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日本の従業員エンゲージメントの低さを考える

総合政策研究部 主任研究員 小原 一隆
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1―はじめに
長時間労働やサービス残業も厭わないまじめで勤勉な集団というのが世界でも広く定着した日本の労働者のイメージであっただけに、今回の調査の結果は意外と受け止める人もいるかも知れない。
では、いったい何がこの記事のような調査結果の背景にあるのか、それは何を意味するのか、そして、近年注目される従業員エンゲージメントという概念について考察する。
1 日本経済新聞『働きがい改革、道半ばの日本「仕事に熱意」6割届かず』 2022年5月1日、朝刊、1面
2―近時の調査による評価
2 State of Global Workplace
3 State of Global Workplace 2022 Report
4 global report randstad workmonitor Q4 2019 work-life balance economic and financial outlook for 2020
5 日本生産性本部「労働生産性の国際比較2020」、Helliwell J. F. et al. 2020 World Happiness Report
6 橋場(2022)「我が国の従業員エンゲージメントに関する一試論 -批判的見解を含む示唆的所論を手がかりに-」
3―エンゲージメントとは
もう一つ、主に組織人事コンサルティング業界で使用されているのが、「従業員エンゲージメント(employee engagement)という概念である。こちらは、社ごとに明確な定義は存在するが、各社において区々であるのが実態である。
例えば、前出のギャラップでは「仕事と職場での従業員の関与と熱狂」、同じく人事コンサルタント大手のウイリス・タワーズワトソン(以下、WTW)は「会社・組織が成功するために、従業員が自らの力を発揮しようとする状態が存在していること9」、コーン・フェリージャパンは「自分が所属する組織と、自分の仕事に熱意をもって、自発的に貢献しようとする社員の意欲10」、日本企業ではリクルートマネジメントソリューションズが「従業員エンゲージメントとは、企業と従業員との間での確固たる信頼関係を意味します。従業員は企業に対して貢献することを約束し、企業は従業員の貢献に対して報いることを約束します。その約束に相当するものがエンゲージメントです。11」と各社独自の定義を用いている。
一方、政府の場合はどうか。2022年5月に経済産業省が公表した「未来人材ビジョン」では、「『エンゲージメント』は、人事領域においては、『個人と組織の成長の方向性が連動していて、たがいに貢献し合える関係』といった意味で用いられる。」としている。また、昨今注目を浴びる人的資本主義という概念を浸透させるきっかけの一つとなった人材版伊藤レポート(2020年9月)においては、「従業員エンゲージメントとは、『企業が目指す姿や方向性を、従業員が理解・共感し、その達成に向けて貢献しようという意識を持っていること』を指す」と定義している。
このように、エンゲージメントないし従業員エンゲージメントという言葉は、使う主体によって、その定義に差があることを念頭におく必要がある。
敢えてそれらをひとつにまとめて言うとすれば、従業員エンゲージメントとは、
・企業の成長や発展の原動力であり、
・従業員が企業の使命や価値観への理解・共感を有し、
・自らの担当職務の重要性や、社会に対して直接的・間接的にどのような意味を持つかを認識し、
・企業に必要とされ、大切にされているという実感や、企業に貢献したいという意欲を持ち、
・自らの職務に没頭している
状態を指すと言えよう。
7 「エンゲージメント(engagement)」を辞書で調べると、「婚約、会合などの約束、契約、債務、積極的な関与・参加、交戦、歯車などの嚙み合わせ、等」(ジーニアス英和大辞典)
8 島津(2015)「ワーク・エンゲイジメントに注目した個人と組織の活性化」
9 WTW 「エンゲージメント:back to basics! ~この10年間、従業員意識調査の焦点はなぜ「エンゲージメント」なのか?~」https://www.wtwco.com/ja-JP/Insights/2019/10/hcb-nl-october-yoshita-okada (2022年7月14日閲覧)
10 柴田(2018)『エンゲージメント経営』、日本能率協会マネジメントセンター、P.5
11 リクルートマネジメントソリューションズ https://www.recruit-ms.co.jp/glossary/dtl/0000000185/(2022年7月14日閲覧)
4―従業員エンゲージメントの効用
調査結果が示すように、従業員エンゲージメントの高さと企業の成長、生産性には密接な関りがある。従業員エンゲージメントの向上は、長きにわたる低成長時代に直面する日本企業にとって、今後の成長を図る上で、避けて通ることのできない課題だと言えよう。
また、この点は、国も強く意識している。働き方の変化を通じて生産性向上に着実につなげるための取り組みとして、政府は働き方改革を推進してきた。2019年に働き方改革関連法(働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律)が施行されたことで、日本の労働環境は一定の改善方向に向かっている。時間外労働の上限規制の厳格化や、年次有給休暇の消化の義務化、更には男性育児休業の導入推進等、かつては考えられなかった取組みが進んでいる。だが、取組みは始まったばかりであり、その実現に向けては道半ばだ。
12 WTW “Why is employee engagement important?” https://www.wtwco.com/en-US/Insights/2021/05/why-is-employee-engagement-important (2022年7月14日閲覧、訳は引用者による))
5―日本の従業員エンゲージメントはなぜ低いのか?
WTWの岡田恵子氏は、従業員エンゲージメント調査での日本の調査データの低さの背景をこう述べる。
日本のビジネスパーソンが真面目で勤勉なのは間違いありません。大手企業を中心に終身雇用が定着し、会社への帰属意識も強い。しかしその反面、仕事に対する姿勢がやや受け身的で、経営陣や上司が決めたことに従うという傾向があります。自分の会社がどこに向かおうとしているのか、そのなかで自分はどんな仕事をすべきか、一般社員が考えて提案するような風土は乏しい。これらが日本の従業員エンゲージメントが低いとされる原因の一つと考えられます。13
また、ロッシェル・カップ(2015)14によれば、「日本の粗末なエンゲージメントと低い生産性の根源」として以下を挙げている。
・仕事について、スキルとアウトプットでなく、長時間労働や、どんな任務と勤務場所でも引き受けることといった、服従を重視していること
・労働力の区分(正社員と非正規社員、総合職と一般職)があり、区分間移動が難しいこと
・「非標準的」労働者の活用が苦手、すなわち多様性・柔軟性に乏しくワークライフバランスに関する問題への対処の姿勢が不足していること
・従業員が自ら仕事内容や勤務地を選ぶことが困難であること
・昇進と給与がほとんどの場合年功序列であること
・業績評価で適切なフィードバックが十分に行われていないこと
・リスクに立ち向かうことへのサポートが欠如し、失敗を厳重に懲戒する傾向にあること
・仕事内容が明確に定義されていないこと
・解雇する良いプロセスが無く、やる気を失った従業員が満足感のない仕事に縛られたままになること
・コスト削減を強調するだけで社員のやる気を増大させる施策に乏しいこと
・従業員を都合の良い存在と捉えており、どんな要求でも正社員は不平を言わずに実行すると考えていること
・人材育成方法が確立されていないこと
・旧来の人事異動を繰り返し、その企業特有のスキルと知識を備えた万能選手を作り出していること
・ヒエラルキーを重視するあまり、意見交換や疑問提起が不足し、上司のいいなりになりがちであること
・社内調整とコンセンサス重視のため、時間がかかり柔軟性に欠ける意思決定プロセスを経ること
・過度の労働時間と通勤時間によりワークライフバランスが取れないこと
・権限移譲がなされておらず、意思決定が高次レベルでなされるため、体制順応主義、躊躇・ためらい、消極性に繋がっていること
働き方改革はまだ始まったばかりであり、上記に掲げられた要因は、依然として多くの日本企業に当てはまりそうだ。
13 THE ADECO GROUP 「日本はなぜ従業員エンゲージメントが低いのか?」https://www.adeccogroup.jp/power-of-work/029(2022年7月12日閲覧)
14 ロッシェル・カップ (2015) 『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』 クロスメディア・パブリッシング PP. 50-60
(2022年07月25日「基礎研レター」)

03-3512-1864
- 【職歴】
1996年 日本生命保険相互会社入社
主に資産運用部門にて融資関連部署を歴任
(海外プロジェクトファイナンス、国内企業向け貸付等)
2022年 株式会社ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・公益社団法人日本証券アナリスト協会
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