いずれも首肯する点もあるが、金融経済の複雑化の中で、今後協業を必要とする分野も増える傾向にあろう。そのためには、中央銀行の立場を活かした協業的独立性のスタイルを確立しておく必要がある。

1997年に行われた日銀法の改正論議では、日銀の業務を(1)金融政策のように高い独立性が認められる分野、(2)信用不安への対処のように政府の関与が必要となる分野、(3)為替介入や国庫業務運営のように、政府が判断すべき分野に三分した(中央銀行研究会「中央銀行制度の改革―開かれた独立性を求めてー」(1997))。当時の議論は(1)に集中したが、(2)(3)についてもより踏み込んだ議論がなされるべきであった。

7――協業的独立性の具体例

7――協業的独立性の具体例

金融監督については政府がそれを担うのは当然としても、中央銀行は金融市場に通じ業務を営んでいることから実務的にも優れているうえ、金融システムは金融政策の波及経路でもあることから中央銀行が担うことが適当であるといえる。中曽(2022)は、1990年代の日本の金融危機や、2008年の国際金融危機での日本銀行の対応を詳細に紹介。金融危機対応が、政府、日銀、民間金融機関の三者の協力体制でなされたこと、国際金融危機への対応が政府との協働でなされたことを、実体験を通じて鮮やかに描写している。

金融安定の分野は協調分野であるだけに、情報交換等を通じて積極的に互いにチェックを働かせることが重要となる。西村(2019)は、1990年代の日本の不良債権問題では、日銀が早期に問題を把握し解決策を大蔵省に提示していたことを記している。例えば、1991年当時、日銀は約8億円とされていた大手21行の不良債権額は実は40数億円に上ることを把握していた上に、住専問題の解決のためには公的資金の注入が必要なことを大蔵省に提示していた。また1993年には、銀行の不良債権解消のための受け皿銀行の設立を提案、これも当初は大蔵省の賛意を得られなかったが、1995年3月に東京共同銀行として実現した。これらは、日銀が銀行との取引、考査などによって大蔵省より的確に情報を把握し判断していたことを示している。このように、政府と中央銀行は同じ分野を対象に政策を営んでいるとしても、相互に牽制し協力することで政策を的確に進めることができる。

8――財務の独立性

8――財務の独立性

中央銀行の組織としての独立性において重要となるのが、財務の独立性である。中央銀行の財務は、通常はゼロ金利で銀行券を発行する通貨発行益(seigniorage)を有するため黒字となる。そこで従来は、この利益の政府への配分(国庫納入額)の決定が問題とされてきた。しかし、非伝統的な金融政策においては、中央銀行が低利回りの大量の国債を購入、さらに従来はゼロ金利であった中央銀行の当座預金に付利を行うことになったことから、金利が上昇すれば多額の損失が生じることになる。金利は景気が回復すれば、上昇するため、政策が成功すると中央銀行の財務が毀損しかねないという奇妙な状況になっている。わが国では、2013年の異次元緩和までは、量的緩和の時期(2001~2006年)には、償還が早くまた金利上昇でも損失が小さい短期国債中心に購入を行った。また包括緩和の時期(2010~2013年)でも、非常時対応としての非伝統的金融政策の部分を区分し、長期の国債やリスク性資産の購入は「基金」として扱うなど、財務に配慮した一定の規律付けがなされた。しかし2013年以降は、こうした規律への配慮が弱まったため、中央銀行の財務が赤字となることの危険性が大きく高まり、政府との関係も平時の余剰金の分配が、損失金の負担の分担に変化した。

英国では、2009年にイングランド銀行が量的緩和として国債の大量購入を行うために別機関(Asset Purchase Facility)を設定し、イングランド銀行は購入資金を提供するもののその損益は財務省に帰属することにした10。このため、英国では、イングランド銀行総裁が、量的緩和の拡大に言及した際、財務相が政府の損失負担増大を懸念してこれに反対したことが報じられている。

さらに英国では、2018年にイングランド銀行本体の財務についても政府との覚書(MoU)が交わされている11。これは、イングランド銀行の資本金に目標額(35億ボンド)を設定し、下限(5億ポンド)を下回ったときは、政府が直ちに資本を補填すること、5~35億ポンドの状況では、決算の利益は全額資本に算入、目標額と上限の間(35~55億ポンド)の状態では、半額が資本算入、半額が国庫納入、上限(55億ポンド)を超えている場合は、全額国庫納入とされることが規定されている。財務相はイングランド銀行の資本増強は、イングランド銀行の財務の耐性を強め、独立性を強化する措置と述べている。ルール化により透明性が高められ、恣意性が排除されることも独立性を高める措置と評価できる。なお、前記Asset Purchase Facilityに加え、イングランド銀行本体についての資本政策がとられる背景として、従来の金融政策、金融安定化政策に加え、銀行監督、マクロ・プルーデンス政策、銀行破綻対応など、イングランド銀行の責務が多機能化していることも背景としてあげられており、本稿のテーマと関係して参考になる。
 
10 Asset Purchase Facility については、斉藤・高橋(2021)、第4章参考。
11 あまり知られていないこのMoUについて知らせてくれたのは、斉藤美彦大阪経済大学教授である。

9――結びに代えて

9――結びに代えて

日銀をはじめ中央銀行法・制度が改正されて、四半世紀がたった。本稿で示したように独立性を標榜した制度が整っても、その実効は運用にかかっている面も大きい。イングランド銀行は、困難な環境変化の中でも、制度の趣旨を活かすように努めている事例ではないだろうか。中央銀行の独立性を活かして、経済の自立性を高めるか。政府の介入を強め、経済の強化を図るのか。中央銀行の現状は、鏡に映るその国のかたちでもある。

参考文献
  1. オルファニデス、A.「基調講演:中央銀行独立性の境界:非伝統的な時局からの教訓」、『金融研究』第37巻4号、日本銀行金融研究所、2018年
  2. ヒックス、J.『貨幣と市場経済』(花輪俊哉・小川英治訳) 東洋経済新報社, 1993年
  3. 軽部謙介、『官僚たちのアベノミクスー異形の経済政策はいかに作られたか』岩波書店 2018年
  4. 斉藤美彦・髙橋亘 『危機対応と出口への模索』 晃洋書房, 2020年
  5. 塩野宏監修、日本銀行金融研究所「公法的観点からみた中央銀行についての研究会」編 『日本銀行の法的性格ー新日銀法を踏まえてー』 弘文堂, 2001年.
  6. 髙橋亘 「中央銀行制度改革の政治経済的分析(試論);歴史的視点と憲法論的視点」 神戸大学経済経営研究所ディスカッション・ペーパーシリーズDP2013-J02, 神戸大学経済経営研究所, 2013年
  7. 髙橋亘、「中央銀行の独立性再考―新たな環境のもとでー」、斉藤美彦、高橋亘著『危機対応と出口への模索』、晃洋書房、2020年、pp163-193
  8. 髙橋亘、「奴雁の中央銀行 ―中央銀行のCultureと民主主義―」 基礎研レポート ニッセイ基礎研究所、 2021年
  9. 髙橋亘、「中央銀行の独立性再考:協業的独立性の提案(仮題)」未定稿、2022年
  10. 中曽宏、『最後の防衛線 危機と日本銀行』日経BP、2022年
  11. 西村吉正、『金融行政の敗因』 文芸春秋、1999年
  12. Balls, E., Howat, J., Stansbury, A.: Central Bank Independence Revisited: After the Financial Crisis, What Should a Model Central Bank Look Like? M-RCBG Associate Working Paper No. 87 (2018)
  13. Cargill, Thomas F., Michael M. Hutchison, and Takatoshi Ito,:Financial Policy and Central Banking in Japan, The MIT Press(2000)
  14. King, Marvin and Marvin Goodfriend,“New external evaluation of the Riksbank’s monetary policy” Riksbank, 17/06/2014 (2014)
  15. Persson,Torsten, Gerard Roland and Guido Tabelllini, “Separation of powers and political accountability,” The Quarterly Journal of Economics, 112(4), 1163-1202., (1997)
  16. Rogoff, K.: The optimal degree of commitment to an intermediate. Quarterly Journal of Economics, 100 (November), pp. 1169-1189 (1985)
  17. Rogoff, K.: Institutional Innovation and Central Bank Independence 2.0. IMES Discussion Paper Series 2022 E-9, Institute for Monetary and Economic Studies, the Bank of Japan, 2022
  18. Tucker, P.: Unelected Power: The Quest for Legitimacy in Central Banking and the Regulatory State, Princeton University Press, Princeton (2018)
 
 

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