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英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その4)-英国政府による協議文書と業界等の反応-
5―英国アクチュアリー協会(IFoA)の調査報告書等
これによれば、「基本スプレッドの較正については、業界の大きな関心と議論があった。PRAは、限定的なリスク感応度など、現在の基本スプレッド手法の側面について正当な懸念を抱いていると考えている。」としながらも、「協議書で提案されたアプローチの『改革』が適切であるとは考えていない。私たちの協議書への回答とそれに付随する調査では、現在の制度の『進化』において、既存の基本スプレッド手法にどのように調整を加えることができるかを検討した。これらは、リスク感応度に関する PRA の懸念の一部に対処し、様々な資産クラスの特性をよりよく反映することを目指している。」と述べた。さらに、「我々は、マッチング調整の使用における不必要な制限を取り除くという HMT の野心を広く支持している。マッチング調整資産の適格性を高めることは、保険会社により幅広い投資機会を提供する。適切な長期の生産的資金への投資を増やすことには、社会的及び環境的な利点がある。」とした。
IFoAの調査報告書の概要は、そのエグゼクティブサマリーからの抜粋によれば、以下の通りとなっている。
セクション2では、ソルベンシーII規制を参考に、FSが達成しようとしていることを示している。
セクション3では、ソルベンシーIIのレビュー及びレビュー前に公表されたPRAの様々な文書及びスピーチに基づいて、現在策定されているPRAのFS(基本スプレッド)に関する懸念についてのIFoAの理解を示しており、「PRAが、限定的なリスク感応度や、異なる資産がどの程度異なる扱いを受けるべきかといった、現在のFS方法論の特定の要素について、正当な懸念を抱いていることに同意する。」とした。
セクション4では、以下の特徴を特定した文献レビューの概要を提示している。
・資産スプレッドの分解を考慮する場合、PRAが好むCRP(信用リスクプレミアム)の概念は一般的なアプローチである。このアプローチには重要な学術研究が背景にあるが、以下のような欠点がある。
o独自の解釈はなく(規模を推定する学術研究は大きく異なる)、異なる投資家(状況によって異なる)がその規模・定式化について別の見解を持っている可能性がある。
o CRPの水準を常時導出するための唯一の普遍的に受け入れられる方法は存在しない(例えば、CRPは全ての市場状況においてスプレッドの一定比率ではない)。
o市場の信用スプレッドとともに大きく動くFSを使用することは、保険会社のバランスシートに望ましくないレベルのボラティリティをもたらし、負債の「移転価値」の概念と一致しない可能性が高い。
o多くの企業の信用リスクとIFRS第17号の割引率の許容度に関する内部モデルは、格付け移行のモデルによって推進されていることを認識している。したがって、格付け/ダウングレードベースのアプローチから全面的に離れることは、上記の点を考慮すると、業界に追加の作業とコストを生み出す可能性が高く、それは不当である可能性がある。
・流動性の低い資産の信用リスクを定量化するには、以下のような問題がある。
o信用リスクに関する学術研究は、当然のことながら、公開されている資産に焦点を当てているため、流動性の低い資産及び/又はより複雑な資産のスプレッド内の信用リスクに対する補償がどのように客観的に導き出せるかは(さらに)あまり明確ではない。
o公に評価されていない資産を過度に慎重に扱うことは、企業の当該資産への投資意欲を削ぐことにつながる可能性がある。これは、年金引受会社の生産的な金融への投資を増やすという英国政府の野心を損なう可能性が高い。
o信用格付けに基づく方法論は、信用格付け分析に欠陥がある可能性があることに留意しつつも、結果として個々の資産の信用リスクをより正確に反映できる可能性がある。
・現在の規制では、既にリスクマージンを介して市場価値が観測できない保険リスクの不確実性に対する補償の問題に対処しようとしており、同様の概念を信用にも採用することができる。これはまた、年金ポートフォリオの取得者が、取得後に実行されるリスクに必要な報酬を定量化することについて考える方法と一致する可能性が高い。
・これには、ノッチ付き格付への移行、格付機関の指標の反映、スプレッド臨界値の使用、より広範な格付機関の方法論に整合させるためのFS資産クラス区分の拡大等が含まれる。
・現在の「コスト・オブ・ダウングレード」 (CoD) の構成要素は、会社が実際に行動する方法との整合性を欠いており、不要な特徴と見なされる可能性があることに留意する。
・信用格付プロセス(例えば、格付を付与している機関が1社のみの場合や、内部格付資産の場合)の精査が軽減された結果として生じる「格付の不確実性」の調整は正当化が困難であり、定性的なリスク管理プロセスによってより適切に対処される可能性がある。
・最近の議論では、中期的な期間の平均スプレッドに基づくFSを使用することが含まれているが、これは変動する信用条件の認識に「ラグ」を生じさせ、事象が発生した後もしばらく持続する可能性があることに留意する。
・第xパーセンタイル方式に基づくFSの方法論は、現在の改革案に対する比較的単純な代替案の1つであり、多くの保険会社が他の目的のためにリスクベースの資本アプローチを適用していることを反映している。
oこのような方法は、リスクマージンに対する現在推定値に対するマージン(MOCE)アプローチと整合的であり、会社が他の指標(例えば、IFoA Future of Discounting Working Partyは、IFRS 第17号の目的のためにそのようなアプローチを提案している)での評価目的に適応することは比較的容易である。
oしかしながら、調整されていない場合、そのようなアプローチは時間の経過とともに比較的静的である可能性が高く、市場が暗示する信用リスクのレベルの認識される増加に大きく反応する可能性は低い。
・ストレス下のFSをモデル化することによって生成されるFSとSCRの要件の間の現在の関係の発展は、これまでのところ、改訂されたFS提案に直面して詳細に調査されていない。
・PRA QIS演習で導入された2つのFS定式化 (一般に「QISA」と「QISB」と呼ばれる) は、貸借対照表に重要なボラティリティを導入することが想定されており、これはプロシクリカリティを引き起こし、年金会社が長期的に流動性の低い資産に投資する程度を減少させる可能性がある。
・4月のHMT協議書とPRA論点書に示されているインデックススプレッド又は"XnZ"定式化(これを"QISC"と呼んでいる)の評価は、パラメーターの選択に依存している。PRAが公表している最低基準に基づけば、現在のアプローチよりもバランスシートの安定性が低下し、年金会社が長期的に流動性の低い資産に投資する魅力が低下することになる。また、初日に大幅な資本の減少が想定されることになる。
・第xパーセンタイルに基づくアプローチは、現在のFS定式化に代わる比較的単純な方法の1つかもしれない。パーセンタイルと較正の選択は、初日に望ましい資本への影響を達成するために使用することができ、セクション5で概説されている調整の組み合わせを通じて、よりリスクに敏感にすることができる。
6―今後のスケジュール
政府は、今回の協議書に対する反応を慎重に検討した上で、その対応を公表するとしている。並行して、PRAによる詳細な技術的協議も行われていくことになる。
その後のスケジュールは明確化されていないが、ソルベンシーII改革の詳細は今年の後半に協議のために発表されると想定されている。その後、来年の初めには法案が最終決定される予定とも言われている。ただし、ボリス・ジョンソン(Boris Johnson)首相やリシ・スナック(Rishi Sunak)財務大臣の辞任により、改革のタイミングが遅れる可能性も指摘されている。なお、新しいナディム・ザハウィ(Nadhim Zahawi)財務大臣は、計画されているソルベンシーIIの改革を進めることを明言している。
いずれにしても、実際に改革が実施されるのは、その改革内容にもよるが、早くても2025年以降となることが想定されているようである。
7―まとめ
前回のレポートでも報告したように、リスクマージンやマッチング調整等の改革については、英国政府は強い課題意識で取り組む姿勢を見せていた。今回の英国政府の発表は、改めて、その方針と方向性を明確に表明した形になっている。ただし、これに対するABIの反応は、リスクマージンの改革やマッチング調整の恩恵を受ける資産と負債の適格性の拡大等については歓迎しているものの、FSに関するマッチング調整の改革がそのメリットを打ち消してしまうことを懸念しており、さらなる改革を求めている。
これまでのレポートで述べてきたように、今回の英国におけるソルベンシーIIの改革の内容が、EUにおけるソルベンシーIIのレビューの内容との関係で、どの程度の同等性を確保したものとなっていくのかについてが、特にグローバルベースで事業展開を行っている保険グループにとっては、もう一つの大きな関心事となっている。
前回のレポートでも述べたように、EUと英国のソルベンシーIIレビューは、その優先的な検討テーマを含めて、必ずしも整合的になっているわけではない。今回の改革に基づく英国のソルベンシーIIについて、EUのソルベンシーIIとの同等性が認められなければ、英国さらには(英国政府のスタンスによっては)EUの保険会社も、余分な負担を強いられることになる懸念が発生してくることになる。
英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向は、その具体的な改革の内容はもちろんのこと、そのEUソルベンシーIIとの同等性評価に絡む問題、それがさらにはIAIS(保険監督者国際機構)のICS(保険資本基準)の検討における米国のAM(合算法)を始めとする各国の資本規制に対する同等性評価等にも関わってくる問題でもあることから、EUにおけるソルベンシーIIのレビューの動向と合わせて、関係者にとって極めて関心の高い事項である。
日本における新たなソルベンシー規制の検討の上においても、参考になることが多いと思われることから、今後ともその動向を引き続き注視していくこととしたい。
(2022年08月19日「基礎研レポート」)
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