2022年08月19日

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その4)-英国政府による協議文書と業界等の反応-

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1―はじめに

英国は2020年2月1日にEUから離脱したが、2020年12月31日までは移行期間としてEU法が適用されてきた。これまでEU加盟国として、EUのソルベンシーII制度下にあった英国であるが、2021年からは、独自の新たな規制を構築していくことが可能になっている。

2021年9月の2回のレポートで、英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向について、英国がどのような問題意識を有して、どのようなプロセスで、ソルベンシーIIのレビューを進めようとしているのかについて、それまでの過去1年間の動きを追うことで報告した。

その後、いくつかの動きがあったが、2022年2月21日に、財務省の経済長官によるスピーチ1及び英国政府のHPでの公表2により、ソルベンシーII改革のヘッドラインが発表された。これらの動きについては、基礎研レポート「英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その3)-英国政府が改革のヘッドラインを発表-」(2022.3.8)(以下、「前回のレポート」という)で報告した。

この後、英国財務省は2022年4月28日に、ソルベンシーIIのレビューに関する協議文書(CP)を公表3した。さらにこれを受けて、保険監督官庁であるPRA(健全性規制機構)は同日に、ソルベンシーIIの改革に関する声明を公表4するとともに、論点書(DP)5を公表した。これらに対するコメントの期限は7月21日となっていたが、ABI(英国保険会社協会)は7月21日に回答内容6及び提案された改革の独立した分析7を公表している。なお、PRAのSam Woods長官は、今回のソルベンシーII改革に関して、7月8日にイングランド銀行のウェビナーでスピーチを行っている8

今回のレポートでは、2022年3月の前回のレポート以降の動きとして、これらの英国政府によるソルベンシーIIレビューに関する文書の内容とそれらに対するABIの反応等について、その概要を報告する。以下で、囲み内は、それぞれの該当文書からの抜粋である。
 
1 https://www.gov.uk/government/speeches/speech-by-john-glen-mp-economic-secretary-to-the-treasury-to-the-association-of-british-insurers-annual-dinner
2 https://www.gov.uk/government/news/uk-slashes-red-tape-through-bold-reforms-to-insurance-sector-regulation
3 https://www.gov.uk/government/consultations/solvency-ii-review-consultation
4 https://www.bankofengland.co.uk/prudential-regulation/publication/2022/april/pras-statement-on-the-review-of-solvency-ii-consultation-published-by-hm-treasury
5 https://www.bankofengland.co.uk/prudential-regulation/publication/2022/april/potential-reforms-to-risk-margin-and-matching-adjustment-within-solvency-ii
6 https://www.abi.org.uk/news/news-articles/2022/07/solvency-ii-reform-proposals-need-further-work-to-meet-objectives/
7 https://www.abi.org.uk/news/news-articles/2022/07/solvency-ii-independent-analysis-of-proposed-reforms
8 https://www.bankofengland.co.uk/speech/2022/july/sam-woods-speech-given-at-the-bank-of-england-solvency-ii-striking-the-balance

2―英国財務省によるソルベンシーIIレビューの協議

2―英国財務省によるソルベンシーIIレビューの協議

英国財務省は、2022年4月28日に、ソルベンシーIIのレビューに関する協議文書(CP)を公表3した。ここではこの協議文書の概要を報告する。
1|今回のソルベンシーIIレビューの目的
ソルベンシーIIは、英国の保険会社の健全性規制を管理する制度であり、以下の3つの目的で支えられている。

(1) 活気に満ち、革新的で、国際的に競争力のある保険セクターを促進する。

(2) 保険契約者を保護し、保険会社の安全性と健全性を確保する。

(3) 保険会社が成長を支えるための長期資本を提供できるよう支援する。これには、インフラストラクチャ、ベンチャーキャピタル、グロースエクイティ、その他の長期的な生産的資産への投資、及び政府の気候変動目標に沿った投資が含まれる。

この協議は、2 月 21 日に財務省の経済長官によって発表された改革の詳細を提供している。改革の結果についての意見を求めており、提供された証拠は、最終的な改革パッケージの設計に役立つことになる。
2|今回のレビューによる改革の概要
前回のレポートで、2022年2月21日のABI年次ディナーでの財務省の経済長官のスピーチ1で明らかにされたように、今回のレビューによる改革の概要は、以下の通りとなっている。

(1) 長期生命保険会社のリスクマージンが60~70%程度と大幅に低下
(2) マッチング調整の計算に使用されるFS(Fundamental Spread:基本スプレッド)9の再評価
(3) 長期資産への投資を増やすための柔軟性の大幅な向上
(4) 現在の報告と管理の負担を構成するEU由来の規制の大幅な削減

これらの改革は、「保険契約者保護の極めて高い水準と英国の保険会社の安全性と健全性の両方を確保しつつ、保険セクターの維持と成長に役立つ。この改革により、生命保険会社が現在保有している資本の10%あるいは15%ものかなりの解放が可能となり、インフラを含む長期的な生産的投資のために数百億ポンドの資金を引き出すことができる。」としている。
 
9 マッチング調整においては、保険会社によって保持されるリスクを反映したFS(基本スプレッド)を含めてはいけない。FS(基本スプレッド)は、(1)資産のデフォルトの確率に対応した信用スプレッド、(2)資産の格付け低下~生じる期待損失に対応する信用スプレッド、の合計になる。その計算方法についても指令等で規定されている。
3|改革の具体的な内容
改革の具体的内容については、概ね以下の通りとなっている。

(1) リスクマージンの大幅な削減(長期生命保険会社の場合は約60~70%の削減、損害保険会社の場合は30%の削減)
これにより、英国の保険セクターを、さらにダイナミックで繁栄的で国際的に競争力のあるものにし、低金利環境で特に顕著なプロシクリカリティを減らすことにより、バランスシートを安定させるのに役立つ。また、海外に長寿リスクを再保険するインセンティブを減らす。

(2) 信用リスクに対する感応度をより適切に反映するために、MA(マッチング調整)の計算に使用されるFS(基本スプレッド)を再評価
現在の基本スプレッドは、デフォルトや格下げに関する不確実性を明確に考慮しておらず、資産クラスや格付け間のリスクの違いに対する感応度が不十分なため、これらの懸念に対処するための方法論を検討する。

・バランスシートに重要な変動性を導入することを回避する。

(3) 経済成長を可能にするハードウェアであるインフラなどの長期資産への投資を増やすために、柔軟性を大幅に向上させる。
・マッチング調整ポートフォリオの対象となる資産の範囲を拡大して、償還日を変更するオプションを備えた資産を含める。このような資産には、建設段階の資産とコーラブル債が含まれる。

・マッチング調整の対象となる負債を拡大して、所得補償商品及び罹患リスク保障商品を含める。

・格付けがBBBを下回るマッチング調整ポートフォリオにおける、資産の不釣り合いに厳しい扱いを取り除く。会社は依然としてプルーデントパーソン原則を遵守することが期待される。

・マッチング調整適格性の決定を、それほど複雑でない資産に対する評価、格付け及び資本発行のレビューから切り離すことにより、スピードアップする。

・マッチング調整違反に対するより比例したアプローチを導入する。

・過去データのない資産の処理方法に大きな柔軟性を提供する。

(4) 現在の報告と管理上の負担を構成するEU由来の規制を大幅に削減
・PRAが承認されたモデルが依然として許容可能な品質であることを保証できるようにするための保護手段を備えつつ、内部モデル基準の数を減らして承認プロセスをスピードアップする。

・外国の保険会社の支店が現地の資産を保有し、現地の資本要件を計算するための要件を削除する。

・ソルベンシーII制度が適用される前に、保険会社の規模と複雑さの臨界値を2倍にし、中小会社にオプトインするオプションを提供する。

・新しい保険会社に報告の免除を提供し、一部の報告の頻度を減らし、他の報告を削除するなど、報告要件を改革する。

・新しい保険会社の(設立認可等の適切な審査のための、当局における)動員体制の導入

・連結グループの自己資本要件を計算するための複数のアプローチを可能にする。

・ソルベンシーIIの移行措置の計算を簡素化して、レガシーシステムを維持するための管理上の負担を軽減する。
4|今回の改革の背景
英国政府は、金融サービス規制の全体的な枠組みがEU域外での英国のポジションにどのように適応するのかを決定するために、将来の規制枠組みのレビューを実施している。政府は、保持されたEU法を大量に削除し、2000年金融サービス市場法に基づく包括的な金融サービス規制モデルに移行する意向である。この法律の下で、金融サービス規制当局は、政府と議会によって確立された枠組みの中で、会社に適用される詳細な規制要件を決定する責任を負う。政府はまた、この枠組みが将来にも適合し、英国の高い規制基準を支えることができるよう、適切な強化を行うことを提案している。

政府は、Brexit(英国のEU離脱)の後、英国の業界における状況を改善するための調整されるべき規則として、ソルベンシーIIに焦点を当ててきた。なお、このレビューは独立的に行われているわけではなく、提案されている「Brexit Freedoms」法案等を通じて、新たな自由を活用し、主権と独立国としての英国の地位を回復するために大きな進歩を進めている、と述べている。
5|PRAとの関係
健全性規制の枠組みの変更には、PRAによる更なる分析とPRAの規則の変更が必要となる。英国政府は、改革のどの側面が立法に最も適しており、どの側面がPRAの規則に適しているかを決定する前に、この協議からのフィードバックを検討する。PRAは、独自の協議要件に沿って、適切な時期に独自の協議を進める、としている。

3―財務省の協議に関するPRAの声明等

3―財務省の協議に関するPRAの声明等

PRA(健全性規制機構)は、英国財務省によるソルベンシーIIのレビューに関する協議文書の公表を受けて、同じく2022年4月28日に声明を公表4するとともに論点書(DP)5を公表している。

これによれば、「PRAはレビューの目的を支持し、潜在的な改革について財務省(HMT)と緊密に協力し続ける。この声明とそれに付随する論点書 (DP) は、潜在的な改革パッケージのいくつかの重要な側面に関する PRA の現在の見解を示している。」と述べている。

なお、PRAのSam Woods長官は、今回のソルベンシーII改革に関して、7月8日にイングランド銀行のウェビナーでスピーチを行っている8ので、その内容も報告する。
1|改革の必要性についてのPRAの見解
過去 5 年間の企業年金制度から生命保険会社への移転の傾向は、このセクターの急速な成長に伴い、今後も続くと予測されている。同時に、保険会社がこれらの負債を担保するために選択する資産は変化しており、ソルベンシーIIのマッチング調整(MA)の取り扱いは、これらの新しい資産をカバーするように明示的に設計されていない。一連の改革は、生命保険会社が取っているリスクに、より適切に対処する機会である。

FS(基本スプレッド)の現在の設計は、保険会社がMAポートフォリオへの投資について事前に利益を認識するリスクがあることを意味しているが、これは将来実際には実現されない可能性がある。現在のリスクマージンの保守性は、このリスクをいくらか緩和している。したがって、PRA の法定目的と一致して、保険会社の安全性と健全性を維持し、保険契約者を保護するために、リスクマージンの削減を含む改革の全体的なパッケージには、FS の強化も含まれることが重要である。
2|PRAの現在の評価
PRA は、「法定目標に対する改革の全体的な影響を評価する際に、リスクマージンの変更に関する決定は、FS に関する決定と一緒に行う必要があると考えている。これらの改革の潜在的な調整を検討する際、PRA は、長期保険会社が、破綻した場合に第三者に負債を移転できるように十分な資産を保持し続けるかどうか(すなわち、英国が、国際基準に沿った「ゴーイング・コンサーン」の健全性制度を運用し続けるかどうか)を考慮する。これに基づいて、長期事業であっても、保険会社のソルベンシー資本要件は 1 年間で 99.5% の信頼水準で評価される。」としている。

具体的には、以下のように評価されている。

1.PRA は、リスクマージンが金利の動きに敏感すぎ、金利が低いときに高すぎるという懸念に対処するために、リスクマージンを改革する必要があることに同意する。PRA は、リスクマージンを設定するための現在の資本コストアプローチの変更には、この改革を実現するための多くの利点があると考えており、これは現在、生命保険会社と損害保険会社の両方にとって好ましいアプローチである。

2.MA は、生命保険会社が資本リソースとして、MA負債に一致する資産で長期にわたって獲得すると予測する(リスクフリーレートを超える)スプレッドの割合を認識することを可能にするメカニズムである。この収益は、対応する負債の長期的かつ非流動的な性質を考慮すると、リスクフリーと判断されるため、獲得する前に認識することができる。MAは、生命保険会社が資産と負債をマッチングする強力なインセンティブを提供し、健全性リスクを軽減する。しかし、企業が利益を得る前に利益を認識できるようにすることは貴重な利点であり、保険会社が将来得られない可能性がある利益を前もって認識するリスクを回避するために慎重に調整する必要がある。

3.FS(基本スプレッド)は、MAベネフィットを計算する際に、保険会社が保持すると想定されるリスクに対して行われる引当である。PRA は、将来の信用損失に関する不確実性を完全かつ明示的に考慮していないため、現行の FS 設計は保険会社が保有するリスクを適切に反映していないと考えている。また、保険会社の MAポートフォリオで保有される資産の範囲と性質も明示的に考慮されていない。したがって、特に、保険会社の投資が時間の経過とともに変化し、保険会社自身が格付け及び評価する投資資産の割合が増加しているため、現在会社が享受している MAのベネフィットが高すぎるというリスクがある。このリスクは、リスクマージンから過度の慎重さを取り除くための行動が取られるにつれて、より深刻になる。PRA は、個々の会社の監督を通じてこれらの制限のいくつかに対処しようとすることができるが、これは、保険セクター全体に対して適切に構築された FS取扱いの有効な代替手段ではない。

4.現在の FS 設計は信用格付けに基づいており、次のことを前提としている。(i) 保険会社又は格付け機関が資産に信用格付けを付与する際に下す判断に不確実性がほとんどない。 (ⅱ)この信用格付けの資産に付随する債務不履行を考慮した場合の予想債務不履行率又は損失に関連する不確実性はほとんどない。FSの改革は、保険会社が過剰なレベルの利益を事前に認識しないように、これらの不確実性の領域を含め、保持されているリスクを適切に考慮するために必要となる。これにより、リスクマージンや、MA 取扱の対象となる資産の範囲を拡大し、承認プロセスを合理化することを目的とした改革を含む、レビュー内の他の改革が促進され、長期的な生産的金融への投資を増やすという政府の目的をサポートすることができる。

5.保険会社が直面するリスクを適切に反映するために、PRA はFS に信用リスクプレミアム (CRP) の明示的な引当金を含める必要があると考えている。これを実際に達成するには様々な方法があるが、PRA は現在、保持されているリスクを適切に把握するために、CRPを調整して、サイクルを通じて平均して信用スプレッドの少なくとも 35% に相当する結果をもたらす必要があると考えている。この判断は、学術研究のレビュー (PRAの判断は 35%から55%の範囲をサポートしており、35% はCRP の推定範囲の下限である)、保険セクターの規制の経験に基づいている。2007年から 2009年の金融危機とソルベンシーII制度の下で、過去の経験に対するストレステストを含む分析をサポートしている。さらに、PRAは、FSの改革は、生命保険会社のバランスシートの過度の変動を回避する方法で実施されるべきであると考えており、本日、これを達成できる設計に関する初期の考えを公表している。

6.この結果が達成された場合、PRAは英国の制度が安全性と健全性と保険契約者の保護の適切な水準を提供することを確保し続けつつ、リスクマージンを再調整して、現在の経済状況への影響を生命保険会社で約60%、損害保険会社で約30% 削減できると考えている。私たちの分析がサポートする範囲の端にあるが、これらのレベルは HMTの協議で指摘された範囲内である。

7.PRAの現在の推定では、これらの方針に沿った改革を組み合わせることで、現在の経済状況で生命保険会社の全体的な資本水準を約10%から15%削減できる可能性がある. この改革の組み合わせは、現在の状況と比較して保険会社の破綻リスクの増加を伴うが、例えば、観察された長寿リスクの移転価値からの証拠に沿って年金債務が引き続き評価されることを保証することにより、英国がゴーイング・コンサーン体制を運営し続けることを保証する。そのような結果は、PRAのリスク選好の範囲内であり、その法定目標を前進させ続けるだけでなく、英国の持続可能な成長と競争力にプラスの影響を与えるはずである。PRAは、他の法域で検討されている同様の改革を考慮しており、上記の結果が国際競争力を強化する可能性があると考えている。

(2022年08月19日「基礎研レポート」)

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