2022年07月29日

中国経済の現状と今後の注目点-成長率目標の達成が絶望的となった今、財政・金融・ゼロコロナの3つの政策運営に注目!

三尾 幸吉郎

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1. 中国経済の概況

中国国家統計局は7月15日、22年4-6月期の国内総生産(GDP)を発表した。経済成長率は実質で前年同期比0.4%増と1-3月期(同4.8%増)から失速することとなった(図表-1)。その主因は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大だった。COVID-19の状況を見ると(図表-2)、1・2月は新規感染が少なく死亡者もゼロだったが、3月になると全国で新規感染が増え始め3月末には上海が事実上のロックダウン(都市封鎖)に追い込まれた。その後4月の中旬には新規感染がピークアウトし、下旬には死亡者がピークアウトして、5月中旬には「復工復産(職場復帰・生産再開)」に動きだし、6月1日には上海のロックダウンが解除されることとなった。このように1-3月期にはCOVID-19が落ち着いていたため経済活動も順調だったが、4-6月期には新規感染が拡大し死亡者も増えたため経済活動に支障をきたし、経済成長率を押し下げることとなった。
(図表-1)中国の国内総生産(GDP)/(図表-2)COVID-19の新規感染者と死亡者
一方、インフレの状況を見ると、22年1-6月期の工業生産者出荷価格(PPI)は国際的な資源エネルギー高を背景に前年同期比7.7%上昇したが、消費者物価(CPI)は同1.7%上昇と低位に留まった。その背景には豚肉が同33.2%下落したことがあった。しかし、その豚肉も下げ止まってきた(図表-3)。また、ウクライナ情勢は予断を許さぬ状況にあり、PPI上昇を受けて交通通信費は同6.3%上昇、特に輸送用燃料は26.2%上昇した。したがって、今後は押し下げ要因が消え、押し上げ要因だけが残るため、CPIは上昇傾向を強め秋には一時3%台にのせそうだ(図表-4)。
(図表-3)豚肉価格/(図表-4)中国の消費者物価

2. 需要面

2. 需要面

前述した4-6月期の実質成長率(0.4%)に対する寄与度を見ると(図表-5)、最終消費が▲0.8ポイント、総資本形成(≒投資)が+0.3ポイント、純輸出が+1.0ポイントだった。

最終消費は1-3月期(+3.3ポイント)から一気にマイナスに転じた。消費の代表指標である小売売上高の推移を見ると(図表-6)、1-2月期には前年同期比6.7%増と半年ぶりの伸びとなり一旦は持ち直していたが、3月にはマイナスに転じ、4月には同11.1%減と落ち込んだ。その後の6月には同3.1%増と4ヵ月ぶりにプラスに浮上したが、飲食業は厳しくマイナスのままに留まる。
(図表-5)需要項目別の寄与度/(図表-6)小売売上高の推移
投資は1-3月期(+1.3ポイント)から1ポイント悪化した。投資の代表指標である固定資産投資(除く農家の投資)の推移を見ると(図表-7)、1-2月期には前年同期比12.2%増と1年ぶりに2桁増となったが、4月には同0.7%減(推定1)と再びマイナスに落ち込んだ。但し、設備投資とインフラ投資の回復は早く、5月は同3.9%増(推定)、6月は同5.6%増(推定)と持ち直した。

純輸出は1-3月期(+0.2ポイント)から0.8ポイント改善した。輸出の推移を見ると(図表-8)、4月には上海港が機能不全に陥ったこともあって前年同月比3.7%増に留まったが、5月には同16.7%増、6月には同17.9%増と2桁増を回復、特にASEAN・欧米向けが好調だった。
(図表-7)固定資産投資(除く農家の投資)の推移/(図表-8)輸出(ドルベース)の推移
 
1 中国では、統計方法の改定時に新基準で計測した過去の数値を公表しない場合が多く、また1月からの年度累計で公表される統計も多い。本稿では、四半期毎の伸びを見るためなどの目的で、中国国家統計局などが公表したデータを元に推定した数値を掲載している。またその場合には“(推定)”と付して公表された数値と区別している。

3. 供給面

3. 供給面

産業別に見ると(図表-9)、第1次産業は前年同期比4.4%増と前四半期の伸び(6.0%)を下回ったものの、全体の成長率を大きく上回っており、COVID-19の悪影響は限定的だった。

他方、第2次産業は前年同期比0.9%増と前四半期の伸び(同5.8%増)を大幅に下回った。内訳では建築業は同3.6%増と前四半期の伸び(同1.4%増)を上回ったものの、製造業が同0.3%減とマイナスに落ち込んだ。鉱工業生産(実質付加価値ベース、一定規模以上)の推移を見ると(図表-10)、COVID-19の感染が拡大し上海港が機能不全に陥った4月には前年同月比2.9%減となった(図表-11)。しかし、その後の回復は思いのほか早く、「復工復産」に動きだした5月には同0.7%増とわずかながらもプラスに転じ、6月には同3.9%増まで持ち直した。

一方、第3次産業は前年同期比0.4%減とマイナスに落ち込んだ。COVID-19の悪影響が少ない金融業は同5.9%増と前四半期の伸び(同5.1%増)をやや上回り、情報通信・ソフトウェア・ITも同7.6%増と比較的高い伸びを維持した。しかしCOVID-19の悪影響が大きい宿泊飲食業は同5.3%減、交通・運輸・倉庫・郵便業は同3.5%減、卸小売業も同1.8%減と軒並みマイナスに落ち込んだ。さらに、不動産規制強化の逆風下にある不動産業は同7.0%減と4四半期連続のマイナスだった。不動産開発の先行指標として重要な分譲住宅の新規着工面積を見ても(図表-12)、大幅な前年割れが続いており、引き続き経済成長を押し下げる要因となりそうである。
(図表-9)産業別の実質成長率(前年同期比)/(図表-10)鉱工業生産(実質付加価値ベース、一定規模以上)の推移
(図表-11)上海港の国際標準コンテナの処理量/(図表-12)分譲住宅の新規着工面積の推移

4. 今後の注目点

4. 今後の注目点

成長率目標の達成が絶望的となった今、財政・金融・ゼロコロナの3つの政策運営に注目したい。

1|財政政策
財政政策に関して中国政府は、今年3月に開催された全国人民代表大会(全人代)で「積極的な財政政策は、パフォーマンスを向上させるため、さらに精確(精准)に焦点を当て、持続可能なものにする」という基本方針を決め、財政赤字(対GDP比)を「2.8%前後」に引き下げ、地方特別債は3.65兆元を維持し、感染症対策特別国債はゼロのままとした。コロナショックに見舞われた20年には「積極的な財政政策はさらに積極的かつ効果的なものにする」として、財政赤字(対GDP比)を「3.6%以上」としたのに加えて、地方特別債を3.75兆元、感染症対策特別国債を1兆元発行するなどコロナ対策を明確に打ち出した。また、コロナ禍が一旦峠を越えた21年には「積極的な財政政策は質・効率の向上を図り、さらに持続可能なものにする」として、財政赤字(対GDP比)を「3.2%前後」に引き下げたのに加えて、地方特別債を3.65兆元に引き下げ、感染症対策特別国債の発行を止めるなどコロナ対策で緩んだ財政規律を引き締めて、持続可能性を高めた。そして今年は、前述のような基本方針の下で動きだしたものの、全人代後に起きた4月の景気失速で、このままだと成長率目標「5.5%前後」の達成は絶望的となってしまった。李克強首相は「高すぎる成長目標のために、大型の景気刺激策や過剰に通貨を供給する政策を実施することはない」と述べる一方で、第14次5ヵ年計画(2021~25年)などの計画に適合し、経済効果が期待できる有効投資の拡大には意欲を示している。したがって、景気テコ入れのための財政発動は2023年度の地方特別債の発行枠を今年度内に前倒しして使うなど小規模に留める可能性が高いものの、新たな特別国債の発行に踏み切るなど大型化する可能性も残っている。今後の財政運営が注目される。
(図表-13)新築住宅価格と貸出金利の推移 2|金融政策
他方、金融政策に関して中国政府は、今年3月に開催された全国人民代表大会(全人代)で「通貨供給量・社会融資総量(企業や個人の資金調達総額)の伸び率が名目GDP成長率とほぼ一致」と前年と同じ基本方針を掲げた上で、「流動性を合理的かつ十分に維持する」と付け加えたことから、今年の金融政策は前年より緩和気味な運営になると思われた。実際、22年上半期(1-6月期)の通貨供給量・社会融資総量は名目GDP成長率(前年同期比6.3%増)を大きく上回った。
一方、政策金利の引き下げに関して中国政府(含む中国人民銀行)は、住宅バブルの再膨張を招きかねないとの観点から、「不動産を短期的景気刺激手段に使わない」姿勢を堅持し、小幅な利下げに留めている(図表-13)。但し、成長率目標に近づける上では、大幅な利下げで不動産市場をテコ入れするのが有効な手段となるだけに、今後の金融運営が注目される。
3|ゼロコロナ政策
これまでのCOVID-19の状況を振り返ると(図表-14)、20年1~2月に武漢(湖北省)で多くの死亡者を出した“第1波”のあと、中国政府はゼロコロナ政策で感染を抑え込み、新規感染は多くても3百名を超えず、死亡者もほとんど無い状態が2年近くに渡って続いた。ところが、今年3月にオミクロン株に切り替わったタイミングで“第2波”が襲来し、4月中旬には無症状を含めると1日で3万人近い新規感染が確認され、死亡者も累計600名近くに達した。そしてこの“第2波”に中国政府はゼロコロナ政策で対応したため、中国経済は前述のような大打撃を受けることとなった。

それでは今後も中国政府はゼロコロナ政策を堅持するのだろうか。これまでのところウィズコロナ政策に舵を切る見通しは立っていない。しかし、その前提条件は整いつつある。(1)ワクチン接種が34億回を超え、飲み薬の供給にもメドが立ってきたこと。(2)2021年8月に“ダイナミック・ゼロ(动态清零)”と呼ぶようになり、それまでのゼロコロナ政策を軌道修正し始めたこと、(3)感染症対策の第一人者(鍾南山氏)がゼロコロナ政策の長期継続に否定的見解を示したこと、(4)復旦大学などの研究チームが高齢者のワクチン接種率を引き上げ、抗ウイルス療法を推進し、マスク着用など厳格な非医療介入を行なえば、死亡者を平年のインフルエンザで発生する8.8万人程度に抑えられると指摘したこと、(5)そして何よりも世界のほとんどの国がウィズコロナ政策に移行する中で、中国だけがゼロコロナ政策を堅持すれば、経済的に“鎖国状態”に陥る恐れがあることである。

但し、いまウィズコロナ政策に移行すれば、インフルエンザ並みに抑えられたとしても9万人近い死亡者を出すことになるため、5年に1度の重要会議「共産党大会」の前に舵を切るのは難しいだろう。欧米先進国では数々の大波(日本では第7波)を経験し、死亡者急増という修羅場を乗り越えて、防疫と経済活動のバランスが大切との世論が形成され、ようやくウィズコロナ政策に移行する心構えができてきた。しかし、まだ“第2波”の中国ではそうした修羅場を乗り越えた経験が少なく、そうした世論も形成されていない。さらに、ゼロコロナ政策を堅持したことで、欧米先進国よりも遥かに少ない死亡者数に抑制できたという誇りや(図表-15)、中国経済を世界に先駆けてV字回復させたという自信が邪魔する面もある。したがって、ウィズコロナ政策への移行は早くても来春以降となるだろうが、“ダイナミック・ゼロ”の旗印の下、それよりも早く黙って(宣言せずに)軌道修正する可能性もあるだけに注視は怠れない。
(図表-14)COVID-19の新規感染者と死亡者/(図表-15)COVID-19の死亡者数(22年6月時点)
 
 

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三尾 幸吉郎

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(2022年07月29日「Weekly エコノミスト・レター」)

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