2022年07月21日

不妊治療にかかる期間とは?-約2年超で最大5年超、早くから自分の身体に関心を-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1――はじめに

2022年4月から開始された不妊治療の保険適用1に伴い、「特定不妊治療助成事業」2では適用外であった「一般不妊治療」適用層が、治療に踏み込むことが大いに期待される制度改革となった。

しかし、日本で不妊治療を受ける者の年齢は、高学歴化や社会進出、晩婚化などの複合的な要因により年々上昇しており、2019年には40歳がピーク、総数では30歳代の割合が一番高い状況となっている3

2021年の女性における年齢階級別就業割合4をみると、35歳から45歳は77.0%を占め、2011年時点の就業割合65.9%と比較すると、11.1%ptも上昇している。今後も、女性の就労率が高まることが予想されるなかで、不妊治療との両立の仕方が大変重要な課題となる。

本稿では、不妊治療と就業との両立支援体制の構築に向けての手立てを模索するための基礎資料として、不妊治療に関する検査や治療のスケジュールなどの特徴について整理する。
 
1 厚生労働省(2022)「不妊治療に関する取り組み」、不妊治療の保険適用より
 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-hoken/funin-01.html
2 特定不妊治療助成事業とは、2004年から2021年度まで実施されていた生殖補助医療にかかる医療費の補助事業である。2022年4月の保険適用に伴い原則的に廃止されている。
3 乾愛(2022)基礎研レター「日本の不妊治療の現状とは?」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=70374?site=nli
4 総務省統計局 労働力調査(基本集計)https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/ft/pdf/index1.pdf 

2――不妊症の検査と治療内容

2――不妊症の検査と治療内容

図表1.不妊症の検査と治療の流れ 1|不妊症検査に必要な流れ
まず、不妊症の検査及び治療の大まかな流れを、図表1で示した。初診で問診や診察、検査説明を経て基本検査の実施となり、ここで基本検査の項目に異常があれば精密検査を行い、そこで不妊治療につながる原因疾患(原因となる病気のこと、以降も原因疾患と記述。)が判明すれば、その治療を優先する。

この原因疾患の治療が終了してもなお妊娠に至らない場合や、基本検査で原因が特定できなかった場合には、タイミング療法や人工受精などの一般不妊治療へ進み、一般不妊治療においても妊娠に至らなかった場合には、最終的に体外受精や顕微授精などの生殖補助医療へ移るのが一般的な流れである。
2|基本検査は月経周期に合わせてスケジューリング    
次に、基本検査の流れを図表2へ示した。基本検査では、女性の場合、基礎体温の変化及び月経周期に合わせた検査を実施することとなる。
図表2.月経周期に合わせた基本検査
基礎体温を計測すると、月経中から月経後しばらくは卵胞ホルモン(エストロゲン)の働きで体温が低く、その後2週間程は、黄体ホルモン(プロゲステロン)の働きで体温が高い時期があり、これらが1か月周期(通常28日型)で繰り返される特性がある。この体温の変化を計測することで、低温期から高温期への移行時期が排卵日であることや、黄体ホルモンの影響で高温期が継続することで妊娠が分かるなど、妊娠のタイミングや妊娠の兆候、時には避妊を図る指標5として用いることができるものである。

また、月経の周期とは、出血が開始された日を1日目として、1か月後の次の月経が始めるまでの期間を1回の月経周期として考える。月経周期は、受精しなかった場合に、子宮内膜が剥がれ落ちて出血が続く月経期、次の受精に向けて卵胞ホルモンの働きで卵子が発育する卵胞期、排卵後に受精した場合、妊娠を継続するために黄体ホルモンが影響する黄体期に分類できる。

例えば、「排卵期」は月経周期の中で3日間程しかない。この「排卵期」に基本検査を行う場合には、基礎体温や受診で排卵期を見極めた上で、性交後に子宮の入り口の粘液に残っている精子数や運動率を確認するヒューナーテスト等を実施するのだが、実際にはタイミングが合わず、月を跨ぐことが多いのが現実である。

月経周期に合わせて全て適切な時期に検査ができれば、理論的には1か月間で基本検査は完了するはずであるが、就業女性が月に1回しか受診日を確保できないと仮定した場合は、この基本検査だけで4か月を費やすことになる。6

就業しながら基本検査のために受診と通院時間を確保することは、非常に難しいことが伺える。
 
5 基礎体温の変化のみで避妊時期を必ずしも正確に決定できるわけではないことに留意されたい。
6 不妊症に関する検査や治療に必要な回数や時間は、個人にとって必要な検査種や身体侵襲の程度、さらには身体侵襲からの回復時間を考慮する必要があるが、今回は触れていないことに留意。
3|不妊治療前に、原因疾患を治療する期間が必要
続いて、基本検査で異常値が認められた場合には、女子因子、男性因子に原因疾患を分けて、精密検査に移ることになる。

この精密検査で不妊治療につながる原因疾患が明らかとなった場合には、その疾患の治療を優先することとなる。(女性要因、男性要因ごとにおける原因疾患の詳細については、基礎研レター「不妊症における女性要因とは?」7及び「不妊症における男性要因とは?」8を参照されたい。)

これら原因疾患の治療にかかる期間の目安としては、例えば不妊へつながる女性疾患である「子宮内膜症」では、先ず6か月の内服・注射治療、チョコレート嚢胞9等の手術で1か月、術後に再発経過をみながら、2年間の自然妊娠を試みた後、それでも妊娠に至らない場合に不妊治療へ移行するとされており、不妊治療を開始する前に、原因疾患の治療だけで約31か月も費やすこととなる。

また、不妊症へつながる男性疾患では「精索静脈瘤」があげられるが、術後103か月から6か月で精液所見の改善が見込まれるとされており、その後、1年間の間に自然妊娠に至らなかった場合に、不妊治療へ移行するため、やはり不妊治療を開始するまでの原因疾患治療に約18か月、1年半の時間を費やすこととなる。
 
7 乾愛 基礎研レター「不妊症につながる女性疾患とは?」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=71583?site=nli
8 乾愛 基礎研レター「不妊症につながる男性疾患とは?」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=71584?site=nli
9 「チョコレート嚢胞」とは、通常は子宮内膜に存在する子宮内膜が、卵巣組織へ発生することで、引き起こされる重度の子宮内膜症の状態のことをいう。
10 精索静脈瘤の手術時間は、局所麻酔で約1時間程度で、日帰り可能なため、女性疾患の様に手術期間(1か月)として、カウントしていないことに留意。
4|一般不妊治療と生殖補助医療の治療期間
原因疾患の治療が終了してもなお妊娠に至らない場合や、基本検査で原因が特定できなかった場合には、一般不妊治療へ進み、一般不妊治療においても妊娠に至らなかった場合には、最終的に生殖補助医療へ移るのが一般的な流れとなる。

タイミング療法での治療には、女性の排卵期の周辺に続けて数回の通院が必要となり、一般的に3回~6回程度行うこととされている。このタイミング療法は、妊娠に至らなければ3ヶ月ほど続くこととなる。

次に人工授精に移るが、この人工授精も一般的に3回から6回、最大でも6、7回とされているため、妊娠に至らなかった場合には、この人工授精は半年間ほど続けることとなる。

続いて人工授精で妊娠に至らなかった場合には、体外受精へとステップアップする。一般的に体外受精は3~4回程試みるが、この段階になると回数を重ねるごとに、妊娠確率が下がっていくことも報告されており、体外受精の初期段階で妊娠に至れるかが重要となる。

この体外受精を数回ほど試みても受精に至らない場合には、顕微授精に移る。この顕微授精で、受精ができないと子宮内に戻せないため、受精に至るまで要する期間は個人差が大きい治療段階となる。

3――就労女性が不妊治療をする場合、どのくらいの期間が必要か?

3――就労女性が不妊治療をする場合、どのくらいの期間が必要か?

上記の内容から、不妊症の検査から治療を終えるまでの各段階にかかる回数の目安が明らかとなったが、仕事と不妊治療との両立を前提とした場合には、どのくらいの期間が必要となるのかを検証してみよう。

令和3年就労条件総合調査11によると、企業が付与した年次有給休暇の平均日数が約18日、労働者が実際に取得した平均日数が約10日であると報告されており、これを標準モデルと仮定し、検査及び治療に必要な回数は最大値(各治療を最大許容回数を試行後に、次のステップに移るため)で検証することとする。

その結果、初診月に問診と可能な範囲の診察を終えるとして1回、基本検査に4回、タイミング療法は6回、人工受精7回、体外受精を4回で妊娠に至ると仮定すると、計22回の受診が必要となる(図表3)。

年に10回の年次有給休暇を取得し、全てを不妊治療に充てるとすると、2年と2か月必要となる。

さらに、そこに原因疾患の治療期間が必要となる場合を追加で検討した。(参照: 3|不妊治療前に、原因疾患を治療する期間が必要)、女性が子宮内膜症治療後に不妊治療へ移行する場合には、31か月の治療期間と自然妊娠の経過期間を経るため、53か月、年に10回受診を可能とする就業女性の場合だと、5年3か月かかることとなる。また、男性が精索静脈瘤の治療後に不妊治療へ移る場合には、40回、年に10回受診を可能とする就業男性の精液を用いて不妊治療を実施する場合には、4年間かかることとが明らかとなった。
図表3.不妊治療に必要な期間(3モデル)
 
11 厚生労働省(2021年)令和3年就労条件総合調査https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/21/index.html

4――幅広いライフプラン選択のために、まずは自分の身体に関心を!

4――幅広いライフプラン選択のために、まずは自分の身体に関心を!

上記で、明らかとなった不妊治療に必要な期間を、保険適用の限度及び治療生産率5%をきる42歳から逆算すると、原因疾患治療を考慮に入れた場合には42歳を終える5年半前の37歳ごろには不妊症を意識した受診を検討し、その1年前の36歳ごろには妊活を試みるのが一つの目安となる。

また、平均初婚年齢12が男女とも30歳前後である日本では、子どもを持つか否か、治療をするか否かを考える猶予があまりないのが現状ではあるが、不妊治療を選択すると、上記で示したように治療期間を考慮した人生設計を組み直すこととなる。事前に、夫婦やパートナーとお互いが納得するライフプランを充分に検討した上で、納得のいく人生を選択して欲しい。

さらに、基礎研レター「不妊症につながる女性疾患とは?」7、基礎研レター「不妊症につながる男性疾患とは?」8で示したように、不妊症につながる疾患は、学童期や思春期頃から兆候が見え始める。

例えば、12歳ごろから始まる月経周期が不順であることを放置したままでいると、妊娠を希望した際に、隠れていた子宮内膜症が悪化していたことで不妊症に気づくことが多々ある。そうなると、自然妊娠は難しく、この疾患への対処・治療を行った後に、不妊治療に入ることとなれば、妊娠を希望してから、数年を不妊治療に費やすこととなる。

将来、自分が結婚や子どもを持つ選択をするか分からない時期から、自身のライフプランの幅を決めて(狭めて)しまうことがないように、早くから自分の身体に気を配って欲しいと筆者は考える。
 
12 厚生労働省(2020年)令和2年「人口動態統月報年計(概数)の概況」よりhttps://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai20/dl/gaikyouR2.pdf 

5――まとめ

5――まとめ

本稿では、不妊治療にかかる時間を、検査や治療のスケジュールから明らかにし、現代において不妊治療にかかる期間は、約2年超、最大5年超であることが明らかとなった。

不妊治療の保険適用限界及び治療生産率を考慮すると、37歳ごろには不妊症を意識した受診を検討し、36歳ごろには妊活を開始するのが一つの目安となることも示唆された。

しかし、不妊症の兆候は、結婚や妊娠を考えるよりも早く現れ始めるため、将来の自分のライフプランの幅を狭めてしまわないように、早くから自分の身体に関心を持つことが望ましいと筆者は考える

次稿では、就業率が8割近くとなる35歳から40歳の女性において、不妊治療を受ける年齢のピークとなっていることから、今後の不妊治療体制の促進に向けて、企業を取り巻く環境や両立支援体制の実態について考察する。
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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

経歴
  • 【職歴】
     2012年 東大阪市 入庁(保健師)
     2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了
         (看護学修士)
     2019年 ニッセイ基礎研究所 入社
     2019年~大阪市立大学大学院 看護学研究科 研究員(現:大阪公立大学 研究員)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

(2022年07月21日「基礎研レター」)

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