2022年07月01日

中国インシュアテックの水滴、米上場1年後のプレゼンス-地方小規模都市への集中・自社向け独自商品で業績好調へ

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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2021年5月、逆風吹き荒れる中、中国のインシュアテック企業である水滴公司は米国ニューヨーク証券取引所への上場を果たした。上場後1年が経過し、国際情勢や新型コロナウイルスの感染状況が大きく変化する中で、同社は着実に成長をしている。プラットフォーマーへの規制に転換の兆しがある中で、本稿では、水滴公司のこの1年の業績を振り返りながら、その特徴を紹介する。

1――プラットフォーマーへの規制に転換の兆し

1――プラットフォーマーへの規制に転換の兆し。デジタル経済による国内経済の下支えに期待。

プラットフォーマーへの規制強化に方針転換の兆しが見られる。その背景には、中国経済が国際情勢や国内のゼロコロナ対策などによってダメージを受けており、国内経済回復の下支えの1つとしてデジタル経済に期待が寄せられている。

振り返ってみると、表立った規制強化は2020年11月、アリババグループ傘下の金融会社であるアントグループの上場延期であろう。方針転換の兆しがうかがえた2022年4月の中央政治局会議1では、これまでプラットフォーマーに求めてきた規制への適合や経営の健全化に1つの区切りを迎えるべきとした。また、プラットフォーマーに対する監督・管理は維持しつつも、デジタル経済の健全な成長を促進するとした。

中国国務院は、これを受けて、5月31日には、財政政策、金融、投資・消費といった6分野33項目の経済安定策を発表している2。デジタル経済については、雇用機会の創出、小規模企業向けの業務提携やサポート、AI・クラウド・ブロックチェーン関連の更なる研究・開発の強化を挙げている。
 
1 中共中央政治局召開会議分析研究当前経済形勢和経済工作審議「国家“十四五”期間人材発展規画」中共中央総書記習近平主持会議、http://www.gov.cn/xinwen/2022-04/29/content_5688016.htm 2022年6月23日アクセス
2 国務院「国務院関于印発扎実穏住経済一攬子政策措置的通知」、2022年5月31日公布、
http://www.gov.cn/zhengce/content/2022-05/31/content_5693159.htm 2022年6月27日アクセス

2――逆風の中での米上場

2――逆風の中での米上場、中国インシュアテック水滴公司

アントグループの上場延期後2021年は、プラットフォーマーの傘下にある金融会社やテクノロジー企業が予定していた上場を延期したり、申請を取り下げる事態が続いた。中国当局が上場に難色を示したからである。上場をした企業の中には個人データの管理や国家安全保障などを理由に調査がされ、ケースによっては国内のアプリ配信中止などの措置もとられた。

このように逆風が吹く中で、中国のインシュアテック企業の水滴公司(Waterdrop)は2021年5月、米国ニューヨーク証券取引所への上場を果たした。水滴公司は、中国最大手のプラットフォーマーの1つであるテンセントホールディングスの子会社が21.1%を出資し、筆頭株主となっている。

ただし、上場を果たした水滴公司もしばらくは苦しい情況が続いた。アントグループの上場延期翌月の2020年12月には、米国において、国内で上場する中国企業への監査を強化する法案が通過し、それを受けて2021年3月には、米国の会計監査基準を満たさない外国企業は上場禁止とする規制が導入されていた。このようなあおりを受けて、水滴公司も上場当初は赤字を抱え、株価が低迷した3
 
3 「水滴、愁!把“公益”做成生意、上市6天市値蒸発三分之一」、騰訊網、2021年5月15日、https://new.qq.com/omn/20210515/20210515A08P5J00.html 2022年6月23日アクセス

3――上場後1年

3――上場後1年、新型コロナウイルス感染症の再拡大を経て、直近の業績は好調に推移

一方、2021年の上場以降、国際情勢の変化、中国国内の新型コロナウイルスの再拡大など情勢は大きく変化した。現時点でもプラットフォーマーによるオンライン金融事業は逆境に立たされているが、水滴公司の情況は好転し始めている。

水滴公司の主な事業は大きく分けて3種類である。(1)患者やその家族などが病気の治療費の寄付を募るクラウドファンディング事業(水滴筹)の運営4、(2)保険商品の仲介・代理販売のプラットフォームの運営(水滴保)、(3)医薬品・治療費などの決済サービス、ヘルスケア事業の運営(水滴好薬付)5である。

水滴公司は、6月15日、直近の2022年第一四半期(1~3月)の業績を発表した。それによると、2022年第一四半期は二期連続で黒字を達成した。仲介手数料収入などの営業収入は前年比23.9%減の6.3億元となったものの、顧客の増加や、2021年の後半から取り組んでいる営業にともなう事業費の大幅削減が奏功したと考えられる6。商品は短期契約を中心としているものの、契約の継続率は90%以上と高い情況を維持している。水滴は、上場に伴ってこれまでの規模拡大路線を修正し、収益能力や成長における質的向上を重視する企業経営に転換している。

2022年3月末時点で、水滴公司が抱える顧客数は1億1100万人まで増加し、実際に保険に加入している顧客は2,880万人まで増加した。また、2021年末時点で顧客の70%以上が地方の小規模都市(3級都市以下)に居住し、一人っ子世代である30~40代を中心としている。大規模都市を中心とする大手保険会社と市場の住み分けがなされており、各社は水滴公司と連携して、水滴の顧客の需要に合った商品の開発や提供も進めている。保険商品は2021年末の364商品から408商品に増加しており、第一四半期における初年度保険料は18.7億元で、そのうち90%以上が水滴の顧客向けにカスタマイズまたは独自に設計された保険商品によるものである。水滴公司は国内でトップクラスのインシュアテック・プラットフォーマーに成長しつつある。
 
4 2021年12月時点でおよそ3億9400万人が、およそ240万人に、累計で484億元を寄付している(出典:Waterdropウェブサイト)。
5 2021年12月時点でおよそ30万人が会員となっており、2300万のドラッグストアや医薬品販売店と提携。特定医薬品の取引額は25億元、15万人以上の患者により薬の購入しやすい環境を提供している(出典:Waterdropウェブサイト)。
6 2022年の第一四半期は、コンサルへの外部委託費用、人件費などを含む営業費が前年同期比75.6%減の2.04億元となったことで、事業費全体も前年同期比60.4%減の5.32億元へと縮小。また、2021年3月に水滴互助事業が閉鎖したことによる人件費や支払いのための調査費用なども削減された。

4――地方・小規模都市への集中

4――地方・小規模都市への集中と保険会社60社からの自社向けカスタマイズ商品の提供が強みに

以下では、2021年のアニュアルレポートを参考に、上場後1年間の情況を振り返ってみたい。

2021年末時点で「水滴保険商城」(Waterdrop Insurance Marketplace)は国内の60以上の保険会社と提携し、取り扱う保険商品数は364商品であった。2021年のアニュアルレポートによると、営業収入は前年比5.9%増の32.1億元であった(図表1)。このうち、保険販売の仲介手数料による収入は前年比4.9%増の28.3億元で、営業収入全体の88.2%を占めた。

なお、水滴公司は、米国上場前の2021年3月にP2P互助スキームの「水滴互助」を閉鎖している。これによって、水滴互助の管理費収入が減少した(営業収入の構成比は2020年の3.6%から2021年は0.1%へ減少)。

一方、水滴保険商城を通じた保険の販売状況についてみると、2021年の初年度保険料は前年比13.4%増の163.6億元となった(図表2)。保険の種類別では医療保険が全体の67.3%を占め主力商品となっている(初年度保険料は前年比5.5%増の110億元)。それに次いで重大疾病保険が全体の17.3%を占めた。
図表1 営業収入推移/図表2 初年度保険料(保険種類別)
医療保険や重大疾病保険の需要が高い点については、新型コロナウイルス感染症の再拡大を背景にした健康への意識向上、保険加入意識の高まりがあろう。所得など先行きの不安が先行する中で、より加入ハードルの低い保険商品が求められた点も挙げられる。水滴公司は、需要の高い重大疾病保険について、各社と連携し、水滴の顧客向けに保険料を見直したり、免責額を引き下げた商品も販売している7。このような対応によって、2021年の重大疾病保険の初年度保険料は前年比48.6%増の28.3億元と大幅に増加し、全体に占める構成比の割合は4.1ポイント上昇した。2021年も初年度保険料の90%以上が上掲のような提携先の保険会社と独自に設計、見直しをした保険商品によるものである。水滴公司の顧客は、大手保険会社がこれまでターゲットから外していた小規模都市の居住者で、更に、ネット世代である30~40代に収斂しており、それが結果として自社のポテンシャルを引き上げていると言えよう。
 
7 地方政府が加入を推奨する「恵民保」についての例。「恵民保」は、居住している市の公的医療保険に加入していることを条件とする保険商品で、市ごとに給付内容が異なる。保険料は割安で高額な給付が確保できるものの、免責額の高さが課題になっていた。2021年末時点で、水滴はおよそ10都市の恵民保を取り扱い、1200万人の加入を仲介。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2022年07月01日「基礎研レター」)

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